Another Trigger 〜弓手町支部所属の攻撃手〜   作:ティガーズ

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 前話の後書きに述べた更新日を楽しみに待っていた読者の皆様、本当の本当に遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
 自分の不手際で一部の文章を削除してしまい、それを書くのに時間がかかってしまいました。
 本当の本当に、申し訳ありませんでした。




第七話 樹神一葉⑦

「諏訪さん、あの噂の攻撃手が二宮くんと対戦してるみたいですよ」

「なにぃっ!? こうしちゃいらねぇ、見に行くぞっ! 日佐人は!?」

「既に観戦してるみたいですよ。一応日佐人からの情報なので」

 

 

「熊谷先輩っ! 那須先輩っ! この前の弓手町支部の人、二宮さんと十本勝負を始めたみたいですっ!」

「この前、熊ちゃんと茜ちゃんが見たって言っていた人ね。そんなに凄いの?」

「凄いよ。正直、私じゃ勝てる気しなかった」

「そう。じゃぁ、ちょっと見に行こうかしら」

 

 

「王子」

「ん、なんだい?」

「樹神が二宮さんと十本勝負を始めた」

「へぇ、コダマルクが………早速見に行こうか」

「あぁ」

 

 

「太刀川さん、出水先輩! 今ランク戦ロビーで」

「うるせぇっ! ようやく落単の危機感持った太刀川さんにランク戦云々の話をすんじゃねぇっ!」

「ぶべらっ!」

 

 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 二宮とランク戦を始めて、およそ二十分が経過した。

 ボーダー本部にて始めて戦う兵種『射手(シューター)』の正隊員。トリオンの弾丸を宙に出現させ、それを打ち出すことで戦う彼らは、銃を用いて弾丸を打ち出す『銃手(ガンナー)』と違い、攻撃の度に弾丸の威力・弾速・射程といった細かい調整、『置き弾』と呼ばれる発射タイミングの遅延、トリオンキューブの分割による弾幕の実現などが出来るのが特徴だ。

 その反面、射程の拡張が備えられ、トリガーを引くだけで発射することができる手間のない銃トリガーと比べると射程が短く、トリオンキューブの発現の後にそれの分割、発射方向の指定を行ってようやく飛ばすことが出来るため命中精度が銃よりも低く、慣れるまで時間がかかる上、扱うには一定のセンスが必要という欠点がある。

 俺が訓練生の時も、射手スタイルで戦っていた訓練生がトリガーを思うように扱えず、ポイントを取られ続けていた者が一定数いた。

 しかし、あるレベルまで達した射手(シューター)は置き弾やトリオン分割を駆使し、さながら詰め将棋のような戦いを行うようになり、シールドもない訓練生時代は近付くのに一苦労だった。だが、それは一つのトリガーしか使えなかった訓練生の時の話で、シールドが使えるようになった正隊員が相手とならば近づかれやすく、また攻撃が通りにくいため単独で勝つのは難しいだろう。

 そんな中で総合二位まで駆け上がった二宮。一体どれほどの強者なのかと思ったのだが───

 

「(なんなんだ、この人)」

 

 現在十本中の四本目の戦闘。

 今のところ先の三本は全て俺の勝ちで終わっている。

 『通常弾(アステロイド)』を中心に、トリオンにモノを言わせた弾幕と火力のゴリ押し戦法の中、縦横無尽にグラスホッパーで跳び回り、何度目かのトリオンキューブ発現と同時に俺がマンティスを打ち出して二宮のトリオン供給機関を破壊した一本目。

 置き弾を駆使して俺が近付きにくいよう弾幕を張るが、一瞬の隙を突いてグラスホッパーで加速し、二宮の横を通り抜きがてら伝達系を切断した二本目。

 一本目の戦法に加えて『誘導弾(ハウンド)』と呼ばれる追尾弾を多数展開して俺を追い詰めつつ、速度重視の通常弾(アステロイド)でとりあえず削りに来る中、こっちもグラスホッパーを二宮を囲うよう多角的に展開して情報を増やした後に、単純な読み合いで獲ることができた三本目。

 側から見れば順当な勝ちに見えるだろう。

 しかし、俺は以上の戦闘を経て、二宮の戦法に僅かな違和感を感じていた。

 そして、現在行なっている四本目の勝負を行う二宮の動きを見て、その違和感は確信に変わる。

 

