黒い太陽と紅い太陽が激突する。
大気が震え、大地が揺れる。
だが、徐々に、黒い太陽が紅蓮の太陽を押し始め――。
「………………ッッ」
紅いリオンが、二つの太陽の激突現場に、更に追加で鋭い火球を放ち――爆発する。
二つの太陽が破裂し、凄まじい熱風と衝撃が伝播する。
だが、その衝撃は優勢だった黒い太陽ではなく、劣勢であった紅いの太陽――つまり、紅いリオン側に向かって暴れ狂う。
「………………まさか。もう終わりかい?」
黒いリオンは、言葉とは裏腹に勝利を確信する。
疑似太陽は、現在のリオンが放てる最強の技だ。その対決で押し勝った以上、流石のリオンも重傷を負っている筈。
そう確信しながら、煙が晴れた場所を真っ直ぐと見据えたが――。
「………………?」
紅いリオンは、手に小さな炎の盾だけを展開して浮遊しており、その盾自体にも罅すら全く走っていなかった。
(……どういうことだ? 再生で回復したにしても、ドレスに焼け焦げ一つ残っていないなんて……
訝しげに眉を顰める黒いリオンに、空を飛ぶ紅いリオンから言葉が振り下ろされる。
「――確信したよ。やっぱり、君は僕の――『リオン・ルージュ』の
「………………何を言っているんだい? 僕が君の複製じゃなければ、何の――」
「――君は、
流石に妹よりは強いけれど――そう前置きし、紅いリオンは失笑するように言う。
「だって、
そんなんじゃ、とてもじゃないけど『リオン・ルージュ』は名乗れない――そう吐き捨てる紅いリオンに、黒いリオンは、絞り出して言葉を返す。
「………………何を…………何を――――言って――」
そして、それ以上の言葉を、強制的に口を閉ざさせることで封じられた。
「―――――――ッッ!!」
まるで――本当に太陽が間近に顕現したかのようだった。
つい先程まで、自分と同等――否、星の力の支援分、自分の方が確かに勝っていた筈の『力』が、一瞬で膨れ上がっていた。
だが、何度見ても、そこに太陽はない。
真っ赤な月を背に浮かぶ、豪奢な紅蓮の美女しかいない。
「さっきの京四郎を見て思ったんだ。京四郎が戦闘の中で、ブランク明けの鈍った身体を研ぎ澄まして、本来の実力を引き出していったように――僕の中にもまだ、眠っている力が埋まっているんじゃないかってね」
案の定だったよ――と、紅いリオンは笑う。
「そもそも、生まれてから一度も全力を出していない奴の全力を、本人すら把握していない潜在能力を、どうやってGANTZが算出するんだい。通常の
無論、GANTZもその規格外であろう
「
にこやかに笑う紅いリオンに、黒いリオンも引き攣った笑みを浮かべる。
「楽しい夢物語だね。さっきまでの劣勢はどう説明するんだい?」
「君と同じだよ。
だけど、大丈夫、僕は『リオン・ルージュ』だ――そう、言外に、もう慣れたと告げて。
「ああ、絶望しないで。まだまだ底は深そうだから。ひょっとしたら浮かれて隙が生まれて、うまくそこを突いて奇跡的に勝てるかもしれないぜ」
だから、希望を捨てないで。頑張ることに意味があるんだからと、紅いリオンは――酷薄に告げる。
もはや引き攣った笑みも引っ込めて、天に浮かぶ紅を睨み付ける黒に。
血のような赤い月を背負う紅蓮の美女は――極寒の冬地のように冷たい笑みを浮かべて。
「嬉しかったでしょ、全力が出せるって。僕もそうだよ。もっともっと――全力で
出来る限り、頑張って長生きしてね――そう告げると共に、赤い月を背景に、無数の紅蓮の炎の剣が出現する。
「――――ッッ!!」
黒いリオンは、咄嗟に巨大な黒い炎の盾を作ることを選択し――それを却下する。
聡明な頭脳が――天才を自称する頭脳が、それが正解だと機械的に提案しても――それでも。
(――――認めるわけにはいかない……っ。出力で
それが示されると――前提が崩れる。
黒いリオンが――黒い球体の刺客である資格を失う。
