比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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――『リオン・ルージュ』。どこにでもいる、ただの女の子さ。


妖怪星人編――79 奇跡の子

 

 吸血鬼一族は、古くから星々を渡り傭兵稼業を続ける戦闘種族だった。

 

 飛び抜けた肉体性能。

 蝙蝠のような羽による飛行能力。

 自身の影を媒体とする物質創造能力。

 どんな損傷もまるでなかったかのように回復する再生能力。

 そして、吸血による生命エネルギーの搾取、およびそれによる眷属創造。

 

 戦闘能力、繁殖能力共に飛び抜けていて、彼等はあらゆる星々を瞬く間に征服した。

 

 だが、そんな無敵のように思えた吸血鬼一族にも弱点があった。

 

 吸血鬼は総じて強力な能力を持つ反面――個体差が大きかった。

 

 四肢欠損はおろか頭部すらも容易く回復するが、心臓に杭を打たれれば死んでしまう者がいた。

 鉄の弾丸や鋼の刀は容易く弾き返すが、銀で出来た武器にはめっぽう弱い者がいた。

 どんな生物の血でも美味しく吸い尽くすのに、大蒜(にんにく)の匂いを嗅ぐだけで失神する者がいた。

 中には、他人の許可なく家屋に侵入出来ないものや、流れる水を渡れないなどという制約をもって生まれる者までもが現れたこともあった。

 

 そして、最大にして最悪の弱点――無敵に思える吸血鬼を、完全に滅ぼし得る唯一のもの。

 

 それが太陽の光であった。

 どれほど強靭で、弱点となる制約を全く持たずに生まれてくるエリートの中のエリートな吸血鬼でも、日光だけは克服することは出来なかった。

 

 だからこそ、吸血鬼は夜の王と呼ばれるようになった。

 夜の支配者――ナイトウォーカー。

 

 日が沈み、太陽がいなくなると、どこからともなく吸血鬼が現れる。

 数々の星々でそう畏れられ、彼等は瞬く間に夜の支配者から星の支配者へと登り詰めていった。

 

 だが、そんな彼等にも、避けられない未来があった。

 日光以外にも、彼等を滅ぼし得る、致命的な欠陥が存在した。

 

 それが――吸血衝動。

 吸血鬼を吸血鬼たらしめている固有衝動。

 

 生物が生物であるが故の、生殖衝動にして摂食衝動。

 

 吸血鬼は、血を吸わなければ、生きていけないのである。

 

 彼等は数々の星々を渡り歩いた。

 瞬く間に星を支配し――そして、食べ尽くした。

 

 吸血鬼の吸血は摂食行為にして生殖行為。

 搾り尽すか、生み出すか。

 前者は食糧を減らし、後者は消費を増やす。

 

 結果、彼等はその星の食糧たる他種族を全て滅ぼして――また次の星へと向かう。そんなサイクルを繰り返し続けていた。

 

 そんな、ある時――当代の種族長たる男は悟った。

 

 このままでは未来がない。

 遠からず内に、吸血鬼という種族は滅びてしまう。

 

 星々を渡るにつれて、行き場所を失っていた吸血鬼は、みるみる内に――憎き太陽へと近付いていることは分かっていた。

 

 いずれ、逃げられなくなる時が来る――この太陽の光から。

 我等が住まう夜が失われる、その時は目前まで迫っている。

 

 長たる彼は、次の移住を最後にしようと決めた。

 共存するのだと。

 他種族を支配し、食糧として管理するのではない。

 

 共存し、共栄する。

 互いに互いを助け合う関係を構築するのだと――長は、その星へと辿り着いた時、そう決断した。

 

 星の名前は――月。

 憎き太陽の光が、美しく青く輝かせる惑星の衛星である、この小さな星を。

 

 吸血鬼の終の住処にすると、当代の吸血鬼種族の長――ヴィル・ルージュは、そう決死の覚悟で臨んでいた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 種族史上初となる鮮血が飛び交わない会談の結果、吸血鬼種族は月の都市郊外に集落を作り生活することとなった。

 

 種族内からは差別的な隔離だという抗議の声もあったが、ヴィルはそれを無理矢理に抑え込んだ。

 吸血鬼にはこれまで数多くの星を滅ぼした実績があるのだ。恐れるのは当然――これからの働きで信頼を勝ち取るしかないと説得した。

 

 ヴィルは、吸血鬼達の同胞の食糧として、月の民から定期的に輸血を受け取る代わりに、月の民を異星人からの侵略から、月の民によって整備されている軍勢と共に戦う傭兵稼業を請け負うという契約を結んだ。

 

