「ふん、ふふ~ん」
油の匂いと金物の匂いが入り混じった部屋の中で、少女人形の調子はずれな鼻歌が響く。
まだあどけなさの残る顔立ちには砂場で遊ぶ幼子のような笑みが広がっていた。
陶磁器のようなくすみひとつないつややかな額に銀色の髪がかかる様は、見るものに儚さを感じさせる。しかし、まず最初に目がいくのがその両手だろう。
節くれだちナイフのような先端をもつ真鍮製の両手は、およそ日常生活に向いているとはいえないものであった。
「よいしょっと」
少女人形の掛け声とともに破砕音が響く。
力任せにたたきつけられた両手の下では、
叩き潰し、ひきちぎる。
そうして原型をとどめなくなった
打ちっぱなしのコンクリートで囲われただだっぴろい部屋には、大小様々な
それらは例外なく破壊された傷痕が刻まれている。
少女人形はその中の一体をつかみあげて、次の仕事に取り掛かる。
そこに、鉄の扉を引くきしんだ音が鳴る。
少女人形は顔をあげて来訪者の顔を見た途端、表情を曇らせた。
「スーちゃん。来ちゃった!」
ミニスカートのすそを揺らしながら、少女にだきつこうと駆け寄るがその両手は空をきる。
「はぁ、こんな時間に来るなんて……。仕事はどうしたんですか?」
「そんなの部下にまかせて抜け出しに来たにきまってるじゃない。スーちゃんとの時間のためならと、涙を流して協力してくれたわよ」
少女につれない態度をとられた女性は傷ついた表情を見せながらも、周囲に雑然とつまれた部品の山を物色し始める。
無頓着に積まれた山は、下手に引き抜けば崩れてしまいそうであった。器用に目当てのものを引き抜いていく。
「それじゃあ、これとこれと、これ。お願いね」
部品をつつんだ紙袋を手渡そうとしたとき、女性はその手をつつむようにして受け取った。
「スーちゃんの手はすべすべで気持ちいいわね~」
「気持ち悪いですね」
少女人形は汚物に触れたときのように、すばやく手を引いて距離をとる。少女人形の冷えていく心情と反するように、女性は恍惚とした笑みを浮かべている。
「よっし、スーちゃん成分を補充できたし、また仕事にいってくるわね!」
「とっとと行ってください。マスター」
静寂がもどると少女人形は深いため息をはいて、ふたたび解体作業にもどっていった。
―――王立蒸気研究所、実験室
少女人形と別れた後、いつくかの用事をすませ研究所にもどった。
厳重に密閉されたタンクの蒸気圧計をじっと見つめている。
「ディジー所長、もどりましたか。早速ですが、この書類に目を通してください」
「あー、そんなのはキミにまかせるよ。ハンコなら所長室にあるから、適当にぽんぽんとやって構わんよ」
「そういうわけにはいきません」
副所長の呆れ顔を尻目に、ディジーはバルブをいじりさらに蒸気圧を上昇させる。
すると、タンクの外壁の一部がめくれ上がっていく。
勢いよく蒸気が吹き上がるが2人は特に慌てることもなく、バルブを閉めて蒸気圧をさげていく。
これくらいはこの研究所では日常茶飯事であった。
他の研究員も自分の研究に没頭している。
「いまのところ出力はこれが限界か。もっと蒸気圧をあげたいのになぁ」
「いえ、十分です。所長が欲張りすぎなんですよ」
「やっぱり面倒ね。いいじゃない、蒸気炉を二つつけて真鍮機械を巨大化させれば」
「軍としては小型化された兵器を望んでいるそうです。市街地でも問題なく使用できるようにすることが主目的だったと思います」
「そんなことをいわれてたかしら。はぁ、面倒ね。あんなかわいくないものなんて意欲が削がれるわ」
やれやれと肩をすくめるが、目の前の真面目を絵に描いたような男はうなずくことはない。
「試作品でも悪くない結果を出しています。まずは、これを提出してはいかがでしょうか」
ディジーは興味をなくしたのか、まかせるといって机の上に積み重ねていた仕様書や資料の束を、他の研究員に押し付ける。そこには改良点と運用に関する計画が記載されていた。
書かれている内容に沿って動くだけで、あとはほとんど完成していることを知っている副所長は苦笑を浮かべる。
「ところで、例の真鍮人形についてなのですが」
ディジーは副所長をつれて所長室へと入った。
分厚い樫の扉を閉めると、防音の効いた部屋は外界の音を一切遮断した。
「さて、えーっと、なんだっけ」
実験室とは違う革張りのイスに深く腰をおろし、スカートから伸ばした足を組む。
「本当によろしいのですか? あの真鍮人形を自由にさせていて。蒸気塔で起きた事件の数々はあれが少なからず関係しています」
「別にいいんじゃない。子供には旅をさせろっていうじゃない」
「しかしですね、軍部からあれについての問い合わせが来ています。ここらで手を打たなければあれの正体が露見する恐れがあります」
「いらないと言った。余計な手はださないで」
落ち着いた声のまま警告を発すると、副所長は口をつぐむ。表情の使い分けは場面に合わせることが重要だ。
ただ、ときどき本当の自分が分からなくなることがある。
「不服そうね」
「所長があの人形にかけている熱意は存じています。しかし、万が一ということもあります」
「大丈夫よ。それは絶対にないわ。そうならないようにするだけだから」
時間、金、労力、どれだけのものをあの子にかけてきたのか。研究所に入ったのもここでしか見ることのできないデータをのぞくためだった。
執念。全てをかけて挑んで挑み続ける、その先にあるものをつかむために、彼女は前に進み続ける。
「……所長」
「今日はやけに食い下がるわね。いいからいってみなさい」
「あれをこの研究所で管理しましょう。ここの設備でなら常に万全の状態に調整することができます。さらに、正確な数値を計測することでいまだに不明な部分を解明することが―――」
ディジーが首を振るのをみて、副所長は言葉を途中でとめる。
「ああしなさい、こうしなさいと命令のとおりに動かす。そんなものは前時代の真鍮人形でしかない。私はあの子を束縛するという方法は選ばないわ」
断固たる口調で言い放ちディジーを見て、副所長はそれ以上のことはいうことはなかった。
「ところで、あの子が関わった事件だけど、世間ではそこまで騒がれなかったみたいね。私としては蒸気塔が傾くぐらいを期待していたのだけれど。案外大人しいものね」
「……所長は、事件の最中に破壊された真鍮機械や真鍮人形の数はご存知ですか?」
数拍おいたあと「50ぐらい」と口にすると「258です」という答えが返ってきた。
「そういえば、あの子のジャンク屋にころがっていた部品にあたらしいものがずいぶんと増えていたわね」
大体のことはヒエロドルテから聞いてはいたが、詳細な部分までは把握していなかった。
「でも、まあ、予想以上に制御は利いているみたいね。不完全な部分もあったけれど、意外とうまくいったみたい」
「……しかし、この先も安全とは限りません。万が一の場合、蒸気塔がこの世から消える可能性があります」
「大丈夫よ。あの子はけっこう楽天家だし、悩む前に動き出すような子だから」
視線を外に向けると、石材と真鍮で組まれたセピア色の街並みと、煤が舞い散る灰色の空が広がっていた。
いつか、フタをしている蒸気塔の天井をぶちぬいて、青い空がこの街を照らすだろう。