だからこそ、黒いリオンは、紅いリオンと同じように。
黒炎の剣を無数に生み出して、それを赤い月を目掛けて射出する。
二色の炎の剣が、寸分違わない弾道で一直線上を走り、激突して弾き飛ばされる。
それは威力、精度共に互角で、二色のリオンのちょうど中間地点で拮抗する。
「はは、やるね! じゃあ――
紅いリオンがそう笑うと、その言葉通り、紅い剣の軍勢が勢いを増し、黒い剣群を徐々に押し返してくる。
「――――くっ!!」
黒いリオンは、表情をくしゃくしゃに歪めながら、黒い剣を射出するのと並行して、大きな黒い炎の盾を創り出した。
そして、それが破壊されるよりも一瞬早く、蝙蝠の羽を生やして空へと逃げる。
「
逃げた先の背後で、耳元に囁かれるような声が届く。
反射的に黒い炎の剣を右手に纏わせるように形成して振り回すと――同じく紅蓮の炎の剣を手に纏った紅いリオンが、至近距離で黒いリオンを覗き込んでいた。
「――――っっっ!!」
黒いリオンが力任せに紅いリオンを弾き飛ばして距離を取る。紅いリオンは嬉しそうに笑って、黒いリオンと逆方向に距離を取った。
そして、互いに猛スピードで接近し、交錯際に剣を振るって互いを弾き飛ばす。そしてまた反対方向に距離を取って、スピードに乗せた接近と共に剣をぶつけ、また距離を取る。
だが、先に剣に罅が入ったのは――やはり黒いリオンだった。
「くっ――!」
新たな剣を作るにしろ、別の武器に変えるにしろ――と、黒いリオンは反射的に盾を作り、一時的に凌ごうとした、が。
黒い炎の盾は、紅い炎の剣――ではなく、炎を纏った紅いリオンの蹴りで砕かれた。
壊れた盾の欠片の向こうに、口角が裂けたような笑みを浮かべる紅いリオンが覗く。
「な――」
そして、新たな武器を作る間も与えられず――何時の間にか作られていた炎の槍が、黒いリオンの羽を貫いた。
「遠距離戦も、接近戦も、空中戦も、僕の勝ちだね」
紅いリオンが、羽に槍を突き刺したまま――紅蓮の炎を纏った拳を、黒いリオンの腹に叩き込む。
無理矢理に槍を引き抜かれ、そのまま成す術もなく、皮肉にも地球に来訪した時と同じように、流星のように地面に叩き付けられた。
受け身も取れず、肺の中の酸素を全て吐き出しながら、黒いリオンは――失笑する。
(ああ……確かに、『
だって――こんなにも恐ろしい。
体中の細胞全てが、複製された細胞全てが、怖くて、怖くて、怖くて震えている。
きっと、いつかも、『
同じ容姿の筈なのに、同じDNAの筈なのに、こんなにも――――遠い。
地面に叩き付けられながら、真っ赤な月を背に浮かぶ――『オニ』を見上げる。
ああ――なんと恐ろしく。恐ろしいほどに――美しい。
黒い『×××』は、陶然と、見惚れるように。
赤い月に向かって――紅蓮の『オニ』に向かって、手を伸ばしながら、呟いた。
「――ああ。やっぱり。あの息も凍るような、美しい『紅』こそが――」
彼女こそが――『リオン・ルージュ』だ。
+++
漆黒の魔人の暴虐的な攻撃を、黄金の太刀でいなし、斬り祓っていく。
太刀を一振りする毎に、剣閃が研ぎ澄まされていくのを感じる――否、かつての輝きを、取り戻していく感覚がある。
(ああ――確かに、俺は全盛期に戻りつつある。だが――)
冷静に京四郎は思考する。
百年前――かつて全盛期だった藤原秀郷でさえも、魔人・
その上、封印から蘇った将門は――今、目の前にいる魔人は。
かつての力に加え――リオンの炎の力をも手に入れた黒炎を有している。
(ならば――俺も全盛期を超えればいい。ただ――それだけの話だ)
京四郎は、そう決断する。
超えなければならない――ならば、超えればいい。
ただ、それだけの、単純な話だと――彼はそう断ずることが出来る。
(これまでもそうしてきた。だから、今も――そうするだけだ)
