Another Trigger 〜弓手町支部所属の攻撃手〜   作:匿名中

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プロローグ

「暇だねぇ」

「暇ですねぇ」

 

 夕日の暖かな陽光によってオレンジに色付いた街並みを見渡しながら、二人の女性が力を抜くように呟いた。

 身長に差はあるものの、襟元を大きく開けた、近未来的な白のボディスーツを着こなす二人は側から見ても年の離れた友人とは別の何かで繋がれている仲間であることが分かる。

 それもそのはずで、二人は近界民(ネイバー)と呼ばれるこの世界への侵略者から街を守る界境防衛組織『ボーダー』に所属するB級部隊那須隊のメンバーである。

 堂々とした立ち姿に加え、腰に刀を携帯しているのが、那須隊の攻撃手である熊谷友子、その側でチョコンと座り込んでボンヤリと夕日を見つめているのが那須隊の狙撃手である日浦茜である。

 本来ならここに隊長である那須玲がいるのだが、ちょっとした事情で今は別行動中だ。

 いつもなら十分で一度の割合で(ゲート)と呼ばれる黒い穴が発生し、そこから近界民(ネイバー)によって送られてきたトリオン兵が現れるのだが、今日は三十分に一度あるかないかの割合だった。

 それ故に思わず二人が溢した言葉だったが、ふと別の声が二人の耳に届いた。

 

『二人とも、防衛任務中ですよ』

 

 そう言って注意したのは那須隊のオペレーターである志岐小夜子。

 彼女は二人と違って本部内の隊室にいるものの、様々なサポートを行うべく周辺情報や(ゲート)の発生区域のデータ収集、これまで討伐したトリオン兵の後始末申請などを担当している。

 そんな彼女の言葉に日浦は注意されて罰が悪そうに口を尖らせた。

 

「だって、志岐先輩、本当にトリオン兵が来ないんですもん。三十分くらい前のバムスターだって熊谷先輩一人で倒しちゃいましたし、私、全然やることないです」

『まぁ、たしかに今日はすごく少ないね。本部から離れている区域にしても、ここまで(ゲート)が発生しないのはほんと珍しい』

「そうだね。けど、その分、街が平和ってことだから」

 

 志岐の言葉に同意しつつ、諭すように熊谷が続けると、日浦は「そうですね」と笑って答える。

 そのような会話を交えながら、防衛任務終了までの残り一時間も頑張ろうと三人が思った瞬間だった。

 

『っ!? (ゲート)発生! 発生座標はK–26地点!』

 

 聞き慣れたオペレーターの焦った声に、日浦と熊谷は眉をひそめて口を開いた。

 

「志岐先輩、なにをそんなに焦って……K–26地点なら確か、弓手町支部の防衛隊員一人が担当してたはずじゃ」

 

 本部所属の隊員とは違い、仕事や学業を優先するものが所属する支部隊員は、基本自らの所属する支部に近い防衛地域を担当する。

 本部の隊員とは別枠で見られることはたまにあるが、それでも正隊員であることは変わらない。これまで討伐してきたバムスター程度ならば一、二体は訳なく処理できる力量は持っている。

 なので珍しく焦燥を滲ませた声を発した志岐に疑問を抱いたが、次の彼女の言葉に表情が変わった。

 

(ゲート)発生数が四、そこから出現したトリオン兵が十三体! その全てがモールモッドです!』

「「っ!?」」

 

 モールモッド。

 バムスターと違い戦闘型のトリオン兵で、数体が揃えば単独での討伐が難しくなるどころか逆にやられる可能性が出てくる相手だ。

 しかも、それが十三体。

 熟達したB級部隊一個で何とか倒せる数だ。

 更に言うと、出現した場所が悪い。警戒区域の端であるため、一歩間違えれば居住区にトリオン兵が流れてしまう。

 

「茜っ! 行くよ!」

「はいっ!」

 

 急に何故大量に、しかも戦闘型トリオン兵が現れたかという疑問をそっちのけに、二人は建物の上から跳んで、屋根を伝いながら発生地点へと向かう。

 全力で向かっておよそ三分ほどの地点。

 それまでに耐えてくれと願うが、それは難しいだろうと二人は思う。

 トリオン兵も戦闘型となれば数が揃った時の連携方法がプログラムされている。銃手(ガンナー)であれば距離を保ちつつ時間稼ぎの仕様があるが、今日担当していると聞いてるのは攻撃手(アタッカー)