 吸血鬼の戦闘力は既に伝説として星々に轟いている。

 他に出来ることもない以上、戦争屋として星に貢献する以外の道はなかった。

 

 宇宙を渡り他の星を侵略することを生業としているのは吸血鬼だけではない。

 吸血鬼のように生きる為に資源を必要としているもの、住んでいた星を追われたもの、新たな天地を探すもの、単純な好奇心による冒険を夢見るもの、理由は様々だが、それでも定期的に異星人は襲来してくる。

 

 その全てが、当然ながら友好的な関係を築けるもの達ではない。

 

 戦わなければならない――戦争は、起きる。

 その時に、誰よりも頼りになるのが自分達なのだと示す――それがヴィル・ルージュの計画であった。

 

 いつか、必ず都市の中で共に暮らせる時が来る――そう信じ、そう説得し、そして。

 

 

 時が経つにつれ――吸血鬼の集落は、高い高い壁に囲まれていった。

 

 

 そんな中、吸血鬼一族の中で――奇跡の子が誕生する。

 

 長であるヴィルとその妻の間に、およそ有り得ないとされる、吸血鬼同士の吸血ではない性行為による生殖から生まれた生命。

 

 それは――双子だった。

 姉・リオンと、妹・ローラ。

 

 英雄の子たる奇跡の子の誕生が、吸血鬼一族に、更なる変革と――終焉を齎すことになる。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 吸血鬼は、異星人の侵略が発生する度に戦場に駆り出され――圧倒的な戦闘力を示し続けていった。

 

 それは、戦争に慣れていない月の民から見れば、余りにも凄惨で――悍ましく、残酷で。

 

 吸血鬼の評価は高まるどころか、その恐怖は増大していく一方だった。

 

 そして、一向に改善しない吸血鬼への待遇に、長であるヴィルへの猜疑心も一族の中で高まっていったが、圧倒的な強さを誇るヴィルへ直接的に叛旗を翻すものは居らず――その不満は、いつまでも吸血鬼を認めようとしない月の民へと向かうことになる。

 

 やがて、吸血鬼の中で、月の民に危害を加えるものが現れた。

 それは差別からの抵抗であったり、仲間を害された叛逆であったり、あるいは単純にストレスの解消に利用したりと様々であったが――。

 

 ヴィルは、その全てを許さず――その全員を処刑した。

 

 方法は火炙りならぬ――日炙りであった。

 

 太陽の光が当たる場所に柱へ縛りながら放置し、その吸血鬼の再生力が尽きるまで、どれだけ同胞が絶叫し泣き喚こうとも許さず最後まで灼ききるという凄惨極まりないものだった。

 

 日陰にて吸血鬼の他の同胞全員にその様を目撃させ、月の住人達が野次馬として傍観する中で。

 

 己もすぐ傍で、同じく太陽に灼かれながら。

 

 想像を絶する光景であった。

 処刑される吸血鬼は、日光に肉を焼かれ、炎に包まれながら地獄の苦しみに絶叫し、許しを請い、恨みや憎しみを叫び散らす中。

 

 すぐ傍で同じように灼かれるヴィルは、一切の叫びもなく、ただただ無言で己が処刑している同胞を見詰め――けれど、一切の手心を加えない。

 

 やがて、同胞が灰になって消える中、一族で最高の再生力を誇るヴィルは、身体を燃やしたまま、日陰で同じような処刑を見守った同胞の下へ、野次馬として集まった月の民の下へ戻ってくる。

 

 それには、様々な意味があっただろう。

 噴出しそうになる月の民の吸血鬼への反感情の抑制や、暴走しそうになる吸血鬼の同胞への見せしめなど。

 

 そんな父のパフォーマンスや、一切の表情を崩さないその仮面の内側にて渦巻いているであろう様々の感情に。

 

 彼の双子の娘は――姉は冷たく醒めた眼を向けて。

 妹は表情をぐちゃぐちゃに歪めて――憎悪の篭った目を、月の民へと向ける。

 

 姉は、そんな妹にも――冷たく醒めた眼を向けていた。

 

 

 そして、双子が大人になった頃――父が死んだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 吸血鬼の英雄――ヴィル・ルージュの死は、月の民に、そして吸血鬼一族に大きな混乱を呼ぶことになる。

 

 その日も、いつもの戦争であった筈だった。

 

 だが、その時の異星人は、戦闘民族たる吸血鬼と並び立つような、恐ろしく強大な大軍であった。

 

 ヴィルは吸血鬼の同胞の同行を許さなかった。

 全て、自分だけで片付けるからと。

 