やってやるさ――と、決死の覚悟もなく、決意の気合も必要ないとばかりに、京四郎は、そう静かに思考して。
己に向かって放たれた――黒炎の砲撃を最小限の動きで躱す。
(――っ! 凄まじいな。それに、この黒炎は対象物を燃やし尽くすまで消えない。だからこそ、生身で受けたら終わり。……確実に太刀で弾かなくてはいけない)
京四郎の装備の中で、黒炎に対抗出来るのは黄金の太刀しかない。
この太刀のみが、消えない炎である黒炎を弾くことが出来る。
(敵の力は文字通りの無尽蔵。ただ受けるだけでは意味がない。勝つ為には、こちらから――)
攻める――と、京四郎は黒炎の砲撃を太刀で受け流しながら、そのまま将門の懐へと一歩で接近する。
縮地と言われる移動術。それを京四郎は天性の戦闘センスで容易く実行する。
だが、将門はその接近を予知していたかのように、そのまま己に近づく京四郎に向かって大振りの拳を振るっていた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!」
鋭く、
目にも留まらぬ速さ。何よりもその迫力に、強制的に足を止められそうになる魔人の拳を。
「――――っ!」
英雄は潜り込むように、流れるように躱してみせる。
魔人の振り抜かれた右手と、そして無防備だった左手の手首から黒い血液が噴き出す。
京四郎はただ躱すだけでなく、交錯際に将門の手首の腱も切断していた――が。
傷口から黒炎が噴き出し、瞬く間に裂傷は回復される。
(人間であれば致命傷だが――やはり魔人には効果はないか。再生の速度も百年前とは段違いだ。小さな傷では動きを止めることも出来ない。再生するとは分かっていても、腕を斬り落とすくらいでないと時間稼ぎにもならないか)
平将門の『不死』が健在である限り、京四郎に根本的な勝利はない。
だからこそ、『祠』の中へと這入って行った羽衣達が『不死』を無効化するまで、京四郎が為すべきことは基本的に時間稼ぎだ。
目の前の――『祠』へと侵入して、『葛の葉』との再会を目論む『魔人』を、徹底的に足止めすることだ。
「――ヒデサト……フジラワ……ノ……ヒデサト」
「っ!」
遂に、魔人が目の前の英雄の名前を口にする。
放つ言語が徐々に明晰になってくる。
徐々に自我を――そして記憶を、取り戻してきたのか。
「――愛する女との再会に対する浮かれも、少しは落ち着いてきたか。ようやく少しは人間らしくなってきたな、魔人。だが、お生憎だな。
俺の名は、京四郎だ――そう、黄金の太刀の切っ先を向けながら言う男に、魔人は、未だ黒炎が噴き出すだけで焦点の合わない瞳を、それでも真っ直ぐに仇敵へと向けながら問う。
「ナゼ……マタ……ジャマヲ……スル……」
魔人は黒炎が噴き出しながら言う。
おどろおどろしく、禍々しい――空間を歪めるような、魔力。
天井知らずに増大する力に、京四郎はただ目を細めながらも――構えを解かない。
「ドウシテ……オレノ……マエニ……タチフサ……ガ……ル……」
「――お前を止めると誓ったからだ」
魔人の威圧に、魔人の恐怖に――英雄はまるで揺るがない。
一歩も退かないとばかりに腰を落とし――ただ、不敵に笑って見せる。
「何年、何十年、何百年かかろうとも――お前を、解き放つと決めたからだ」
そして、右の親指で心臓を指差して、言い放つ。
「この俺の――『魂』にな」
将門は咆哮する。
地面を抉るように踏み込み、魔人は一直線に駆け出した。
(速い――!!)
黒い魔人が加速する。
速い――また速くなった
消えない炎――黒炎は確かに恐ろしい。
だが、それは只の追加装備だ。
かつて、たったひとりで国を揺るがした、新皇を名乗る大罪人は。
この迸る黒い魔力による、怪物的な肉体性能のみで、数多の軍勢を単独で薙ぎ払ったのだ。
(この肉弾戦を制せなければ――勝機はない!)
