比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

86 / 101
――まさか、もう目覚めたの?


妖怪星人編――73 山小屋への招待状

 

 黒い嵐が吹き荒れる。

 

 美しい白い光に向かって、ただ真っ直ぐに猛進する。

 

「クズノハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 手を伸ばす。ずっと探していた光。ずっと求めていた――白。

 

 真っ黒に染まった己を、綺麗に洗い流してくれるような――暖かい白色に。

 

 魔人は手を伸ばして――そして。

 

 それを邪魔するように、眩い黄金の光が襲い掛かる。

 

「グァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 己の身を抉るような灼熱の光。

 漆黒に染まった自分を炙るような、焼き尽くすよな――陽光のような黄金。

 

 ふざけるな――邪魔をするな。

 ようやく辿り着けたのだ。すぐそこにあるのだ。手を伸ばせば届きそうな程に近くに――白が、そこに。

 

「クズノハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 漆黒の魔人が暴れ回る。

 激情のままに振り撒く黒炎は、己を邪魔する黄金だけでなく、周囲に存在する全てに向かって襲い掛かる。

 

「ちっ――なんだ、コイツは!! 何者なんだ、この真っ黒野郎はよッ!!」

 

 突如として乱入した魔人に対し、百鬼夜行は一斉に距離を取る。

 白夜と長谷川が氷弾と水砲を放つが、魔人はいとも容易くそれを吹き飛ばし、意にも介さず暴れ続ける。

 

「おい、人間! あれはお前の客かよ! 一体全体ナニモンだ!?」

「ああ――あれは、俺の敵だ」

 

 鴨桜は噛みつくように、あの魔人に先んじて吹き飛ばされてきた墨色の浪人に向かって吠えるように問い掛け、京四郎はそれに対し、黄金の斬撃を飛ばして魔人を牽制しながら返す。

 

 そして、京四郎の言葉に繋げるように、百鬼夜行の総大将が、十二神将筆頭『貴人』が応える。

 

「……そういや、百年くらい前、俺が平安京に乗り込む前後くらいか、人間達が大層恐れていた――『魔人』が居たなぁ」

「……ええ。それこそが、目の前にいる蘇った魔人。坂東を支配し、新皇を名乗り、かの安倍晴明様ですら完全に滅ぼすことが出来ず、封印することしか出来なかった大怨霊」

 

 そんな彼等に、続くように――その狐の妖怪は、魔人を見詰めながら、感情を伺わせない声色で言った。

 

「そして、大妖怪『葛の葉』が愛した――ただ一人の男」

 

 予想外の方向から届いた言葉に、羽衣が、鴨桜が、ぬらりひょんが、そして京四郎が――その狐に、目を向ける。

 

 その狐は、その女は――真っ直ぐに、ただ暴れ続ける漆黒の男へと目を向け続けていた。

 

「――――平将門(たいらのまさかど)

 

 彼ら彼女らからは、その狐の表情は見えない。

 

 犬神をはじめとする百鬼夜行が、成す術もなく牽制することしか出来ない程に大暴れする魔人を――どのような表情で見詰めているのかは分からない。

 

「……とにかく、アレがとんでもねぇ、魔人とかいう化物なのは分かった」

 

 鴨桜は吐き捨てる。

 ただでさえ、化生(けしょう)(まえ)という怪物を相手にしなくてはならないのに、それに加えて魔人などという異物が乱入してくるとは。

 

「どうにかして、あの魔人ってヤツを倒した上で、狐の姫君を退治しなくちゃいけねぇってことか?」

「いいえ――無理です。あの魔人は、私達では殺せません」

 

 鴨桜の言葉に、羽衣は狐火の弾丸を魔人に叩き込みながら言う。

 

「――あぁ? そりゃ、どういうことだッ!」

「……魔人・平将門は――不死なのです。……百年前、平将門を魔人とした葛の葉は、自身の不死身の権能を将門に与えた。その呪いが健在である限り…………平将門は、殺せない」

 

 平将門は殺せない――不死。

 そう冷たく言い放つ羽衣に、鴨桜は「はぁ!? なんだ、それは!」とその理不尽に憤り。

 

「…………」

 

 ぬらりひょんは、それを言い放つ羽衣の口ぶりに、何かしらの違和感を感じ取り。

 

「――――」

 

 京四郎は、自らが殺さなくてはならない宿敵の不死が健在であることに目を細めて。

 

