魔法神話 レイ&アフーム ~もしもリリなの世界にハジケた奴らと邪神が絡んできたら~   作:ショーン=フレッチャー

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 前回のあらすじ
 邪神、死す。

 ※今回も残酷な表現があります。それでもいいという方はどうぞお読みください。


第18話 悲劇終わらず

 クトゥルーの体が崩れ去っていく。

 ルルイエの上では主を失った深きものども(Deep one’s)やショゴス達が蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。

 空からレイとアフーム=ザー、秩序六神と時空往還機が降りてくる。

 デビッドと櫻子と合流した彼らはある方向へと歩き出す。

 それはヴィクトリアの遺骸のある場所だ。

 割れたカプセルと白く凍りついたハイドラの頭部のそばにヴィクトリアの遺骸はあった。

 ヴィクトリアの遺骸はすっかり深きものども(Deep one’s)に近いものへと変容していた。

 かっと目を見開いた状態で倒れるヴィクトリアの目をレイはそっと閉じる。

 そして誰ともなく、祈り始める。

 勝利の余韻に浸る雰囲気ではなかった。

 レイがヴィクトリアを殺した、そのことが暗い影を落としていた。

 

「この場合管理局ではどうなるんだろうね」

 

 ド・マリニーが呟く。

 

「我々にとっては文句なしの英雄なんだがな」

 

 クロウがレイを慰める。

 当のレイはヴィクトリアの遺骸を見つめていた。

 これがレイにとって初めての殺人であった。

 いや、相手はすでに人にあらざる者に変容していたのだから人ではないかもしれない。

 ともかく、レイは明確な意思をもって殺人を為した。

 しかも相手は管理局員である。

 彼女が法を犯す真似をしたからと言って、殺す道理はない。

 しかし、レイはあの時、確かに殺す選択をした。

 それが正しいかどうかは分からない。

 

「レイ、大丈夫か?」

 

 デビッドがレイに声をかける。

 

「ああ、平気や」

 

 レイの声は僅かではあったが震えていた。

 その震えがどこから来るのか、レイ本人にも分らなかった。

 

「勝利、したんやな」

「ああ」

 

 レイの声にデビッドは答える。

 レイは一つ大きなため息をつくと、空を見上げた。

 

「緊急避難、適用されるとええな」

「せやなあ」

 

 櫻子が呟く。

 

「レイよ、其方はあの時最善を尽くした。違うか?」

「最善を尽くしても、最高の結果になるとは限らんよ」

 

 アフーム=ザーがレイを慰めようと言葉をかけるも、レイは自嘲じみた雰囲気で言う。

 誰もがその言葉を噛み締めるしかなかった。

 

 

 

 

 アースラでは何とも言えない雰囲気が漂っていた。

 勝利を喜ぶわけでもなく、レイの殺人をショックに思う訳でもない。

 どちらかと言えば、その両方が入り混じった状態だろうか。

 未だにアースラのオペレーティングは完全復帰していなかった。

 しかし、クトゥルーが倒されたことで、多少は落ち着いていた。

 今まで放たれていた邪悪な精神波が止んだことを誰もが感じ取っていた。

 それにより、誰もがはっきりとした頭で考えることが出来るようになっていた。

 

「クロノ執務官」

「……わかってます」

 

 リンディに声をかけられ、クロノが絞り出すように声を出す。

 

「レイを、逮捕するの?」

 

 フェイトが心配そうな眼付きでクロノを見る。

 

「レイを、逮捕できない!」

 

 クロノが激高する。

 

「何故なら! 現場が地球だから! 地球の法でしか裁けない! 管理局では介入できない!」

 

 悔しさを覆い隠すように大声を出すクロノ。

 

「出来ないんだ、あいつを裁くことが誰にも、出来ないんだ」

「地球はこの件をなかったこととして処理するでしょう。当然、レイくんの行為も」

「IMSは国際的な公的機関であると同時に秘密結社だ。恐らくこの作戦も秘密裏に進行しているのだろう」

「であるならば、この作戦で行われたことは存在しないことになります。この戦いも、レイくんの行いも」

 

