比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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『リオン・ルージュ』の相手なんて、いるとすれば、それは――『リオン・ルージュ』だけだ。


妖怪星人編――70 禁断の複製品

 

「リオンの妹か。ずいぶんと瓜二つだな。双子ってやつか?」

「……まぁ、遺伝子が同一っていう意味なら、確かにその通りかな」

 

 会うのは今が初めてなんだけどね――と、リオンが言うと、京四郎は疑問符を浮かべたような表情で首を傾げる。

 

 そんな京四郎にそれ以上説明することはせず、冷めた眼差しをリオンは自分と同じ顔の美女に向けた。

 

 自分と同じ顔。自分と同じ身体。

 髪の色と瞳の色は異なるが、それこそが逆に自分の複製品(2Pカラー)といった風で露骨だった。

 

(まぁ――こうなることは分かっていたけどね)

 

 隔離された箱の中に閉じ込められ、誰よりも黒い球体について知り尽くし、機密情報を隅々まで暴いた自分が、あろうことか別の惑星に飛び出し、あまつさえ現地の星人戦争に巻き込まれたりすれば、機密保持の為に黒い球体は口封じの刺客を送ると確信していた。

 

 だが、その刺客は、おそらくはかぐやだと思っていた。

 本人か複製品(クローン)か、そのどちらの可能性もあると思っていたが――まさか、戦士(キャラクター)として登録されていない筈の、死人ではないリオン自身の戦士(キャラクター)を作り出し、送り込むとは。

 

「確かに、死に瀕した者を先んじて戦士(キャラクター)として登録してしまった後で、ソイツが一命を取り留めて、結果的に生者の戦士(キャラクター)を作ってしまって()()()()()()()()という事例があったのは知っていたけれど――その不具合(エラー)を意図的に起こしたというわけか。いくらなんでもそれはずるくないかい?」

 

 リオンが失笑交じりにそう言うと、これまで人形のように表情を変えなかったリオンの複製品(クローン)――黒髪銀瞳の『黒いリオン』が、口を開き、不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

「――他の者ならこうはいかなかっただろうね。でも、『(ぼく)』が黒い球体の機密情報を知り尽くしているように、黒い球体もまた、誰よりも『(ぼく)』のことを知り尽くしていたんだよ」

 

 あの黒い球体の部屋の中で。リオンとGANTZしか存在しない檻の中で。

 

 その全てを暴いたのは――いつか、こうなると、分かっていたのは。

 

(――僕だけじゃなかった、というわけか)

 

 誰よりも己を知り尽くし、己に触れた存在――だからこそ、黒い球体は月の住人で唯一、リオンだけは、死に瀕した状態でなくとも、戦士作成(キャラクターメイキング)に必要な情報を複製(コピー)することが出来たということ。

 

「悪いけど、見逃すわけにはいかないんだ。こうして生まれた以上、僕も、死にたくないしね。『(ぼく)』を殺してでも、『僕』は生きていたいんだ」

 

 黒いリオンは、微笑みながら己の蟀谷を指差して言う。

 

「例え裏技(チート)により例外的に生み出されたとはいえ、GANTZの戦士(キャラクター)である以上、しっかりと首輪として頭の中に爆弾が埋め込まれている。そして当然、GANTZの『転送』の対象内だ」

 

 つまり、太陽の近くにまで転送されて、頭部の爆弾を爆発させられれば、いくらリオン・ルージュの複製体といえども再生が間に合わずに死んでしまうのは避けられないということ。

 

 あの、リオン・ルージュが、己の生殺与奪の権を握られている――生命を盾に、脅されている。

 

「………」

 

 そんなことを、ニコニコと笑いながら宣う黒いリオンに、紅いリオンは射貫くような冷たい眼差しを向けている。

 

「だから『僕』としては、大人しくGANTZの指示に従って、『(ぼく)』を殺そうと思うんだけど」

「……『リオン・ルージュ(ぼく)』らしくないじゃないか。あろうことか、他者の言うことを大人しく素直に聞くなんて」

 

 例え、『箱』の中に閉じ込められたとしても、『箱入り娘』として月の全土を支配してみせたリオン・ルージュらしからぬ言葉だと、己の黒い複製品に言うリオンに。

 

 黒いリオンは「確かにね」と笑いながら言う。

 

「でも、意外と新鮮なんだよ――支配するんじゃなくて、誰かに支配されるっていう感覚がさ。もしかしたら創ら(生ま)れる際に、にそういう精神操作(設定)もされているのかもしれないけれど。それでもまぁ、飽きるまでは楽しむのもありかなと思っている」