「(最初の数本、手を抜いてたのか? 本数を重ねる毎に、明らかに手強くなっていってる)」

 

 そう判断した俺は、次々到来してくるトリオン弾をグラスホッパーを駆使しながら避けつつ、横目に二宮を見る。

 彼はポケットに両手を突っ込みながら、周囲に六十ほどに分割したトリオン弾を侍らせて俺を観察していた。

 この視線に関しては一本目から変わらない。

 完全に品定め、どのくらい動けるのか、どれ程対処できるのかを見ている目だ。

 

「(実力を見ると言っていたが、単純な勝負じゃないのか……)」

 

 俺は誘導弾(ハウンド)の誘導半径を見切って、グラスホッパーを足場にして紙一重に避けると、次いで二宮にマンティスを放つ。

 直線的に撃ち放ったマンティスは二宮の胸辺りまで直進するが、すぐ二宮の目の前にシールドが展開、激突と同時に砕け散る。

 その後、二宮の側で浮遊していた四角錐に何等分にもした弾丸の数々が次々と射出され、俺を撃ち抜かんと到来してくる。

 

「(単純なマンティス一発じゃ取れないか。とりあえず攻めに転じたいが、マンティスを連発できるほどの隙もなければ、待機してあるトリオンキューブ(?)のせいで近付くのも難しい。と、なれば)」

 

 俺はスコーピオンをしまい、両手のグラスホッパーを起動すると三本目と同様二宮を中心にして半径十メートルほどの球上にグラスホッパーを展開、二宮を翻弄すべく跳躍して回る。

 加速していく景色の中、端に映る二宮の姿に変わった様子はない。ただ、いつ来ても迎撃できるよう更に細かくトリオンキューブを分割して、俺が突撃してくるのを待つ。

 

 ここまでは三本目と同じ。

 だから、ここからが勝負。

 

 俺は無数のグラスホッパーの一つに足が触れると同時、右手のグラスホッパーを起動して新しくグラスホッパーの足場を作った。

 すると、二宮の周囲に浮いていたトリオンキューブが射出態勢となり、丸みを帯びる。

 流石は総合二位、凄まじい反応速度だ。

 しかし、攻撃してくると考えた二宮とは打って変わり、俺が指定したグラスホッパーの方向は二宮とは逆方向であった。

 地上六メートルほどの高さから地面に向かって突っ込んだ俺は左足から着地するが、その加速した勢いを殺しきれず、左足が地面を砕きながら二メートルほど突き進み、なんとか停止。

 そして、体の勢いに流されて浮いていた右足が着地した瞬間、割れていた地面を更に砕く勢いで踏み込み、同じく勢いに流されて後ろに仰け反っていた身体を前に倒して右腕を振るう。

 後ろへ流れていく力をこらえ、身体を前へ倒すことで生まれる反発力を利用して打ち出すのは俺が得意としている『一閃』であった。

 視線の先の二宮が怪訝な表情を浮かべる。まるで、それで本当に打てるのかと訴えかけるような表情だった。

 たしかに、本来の方法とは別のモーションによる一閃は速度と威力は変わらないものの、通常と比べて精度は落ちる。加えて、現在の俺と二宮の距離は二十メートルほどなため、少し手元がズレれば二宮を獲ることは出来ない。

 だからこそ───

 

「(針の穴を通す!)」

 

 全神経を集中し、右腕を二宮向けて振るった。

 瞬間、空気を切り裂くような鋭い音が辺りに響き渡る。

 遅れて聞こえたのは、シールドが砕ける音。

 見れば、打ち出した一閃が二宮の心臓部を貫いていた。

 

『トリオン供給機関破壊。二宮緊急脱出(ベイルアウト)。4ー0、樹神リード』

 

 二宮は自分の胸元に視線を落としながら小さく舌を打ったと思うと、彼は光と化して空に打ち上がっていった。

 

「よっしゃ」

 

 俺は右手から繰り出したスコーピオンを消すと、小さくガッツポーズをした。

 

 

 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 

「あら、二宮君ったら奮闘空しく四連敗ね」

 

 モニターに映る試合を右手を頰に添えながら見ていた加古が、四本目を終えると同時にどこか嬉しそうに笑う。

 その様子を後ろから見ていた荒船は苦笑いを浮かべると、次いで隣の影浦を見やった。

 