 リンディが静かに言い放つ。

 

「これでいいのか……?」

 

 シグナムが呟く。

 誰もが苦いものを抱えていた。

 それは行き場のない憤りであった。

 そこへレイから連絡が入る。

 

「こっちは、終わりましたえ」

「……そうか」

 

 クロノは感情を噛み殺しながら返事をする。

 

「空尉さんの遺体はどうします? 随分変容してしもうたけど」

「……一応回収する。そのままにしておいてくれ」

「了解、死ねばみな仏や、丁重に弔わんとな」

「……意外と落ち着いているんだな」

「意外ですか? いつかこんな日が来るとは覚悟しとったからなあ。こんな稼業、いつ人死にを出すかわからんから」

「……僕は、この先人を殺す経験をすると思うか? 君やグレアム提督の様な」

「そんな覚悟は持たん方がええです。誰だって死にたくないし、死なせたくはないんです」

「……肝に銘じておこう。君に関しては管理局で裁く事は出来ない。現地の司法に照らし合わせてほしい」

「了解です。ほんなら今から戻るんで、転送の準備、を……」

「分かった、少し待ってくれ」

「……お前、何時から見とったんや?」

「レイ? どうした?」

「答えろ! 覗き魔! 訴えるでこの野郎!」

 

 

 

 

 

 レイがあらぬ方向に向かって叫ぶ。

 

「どうした、何があったんだ?」

 

 ド・マリニーがレイに声をかける。

 

「何者かの気配を感じました。恐らく、わざと見せたものかと思われます」

「お前も気づいたか」

 

 デビッドが周囲を窺いながらレイに言う。

 櫻子も、秩序六神も、アフーム=ザーも如才なく周囲を見渡す。

 

「この感覚、覚えがあるぞ!」

 

クトゥドェが声を上げる。

 

「忘れもせん、この気配。我々を狂気に追いやった奴と同じだ」

 

 それを聞いた誰もが背筋を凍らせる。

 

「まさか、這い寄る混沌か!」

 

 櫻子がやっと声を上げる。

 

「正解」

 

 何処からともなく声が響く。

 

「ちょっとちょっかいをかけるつもりだったけど、思った以上に皆勘が鋭いんだね。これは参った」

 

 黒い靄のようなものがレイ達の周囲に現れる。

 

「仕方ないから少し挨拶していこうかな。うん、どの姿で行こう」

 

 黒い靄が一か所に集まり始め、人の形を取り始める。

 

「決めた、今回の姿はこれだ」

 

 黒い靄が晴れると、そこにはドレッドヘアーの黒人少年が立っていた。

 黒人少年はジョジョ立ちを決める。

 

「久しぶりだね、元気していたかい?」

「よくもまあ、ぬけぬけとそんなことが言えるな! 這い寄る混沌!」

 

 クトゥシャが黒人少年、這い寄る混沌を怒鳴りつける。

 

「ははは、その様子じゃあ随分元気そうじゃないか。やっぱり狂気を植え付けておいて正解だったよ。君達は脅威だ」

 

 這い寄る混沌はけらけらと笑う。

 その様子から悪意のようなものは感じられない。

 

(何やこいつは、全く正体が掴めん)

 

 レイは冷や汗をかく。

 レイだけではない、デビッドも櫻子もクロウもド・マリニーも目の前の存在に脅威を覚えている。

 

「それにしても、見事な作戦だったね」

 

 這い寄る混沌はレイを見つける。

 レイの心臓は跳ね上がったかと思うくらい強く鼓動する。

 

「あらかじめ狂気から解放していた秩序六神を味方につけるだけじゃない、クタニドも参加させた君の手腕は見事と言わざるを得ないよ。全力の3割程度とはいえ、神の力だ、眷属程度ではどうにもできなかったね。そこまで予想していたのかい? まあ、いいさ、君の手腕は本当に鮮やかで見事だった。素直に称賛するよ」

 

 這い寄る混沌は拍手する。

 

「……そらどうも」

「あれ? あんまり嬉しくなさそうだね。もっと喜んでよ」

 

 這い寄る混沌は場を盛り上げるようとするが、誰もそれに乗る者はいない。

 レイは密かに秩序六神と念話を交わしていた。

 

(……あいつを滅ぼせますか?)