 

 それに、何より――と、黒いリオンは、嬉しそうに――凄惨に笑う。

 

「『リオン・ルージュ(ぼく)』と戦えるんだ。こんなにワクワクすることがあるかい?」

 

 牙を剥き出しに、涎すら垂らしながら、星を傾ける美貌を台無しにして――漆黒の吸血姫は言う。

 

「やっと本気を出せる相手を前にしてるんだ。考えてみれば当然のことだった。『リオン・ルージュ(ぼく)』の本気を受け止めることが出来る相手なんて、いるとすれば、それは――『リオン・ルージュ(ぼく)』だけだ」

 

 ずっと思っていた筈だ。ずっと飢えていた筈だ。ずっと乾いていた筈だ。

 

 ずっと――求めていた筈だ。

 

 己の中に、生まれた時からずっと棲んでいる――生まれた時から備わる、有り余る怪物的な力を、思う存分にぶつけることが出来る相手を。

 

「『(ぼく)』もそうだろう――『リオン・ルージュ(ぼくら)』は、そういう怪物だ。ずっと、ずっと――望んでいた状況じゃないのかい?」

 

 黒いリオンの言葉に、紅いリオンは――何も答えない。

 

 その冷たい眼差しを――哀れな何かを見る目を止めない。

 

「まぁ、けれども無粋なことに、今の『僕』にはそれに加えて、『星の支援』が機能している。よっぽどこの星の危機感を煽る星人戦争が勃発してるんだろうね。たしかにえらいことになっているけど」

 

 そう語りながら、黒いリオンは辺りを見渡す。

 炎上し、崩壊している平安京を――妖怪大戦争に破壊される平安京を。

 

「こんな現場に立ち会い、巻き込まれようとしている、月の全権代理者。己の全ての機密を保持している怪物――月からも地球からも畏れられている『異物』である君を、排除しようとする力が働いている。『僕』の中に注ぎ込まれているのを感じる。嫌われたものだね、『(ぼく)』も」

 

 だから、残念だけれど、本当に残念だけれど、『(ぼく)』に勝ち目はないよ――そう、黒いリオンは真っ黒に笑う。

 

 それは本当に残念そうで、やっと手に入れた玩具が思いの外に脆そうでがっかりしているようで――どこまでも残酷で、どこまでも哀れな子供のようで。

 

 紅いリオンは、まるで鏡を見せつけられているようで――リオン・ルージュという子供が、どこまで愚かであるかを、突き付けられているようで。

 

「それでも、今までで一番本気を出せると思うんだ。だから、なるべく頑張って――」

 

 死なないでね――そう、今から自分が殺そうとしている『(あいて)』に、遊ぼうとしている玩具に対し、何の罪悪感もなく、何の疑問も持たずにそう言い切りながら、黒い炎を放ってくる黒いリオンに。

 

 紅いリオンは――リオン・ルージュは、にこやかに笑って呟いた。

 

「……いやあ。『リオン・ルージュ(ぼく)』って、端から見ればこんな感じ(ヤツ)だったんだね。――イタイな~」

 

 そりゃあ、かぐやも放っぽり出すよねぇ――と、リオンが紅蓮の炎を放ちながら俯くようにそう言う。

 

 黒炎と紅蓮が衝突する。

 そして、黒い炎が僅かに紅蓮の炎を押し返し、その二色の炎の中から飛び出してくる黒いリオンに向かって、紅いリオンは呟くように言う。

 

「確かに、君は僕の複製品(クローン)だ。月に居た頃の『リオン・ルージュ』そのものといっていい。その黒髪は似合っていないけどね」

 

 黒い炎を纏いながら放つ爪の斬撃を、長い脚による刈り取りを、リオンは紅蓮の炎を纏った手で、脚で受け止めて、受け流しながら言う。

 

「その上で『地球(このほし)』の『支援(バックアップ)』を受けているというのも本当なんだろう。――強いね、確かに。真正面の一対一(タイマン)なら僕に勝ち目はないのかもね」

 

 だけどね――と、紅いリオンは、静かに言う。

 

「君はあくまで、()()()()()()()の複製なんだよ」

 

 哀れで愚かな――あの黒い球体しかなかった部屋に閉じ込められて拗ねていた『箱入り娘』に。

 

 天才で、最強で、無敵で――ひとりぼっちだった『リオン・ルージュ』に言う。

 