「チッ、二宮の野郎ォ」

 

 モニターを見る目つきは鋭く、右足は貧乏ゆすり。

 誰が見ても明らかに不機嫌な様子であった。

 そんな影浦を見て、どう言葉をかけるか荒船が悩んでいるその時だった。

 

「二宮くんがごめんね。私も止めたんだけど、強行されちゃった」

「うおっ!」

 

 いつの間にか、先程まで視線の先五メートルほどにいた加古が影浦のすぐ横まで来ており、荒船は驚きの声を上げる。

 影浦は横目に彼女を見ると「ファントムばばぁ」と小さくこぼして、乱暴に髪を掻いた。

 

「アンタが二宮より先に一葉のブースに入るところを見たぞ。アンタが蒔いた種じゃねぇのか、アレ」

「あ、そうなのよ、聞いて。二宮くんったら、私が先だったのに横入りしてきたのよ。酷いと思わない?」

 

 少しズレた回答を返してきた加古に影浦は更に苛立った表情で舌を打った。

 

「誰が先っつーなら、俺らが先で、アンタらが横入りしてきてんだ。二宮のアレをアンタがどうこう言える立場じゃねぇぞ」

「あら、それはごめんなさいね。悪気はなかったの。ただ、ほんとに面白い子だったから声をかけずにいられなかったのよ」

 

 相変わらず年上だろうが噛み付いていく影浦と自分のペースを崩さない加古のやり取りを、荒船は冷や汗をかきながら見守りつつ、横目にモニター内で激闘を繰り広げる樹神を見る。

 元々荒船達との個人ランク戦の約束でやってきた樹神だが、その目的は様々な相手と戦って経験を積むことであるため、二宮ほどの実力者に対戦を迫られれば結局は承諾するだろう。

 それは分かっている。しっかり俺たちに断りも入れてきた。

 だが、分かっていても荒船は今は樹神に勘弁してくれと内心思っていた。

 次は自分の番と英気を養っていた影浦。それを邪魔された苛立ちが無邪気な加古さんの言葉によって更に増していっている。

 

「(恨むぜ、一葉)」

 

 ふと自身の苛立ちに気付いた影浦はこれ以上のイライラを募らせないよう加古との会話を断念して口を閉ざす。

 その様子にいち早く気付いた荒船はこれ以上影浦を刺激しないよう加古に声をかけた。

 

「加古さん、同じ射手(シューター)である貴方から見て、一葉の動きはどうっすか?」

 

 その質問に、加古は影浦に向けていた視線を荒船に移すと、次いでモニターを見た。

 

「ん〜、そうね。良く動けてるのだけれど、少し拙く感じるわね。あの機動力とマンティスを持ってるならもう少し攻めてもいいと思うんだけれど、変に受けに回ってる印象があるわ。攻め方を観察してるのかしら?」

 

 荒船と影浦は加古のその感想から、これまでの樹神の戦闘スタイルを思い出してみる。

 黒江戦、影浦戦。そして今日の三戦。そのほとんどで共通して挙がったのは、『初めて見る動きに対して観察する傾向がある』のと『その際、自分から攻勢に出ることはなく、相手の隙をつくようにして獲っている』ということだった。

 癖とも取れるこれらの傾向は、おそらく樹神のサイドエフェクトによる弊害だ。

 本来初めて見る動きであれば、反射的に反応しなければならないことが多く、対応できなければ死あるのみ。故に大半の隊員はそれらに対応しながら自分の得意な形に持ってこようとどうにか手を打とうとするだろう。

 だが、樹神は違う。

 初めて見る動きの相手であればあるほど、彼のサイドエフェクトは真価を発揮するため、それを捌くのが常人と比べて容易なのだ。

 それ故の慢心か、それとも対応力の訓練として始めたはいいが長い年月でそれが身体に染み込んでしまったのか、彼は基本受けるか避けるの選択肢しか取らなくなっている。

 もちろん、今日の荒船や村上、影浦相手のランク戦のように、一度知り得た動きや力量を計り切った相手であれば自ら攻勢に転じているが、今戦っている二宮は相手を図るようにして徐々に戦法を強化、拡大していっている。