「じゃあ、どうすりゃいいってんだ!? あの魔人をこのまま放っておけってのかよ!?」

「……それは――」

「――そうね。私も気になるわ」

 

 化生の前は、その瞳を羽衣へと向けて――狐の微笑みを向けながら、意味深に、覗き込むように問い掛ける。

 

「『お姉ちゃん』。あなたは、どうするつもりなのかしら?」

「…………」

 

 片方の目を、暴れる漆黒の魔人へと向けながら。

 

「『平将門』を――そして、その『不死』を」

 

 あなたは、どうするつもりなのかしら――と。

 

 片方の目を、平将門の娘であり、()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()』を、見据えて、見詰めて、見透かそうとしている。

 

「…………」

 

 そんな姉妹の睨み合いを、ぬらりひょんと鴨桜は見遣って。

 

「――おい、テメェら、いい加減に――」

 

 刻一刻と悪化していく状況に、魔人によって百鬼夜行が圧され始めていく光景に痺れを切らして、鴨桜が口を開きかけた、その時。

 

「――――っ!! ちぃッ、避けろ!!」

 

 京四郎は、背後から――光り輝く『祠』から、何か飛び出そうとしていることに一早く気付く。

 

「な――――!?」

 

 それは――『尾』だった。

 柔らかそうな獣毛に覆われた、太く伸びる――九本の、『狐の尾』。

 

(――――これは!? ――まさか、もう覚醒し(目覚め)たの!? 『葛の葉(おかあさん)』が――!?)

 

 未だ、平将門は、『祠』にその手を触れてはいない。

 

 にもかかわらず、魔人の接近を感知して、『祠』の扉が開けた状態で、至近距離から魔人のエネルギーを感じ続けた結果、本体がその手を触れるよりも早く――『葛の葉』の封印が、解けたということか。

 

 そして、封印から目覚めた『葛の葉』は、将門が入ってくるのを待ちきれず――自ら招き入れようとしている――?

 

 己が眠る、二人が出逢った――特別な思い出の詰まった『山小屋』へと。

 

「いけない! お願い、止めて!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()!! ――羽衣の言葉に、やはり真っ先に反応したのは京四郎だった。

 

 真っ直ぐに将門へと向かって伸びる狐の尾。

 それらを全て、京四郎は魔人へと届く前に両断した。

 

「よし! これでいいか――」

 

 太刀を鞘へと仕舞いながら、京四郎は目線だけで振り返る。

 

 だが――そこでは、平太が、化生の前が、そして羽衣が、『狐の尾』に絡み着かれていた。

 

「――平太!」

「…………へぇ」

 

 平太から引き剥がされた詩希が絶叫し、化生の前は己に巻き付く狐の尾に対し意味深長に微笑む。

 

 そして、羽衣は――。

 

(――しまった! 魔人に伸ばされた尾は『六本』だけ。他の三本は、初めから私達に――)

 

 ただ盲目的に平将門(おとこ)を求めているだけではない。

 冷静に、明晰に――目覚めた後の、これからのことも考えての先制行動。

 

(間違いない――『葛の葉』は、完全に覚醒している――!!)

 

 羽衣はそう考えて、引きずり込まれないように地面に二本の尾を突き刺す。

 

 だが、平太にそのような抵抗も出来るわけはなく、その小さな体は浮かされ、そのまま光る『祠』へと引き摺り込まれていく。

 

「――平太!!」

 

 鴨桜を初め、誰も動くことが出来ない中――ただ一人、誰よりも近くにいた詩希は、平太の脚にしがみ付くようにして、共に『祠』の中へと引きずり込まれる。

 

「だ、駄目だ、詩希! 離れて!!」

「イヤッ!!」

 

 私も、一緒に行く――瞳に涙を一杯に浮かべた詩希に、平太は何も言えず、身動きを封じられて何も出来ず。

 

「――――ッッ!! 平太ッ!!」

 

 ただ、鴨桜に向かって目線で、何かを訴えることしか出来なかった。

 

 そして、化生の前もまた、己を攫おうとする『尾』に対して抵抗のそぶりを見せなかった。

 妖しく微笑みながら――『姉』に向かって、ただ一言だけ。

 

「――先に行きますね。――『お姉ちゃん』」

「――――――ッッッ!!」

 