 結果として、ヴィルと月の軍勢のみで迎撃に当たった。

 

 しかし――月の軍は、ヴィルと異星人の戦いに、一切の加勢をしなかった。

 

 出来なかった――といってもいい。

 彼等にとっては余りにもレベルの違う戦場で、ただ突っ込んでも犬死するということが明らかであったし。

 

 何より――怖かった。

 かつてないほど強大であった異星人も――それと単独で戦い続ける、ヴィル・ルージュという吸血鬼の、文字通りの鬼の形相も。

 

 怖くて、恐ろしくて、堪らず。

 

 結果――ヴィルが敵の異星人を根絶やしにしたと同時に訪れた夜明けと共に、朝日を浴びたヴィルは灰となって死んだ。

 

 あれほどまでに太陽を浴び続けても健在だった吸血鬼の英雄は、もはや日の出の陽光にすら耐えられない程に――限界だった。

 

 戦い、戦い、戦い続けた英雄は。

 同胞を守る為に同胞を殺し続けた――長の身体と、そして心は、既に限界を迎えていた。

 

 月の戦士曰く、とても穏やかな死に顔であったという。

 

 その報せを受けて、彼の双子の娘は――姉の方は、やはり冷たく白けた瞳を向けて。

 

 妹の方は――激昂し、奮起した。

 

 クーデターを起こすと、妹は宣言した。

 今こそ吸血鬼種族一丸となり、迫害を続ける月の住人を支配下に置くのだと。ヴィルが健在であった時から息を潜めていた反月勢力を纏め上げて、一斉蜂起するのだと。

 

 それに対し、姉は冷たく言った。

 これまでの愚かな歴史の二の舞だと。力で支配しても、反抗勢力は決してなくならない。結果的に食糧たる他種族を根絶やしにし、また星を渡ることになるのが関の山だと。

 

 姉と妹は対立し、妹は――姉に言った。

 

「私達は、双子で生まれてくるべきじゃなかった」

 

 そもそも吸血鬼の子というだけでも本来はあり得ない確率だ。

 吸血鬼のベーシックな繁栄方法は間違いなく吸血であり、性行為は吸血鬼にとって只の娯楽に過ぎない。

 

 にも関わらず、吸血鬼の女の胎に生命が芽生え――子が生まれた。

 

 生まれた双子は、英雄たるヴィル以上の力を備えていた。

 それこそ弱点など陽光しかなく、それ以外の能力も桁違いだった。

 

 正しく――吸血鬼を救う奇跡の子だと。

 

「奇跡の子は――二人もいらなかった」

 

 生まれる前まで双子だと判別されていなかった為に、子に与えられるべく準備された名前は、一つだけだった。

 

 奇跡の子に捧げるべく用意されていた名――『リオン・ルージュ』。

 

「吸血鬼に必要なのは、『リオン・ルージュ』だけだった」

 

 もう後戻りが出来ない程に、追い詰められた吸血鬼という種族――それを救ってくれと、願われて、望まれた存在。

 

 生まれるべきは、それを成し遂げる『リオン・ルージュ(奇跡の子)』だけだったと。

 

「私が、このクーデターで証明してみせる。私こそが、『リオン・ルージュ』に相応しい、生まれるべくして生まれた奇跡の子だと」

 

 双子は天才だった。双子は無敵だった。双子は最強だった。

 

 だけど、『リオン・ルージュ』はひとりでいい。

 

 より天才で、より無敵で、より最強である――ひとりだけでいいと。

 

 そう言い残し、妹は部屋を出て行った。

 

 姉妹に用意された子供部屋。

 

 妹は父が大好きだった。英雄たる父を尊敬し、いつも後ろを付いて回っていた。

 

 対して――姉は怠惰だった。

 部屋を出て行く妹をいつも見送り、ひとりで寝るには大きすぎるこのベッドの上で、いつもだらだらと過ごしていた。

 

 だから、その日も――姉だけが、それを目撃していた。

 

 大きすぎる子供部屋に、電子線と共に現れた――その黒い球体の降臨を。

 

 そして妹は、その子供部屋に戻ることなく――翌日にクーデターを起こした。

 

 月の住人が次々と殺戮され、その死人達は。

 

 この子供部屋――『黒い球体の部屋』へと回収された。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 奇跡の双子の子供部屋に過ぎなかった筈のその部屋は、今や阿鼻叫喚の混乱の渦に叩き込まれていた。

 

 突如として発生した吸血鬼一族によるクーデター。

 訳も分からないまま殺されたと思ったら、気が付いたら見たこともない部屋に居て――見たこともない無機質な黒い球体と、見たこともない吸血鬼の美女だけがいた。

 

