比企谷八幡と黒い球体の部屋―外―   作:副会長

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もう二度と――食べたくないな。


妖怪星人編――80 ファーストキス

 

 そして――誰もいなくなった、真っ暗な子供部屋で。

 

 黒い球体の部屋となった、無機質な空間で、リオンは黒い球体が映し出すモニターを眺めていた。

 

 不健康そうな青白い光だけが、彼女の美しい顔と髪を照らし出す。

 

「――そう。その後は、そのビルの出入り口を塞ぐんだ。水道管を破裂させて。中にいる吸血鬼はみな流水が弱点だから、後は溺死するのを待つだけでいい」

 

 文字通り、戦争(ゲーム)戦士(キャラクター)を『操作』するように、ぶつぶつとリオンは独り言を呟く。

 

 自分以外は誰もいない部屋に引き籠って――死んだような瞳で『戦争(ゲーム)』で遊ぶ。

 

「――うん。そうすれば後は、その区画に追い詰めた吸血鬼は、みんな十字架が弱点だ。一斉に突入して。十字架を突き付けながらならXガンでも殺せる筈。念の為、その通りにある破壊されたショップから銀の食器も持っていくといい。弱り切った彼等なら、それで頸の血管を切るだけで殺せる」

 

 思えば、自分達『双子』は、昔から仲が悪かった。

 この部屋で一緒に寝て、一緒に遊んだりしたのは数える程だ。妹はいつも父親のベッドに潜り込んで寝ていた。

 

 そう――何も変わらない。

 

 これからもずっと――自分は、この部屋の中で生きて、この部屋で死ぬのだろう。

 

「……私達には、この世界は(ひろ)すぎたんだよ――ローラ」

 

 そして、いつしかモニターには、最後に残された吸血鬼である妹が、満身創痍の戦士達に、それ以上の満身創痍の姿で取り囲まれている景色が映し出されていた。

 

『は――はは―――ははは――――はははは―――――はははははははははははははははははははははは!!!!』

 

 容姿は複製(コピー)のように瓜二つなのに、性格も考え方も何一つ似なかった双子だけれど。

 

 それでも――笑い方だけは、似た――いや。

 

 そう考えて――そもそも『(わたし)』は、あんな風にお腹の底から笑ったことなどないのだと思い至った。

 

『――お姉ちゃん! どこからか見ているんでしょう!! こんなことが出来るのは――宇宙でアナタしかいないものねぇ!!』

 

 ローラ・ルージュは――リオン・ルージュになれなかった奇跡の片割れは、黒衣の戦士に囲まれながら、薄くなった夜空に向かって叫ぶ。

 

『アナタには、私がさぞかし滑稽に見えていたのでしょう! いいえ、私だけじゃない! 他の吸血鬼も、お母様も! あのお父様さえも!! 月の民も、この黒衣達も――アナタにとっては、この宇宙すべてが滑稽で! つまらなくてつまらなくてつまらなくて仕方がないのでしょう!!』

 

 余りに天才で、余りに最強で、余りに無敵なアナタには。

 

 私よりも天才で、私よりも最強で、私よりも無敵な――『リオン・ルージュ』には!!

 

『認めましょう! あなたこそが『リオン・ルージュ』!! 要らない子は私だった!! でもね――今、私は最高の気分よ、お姉ちゃん!!』

 

 そう言って、まるで見えているかのように、モニター越しに真っ直ぐ目を合わせた『妹』は――『姉』に向かって、奇跡の子たる『リオン・ルージュ』に向けて、勝ち誇りながら笑う。

 

『私は今日! 最高に楽しかった!! 生まれて初めて全力で暴れることが出来て、生まれて初めて――スッキリしたわ!! あなたのお陰よ、お姉ちゃん!!』

 

 夜が明ける。

 

 眩い陽光が――まるでディストピアのように、崩壊した月の都を照らし出す。

 

 だが――それでも、星は未だ健在である。

 ローラ・ルージュという怪物が、全力を尽くして暴れても、未だに月は浮かんでいる。

 

 黒衣の誰もが、今や理解していた。

 

 この星が、未だ健在なのは――リオン・ルージュのお陰だと。

 

 この星には、我らが星には――リオン・ルージュが、必要なのだと。

 