 そして、平太と詩希と化生の前が、眩く輝く小さな『祠』へと吸い込まれていく。

 

 詩希や平太は兎も角、明らかに成人女性並みの体躯を持つ化生の前は『祠』よりも大きい筈なのに、まるで異次元に吸い込まれるように、あっという間に、その姿を消した。

 

「くっ! どうする!? アンタに巻き付いてるその『尾』も斬り落とした方がいいか!?」

「無駄です。既にこうして対象に届いてしまった『尾』は、例え英雄(あなた)であろう斬れません」

 

 無理に斬ろうとすれば、囚われた対象も傷ついてしまう類の能力だと、羽衣は言う。

 

 舌打ちする京四郎に向かって――覚悟を決めたように、表情を変えた羽衣は、真っ直ぐにその顔を見据えながら言う。

 

「……約束します。いえ、誓います――藤原秀郷(ふじわらのひでさと)殿」

 

 羽衣は、もう託した名だと言われた、その伝説の英雄の名で――平将門を討ち取った英雄の名で、京四郎を呼ぶと。

 

「私が――平将門の『不死』を打ち破ります。……だから、それまで、魔人と戦い続けて下さい」

 

 果たしてどれほど時間が掛かるか分からない。

 その詳細な方法も明かせない。

 

 だが、それでも羽衣は――ただ、託す。

 

 魔人・平将門の相手を――不死身の魔人と戦い続けるという不可能を、成し遂げてくれと。

 

 英雄は――ただ背中を見せて応えた。

 

「――任せろ。俺は、その為にいる」

 

 京四郎はもう振り返らなかった。

 たった一人で、国を揺るがす怪異と対峙する――それこそが己の役割で、今ここにいる存在理由だと言わんばかりに。

 

 そして、そんな英雄と入れ替わるように――羽衣の下へ斑髪の青年が詰め寄った。

 

「おい! 何がどうなってる!? あの尾は!? 平太達はどうなったんだ!!」

「……『祠』の中は、葛の葉の領域となっている神秘郷です。空間の主となった葛の葉の許しがなければ誰も侵入(はい)ることは叶わない」

 

 先程の『尾』は、いわば葛の葉からの強制的な招待状。

 鍵が外され、扉が開いていて、隠蔽が解かれていても尚、葛の葉の許可を与えられたモノ以外は『祠』に触れても神秘郷に入ることは出来ない――それが、神秘郷『山小屋』の侵入条件。

 

「じゃあ、俺達があの『祠』の中に入ることは出来ねぇってことか……ッ?」

「――いいえ。抜け道はあります。先程、詩希さんがそれを、勇気をもって証明してくれました」

 

 羽衣は己を引き摺り込もうとする力に、二本の尾を杭のように地面に突き刺して抵抗しながら言う。

 

「先程の『尾』が許可を与えていたのは、あくまで平太さんでした。しかし、結果として平太さんにしがみ付いた詩希さんも、『祠』の中へと入ることが出来た」

「つまり、許可を与えられたモノと一緒であれば、許可を与えられていないヤツも侵入出来るということじゃな」

 

 ぬらりひょんが羽衣の傍へやって来て言う。

 羽衣は「……ええ」と、ぬらりひょんの方を見ずに――花を咲かせるように、自身の『尾』を広げた。その数は、地面に突き刺している二尾を含めて、先程刃として消費した一尾を除く八尾。

 

「つまり、残る招待券は私に巻き付いている、この『尾』一本です。私と共に『祠』の中へ侵入(はい)りたいという人だけ、その覚悟があるモノだけ、私の『尾』に触れて下さい」

 

 羽衣の両側に立つ、二体の妖怪――否、一体の妖怪と、一体の半妖。

 百鬼夜行総大将ぬらりひょんと、その息子である鴨桜は、額に汗を流す羽衣の言葉に耳を傾ける。

 

「――『祠』の中に飛び込むということは、『化生の前』と『葛の葉』……妖怪王を狙える最上級妖怪を二体、相手にすることになるということです。それも、逃げ場のない、相手の領域たる未知の神秘郷という戦場で。その覚悟があるのなら――」

「うるせぇ。誰にモノを言ってやがる」

 

 羽衣が覚悟を問い詰めきる前に、鴨桜は羽衣の『尾』を乱雑に掴んだ。

 