(無理だ。全力かつ全員で挑まなければ奴を滅しきる事は出来ないだろう)

 

 クトゥピェの返答にレイは溜息をつく。

 

「這い寄る混沌、貴様何が目的だ? 何のためにこの場に現れた?」

 

 クロウが勇気をもって這い寄る混沌に問いかける。

 

「ん、そうだね、言ってもいいか。目的はCthulhuの復活を見届けること。でもまあ、君達に阻止されてしまったけどね。そのついでに警告代わりにちょっかいを出したら皆気付いてくれたから嬉しくなっちゃって。それで顔を出してあげたのさ」

「随分と上から目線だな」

「だってこの状況なら勝てるもの。完全復活していない秩序六神に未だ不完全なアフーム=ザー、疲れ切っているクタニドに人間が五人だ。頑張れば僕が勝てる。そうだろう?」

 

 その言葉に全員黙り込む。

 緊迫した空気が漂う。

 

「まあ、直接手を出すのは僕の流儀じゃないし、する気もないけどね。何より面白くない」

 

 その言葉に安堵する者はいなかった。

 

「けど、このままだとちょっとヤバいかな。いずれ君達は僕達を駆逐し始めるだろう。いくらこっちが数で優っていても、君達のその力は脅威でしかない」

 

 その言葉に戦慄が広がる。

 

「もう一度狂気を植え付けようかな? 前よりも凄いやつを」

 

 その瞬間、何かが這い寄る混沌に向かって飛んでくる。

 這い寄る混沌はそれを難なく受け止める。

 飛んできたものはエビフライだった。

 

「ば、馬鹿な、俺の0フレームエビフライが防がれるとは……」

 

 レイは膝をつく。

 

「人間にしてはなかなかいい攻撃だったよ。僕には効かなかったけどさ」

 

 這い寄る混沌はエビフライを手の内で弄ぶ。

 

「お返しだよ」

 

 そう言うと、次の瞬間、レイの腹部にエビフライが突き刺さる。

 這い寄る混沌が投げ返したのだった。

 

「「「「「「レイ!」」」」」」

「だ、大丈夫や、腹にウェットティッシュを巻き付けとらんかったらお終いやった」

 

 かろうじてレイの腹部は守られた。

 

「ふうん、耐えるんだ。方法がちょっとアレだけど。まあ、でもこれで分かったでしょ。今の君達では僕には勝てない」

 

 這い寄る混沌はにやりと笑う。

 その様子に誰もが潜在的な恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

「な、何者なんだ、奴は」

 

 シグナムが呟く。

 アースラにいる誰もが、突如現れた謎の黒人少年に困惑していた。

 この場にいる誰もが、最初この黒人少年がとてもではないが脅威には思えなかった。

 しかし、画面の向こうのレイ達は黒人少年に怯えている。

 黒人少年もこれだけの人数差、戦力差を相手にしても不敵な態度を崩さない。

 その奇妙なアンバランスさがアースラにいる全ての者を混乱の渦に叩きこんでいた。

 

「レイくんの攻撃を受け止めた、それだけじゃない、それ以上の力で返すなんて」

 

 すずかが思わず声を上げる。

 

「相当な実力者であることは間違いなさそうだが、本当にアイツらを相手にして勝てるのか? 相手は神だぞ?」

 

 ヴィータが疑問を呈する。

 

「這い寄る混沌、一体何者なんだ?」

 

 クロノが画面を覗きながら呟く。

 誰もその問いに答える者はいなかった。

 ユーノだけが推理を口にする。

 

「あのメンバーをしてたった一人で勝てる存在? そんなの神話の存在以外ないじゃないか。レイ達はその存在を知っていた。そして、秩序六神に狂気を植え付けたと言っていた。相当古い神だよ。なんで姿を現したのか分からないけど」