「僕は――変わったんだ」

 

 かぐやの言う通り――この地球(ほし)で。

 

 数百年間、ずっと、人形のように変わらなかった『リオン・ルージュ(ぼく)』が。

 

 たったの数日で――たった一人との出逢いによって、生まれ変わったんだ。

 

「――姉妹喧嘩に水を差すようで悪いが、俺も急いでいるんだ」

 

 黒い炎も、紅蓮の炎も断ち切るような――黄金の斬撃が迸った。

 

 黒いリオンも、紅いリオンも、その斬撃に動きを止めて、間に入るように――墨色の浪人が現れる。

 

「黒い炎にはいい思い出がないんだ。あんまり振り撒かないでくれるとありがたい」

 

 そう言って、京四郎は黒い炎を太刀で払う。

 常人――どころか、そんじょそこらの戦士であっても、近づく所か呼吸も出来ないであろう、二色の大炎がぶつかり渦巻く戦場に、悠々と飛び込み、あろうことか――戦っている。

 

 戦えている。

 星を傾ける怪物であり、今はそれに星の支援すら受けている黒いリオンを相手に――ただの現地人(地球人)が刃を振るうことが出来ている。

 

(なんだ――コイツ)

 

 只の人間――では、ない。

 星の支援を受けている黒いリオンは、この男もまた星から力を与えられた戦士であることは理解できた。

 

 だが――それだけだ。

 それだけならば、同様に星の力を与えられた吸血鬼である黒いリオンに太刀打ちなど出来ない筈だ。

 

(何で、『僕』の戦いについてこれる――何故、『リオン・ルージュ』と、肩を並べて戦えるんだ!?)

 

 吸血鬼同士の決闘に、何故――只の人間が混ざり込めるのだ。

 

 何故、只の人間が、吸血鬼と――背中を預け合っているのだ。

 

「――残念だけれど、僕はもう知っているんだ。『君』よりも一足先に出逢っているんだ。自分の本気を受け止めてくれる快感も、自分の全力を受け止めてくれる相手にもね」

 

 一対一では敵わない。

 リオンも、京四郎も――黒いリオンには勝つことは出来ないかもしれない。

 

 しかし、自分はもう孤独(一人)ではないと――『月に居た頃のリオン』に向けて笑う。

 

「だから、僕は――『黒いリオン(きみ)』に全く興味がないんだ」

 

 悪いけれど、僕は死なない。月にも帰らない――紅いリオンは、黒い炎を京四郎が切り裂き、開いた突破口に突っ込みながら言う。

 

「この地球(ほし)で、まだまだ京四郎(コイツ)の物語を、傍で見ていたいのさ」

 

 黒い炎の壁を抜けた先で、紅いリオンを待ち構えたように振るわれていた黒い炎の剣の振り下ろし――それを、背後から黄金の斬撃で吹き飛ばしてきた男に対して、紅いリオンは思う。

 

(京四郎――アイツ、強くなっている。いや――取り戻しているのか。本来の自分を)

 

 永い眠りによって鈍り切った身体が、抑えられていた本能が。

 己を追い込む究極の怪物との極限の戦いを通して――目覚めているのか。

 

 星に選ばれた戦士――ただそれだけでは説明不可能な、日ノ本という小さな島国に生まれた謎の怪物が。

 

 ゾクっと、リオンの背筋を震わせる。ああ――やはり、面白いと。

 

(京四郎――君は、『リオン・ルージュ(ぼく)』なんかよりも、ずっとずっと面白いよ)

 

 そして、黒い炎の剣を砕かれて、驚愕している己の複製品(黒いリオン)を見据えると。

 

 紅いリオンは――その表情から一切の温度を失くす。

 

(ああ――邪魔だな)

 

 黒いリオンが黒炎の盾を作り出そうとしているのを、紅いリオンは冷たく見据えながら――己の手の中に眩い光球を作り出す。

 

 紅蓮を圧縮し煌炎へ――範囲よりも貫通力を高め、炎の(ジャベリン)を作り出す。

 

「悪いけど――さっさと死んで(帰って)くれないかな」

 

 その細い腕に煌炎を纏わせる。

 太陽のように眩い光を放つ右腕が、黒い炎の壁を貫いた。

 

「――――」

 

 口を開くように、指が開かれ――その掌から、煌炎の槍が発射する。

 

 それは黒いリオンの豪奢なドレスを纏った身体を貫き、黒いリオンは地面へと落下していった。

 

(僕が――敗けた?)