 自分達でも、どうして勝てたのかまるで分からない――ローラ・ルージュという怪物が、陽光によって焼かれていく。

 

『最高の気分で殺してくれてありがとうお姉ちゃん!! でも、一つだけ残念だわ――どうせ死ぬのなら!! 私はアナタに食べられて死にたかった!!』

 

 本来はひとつであった筈の生命。

 リオン・ルージュになれなかったローラ・ルージュ。

 

 だから、もし、叶うのなら――『姉』に食べられて、一つになって、『妹』ではなく。

 

『私も――『リオン・ルージュ(あなたのよう)』に、なりたかった…………』

 

 そして、ローラ・ルージュという、本来はいなかった筈の『妹』は死んだ。

 

 黒い球体が映し出すモニター越しに、その死に様を、末期の言葉を聞いたリオンは。

 

「……………」

 

 ヘッドホンを外し、「消して」と冷たく黒い球体に命じてモニタを落して、そして――ゆっくりと立ち上がり。

 

 陽光を拒絶するように――現実を拒絶するように。

 

 部屋のカーテンを閉め切って、広過ぎる冷たいベッドの中に潜った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして――今。

 

 月を飛び出して辿り着いた、青い惑星の地面の上で。

 

 かつて自分が死んだ場所、赤く変わり果てた月を見上げながら――あの時の願いが叶えられる瞬間に、ローラ・ルージュの複製(クローン)は歓喜に表情を歪めている。

 

「――何がおかしいんだい?」

「分かるでしょう? おかしいんじゃなくてうれしいのよ。ようやく、私の願いが叶うのだから」

 

 きっと、この時の為に、私は蘇ってきたのね――と、召喚直後の記憶障害から、あるいは自ら願いを込めた自己暗示から完全に解けたらしい、『黒いローラ』が呟くと。

 

 紅いリオンは――真なるリオン・ルージュは、その言葉を、かつてのように冷たい眼差しで否定する。

 

「違う。君が複製されたのは、僕を殺す為に刺客として送り込む為だ。こうしてその使命は果たせぬまま、君はまた死ぬんだけどね」

「あらあら、どうしたのよ、お姉ちゃん。あの時みたいにつまらなそうな顔をして。さっきまでのお姉ちゃんはあんなに楽しそうだったのに」

 

 楽しかったでしょう。全力で遊ぶのは。さっきまでのあなたは、あの時の私のように、本当に楽しそうだったわ――そう、自分と全く似ていない本来の喋り方で、ローラは嬉しそうに笑う。

 

「………何が、おかしいんだよ」

「だから、おかしいんじゃなくてうれしいのよ。吸血鬼(わたしたち)が自由になるのを、吸血鬼(わたしたち)を皆殺しにしてまで止めたお姉ちゃんが、自分だけは楽しく自由を謳歌しているのが、うれしくて仕方ないの」

 

 ねぇ、お姉ちゃん――と、自分に跨る姉の頬を、優しく撫でながらローラは言う

 

「どうしたの? 私の願いを叶えてくれるのではないの?」

 

 初めてじゃないでしょう――(わたし)を殺すのは。

 

 そう言って淑やかに微笑む妹に、姉は――泣きそうな、微笑みを返す。

 

「どう? 自分だけ自由を得た感想は?」

 

 ローラの綺麗な微笑みに――リオンは、まるで口を塞ぐように、やさしく手を添えて。

 

「ああ――最高の気分()()()よ」

 

 リオンは、生まれて初めての吸血(ファーストキス)を、妹に捧げた。

 

「…………………………ぁぁ」

 

 生まれた時には既に父が整えてくれた『輸血制度』があったリオンは、その牙を他者の首に突き付けた経験がなかった。

 

 リオンの強過ぎる力は、誰もリオンに匹敵する眷属となる資格を与えず、当然ながら眷属作りの為の吸血もない。

 

 唯一、自分と同じ世界を共有してくれる筈だった妹は、こうして自分が殺している。

 

 これで二度目だ――妹を殺すのは。

 

 自分と同じ顔で、自分と同じ――飢えと渇きを共有していた、『魂の片割れ(もうひとりのぼく)』を殺すのは。

 

「………………どう? 美味しい?」

 