「俺の仲間(かぞく)が窮地なんだ。ごたごた言ってねぇで、一刻も早くその地獄とやらに連れてけ」

「……そうですね。あなたは、そういう人ですよね」

 

 そういう人で、そういう妖怪ですよね――そう、呆れるような、それでいて微笑むような顔を見せると「――それで? あなたはどうするのですか、お父さん」と、ぬらりひょんの方を向く。

 

「連れていける上限は、お前さんの尾の数かの?」

「……ええ。見ての通り、後七()で満員です」

 

 来るのか来ないのかという話が、あっという間に何体来るのか、誰を置いていくのかの話になっている所に、ああ親子なのだなと羽衣は呆れる。

 

 親子――父と、子。

 

「……………」

 

 羽衣は、一瞬だけ暴れる漆黒の魔人を見据えて――己の心臓の位置を手で押さえて首を振る。

 

「――士弦。お主等はここに残り、鞍馬を怪異京の『姫』の所まで送り届けて欲しいんじゃが」

「……恐れながら。総大将の御命令といえど、平太達を救けに鴨桜が向かうならば、そこに俺達が同行しない理由がありません」

 

 ぬらりひょんの言葉に目を伏せながらも、士弦は、月夜は、雪菜は、総大将の了承を得られるよりも前に、羽衣の尾を掴む。

 

「う~む。羽衣よ。これは、一本の尾に二体以上触れるのはなしかの」

「勘弁してください。七体でも相当に頑張っているんです。これはあくまで裏技なんですから、欲張って全員『祠』に弾き飛ばされても知りませんよ」

 

 そもそも詩希が弾き飛ばされなかったのも、平太と詩希の二体で葛の葉が求める『箱』だと認識されたに過ぎないという可能性もあるのだ。

 

 この裏技が使用できるのも、羽衣の妖力が『祠』の主たる葛の葉の妖力に非常に近しい故の、法則(ルール)の抜け道である。これ以上を求めるのは酷というものだろう。

 

「ふむ、そうじゃな。それでは――」

 

 ぬらりひょんは、そう呟きながら自分もあっさりと尾を掴み、最終決戦への参加権をもぎ取りながら――自らが絶大な信頼を置く幹部らに目を向ける。

 

「犬神、白夜、長谷川、一緒に来い――鞍馬と紅雀(べにすずめ)は留守番じゃ。さっさと怪異京(いえ)に帰れ。そんで、儂らの凱旋を待っとれ」

 

 了解――と、犬神と白夜と長谷川は、共に死ねと言っているに等しい地獄への片道乗車券ともいえる羽衣の『尾』を、何の躊躇もなく握って見せる。

 

 紅雀も「りょうかいです!」と敬礼して、そのまま動けない鞍馬の背後に回り、自分が持つそれよりも遥かに大きい羽を掴む。

 

 そして、この中で最も百鬼夜行歴が浅い鞍馬だけが「ま、待ってください、総大将!」と異を唱えるも――『尾』を握っていない方の手で持ったドスの柄を、ぬらりひょんは鞍馬の額に結構強めに叩き付ける。

 

「阿呆。今のお主が来たところで足手纏い以外の何物でもない。驕るな、新参者が」

「…………」

「忘れるな。()()()()()()()()()()。……儂のモノになった以上、その命を無駄にすることは許さん。――案ずるな。お主は初めてじゃろうが、怪異京も、『(儂の嫁)』も、いい場所で、いい女じゃ。必ずやお主も気に入るわい」

 

 じゃから、頼むぞ――そう言って、ぬらりひょんは鞍馬の肩に手を置く。

 

 鞍馬は「……御意。我が主」と、俯き、震えながら口にして、そのまま紅雀に吊られるがままにして、一反木綿の上に戻り、そのまま彼方へ飛び去って行った。

 

「さて――では、行こうかの」

 

 ぬらりひょんは、士弦を、月夜を、雪菜を、犬神を、白夜を、長谷川を眺めて――そして、鴨桜に目を向ける。

 

 そして羽衣は、京四郎へと目線を送った。

 

 今やたった一人で魔人を相手取る英雄は、羽衣達に目を向けることなく――ただ小さく、微笑んでみせる。

 

 羽衣は、そんな偉大なる英雄に背を向けて、地面に突き刺していた二本の『尾』を外す。

 

「――行きましょう。これが――最後の戦いです」

 