 

 全身を貫く痛みよりも、その困惑の方が勝った。

 

 能力のスペックならば完全に勝っていた。

 素体(オリジナル)の記憶も継承している。戦闘経験値という意味では大きな差はない筈だ。

 

 何故――敗けた?

 

 黒いリオンは落下しながら――己の貫いた素体(オリジナル)ではなく、ただ一人。

 

 こちらを無感情で見詰めている、どこにでもいるような墨色の浪人を見詰め返していた。

 

 碌に受け身もせず、地面へと叩き付けられる。

 どくどくと血が流れる傷を押さえることもなく、呆然と夜空を見上げていると。

 

 そんな自分を見下ろすように、紅蓮髪の美女が視界に現れて。

 

 眩く輝く右手を――煌炎の槍の発射口を、何も言わずに向けて。

 

「わ――っ」

 

 その右手を、グイッと京四郎が持ち上げた。

 

「何するのさ」

「何をするはこっちの台詞だ。明らかにやり過ぎだろう」

 

 リオンは腕を掴まれたまま「やりすぎって……殺されるところだったんだよ。殺すのが当たり前でしょ」と言うと、京四郎は再び疑問符を浮かべたような表情で。

 

「――? 妹だろう? 只の姉妹喧嘩で、殺すまではいくらなんでもやりすぎだ」

 

 その言葉に、黒いリオンも、紅いリオンも――目を見開く。

 

 再び純粋に首を傾げた京四郎に、腕を離してもらったリオンは「……いや、それは――」と、言葉を探す。

 

 そんな間も、黒いリオンは、京四郎を見上げていて。

 

(……この、人間は――)

 

 黒いリオンは――生後数時間の子供は、生まれて初めて見る、天才の記憶にも知識にもいなかった、己以外の怪物を見て、出逢って――そして。

 

「――――ッ!」

 

 京四郎は瞬時に表情を変えて、二色のリオンから距離を取る。

 

「――? 京四――」

 

 紅いリオンの言葉は、最後まで紡がれなかった。

 

 それよりも早く――黒い何かが通り過ぎていった。

 

 まるでそれは黒い光のようで、気が付いたら、地面に黒い残り火が揺らめく轍だけを残して去っていった。

 

 その轍は、墨色の浪人が立っていた場所を真っ直ぐに通過していて。

 

(あれは――――魔人の接近を察知して、それに京四郎は飛び乗ったってこと? ……相変わらず、後先考えずに無茶をする)

 

 葛の葉という存在を求めて、平安京中を駆け回っている魔人・平将門(たいらのまさかど)

 

 つい先程まで、件の『葛の葉』が眠る『祠』に向かう一行の護衛を務めていた自分達がいる場所にまで、それが近付いてきたということは。

 

(魔人は、遂に自分の求めるモノの居場所を嗅ぎ付けたってことかな。あるいは、自分のすぐ近くまで来てくれた魔人を、御姫様の方が呼んでいるのか。……だとすれば、魔人パートも終わりに近付いているってことかもね)

 

 きっと、京四郎にとっても、大切な戦いが迫っている。

 

 京四郎の物語を誰よりも近い所で見たいと願った自分にとっても、見過ごせない――最終決戦(クライマックス)が。

 

 早く行かないと、特等席が埋まってしまう――そう考えて、紅いリオンはさっさと終わらそうと、再び炎の槍を掌で構築しようとして。

 

「――カッコいい……」

 

 目をきらきらさせて夜空を見上げながら、黒いリオンは――呟いた。

 

「――面白い! 欲しい! 僕、彼が欲しくなっちゃったよ!」

 

 紅いリオンは、その無邪気な子供の言葉に。

 

「………………あ゛?」

 

 蟀谷を引き攣らせながら、思わず綺麗な笑顔を浮かべながら、右手の中の光球を握り砕いた。

 




用語解説コーナー70

戦士(キャラクター)

 黒い球体が対星人用戦力として確保する、在来種である現地星人の『死人』を素体として創り出す複製品(クローン)

 通常は無作為に選出した対象の死亡時に、その死者の『魂』と『箱』の情報を調査(スキャン)し、死亡した時点での記憶などもそのままに複製品を創り出すが、稀に調査(スキャン)を終え、複製品(クローン)を創り出した後に、対象の素体が奇跡的に回復し、素体と複製品が重複してしまうという不具合を生じることもある。
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