 現状をまともに把握できるものすらいない。

 訳も分からず紅蓮髪の美女に向かって斬り掛かり――返り討ちにあって部屋の滲みになるものもいた。その滲みも、黒い球体が電子線と共にすぐに消し去るのだから、もうわけがわからなかった。

 

 ようやく事態が動いたのは、短い黒い髪の美女が戦士としてこの部屋に現れた後だった。

 その黒髪の美女も初めは混乱していたが、少なくとも分からないなりに、現状を把握しようと努める冷静さと器を持っていた。

 

 だからこそ、紅蓮髪の美女は、彼女だけには、己の知っていることと、これから起こることの推測を語ることが出来た。

 

「無様に殺されたあなた達は、これからもう一度、私の妹達と戦うことになるらしい。その為に、この黒い球体に戦士(キャラクター)として回収されたみたいだね」

 

 紅蓮髪の美女は、突如として現れた謎の黒い球体を、久々に手に入った新しい玩具として一晩遊び尽くしていた。

 

 目の前の黒い球体自体には何の記録(メモリー)も残っていなかったが、これがある一定の機構で作成された『量産品』であることを早々に見抜き、基本的なルールと使い方は把握することに成功していた。

 

「これは、対異星人用の迎撃装置だ。何処からか吸血鬼の英雄たる父が死んだことで、こうして愚かな妹がクーデターを起こすこと察知した『何者』かが、新しい傭兵作成装置として送り込んだって所じゃないかな?」

 

 その新製品の標的(ターゲット)の第一弾が、前任者たる吸血鬼っていうのは皮肉な話だけどね――と、紅蓮髪の美女は冷たく告げる。

 

 無論、その推理に関しても罵詈雑言の反論と混乱の嵐だったが、紅蓮髪の美女はそれに一切構わずに、会話はこいつとしかするつもりはないと言わんばかりに、黒髪の美女の方だけを向いて話した。

 

 この黒い球体は、死人を戦士として回収し使用すること、そして戦士を標的のいる戦場に送り込み戦争をさせること、その為の漆黒の武器と鎧を提供すること、強い標的を倒せば点数が貰えること、そして、戦士の役目から解放される為には点数を集めなければならないことと、戦争で死ねば――今度こそ本当に死ぬことになるということ。

 

 紅蓮髪の美女の、推測でしかない筈の言葉に、いつしか回収された月の民達は口を閉ざしていた。

 

 彼女の言葉は、只の推測でしかない筈なのに――それを真実だと有無を言わせずに理解させる、圧倒的なカリスマ性に満ちていて。

 

「――そう。あなたが、噂の『奇跡の子』ね。てっきり、私を殺した『あの子』のことだと思っていたけれど」

 

 どっちも合っているし、どっちも間違っているねと嗤う紅蓮髪の美女に、黒髪の美女は言う。

 

「……例え、あなたの言葉が正しいのだとしても、同じことよ。その黒い球体が鎧やら武器やらを貸し出してくれたところで、初めて使う慣れない武器を持って、もう一度あの戦場に送られても、何も変わらない。とてもじゃないけど、月の民(わたしたち)が吸血鬼に勝てるとは思えない。あっさりともう一度、今度こそしっかりと殺されるだけよ」

 

 黒髪の美女の言葉に、紅蓮髪の美女は――冷たく笑って、何もかも見透かしているかのようにつまらなげに、平淡に、まるで分かり切ったテストに応えるかのように言う。

 

「なら、僕が戦士(きみたち)を『操作(プレイ)』してあげるよ」

 

 そう言って紅蓮髪の美女は、黒い球体に向かって戦場をモニター出来る画面を用意出来るかと問うと――黒い球体は電子線を虚空に向かって放ち、今、正に地獄絵図となっている月の都を映し出す。

 

 そこには――紅蓮髪の美女と瓜二つの、正しく化物と呼ぶに相応しい暴れっぷりを披露している黄金髪の吸血鬼がいた。

 

 紅蓮髪の美女は、それを冷たく見据えて、なら、ついでに『黒い球体の部屋(ここ)』から僕が指示を送れるようなイヤホンを人数分用意してというと、再び電子線が黒い球体から照射され、真っ黒なワイヤレスイヤホンが戦士の人数分だけ作り出される。

 

「僕が『黒い球体の部屋(ここ)』から戦士(キャラクター)達に指示を出す。君達はそれ通りに動けばいい。それだけで、僕が君達を恐るべき吸血鬼から救ってあげるよ」

「ちょ、ちょっと待って――」

 

