モバマス 「アイドルプロデュース 北の大地と夜さりの祭」より
hatibeさん主催の「大風呂敷を広げられるだけ広げたデレマス合同誌」に寄稿いたしましたものに、少々加筆・修正したものです。
丁度いい絵があったので使ってみたりもしました。
※誌名どおり、ここから畳むことは一切考慮していません。文章力がたりない!!
モバマス 「アイドルプロデュース 北の大地と夜さりの祭」より
◇序
未開である人類の叡智の向こう側。かつてのあたしはキョーミを燃料にその場所へと侵入し、好奇心を対価に生命を救う一滴を持ち帰る存在だった。
誰にも知られていないその領域。あの場所へ入り込む感覚は何とも形容しがたいものがあった。快、それとも不快?喜であるような悲であるような曖昧な世界。ただ一つ言えるのは久しく触れていないと一種の寂寥感を覚えるということだ。
自覚したのはラボを飛び出してしばらくのこと。何の因果かケミカリストからアイドルへと転身を果たし、特異なことにその肩書に愛着を覚えた頃のことだった。
誰かによると、今のあたしは夢を届ける存在らしい。最初はキョーミすら湧かなかったが、段々とその言葉を受け入れてしまいそうなあたしがいる。後ろをみないでキョーミのままに未知を探る。これこそがあたしの信条であるが、それを捻じ曲げてしまう誘惑にかられる瞬間を感じるようになった。
その誘いに負けてしまうと見えるのは、まるで帳尻を合わせるかのようなこれまでの軌跡。出会いは存在と存在を劇的に変貌させる。フラスコの中で見慣れた化学反応はラボの外側にも偏在することを知った。
色々なものが与えられ、巡り合えたと思う。それでも、『向こう側』へ足を踏み入れる機会はもう訪れないだろう。万が一、あたしのなかで化学者としての情熱が再燃され、アイドルとしてのあたしを焼き尽くすほどに燃え上がったならそうなるかもしれない。しかし、そのときのあたしはクレイジーなケミカルアイドルではない。少なくとも、プロデューサーと継続中である双方向の実験に結論が出るその日まではあの場所へ行くことはない。何故か優しさすら感じるその寂しさに、あたしはそういう変化も肯定するという結論を下した。
そういった変化をあたしの脳髄は面白いと評価した。安定には程遠い現状を心地よいものだと感じた。そんなわけで身も心もアイドルに変化中なあたしであったが、それでも研究者の残照は消えてなかった。通常、人が到達できない領域は人の智慧こそが抉じ開けるものだというバイアスが心の中に潜んでいたのだ。
ギフテッドだからといって完璧というわけではない。ありきたりな心の隙に気付いていない場合もあるのだ。人が認知しえないその領域に意思があるとするならば、そんな状態の人間を狙うのかもしれない。
そんな思案をしている理由は単純。今現在、あたしが狙われていると錯覚しているからだ。『向こう側』 ── 便宜上、異界というラベルを貼ることにする ── との再会は何もかもが自分の予想を超えたものだった。強い衝撃の後に訪れるものは数えきれない疑問。自問自答という名の情報整理をしていく。
今はいつ? ── 聖なる夜まであと一ヶ月をきった昼下がり。
ここはどこ? ── キョーミのままに歩いて辿り着いた知らない喫茶店。
誰について? ── 店内BGMだったラジオ放送越しに聞いた声の主。
どうして? ── 整理がついてない、要検証。
経緯は? ── 今日の始まりから現在に至るまでを振り返ることで整理する。
何が起きた? ── 異界との再会。既に迷いこんでいたことに気が付いたと表現する方が適切かもしれない。すこし考えると既知のものとは異質であると気づく。あたしが知る異界は今の時代の大多数が気付いていないだけの真理だ。叡智の鍵を持つ者だけが少しだけ早く入ることが出来る場所。今気付いたこの場所は、少なくともあたしが知る方法では辿り着けないはず。いや、気付かないと入れない特性は一緒?