 ローラは、まるで乳を吸う赤子をあやすように、自分の首元に埋まる姉の頭を撫でる。

 

「大丈夫。大丈夫よ。アナタが自由である限り、黒い球体は何度でも『(わたし)』を『(あなた)』に派遣するでしょう。楽しい楽しい自由を味わえて、美味しい美味しい『(わたし)』も味わえる。ああ――まるで、夢のようね」

 

 あ――と、まるで体の痺れを堪えるように、吸血の快感に、ローラはリオンの紅蓮の髪を握り締めながら言う。

 

「――――今度こそ、さようなら、お姉ちゃん。……それと、また、逢いましょう」

 

 その言葉を最後に、ローラは何も言葉を発さなくなった。

 

 ぐちゃぐちゃと、むしゃむしゃと、リオンは妹の全てを味わい尽くし、生まれて初めての吸血を終えて。

 

 口元を妹の血と肉で汚し、身体を妹だった灰で汚しながら。

 

 血の涙を流して――リオンは呟く。

 

「……うん。美味しかったよ、ローラ。泣きたくなるくらいに」

 

 だけど――と。

 

 リオンは、真っ赤な月を見上げながら言う。

 

「もう二度と――食べたくないな」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして――そんな姉妹喧嘩の決着を。

 

 天才の双子の、無敵の双子の、最強の双子の――凄惨な決着を。

 

 かつて、この部屋で、今、画面に映っている紅蓮の美女が見届けたのと同じように――『黒い球体の部屋』で、主がいなくなった子供部屋で。

 

 黒い球体が映し出すモニタを――藤原道長と、かぐやの二人が見届けていた。

 

「…………………っっっっ!!」

 

 かつて、かぐやはこの画面の中にいた。

 

 己も含めた黒衣の戦士達が、今、画面に映っている『奇跡の子』の『操作(しじ)』によって、動かされている自分達には到底理解不可能な軍事作戦を遂行したことによって――討伐に成功した奇跡の子の片割れ、ローラ・ルージュの死に様を。

 

 自分は、誰よりも近くで、真正面から、かの『妹』が灰になるのを目撃していた。

 

(……あの時、あの子は、『子供部屋(ここ)』で……どんな――気持ちで――)

 

 妹の複製の灰を浴びながら、妹の血と肉で汚れた口元を拭っているリオンを、かぐやが胸を押さえながら見遣っていると。

 

 隣に立つ道長が「――決着は付いたな」と、黒い球体に向かって語り掛ける。

 

「さて、どうする、黒い球体(がんつ)。刺客殿の遺言通り、勝てるまで刺客(かのじょ)を送り続けるか?」

「ッ! 待って、それはダメ!!」

 

 かぐやは全力で道長の言葉を、ローラ・ルージュの複製(クローン)の遺言を拒絶する。

 

「おねがい……GANTZ……それだけは――それだけは、やめて……ッ!」

 

 リオン(あのこ)は言った――もう、妹を食べ(殺し)たくないと。

 

 今まで、かぐやは――そして月の民は、リオン・ルージュに星そのものの重みを押し付けてきた。

 

 もう、これ以上――あの天才で、無敵で、最強()()()の女の子を、苦しめることはしたくない。

 

 かぐやが、そう涙ながらに、黒い球体にしがみ付きながら懇願すると。

 

 黒い球体は、再び、己の表面に文字列を浮かべる。

 

『 じ や あ どー する です?』

 

 GANTZはモニタを消し、真っ暗な部屋の中で、ただ淡い光源となる文字で――問い詰める。

 

 己が守護(まも)るべきと()()()()()、月の民の代表者に向かって。

 

『これ から  どーす る つも り デス?』

「………それは――」

 

 かぐやにはGANTZが言いたいことが分かっていた。

 

 奇しくも、あの日、リオンがこの部屋でかぐやに向かって問い掛けた事柄が、長い年月を経て、再びかぐやに向かって問い掛けられている。

 

 吸血鬼一族を失い――そして、今、リオン・ルージュまで失って。

 

 これから、どうやって、異星人と戦っていくのかと。

 

(……本当は、私がリオンの代わりを務めるつもりだった。リオンの操作ありきとはいえ、実際に現場たる戦場に立って、任務をこなしてきたのは私だったのだから)

 