 固定(アンカー)を外した瞬間、狐と、狐の尾に捕まっていた八体の妖怪達は、そのまま渦の中に吸い込まれるように、『祠』の中へと突入した。

 

 こうして、一本の巨大な木の前には、光り輝く『祠』を背に――二人の黒い男が向かい合うのみとなった。

 

 漆黒の炎を振り撒く魔人――平将門。

 

 黄金の太刀を担ぐ英雄――京四郎――藤原秀郷。

 

「――さて。やっと、二人きりになれたな」

 

 今度は、正真正銘の一対一。

 かつてのように三人目を隠して配置したりしていない――念願の、二人きり。

 

 京四郎は、俺が言うのも何だが――と、前置き、黄金の太刀の切っ先を向ける。

 

「今度こそだ。あの時の続きをしよう。――百年も掛かって、本当に悪かった。……俺が、お前を終わらせてやる」

 

 今度こそ――今度こそだ。

 

 そう言って、京四郎は、不死身の魔人に向かって宣言する。

 

「俺がお前を殺してやる――今度こそ、しっかりとな」

 

 魔人もその英雄の宣言に対して、愛する女の名を咆哮したりしなかった。

 

 黒炎を以ても殺しきれない英雄(おとこ)を前に、目の前に迫る愛する女との逢瀬を阻む戦士(おとこ)を前に。

 

 遂に愛に燃えるばかりでなく、意識を――人間性を、取り戻したかのように。

 

 目の前の宿敵に向けて、魔人もまた、真っ黒な殺意を以て宣言する。

 

「――――コロス」

 

 英雄は笑い、魔人は吠える。

 

 そして、漆黒と黄金が激突する。

 

 百年の時を越えて、伝説は――繰り返される。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 小さな『山小屋』の前に、真っ白な老婆が立っていた。

 

 それは、不死を失い、時の流れに逆らえなくなった筈の生命。

 封印が解かれ、再び時が流れるようになった世界で、死を迎える目前の儚い生命。

 

 この国に三体しかいない『真なる外来種』が一体――『(くず)()』。

 

 だが、死に掛けて尚、死に瀕して尚――その凄まじい、空間を揺るがすような妖力は、健在だった。

 

「――あらあら。愛する人の匂いにつられて覚醒し(目覚め)てみれば、生んだ覚えのない娘がいるなんて。ところであなたは何者かしら?」

 

 私の『力』を返してくれないかしら――そう言って、殺意を膨れ上がらせる狐に。

 

 向かい合う狐は、まるで複製品(クローン)のように、瓜二つの、()()()()()()は。

 

「あなたが勝手に生んでおいて、ひどい母親がいたものだわ。まぁ、親がいなくても子供は勝手に育つモノ――私がいらない子ならば、あなたはもう用済みの母なのよ」

 

 愛する男との再会目前で、大変心苦しいのだけれど――そう前置き、化生の前は、笑顔で言った。

 

「――死んでくれないかしら。その残り少ない寿命も含めて、『葛の葉(あなた)』の全部を、『化生の前(わたし)』がいただくわ、『お母さん』」

 

 殺意の篭った狐の笑みを、殺意の詰まった狐の笑みが受け止める。

 

 空間が震える。

 妖怪・『葛の葉』が作り出した神秘郷が、領域の主の感情に呼応するように。

 

 平太は『山小屋』の陰で、詩希を抱き締めながら、空間と同じように震えることしか出来なかった。

 

 そして、二体の狐が――母と娘が激突する。

 

 我こそが『葛の葉』だと――自らを傷付け合うように。

 




用語解説コーナー73

・祠

 妖怪『葛の葉』が創り出した神秘郷『山小屋』の入口であり、鍵。

 神秘郷の主たる葛の葉が認めたモノ以外を弾き飛ばし、その存在を隠匿する結界の基点でもある。

 実際の大きさとしては高さ1m程の小さなそれだが、招待を受けたモノは、まるで祠に吸い込まれるようにして、神秘郷への侵入を果たすことになる。

 また、あくまでその招待方法は、神秘郷に封印が施された状態で、葛の葉が強引に招く際の方法であり、かつて封印が施される前、神秘郷のセキュリティがあくまで結界による隠匿であった頃は、あくまで祠は結界の基点でしかなかった。
 その為、平将門は『祠』の存在や役割については知識とは知らず、あくまで本能で葛の葉の気配を感じ取って、その『祠』に向かって猛進している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。