《クリスマスまでもう少しですね~。良い子のみんなはクリスマス用の靴下の準備は出来ましたか~?》
電波越しの音は普段なら聞き流して終わり。しかしこの状況においては危険な劇薬だ。突発的な刺激に揺さぶられ、音波という経路で更なる追い打ちを受けて、あたしのココロがさらに加速していく。
《ブリッツェンが一回り太くなっちゃったのに気づいたときは焦りましたぁ。みなさんが協力してくれたおかげでダイエットは間に合いそうですが、これからは気を付けたいですね~》
イヴ・サンタクロース。これほどまでに「名は体をあらわす」という言葉が似合う人間はどれだけいるのだろう。何の因果か、肉眼で確認できるサンタクロースは現在日本でアイドルをしている。
あたし ── 一ノ瀬志希は、その事実がどれだけトンでもない事なのかを今更になって実感しているのだ。
◇経緯、検証
今日の始まりは何の変哲もないフツーの日だったと思う。しいて言うならレッスンの日だったのが趣味の日に変わったことくらい。冬の冷たい雨上がりの匂いに満ちた事務所への途上。否応なく香りを堪能したあたしの心はすっかり失踪気分になってしまったのだ。
顔を上げれば嗅覚からの情報と相反するような青空が広がっていた ── 今朝は傘が必要な天気だったとは想像もつかない変りよう。顔を戻すと嗅覚と視覚の矛盾は解消された。事務所に到着するまであと5分程の並木通り、その場所が雨に濡れた落ち葉で彩られた今朝の光景がよみがえる。もし事務所まで辿り着いていたならば何かのレッスンをしていたはず。しかし、その予定はあたしの中からひらひらと零れ落ちてしまったというわけだ。
そうしてスマホの電源をoffにして行き先を白紙にしたのは2時間ほど前。キョーミのままに歩いた先、良い匂いがする建物を見つけたのが37分前のこと。周りの観察を経て、その匂いの発生源を検証するべく店に入ったのはそれから2分ほど後。
入店した瞬間に自分の仮説が正しかったことを感じた。空間に漂う木質と心地よい苦みのある香り。ドアベルの響きに重なるコーヒー豆を挽く音。落ち着きを感じさせる優しい光景。店に敷き詰められた床の歩き心地、椅子の座り心地、カウンターの木材特有の触り心地。これらを統合して想起されるこれから味わえる一杯の味。五感からあたしの脳に侵入した、ありとあらゆる情報が雄弁に語りかけてくれた。
ニオイの主成分は扉、天井、床、カウンター、棚など、その建物に使われている木の香り。そこに様々な種類のコーヒー豆の香りが重なる。外から見た印象通りに小さくまとまった店内との相性も良好だ。人もまばらで不思議と気分の落ち着く店内。この喫茶店ならば次に失踪するその時まで覚えているかもしれない。この時期限定だというブレンドコーヒーを注文しながらそう思った。
店内はあと一ヶ月をきったクリスマスに相応しい装いがなされている。カウンターの片隅に置いてある小さな鉢もクリスマスを意識したラインナップとなっている。ここまで完成度の高い空間だと珍しいことに店内には控えめな音量でラジオが流れている。雰囲気を損なわないのは音の大きさ以上に、放送されている内容によるところが大きいかもしれない。この時期らしくクリスマス特集のようだ。
《それでは、ゲスト紹介しましょう!イヴ・サンタクロースちゃんです!》
耳馴染みのある名前が聞こえてきた。新しいサンタ衣装をプレゼントしてもらったと喜んでいた。それがあたしの記憶に残る一番新しい彼女。クリスマス特集でサンタそのものである彼女以上に相応しいゲストを探すのは難しいだろう。
……サンタさん?