 実際にリオンもかぐやをエースのような立ち位置に置きながら、戦士の操作を行っていた。

 

 これまで数多の戦士をフォローしながら、『卒業』に導いてきた自負もある。

 やれると思っていた。自信もあった。だからリオンを部屋から解放するという選択に踏み込めた。そのこと自体に後悔はない。

 

 けれど――リオン解放からの初めての実戦において、リオンの操作がない戦士達は、横に立つ藤原道長が引き連れてきた『白虎』と『天空』、たった二体の怪物に成す術もなく蹂躙された。

 

(……まさか、あそこまでみんな自分で考えて動けないとは思わなかった。私が実質的に戦闘に参加していなかったとはいえ――今、部屋に残っている戦士達は、みんな誰かの指示がなければまともに戦うことも出来ない)

 

 かぐやも、次回の異星人の襲来時、全く別の星人と戦争(ミッション)となった時、あんな有様の戦士達を現場で指揮しながら勝利に導けるかと問われたら自信がない。しかもこの部屋に残ってモニタで全体を俯瞰しつつ操作するというわけでもないのだ。かといって、現場にエースのかぐやが向かわないということは有り得ない。

 

(だからこそ、それが分かっているから、GANTZはリオンを殺して、最低でも()()()()()()()()()()としたんだ。……本当に、月は、この星は、リオンという箱入り姫によって支えられていた)

 

 それを痛感したからこそ、かぐやは何も口に出すことは出来ない。

 

『あのこ の  かわ  り  い る  DEATH ?』

 

 ギュッと目を瞑り、それでも――と、叫ぼうとしたかぐやの口を閉じるように。

 

「黒い球体よ。()()()、とやらを、もう一度出してくれ」

 

 かぐやの肩に手を置いた道長が、黒い球体に向かって言う。

 

「ただし、映すのは平安京ではない。先程まで私が居た場所――私が死んだ場所だ」

 

 なにを――と、瞳に涙を浮かべたかぐやは、道長の言葉の意味が分からず混乱する。

 

 黒い球体は、文字列を己の中に吸い込ませて――再び虚空にモニタを表示する。

 

「………………え?」

 

 映し出されたそこは、先程までかぐや達がいた、藤原道長一行の月面着陸地点。

 

 月の都の郊外であるこの場所は、これまで数多の異星人を迎え撃ってきた月の戦士達のお得意の戦場。

 

 そこには、かぐや以外の黒衣の戦士達が、そして、天翔ける白馬と、巨大な白い虎――そして。

 

 五体満足で立っている、()()()()の姿があった。

 

「――――なん……で?」

 

 かぐやは、思わず、傍らに立つ道長を見上げた。

 

 まるで――幽霊でも、見るかのような目で。

 

「……どうやら、我が『右腕』は、値千金の奇跡を成し遂げて見せたようだ」

 

 私も負けてはいられないな――そう言って、道長は顔面を蒼白させるかぐやではなく、漆黒の球体に向けて言う。

 

「――がんつ殿。一つ、私と取引してみないか?」

 

 そして藤原道長は、月の黒い球体の部屋にて、交渉という名の戦争に挑む。

 

 これが、戦い続けて、願い続けて、燃やし続けた藤原道長という男の――黒い炎を燃やし尽くした生涯の、最後の戦いとなった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 羽衣(うい)の『尾』に捕まり、鴨桜(オウヨウ)達は『祠』の中――神秘郷『山小屋』の中へと辿り着く。

 

 神秘郷に入り込んだ途端、葛の葉の尾から切り離された羽衣は、そのまましばし呆然と考え込んでいたが――表情を消して、やがてどこかへと駆け出して行った。

 

 途中、鴨桜が何度か目的地を問い掛けたが応答はなく、今は百鬼夜行の全員が、取り敢えず羽衣の後に続くように隊列を組んで駆け続けている。

 

「なんか変な感じ……一瞬、世界がぐるぐるに歪んだみたいな」

「本来、俺等は招かれざる客なんだ。気持ち良く歓迎する義理はねぇってことなんだろうぜ」

 

 頭を押さえながら言う月夜の言葉に返しながら、鴨桜は懐のドスの柄に手を掛けつつ目を細めた。

 

 此処はもう――大妖怪・『(くず)()』が支配する領域。

 出遭った瞬間に、その場で殺し合いになってもおかしくない。

 

(待ってろ――平太! 詩希!)