 

 その言葉は慰めにもならなかった。

 ユーノの言葉で黒人少年が圧倒的な存在であることが余計理解させられてしまったのだ。

 

「神って、何なのよ」

 

 アリサが呟く。

 

「僕達の理解の及ばない存在。それが、神だよ」

 

 ユーノの言葉は自分に言い聞かせるような、そんな調子であった。

 画面には、黒人少年のアップが映る。

 そこから読み取れる情報は、何一つとして無かった。

 

 

 

 

 

 ルルイエでは緊迫した空気が続いていた。

 

「そうだ、君達に言っておくことがあるんだ。クティーラは生きているよ」

 

 その言葉にレイ達は悪寒を覚える。

 

「いや、まさか! だってクティーラはウィルマ―ス財団の手で殺したはず!」

 

 ド・マリニーが叫ぶ。

 

「僕が密かに保護したのさ。ちなみに今どこにいると思う?」

「さあな」

「教えてあげようか?」

「どうせ碌でもない場所やろ。俺たちにとって最悪の」

 

 レイが呆れる。

 

「へえ、ちなみにどこだと思う?」

「しつこいな、マンハッタン、東京湾、上海、ドーバー海峡、地中海、バルト海。この辺りちゃうか」

「うーん、惜しいなあ。確かにそこもいいんだけど」

「……クラナガン」

「おお! よくわかったね!」

 

 その瞬間、レイの背筋が凍り付いた。

 

「貴様、次元世界の中心にクトゥルーを産み落とさせる気か!」

「正解! おめでとう!」

「何がおめでとうや! 何故ばらした!」

「だって、公表するもん、このこと」

「何やと!」

「クトゥルー討伐のご褒美に一足先に教えてあげたんだよ。感謝してもいいんだよ」

「何が感謝や」

「そうだ! 誰が貴様の思い通りになんてなるものか!」

 

 クロウが声を上げる。

 

「這い寄る混沌、貴様の邪知暴虐もはや許せん! この場で殺してくれる!」

 

 クタニドがその額から白いビームを這い寄る混沌に向かって照射する。

 しかし、這い寄る混沌は黒い霧になってそれを回避する。

 ビームが収まると、黒い霧は再び人の形をとる。

 

「酷いじゃないか」

「貴様の所業の方がもっと酷いで」

 

 レイの指摘を意に介さず、這い寄る混沌は再び人の姿を取る。

 

「やはり君達のチームワークは恐ろしいな。ここで潰しておきたいよ。特に、ブレーンである君をね」

 

 這い寄る混沌が、レイを指さす。

 レイは何か冷たいもので貫かれる感覚を覚えた。

 

「させぬわ!」

 

 アフーム=ザーが銀色のエネルギー弾を這い寄る混沌に向かって放つ。

 しかし、這い寄る混沌はそれを片手で防ぐと、レイを指していた指を上へと上げる。

 それと同時に、レイは空中へと持ち上げられる。

 さながら、フリーザに殺されんとするクリリンの様な状況になっていた。

 

「直接下すのは僕の流儀じゃない。けど、君は特別だ、この手で殺してあげよう」

「「「「「「させるか!」」」」」」

 

 秩序六神も這い寄る混沌に攻撃を加える。

 這い寄る混沌はそれらも黒い靄で防ぐと、レイを見上げながら、その指を弾いた。

 

「グッドラック」

 

 指が弾かれると同時に、レイの体が破裂する。

 全身に穴が開き、血がとめどなく溢れ出ながら、レイの体が落ちていく。

 その様子を誰もが、唖然と眺めることしか出来なかった。

 

「レーーーーーーイ!!!」

 

 アフームの叫び声が、ルルイエに響いた。




 ……えー、何と申し上げればよいのやら、主人公がまさかの事態に陥りました。
 まさかの這い寄る混沌、ニャルラトホテプの登場です。
 当然なのですが物語はまだまだ続きます。
 ですが、しばらく主人公不在のまま物語が進行することになります。
 ご了承下さい。

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