 つまり、樹神の知らない動きを行い続けているのだ。

 ただでさえ射手(シューター)はその特性上、手数や絡み手が多いというのに、こうなっては樹神は相手の力量を計り切るのは難しい。

 故に全力で攻勢に回る様子はない。ただ、彼の繰り出す新たな攻撃の中で、隙が生じるまで受け続けるしかない。

 しかし。

 

「アイツはこれまでの四本、二宮さんの僅かな隙を縫って勝ちに繋げてる。後手に回ってるからって不味いわけじゃないでしょう」

 

 荒船は自らの考察の末、加古の感想に対して言葉を返す。

 すると、加古は軽やかな笑みを浮かべて言った。

 

「もちろん。これはあくまで私が感じた印象。これでもそこらの子なら十分勝てるし、時間が経てば樹神くんが優勢になるわ。けどね」

 

 そこまで言い切ると、ロビー内のザワつきが一段と増した。

 反射的にモニターを見やる荒船。そこには──

 

「四本と少しの間、受けに回りすぎね。そろそろ二宮くんが樹神くんの動きを見切り始める頃合いよ」

 

 身体のあちこちに穴が空き、苦渋の表情で緊急脱出(ベイルアウト)寸前の樹神の姿があった。

 

 驚愕の表情を浮かべる荒船と悔しそうな表情を浮かべる影浦。

 彼らの視線の先のモニター内で、樹神を指差していた右手を再度ポケットにしまった二宮は、身体が崩れ始めた樹神に何かを呟くと、光と化して空に打ち上がった樹神を見送り、小さく息を吐いた。

 

 

 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 

『トリオン体活動限界。樹神緊急脱出(ベイルアウト)。4ー4、ドロー』

 

 今日で何度目かの身体を何かが貫いていく感覚を受けた後、無造作にベッドに放り出される。

 咄嗟に起き上がると、弾丸による衝撃を受けた背中に手をやって呟いた。

 

「不味いな、全く気付かなかった」

 

 五本目の試合を皮切りに、複雑さが増した二宮の攻撃。

 この四本の試合中、さながら詰将棋のように段々と自身が追い詰められるのが分かり、正直不気味なほどの読みで怖気が立っている。

 たった四本の勝負で読まれるような単調な動きをしているつもりはないが、どうやら彼にとっては読みやすい動きらしい。

 

『正直だな』

 

 初めて一本を取られたあの瞬間、二宮にポツリと言い放たれた言葉。

 一体なにが正直なのか、それに対する考えはまとまらないまま新たな戦闘空間に転送された。

 どうにか先手を取ろうと九本目の開始の瞬間に一閃の初動に入り、最短で放とうとする。

 しかし。

 

通常弾(アステロイド)

 

 それを予想していたのか二宮は速度重視の通常弾(アステロイド)を四角錐型に六分割して速射。一閃の中断と回避を強制する六つの弾丸に、俺は横に吹っ飛ぶようにして避けた。

 トリオン体の身体能力を最大限に活かした身体操作法により、俺の身体は五メートルほど宙を飛ぶ。そして、着地の瞬間右足を軸にして回転し、二宮に向き直る。

 その勢いに乗りながら、マンティスを発動。

 一閃までもいかないものの、それなりの速度で二宮に向かっていく刃はこれまでと同じよう、広めに展開された二宮のシールドによって防がれる。

 それを見終えると、俺はすぐさま後退。すると、先程までいた位置にトリオン弾が雨のように落ちてきた。

 俺は両手でグラスホッパーを起動し、的を絞られないよう高速で辺りを移動し始める。

 サブトリガーのシールドでマンティスが防がれる以上、最初の数手で獲ることが出来なかった時点で弾数に圧倒されるのは必然。故に、ここからは二宮の攻撃を防ぎつつ、反撃のチャンスを待つことになるのだが。

 

「(先の四本、こうなって勝てた試しがないな)」

 

 グラスホッパーで避けることに専念した時も、無理やり攻勢に出た時も、二宮の急所にあと少しで届きそうになった時も、無理やり一閃を打ち込もうとした時も、全て死角からの弾丸によって負けてしまっている。

 百歩譲って死角から撃ち抜かれるのはいい。しかし、その死角からの弾丸がいつ発射されたのかが全く把握できていないのが不味い。

 一本目のゴリ押しは何だったのかと声を大にして叫びたいぐらいに細密に組まれた通常弾(アステロイド)誘導弾(ハウンド)の弾幕。

 恐らく歪曲してやってくる誘導弾(ハウンド)の対処を行なって視線を切ってしまった時に追加のトリオン弾を打ち出しているのだろうが、全てを把握するには至れない。

 結果、意識の外にある弾丸に穿たれる。

 