 

 そして、『祠』の出口から続いていた林の中を一行は駆け抜けた。

 

 開けた場所に到達したその先で、羽衣は立ち止まっていた。

 

 小さく「……やはり――遅かった……っ」と、悔恨と共に呟きながら。

 

「おい! なんだってん――」

 

 鴨桜の言葉も止まってしまった。

 

 林を抜けた先は、この神秘郷の名前にもなった小さな『山小屋』があった。

 

 大妖怪・『葛の葉』が、人間・『平将門(たいらのまさかど)』と恋に落ち、愛を育み――再会を願い、眠りに着いた場所。

 

 そして、今や――墓標とも、なってしまった場所。

 

「あら。遅かったのね、『お姉ちゃん』」

 

 山小屋の後ろには、平太と詩希もいた。

 大層に怯えているが外傷はなさそうで、鴨桜は今すぐにも駆け寄ってやりたかったが――動けない。

 

 一歩でも動いたら殺される――そんな確信が、鴨桜にはあった。

 

「……『葛の葉』を――お母さんを、殺したのね」

「人聞きが悪いわね。一つに戻っただけよ。私も――『葛の葉』の転生体なのだから」

 

 意図せずに分かたれてしまったものが――元に戻っただけ。

 

 不完全な転生体であった化生(けしょう)(まえ)が、殺した葛の葉(オリジナル)を取り込み、吸収し――真の力を取り戻しただけ。

 

 大嶽丸や、酒吞童子と同じく――『真なる外来種』が一体。

 

 妖怪王の器たる大妖怪――『葛の葉』が、今、ここに再び顕現した。

 

「後は――『羽衣(おねえちゃん)』、貴女だけ。『葛の葉(おかあさん)』があなたに託した『不死(もの)』を、今、ここで私が回収させてもらうわ」

 

 さあ――と、化生の前は手招きする。

 

 新たなる葛の葉となった狐は。この領域の新たなる支配者となった妖怪は。

 

 妖艶な笑みを浮かべながら、羽衣を、『箱』を、百鬼夜行を見渡しながら宣言する。

 

「さあ――最後の戦いを始めましょう」

 




用語解説コーナー80

・月の黒い球体

 黒い球体にも個性がある。
 ある特定の『戦士(キャラクター)』を依怙贔屓する球体、
 とにかく毎回部屋の許容量限界まで戦士を補給する球体、
 露骨に戦士を厳選し強い戦士を長いスパンで育てようとする球体、
 そもそも任務に積極的ではなく最悪担当の星やエリアが滅びてもいいと放任主義な球体――様々だ。

 そんな中で、月を担当した黒い球体は、自身の担当エリアを守護する為ならば、多少の特別措置はOKというスタイルの球体だった。

 星を守る上で、月を守る上で、最も効率的かつ確実な方法を探った球体が選んだ手段は――自身を最大限に生かせる操作者(プレイヤー)を用意するというものだった。

 長年に渡り、吸血鬼というチートに頼り切りであった為、自身の戦闘力というものが恐ろしく低下しており、なおかつ人口も少ない為、戦士の素質を持つ者がそもそも少ない――月の民を、ある意味では早々に見限り。

 そんな彼等に指示を出す、非戦士の操作者(プレイヤー)を容認するという、他の黒い球体では恐らくは絶対に採用されない運営方針を打ち出した。
 無論、そこには一切部屋から出ずに外界との接触が殆どゼロであるというリオンの状態を加味して、情報漏洩という面からも問題なしと判断したからだろうが。

 しかし、そんな操作者たる箱入り娘は月から飛び出し――黒い球体の運営方針は破綻を来した。

 途方に暮れる黒い球体に――青い惑星からやってきた、『異星人の戦士』は、怪しい取引を持ち掛ける。

 一国の頂まで上り詰めたその弁舌で以て、戦争を仕掛けられる。

 対異星人迎撃装置たる黒い球体は――そんな異星人の侵略に、初めて己自身で真っ向から立ち向かうことになって。

 そして――まんまと、その口車に乗ることになるのだった。

 黒い球体の、紛れもない、初めての黒星だった。
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