 マスタークラスであれば話は少し違うだろうが、鈴鳴と玉狛以外の支部所属隊員にマスタークラスがいるなど聞いたこともない。

 つまり、その隊員が自分たちの到着前にベイルアウトするのはほぼ確定事項。視線の先で光の筋が登るのも時間の問題だ。

 

『近くの荒船隊も向かっているそうです! ただ、到着するのは私たちよりも少し後のようです』

 

 その報告を受けて、僅かに速度の緩んだ足を再び加速させる。

 

「茜! 私は先に行く! 茜は狙撃ポイントに着き次第攻撃開始! 小夜子は狙撃ポイントを調べて、茜を案内(ナビゲート)して!」

「は、はい!」

『了解』

 

 トリオン体での運動能力に個人差はないが、それを引き出せるかどうか本人の運動神経と経験による。

 男子と遜色ない運動神経を持つ熊谷は必死に付いてきていた日浦の事は考えず、自身の出せる最高速度で駆け抜ける。

 

 間に合え、間に合え、と心の中で何度繰り返す。

 

 元の肉体であったら有り得ない速度で屋根を踏破していく熊谷。

 そうして、ようやくたどり着いたそこには倒壊した家屋の数々。重量に耐えかね潰れた家や、鋭利なもので切り裂かれた道路や石垣があり、その先には──

 

「え?」

 

 丁寧に目だけを切り裂かれた、十体のモールモッドの残骸があった。

 

 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 先ほどまでの慌てぶりも忘れて、熊谷は目の前の光景に驚愕する。

 建物の数々が崩れ、道が荒らされているのは分かる。モールモッドが十三体もいればここまでの被害を出すだろう。

 だが、その先で倒れている十体のモールモッドは完全に予想外だ。

 (ゲート)が開いて、まだ二分と少し。その間にここまで素早く十体ものモールモッドを処理できるなんて……。

 

「いや、それよりも」

 

 ここに来た目的を思い出して、意識を切り替える。

 目の前で十体のモールモッドが倒れているが、もしかしたらギリギリの状態かもしれない。

 そう考えて、熊谷は更に荒れている奥へ。

 途中、モールモッドのブレードが切り取られ、そのブレードが目に突き刺さってるのを見て足が一瞬止まったが、すぐにまだ見ぬ戦闘中の防衛隊員の援護へ向かう。

 そして、見つけた戦場。そこには、裏返ってピクリともしなくなっているモールモッド一体と、無傷のモールモッド二体、その二体に向かい合うように立つ男の姿があった。

 少し癖のついた黒髪に、スラっと伸びる手足。目算で身長は180cmより少し高いぐらいだ。

 その男の後ろ姿を見て、熊谷は小さく言葉を零す。

 

「……無傷?」

 

 そう、得物一つ持っていない男にはトリオン漏れの様子もなければ、攻撃を受けた跡もない。

 ただモールモッドを見据えながらも、構えらしい構えを取らずに自然体でいる。

 その時だ。

 

「ん?」

 

 男が熊谷の存在に気づいて、横目に彼女を見る。

 整った顔をしていた。優しい目だった。だが、無表情のためか優しさよりも先にクールといった雰囲気が感じ取られる。

 熊谷がそう思うやいなや、それを隙と見たモールモッドの一体が男に向かって突っ込んできた。右のブレードを振りかぶり、敵の身体を切り裂こうとする姿に熊谷は咄嗟に彼の前にシールドを貼ろうと右手を掲げる。

 だが、それよりも先に男が動いた。

 襲いかかってくる右のブレードに合わせるよう右腕を挙げると、次いでブレードがぶつかる。

 キィィン、というブレードとブレードがぶつかるような音がしたと思うと、男はブレードを右から左へ流すように受けて回転、その勢いのまま左回し蹴りを放つ。

 もちろん、それだけではモールモッドの弱点である目に届かないが、振り切る瞬間に踵からブレードが出現し、目を断ち切った。

 熊谷はその動きを見て、思わず目を見開く。

 モールモッドのブレードを右腕で受け流したのに驚いた訳ではない。

 おそらく、ブレードを受け流した右腕には『スコーピオン』と呼ばれる出し入れ自由自在のブレードを沿わせて防いだのだろう。

 熊谷が驚いたのはカウンターの速度と精度だ。

 そもカウンターとは、相手の攻撃に合わせて自らの攻撃を重ねる、もしくは受け流して攻撃することを指す。カウンターの上手い者であれば、受け流す際に相手の態勢を崩すこともできる。