「くっそったれ……っ!」

 

 そう考えているうちに、合間合間に打ち込んでくる高速度の通常弾(アステロイド)が右脇腹に被弾、態勢を崩す。

 そのタイミングを示し合わせたかのように上下左右からやってくる誘導弾(ハウンド)の嵐。

 無理矢理グラスホッパーを右足の下に差し込み、後方へ直進的に下がるのでなく、打ち上がるようにして背後に下がると、いつの間にか背後に回っていたトリオンの弾丸が見えた。

 それを見て避け切れたと思うと、視界の奥から風を裂くような速度で飛来した通常弾(アステロイド)に両腕と腹部が貫かれる。

 明らかに今までよりも速いその攻撃に反応しきれず驚愕する俺は、瞬間的に二宮がわざと手札を隠していたのだと判断。取れはしていないものの、もう使い物にならなくなった両腕を横目に地面に着地すると、二宮を見やる。

 途端、左右に大きなトリオンキューブを浮かべた二宮が、両方とも二十ほどに分割し、それらを面に広げながら撃ち放った。

 サイドエフェクトが発動し、それら一つ一つの軌道を捉えることが出来た俺は、少し右の位置にてしゃがむことで、人一人がギリギリ通れる僅かな隙間を見つける。

 流れるような動きでそこへ移動し、下回し蹴りを放つように回転すると、その際に見えた、またもや周囲を囲うように到来してくる弾の数々。

 二宮の方向にグラスホッパーで加速して避けようと考えるが、再度彼を見た時に、六つほど未射出のトリオン弾が残っていたことに気付いた。

 獲られると反射的に判断した俺は、最後の足掻きと言わんばかりに足でマンティスを放つ。

 射出された六つの弾丸の合間を縫うようにしてマンティスが二宮に到来し、トリオン供給機関を貫くと同時、高速度のトリオン弾に喉部と心臓部を撃ち抜かれたと思うと、遅れてやってきた誘導弾(ハウンド)の数々に、オーバーキル気味に消し飛ばされた。

 

『二宮、トリオン供給機関破壊。樹神、トリオン体、トリオン供給機関、伝達脳破壊。両者緊急脱出(ベイルアウト)。4ー4、ドロー』

 

 この日五度目となるベッドへの放り投げ。

 それによる衝撃もそっちのけに、直ぐ様上体を起こしてどうするべきかと思案する。

 俺が三年半で培ったグラスホッパーを用いた高機動力とスコーピオンの遠距離攻撃法。マンティスはシールドに防がれ、一閃は打つ暇を与えてくれず、グラスホッパーによる移動は直線的過ぎるのか軌道を読まれる。

 俺が主力として使用していた殆どが二宮には通用しなくなった。

 さっきは咄嗟に奇策として置いておいた足によるマンティスを使うことで相打ちに持ち込むことが出来たが、もう当たることはないだろう。

 見せた手はすぐに対策されている。

 故に、もし勝負するならまだ見せていないもので挑むしかないと考えた俺は何かないかと案を探すが、攻撃の一手で有効なものは何も出ない。

 だが、一つだけ見せていないものを見つけた。防衛任務に出て半年間、まだトリオン体での動きが熟達する前に使っていたトリガー『シールド』。

 サイドエフェクトの恩恵により、下手にシールドを使うよりも避けたり受けた方が強く、また一人で戦うことが多かった俺はシールドを用いて防御をしてしまうと、そこから遅れて多方向からの攻撃を受けることも多々あったため、動き回っていた方が安全であったという理由から使わなくなったトリガーだ。

 正直今の今まで入れていたことを忘れていた。

 

「……よし、一応使い方は覚えてる」

 