 何かを言い掛ける黒髪の美女の言葉に「どうせうだうだ言っても戦士(きみ)達は戦争(ミッション)に送られるんだ。君の言う通り、ただ送られるだけならどうせ死ぬだけっていうなら、騙されたと思って僕の言う通りに動いてもいいんじゃない」とつまらなげに言う。「まあ、ただただ普通に死にたいっていうなら、別にそれでもいいけどさ」と付け加えて。

 

「そうじゃなくて――どうして? そんなことをしてくれるの?」

 

 黒髪の美女は、そう、畏れの篭った言葉で言う。

 

 まるで、父――ヴィル・ルージュが披露していた、あの同胞の処刑を眺めていた月の民と、同じ種類の視線を――紅蓮髪の美女に向けながら。

 

「……別に」

 

 紅蓮髪の美女は、目線を切って、ただそう口にする。

 

「どうでもいいんだよ。答えが分かり切っているもの程、つまらないものはない」

 

 それ以上、何も答えるつもりはないと、紅蓮髪の美女はベッドに寝っ転がりながら「ただし、無論、条件がある」と指を立てて言う。

 

「君はそれなりに優秀そうだし、月の民の中でもそれなりの地位にいるんだろう? 今回のことで、僕以外の吸血鬼は絶滅するだろう。みんなもれなく馬鹿な妹に唆されたからね。だから、その後の僕の保護を頼みたいんだ」

 

 安心してよ、僕は君達を支配するなんて、つまらないことは企まないから――そう言う紅蓮髪の美女に、信用出来るかという野次が飛ぶ。

 紅蓮髪の美女は、それを目線一つで黙らせながら「……月の民(きみたち)に選択肢はないと思うけどなぁ」と、冷たく言う。

 

「その気になれば、僕ひとりで今回の妹のクーデター以上のことも可能だ。そもそも、今回の『吸血鬼退治』の後、月の民(きみたち)はどうやって異星人(がいてき)から身を守るつもりだい? 吸血鬼も、そして、その黒い球体も無しに、月の民(きみたち)は、(きみたちの星)を守れるのかい?」

 

 紅蓮髪の美女の言葉に、何も言い返すことも出来ない一同に、紅蓮髪の美女は吐き捨てるように言う。

 

「忘れるなよ。これは僕の為じゃない。月の民(おまえたち)の為の契約なんだ」

 

 今更ながらに、彼等は恐怖した。

 

 とんでもない怪物と、密室に同室させられているのだという事実に。

 

 もう、誰も、口を開ける者などいなかった――ただひとり、その黒髪の美女を除いては。

 

「――分かった。約束するわ。だけど、それも全て、ここで私が生き残らなければ何も始まらないわよ」

 

 紅蓮髪の美女は、それを見て、気に入ったと言わんばかりに、彼女に向かって名前を尋ねる。

 

輝夜(かぐや)よ――私の名前。私の名前と生命。それからついでに星の未来。纏めてあなたに預けるわ」

 

 それで、あなたの名前は――そう問うかぐやに、紅蓮髪の美女は、一度だけ閉口し。

 

 妹の言葉を思い出して――告げる。

 

「――『リオン・ルージュ』。どこにでもいる、ただの女の子の、つまらない称号(なまえ)さ」

 




用語解説コーナー79

・吸血鬼の英雄

 ヴィル・ルージュ。
 吸血鬼の長い歴史の中でも屈指の強さを誇り、その別格の戦闘力で以て、これまで何度も種族の危機を救った英雄である。

 頭脳も聡明であり――それ故に、吸血鬼種族の刹那的な生き方が長く続かないことを悟り、長となった時、これまで歴代の吸血鬼達が発想さえもしなかった、他種族との共存共栄の方策を打ち出した。

 彼の唯一の欠点は口下手なことであった。
 例え、側近や家族にすらも自身の考えを多く語ることはなく、その無言の背中で以て他者を引っ張るリーダーであった。
 
 こうと決めたら決してブレることはなく、時には苛烈とも思える行動を取って周囲を怯えさせるが――実際の彼はとても愛に溢れていて、吸血鬼としては珍しいことに愛する女と婚姻関係を結び、娯楽ではなく愛を持って生殖行為に及んでいた。

 結果、偉大なる英雄である彼の『血』を、文字通りに受け継いだ『奇跡の子』が生まれることになる。

 だが、その奇跡の子は、とある青い国の島国においては凶兆とされる――『双子』だった。

 そして、英雄の死は、英雄の血を継いだ奇跡の双子は――英雄が愛した家族を、吸血鬼という種族に。

 皮肉にも、悲劇にも――終焉を齎すことになる。
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