 熊谷は『孤月』と呼ばれる刀型トリガーを得物とし、そのカウンターを得意としている。

 故に今のカウンターの速度、つまり、受けて返すまでの速さに驚きを隠せない。

 ほとんど同時なのだ。

 そして、その速さでありながら、急所を正確に攻撃している。

 それを見て、決して自分で受けたわけではないが、熊谷は自分の背中に冷たいものが走ったのを感じた。

 

 ほんの一秒ほどの攻防で決着がつき、崩れ落ちるモールモッド。

 急所を攻撃され、二度と動くことないその身を地面につけた瞬間──

 

「っ!」

 

 まるでトランポリンのように弾んで、もう一体のモールモッドの方へ飛んでいった。

 熊谷は一瞬何が起きたか分からないといった顔をしたが、すぐにその仕組みを理解した。

 

「グラスホッパー……」

 

 モールモッドが弾んだ地点にあったのは、水色をした正方形型の足場を作るトリガー『グラスホッパー』と呼ばれるものであった。

 これは上に乗ったものを例外なく加速、見方を変えればふっ飛ばすトリガーであり、機動力を重んじる戦闘員が用いられることが多い。

 だが、それをこのように使うとは考えもしなかった。

 そもそもいつのまにグラスホッパーを出したのか。

 それを見たわけでないが、タイミング的に回し蹴りを放った時に左手で発現させたのだろう。

 重ねて驚愕する熊谷とは別に、モールモッドは落ち着いていた。

 自分に飛んでくる味方であった残骸を目視すると、素早く横にスライドして避ける。人間と違い、プログラムという絶対の命令で動いているモールモッドだからこそ迷いなく選択できた行いだ。

 

 しかし、それは結果的に悪手であった。

 

 横に避けた瞬間、スコーピオンのブレードがモールモッドの目を貫いた。

 男は動いていない。ただ、彼の右手から生えるようにスコーピオンが伸びていた。

 『マンティス』と呼ばれる、本来の間合いを大きく伸ばすスコーピオンの応用技だ。

 二本のスコーピオンを繋げて操るそれは扱いが難しいため、本部の隊員でも好んで使っているのは影浦ぐらいだ。

 それを、支部所属の隊員が用いるなんて……。

 

『く、熊谷先輩、狙撃位置についたんですけど、私、もういらないですかね』

「え、えぇ。私達、来た意味なかったみたい……」

 

 日浦の声が無線を通じて聴こえる。

 それに僅かにどもりながらも返すと、十三体全て一人で殲滅した男が不意に熊谷の方を向いた。

 

「救援信号、俺、間違えて送ってたか?」

 

 同じ防衛隊員であるのに、少し身構えてしまった熊谷に掛けられた言葉は純粋な疑問を含んだものであった。

 

「……いや、援護が必要と、私達が判断して来た」

「そうか。手数をお掛けした。持ち場に戻ってくれ」

 

 そう言って、男は元の持ち場に戻ろうと踵を返す。

 しかし。

 

「待って」

「……なんだ?」

 

 熊谷の言葉に歩みを止め、首だけで振り向く。

 その様子に熊谷は少しだけ怯むが、すぐにグッと持ち直して、問う。

 

「貴方の名前は?」

 

 男は少しだけ訝しげに眉をひそめるが、一つ息をついて答えた。

 

 

 

樹神(こだま)一葉(いちよう)

 




読んでいただき、ありがとうございました。
ワールドトリガー連載復活ということで、これを機に書いてみました。
初めての二次創作ということで至らない点やご都合主義に思えるような点があると思いますが、大目に見ていただけると幸いです。

感想等をしていただけると、励みになります。

次回の更新日は、2月7日0時0分です。
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