 ブース内でシールドを起動し、使い方を確認。

 何度かシールドの形を変えながら、俺はこれをどう使うかを考えるが、それよりも先にラストの十本目が開始。ビル群の多いステージに転移された。

 九本目と同様に開始直後に打ち込んでくる二宮。

 それに対して俺は避けるのでなく、メイントリガーの方にセットされていたシールドを起動、二十ほどの弾を受ける。

 これはシールド硬度の確認を兼ねての試行であったが、全弾防ぎきった後のシールドの状態を見て、思っていた以上の手応えを得る。

 二宮は俺が初めてシールドを使用したのを見て、僅かに眉をひそめるが、直ぐに追加のトリオンキューブを二つ生成、両方とも二十ほどに分割して射出。

 威力重視の通常弾(アステロイド)だったようで、三十ほど受けた辺りでヒビが入り、最後の十発で割れる。

 

「ぐっ」

 

 直ぐ様サブの方でグラスホッパーを起動して正面に立たぬよう立ち回り始める。

 それを見て二宮は少しつまらなそうに目を細めると、俺の動きを視界に捉えながらフル誘導弾(ハウンド)。俺に向かって打ち出すのでなく、俺が行くであろう方向に射出していく。

 それを見て、俺は自分が無意識に取った行動に小さく舌を打つ。

 長年決まった動きしかしてなかったせいか、反射とは別の瞬間的な判断にシールドや他の手が入ってこない。

 攻めやカウンターといったものであるならばサイドエフェクトで幾らでも手を変えれるが、受けしか取れない中では大きな恩恵は受けれないのだ。

 そんな自身の弱点について苦笑いを浮かべていると、さっきと同じように誘導弾(ハウンド)が着々と俺の逃げ場を埋めていく。

 

射手(シューター)相手の経験が浅すぎる。どうすればいいのか分からん」

 

 吐き捨てるかのようにそう呟くと、数秒して完全に誘導弾(ハウンド)に包囲される。俺は意識して別の手を使おうとシールドを起動すると、俺を囲うようにして展開、誘導弾(ハウンド)を防ぐ。

 しかし、二宮はそれを確認すると、右で二十ほどに分割した通常弾(アステロイド)を放ち、それに遅れる形で左で生成したトリオンキューブを六分割して放った。

 誘導弾(ハウンド)と最初の通常弾(アステロイド)でヒビ入る俺のシールド。そして遅れてやってきたトリオン弾に割られると思うと、次の瞬間大爆発が起きた。

 

「うおっ!?」

 

 爆破の衝撃にシールドが割られ、次いでやってきた爆風に体が後ろに吹き飛ばされるが、爆風の半分はシールドが防いでくれたようで無様に転がることなく地面に着地。

 炸裂弾(メテオラ)と呼ばれる爆破効果のあるトリオン弾、もちろん使用されたのはこれで初だった。

 まだ見せてないモンがあったのか、と驚愕を浮かべつつ前を見ると、二宮の姿を隠すように漂う爆煙幕。

 それを視認すると、瞬間サイドエフェクトが発動。拡張された時間内でどうするか思考開始。

 そして導き出した結論は真向勝負、つまりは突撃だった。

 相手も俺もお互いの姿が見ることが出来ないこの状況、下手に回り込んで後手に回ると、また誘導弾(ハウンド)による弾幕を受けることになる。

 ならば俺が何処に出てくるか分からないこの瞬間、攻めに転じるには絶好のタイミングであるのだ。

 俺はグラスホッパーを起動し、自身の出せる最高速度で煙の中に突っ込む。その際、シールドを目の前に展開することを忘れない。

 右手にスコーピオンの刃を出現させながら、煙内から出る瞬間を待つ。

 そして、ついに出た煙幕の外。視線の先で二宮を捉えた瞬間、俺の見る世界が急激に遅くなった。

 今までに何千回と陥ったこの感覚、サイドエフェクトの発動。その景色の中で見たのは、ポケットから抜き出した両手で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

「っ!?」

 

 初めて見るその動作。

 目を見開きながら高速で詰め寄る俺に、二宮は慌てた様子もなく「やはりな」と小さく呟くと、合成し終えたトリオンキューブを分割して、唱えた。

 

徹甲弾(ギムレット)

 

 瞬間、撃ち出される六つの弾丸。

 俺は二宮の呟きと初めて聞くトリガー名を耳にして、理解。

 

 ───二宮はこの場面での俺の動きすら読んでいたのだ、と。

 

 シールドに着弾するトリオン弾。

 今までのものとは比べ物にならないほど重い銃弾にたった数発でシールドにヒビが入る。

 勝ちを確信したのか両手をポケットに収め直す二宮。

 俺は悔しさ故に顔を歪める。

 そして、大きな音を立てて割れるシールド───

 