振り抜かれる黒い拳。
黒い魔力が迸る、恐ろしく鋭く重い一撃ではあるが――それでも軌道が素直過ぎる。
多少の自我を取り戻したとはいえ、未だ本能重視の攻撃。
京四郎はそれを見極めながら、後方に跳び去ることで回避する。
「ウォォォオオオオオオオオ!!!」
だが、将門は躱さされたその拳を、勢いを弱めることなく地面へと叩きつけた。
大地が砕ける――そして、その走る亀裂から、溶岩のように黒炎が噴き出した。
「っ!?」
着地する地面を失った京四郎は、その砕けた大地の破片を足場として、一瞬だけ体重を預けて反動を手に入れる。
人間業ではない――が、人間に出来ないことが出来るのが英雄とばかりに、京四郎は表情も変えずに距離を取ろうとする、が。
「ッ!!?」
黒炎は未だ割れていない筈の地面からも突き出でて、まるで何本もの柱が迫って来るかのように、次々と黒い炎の木が生え迫る。
そして、その即席の炎の林の中を、将門は猛烈な勢いで駆け出した。
(迸る魔力と黒炎――
避けきれない――例え、全盛期の自分の力でも。
だからこそ――と。
京四郎は空中で、黄金の太刀を――
(ならば――今こそ、
機会は、一瞬。
跳躍した自分に、迫りくる将門と炎の林が辿り着くよりも、一瞬だけ早く、再び地面へと足を着ける――その瞬間。
(さあ、藤原秀郷が伝説の英雄だというのなら――その伝説を、超えてみせろ)
今の俺は――京四郎となった俺は。
太陽すら――斬ってみせた男だろう。
「――――」
足に呪力を集中する。
鞘の中に呪力を流し、摩擦を極限まで減らし――抜刀速度を上げる。
太刀の刃にだけ呪力を纏わし――集中する。
そして――視ろ。視ろ、視ろ、視ろ。
相手は魔人――だが、あくまで、同じ人間だ。
腕で走るわけじゃない。脚で殴るわけじゃない。
性能が違うだけで部品は同じ。ならば駆動も同様だ。
その動き――例え、どれだけ速く複雑でも。
見極められない――道理はない。
「――――――――ふっっ!!」
一直線に――駆け抜ける。
魔人と炎の林が迫る同直線上を――重なるような、最小限の回避で。
「――――」
かちん、と、
居合――最速の剣技によって、およそ百年ぶりに、英雄は魔人の首を吹き飛ばた。
かつて出来なかった――魔人の単独での討伐を成し遂げる。
(――――俺も、まだ、強くなれる)
かつての頼もしい仲間は、もういない。
平貞盛も、藤原秀郷の名を継いでくれた――ただ一人の弟子も。
だが、それでも――新しい出遭いはあった。
豪奢な紅蓮のドレスを纏った美女を思い浮かべながら、京四郎は静かに呟く。
「お前が強くなるのなら、俺もどこまでも強くなろう」
お前がより凶悪な魔人となるのなら、俺は何度でもそれを止める英雄となろう。
京四郎は、ゆっくりと振り向きながら――鋭く冷たい眼差しを注ぐ。
「忘れるな――お前を止めるのは、この俺だ」
首を失った魔人の身体に、幾筋もの剣閃が走る。
そして、その全ての裂傷から――噴き出すように、黒炎が迸った。
用語解説コーナー77
・魔人の混乱
平将門は、魔人となってからも、その強靭な意思によって、自我を保ち続けていた。
しかし、平安京へと足を踏み入れた途端、葛の葉の存在を明確に感知し、その歓喜と愛――そして、何よりも葛の葉本体の覚醒によって、彼女の呪いが強化され、葛の葉を追い求めることのみに心が支配された。
そして、その支配を――徐々に、上回り始めている。
生涯の仇敵、因縁の英雄を前に――魔人もまた、全盛期を凌駕しようとしている。