 

 

 

 一つ───

 

 

 

 

 

 二宮は勘違いしていた。

 

「なにっ!?」

 

 シールドが割れる音に続いて、何かが着弾する音がしたが響いたかと思うと、二宮の胸部に鋭い衝撃が走った。

 見れば、自身の心臓部を貫くようにしてスコーピオンの刃が突き刺さっており、背後には無傷の樹神が立っていた。

 二宮は珍しく驚愕の色を浮かべると、次いで理解した。

 

 先程包囲攻撃を防いだシールドはフルシールドではなく、一枚のシールドであったのだと。

 

 単純な話、二宮はシールドの強度を読み違えたのだ。

 二宮ほどのトリオンを有した者が放つトリオン弾の威力は高い。故に先程の包囲誘導弾(ハウンド)攻撃と通常弾(アステロイド)数十発、炸裂弾(メテオラ)を半分防ぐためには、フルシールドを用いなければならないと二宮は考えていた。

 そして、測れた樹神のフルシールドの強度。

 問題なく徹甲弾(ギムレット)で破れる硬度と判断した二宮は樹神の行動を先読みし、トリオン弾の合成を開始した。

 合成が終わる頃、予想通り凄まじい速度で肉迫してくる樹神。もはや軌道の変更は不可能な速度に二宮は己の勝ちを確信したが、そこで初めて樹神の二枚重ねのシールド(フルシールド)を展開、全て防ぎきったのだ。

 二宮はその事実を飲み込むと、次に樹神が二宮の合成弾を防ぐほどのシールドを展開できるトリオン量を有していることを知った。

 そして、恐らく自分よりもトリオン量が多いであろうことも。

 

『トリオン供給機関破壊。二宮、緊急脱出(ベイルアウト)。十本勝負終了。勝者、樹神一葉』

 

 総合二位と噂の攻撃手の十本勝負。

 接戦の末、樹神の勝利で終わった。

 

 

 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 

 大戦終了後、俺は二宮とロビーで向き合っていた。

 その側で、面白そうに笑みを浮かべる加古と心配そうに見守る荒船と村上。影浦は少し離れたソファで不機嫌そうに視線を向けていた。

 なにかを言うのでもなく無言を貫く二宮に、俺も口を開くことは出来ない。

 少し気まずく感じていると、ようやく二宮が口を開いた。

 

「お前、スコーピオン以外に攻撃用トリガーを入れていないのか?」

「……はい、入れてません」

 

 高圧的な態度故か、少し声が固くなりながらそう返答すると、数秒もしないうちに再度二宮が質問を投げてきた。

 

「何故スコーピオンしか使わない?」

「何故って………単純に今の装備で十分と判断したからです」

 

 あくまでもトリオン兵相手なら、と心のうちで付け加えると、二宮は俺を見据えたまま黙る。

 またもや訪れた気まずい雰囲気。

 そのまま十秒ほどすると、不意に二宮が言い放った。

 

「玉狛に行ってみろ。良い経験が出来る」

「え?」

 

 首を傾げる俺を差し置いて、二宮は自身の胸ポケットに手を入れると、一枚の紙を取り出し、俺の前に差し出す。

 思わず受け取ってしまったその紙に書かれていたのは携帯番号。

 余計混乱する俺に、二宮は踵を返して告げる。

 

「俺の番号だ。また相手しろ。その時は、もっと手強くなっていることを期待する」

 

 そう言うと、俺を見ることなく歩を進めていく二宮。

 そこでようやく状況の整理がついた俺は、一つ深呼吸を挟んで言った。

 

「ありがとうございました」

 

 反応はない。けど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 俺は二宮の携帯番号が書かれた紙を落とさぬよう胸ポケットに仕舞うと、荒船らに視線をやった。

 

「ごめん、勝手した」

「いや、見事だった。まさか二宮さんに勝つなんて」

「最後の方で負けかと思ったんだがな」

 

 申し訳なさそうに謝る俺に、村上と荒船が笑みを浮かべて答える。

 対して、俺はスッキリした表情で返す。

 

「いや、試合内容では完全に負けだったよ。最後の二本もたまたまなんとかなっただけだ。正直、次やって勝てる気がしない」

 

 俺の動きは完全に読まれ、射手(シューター)相手の立ち回りの悪さや他のトリガーの使用の悪さ、長年決まった型でしか戦っていなかった故の単純な攻めの傾向。

 多くの問題が露呈した戦闘だった。

 携帯番号を渡されたはいいが、俺から連絡して対戦を願うのは遥か先だろう。

 俺は課題の多さに苦笑いを浮かべていると、ふと二宮の言葉を思い出した。

 

「そうだ、二人とも、ちょっと聞いていいか? 玉狛って支部の名前だよな? 一体何処にあるんだ?」

 

 そう二人に訊ねると、荒船と村上は思い出したかのように「あっ」と呟いた。そして、気まずそうに顔を見合わせる。

 

「あ〜、えっとな、一葉。場所を教えるから、二宮さんの助言も兼ねて今から行ってこないか?」

「ん? まぁ、それでもいいが、どうしたんだ?」

 

 俺の疑問に、荒船は帽子のつばに触れて答えた。

 

「以前、一葉の後輩からお前のバイトのことについて聞いたって言ったの、覚えてるか? その後輩から、出来れば近いうちに顔を見してほしいって言うように頼まれてたんだよ」

 

 荒船がそう言うと、となりにいた村上も同意するように頷く。

 それを言われて思い出した俺は、その時に抱いていた疑問が頭の中に浮かび、重ねて二人に質問した。

 

「そういや、あの時は流れで聞き忘れたけど、俺の後輩を称していた奴の名前はなんなんだ?」

 

 そんな俺の疑問に、二人は何か横目にアイコンタクトを交わすと、同時に口を開き、その人物の名を述べた。

 

 俺はその名を聞いて、これから玉狛に向かうことを決めるのだった。

 

 

 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 

 

「あの人、二宮さんに勝っちゃった」

「すごいと思ったけど、ここまでやるなんて……」

「えっと、熊谷先輩、二宮さんと十本勝負したことあります?」

「あるけど、一本も取れたことないよ」

「はえぇ」

 

 苦笑い気味に答えた熊谷の言葉に、日浦が感心するかのようなため息をつく。その反応は日浦以外に聞き耳を立てていた訓練生も同様で、総合二位をギリギリながら下した樹神に各々賛辞の言葉を述べる。

 そんな中、先程から反応がない那須に、熊谷が振り返る。

 すると、那須は口元に手をやって、何かに堪えるよう身体を震わしていた。

 

「っ!? 玲、大丈夫っ!?」

 

 現在の那須はトリオン体であるため、生身の影響は受けない。しかし、それでも病弱な彼女の様子がおかしいことに気付いた熊谷は慌てた様子で那須の背中をさすった。

 その時だ。

 

「………た」

「え?」

 

 那須が小さく呟いた。

 それを聞き取れなかった熊谷は疑問を口に出すが、それに構わず那須は熊谷に向き合い、先程より大きな声で続けた。

 

「見つけた。くまちゃんっ、ようやく見つかったのっ」

「え、ちょ、玲っ!?」

 

 何か感動するように熊谷に言い寄る那須に、熊谷はさらに疑問詞を重ねつつ、近くにいる日浦に心当たりがないか視線で尋ねる。

 しかし、日浦は全く心当たりがないようで首を大げさに何度も振ってみせた。

 困惑する熊谷と日浦。

 それに気付かない那須は、玉狛に向かっていった樹神の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。




 お読みいただき、ありがとうございました。
 私が更新を遅らせてしまった間にお気に入り数が千人となり、評価数も七十を越しました。
 皆様の応援のおかげです。
 
 また、今回、私の都合により更新日を遅らせてしまい申し訳ありませんでした。
 今までストックを書き溜めていたため、毎日更新を行うことが出来ていたのですが、二話ほど前にストックを出し切ってしまい、そこからどうにか書こうとしていたのですが、今回のように遅れる始末となりました。
 ですので、次回の更新日は一週間後の2月22日0時0分とさしていただきます。
 これまで毎日更新を楽しみにしていた読者様、申し訳ありません。
 この一週間でなんとか書き溜めをしようと思っていますので、待っていただけると幸いです。

 どうかこれからも、応援よろしくお願いします。

追記(2月21日22時04分)

申し訳ありません。急な都合が入り、予定通りに書き終えれそうにないので、勝手ながら一日更新を遅らせていただきます。
本当に申し訳ありません。

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