その瞬間、あたしは気付いたのだ。今の自分がいるところ。その場所に異界とはかけ離れた場所であるというステレオタイプなラベルを貼っていたということに。
◇スラコニ聖│サンタクロース
サンタクロース。ミラの町で生まれた聖人の最新形。
多くの子供がそうであるように、幼いあたしもサンタクロースを信じていた。サンタさんを信じて健気に靴下をぶらさげる。そんな時期があたしにもあったのだ。多くの日本人がそうであるように、そんな時期が終わってしまってもう何年も経っているが。
確かにサンタはいる。ただ分厚い覆いの向こう側で見えないだけ。見ることも触ることもできないがきっと存在する。だからママを助けてくれる贈り物を貰えなかったのは仕方なかったんだ。
数年前まであたしが住んでいた国で100年以上前になされた有名なやりとり。ニューヨーク・サン新聞の1897年の社説欄でフランシス・ファーセラス・チャーチが記したヴァージニア・オハンロンへの素敵な返答。それをもってあたしのサンタ観は完成してしまった。彼はあくまで人々の信仰、妄想、打算といった思念の集合体でしかない。今日の朝まではそうであると信じて疑わなかった。当たり前すぎて認識すらしていなかった。
ところがその結論は根本から崩れ去った。反証がいたからだ。否定など考えられないほどのホンモノをみせるだけでいい。それが最も簡単な存在証明にして非存在説を完膚なきまでに破壊する一撃だ。
電波越しに聞こえる声の持ち主がその気になったなら、サンタなど存在しないという声は一瞬のうちに消え去ってしまうだろう。
未知を征服して世界を揺るがす発見はいつだって破壊的だ。刺激的で劇的であたしの脳髄を痺れさせる危険なもの。アイドルになって出会えるとは思わなかった。
◇ヴァージニアに告ぐ
極上の刺激がもたらすキョーミが広がっていく。天から贈られた有機構造体が疑問で燃やし尽くされていく。今年の聖夜は新調した仕事着を使うのだろうか?あんな服で煙突に突入する気なのだろうか?煤で汚れてしまわないの?もしかして物理法則すら超えてしまっていたり?気になる。興味深い。解き明かしたい。思考が止まらない。直感が繋がり線となり、線が混じりあって像を成していく。トリップしてしまう……!!
ヴァージニア、確かにサンタクロースはいたよ。
目に見えない世界のカーテンの向こう側じゃない、こちら側にいたよ。信頼と想像力と詩と愛とロマンス。それらで向こう側を隠す覆いを開ける必要はなかったよ。
声を聞くことができる。自分の目で見て触ることができる。手紙などなくても、言葉を交わして心を通わすことができる。
きみの友達は言うかもしれない。もしかしたらきみも同じことを思うかもしれない。
『白いひげを生やしていない!』
『連れているトナカイはブリッツェンだけ?!』
『サンタクロースがプレゼントと衣装を盗まれた?!』
『サンタさんはお姉さんだったの……?』
その疑問はもっともなこと。しかしながら、きみ達のメッセージが届くのかは怪しい。彼女は語学堪能なのに、何故かきみ達の国の言葉だけは苦手なのだ。
でも大丈夫。顔を合わせれば疑問は解消される。彼女がきみの顔を見たならば、きっと背中に担いだ袋に手を伸ばす。きみの欲しかったプレゼントを取り出すためにね。そして、きみにも分かるこの言葉を言うのだろう。
《メリ~、クリスマス!》
その声で我に返った。
知的刺激にのたうち回るあたしを見つめるヴァージニア。カミサマがくれた頭脳の一部を活用して彼女に言葉を贈る。
他にも気になること、聞きたいことは山ほどある。今この時、あたしのキョーミの総てが見て触れるサンタクロースに注がれている。
まずは観察方法を考えなくてはならない。何かないか?対象を調査中の小さな名探偵が頭を過る。── 却下、彼女の調査は助手が膨らみ規模が大きくなりすぎている。あたしが知りたいことは少人数で密かに調べていかなければ到達できないだろう。他には?その疑問に記憶力が応えた。 ── 名湯探訪の企画でサンタ力があると言われて喜んでいたあの子なら?
メモっ子であるあの子ならば対象の詳細な記録を持っているだろう。上手く立ち回れば名探偵の大調査を隠れ蓑に自由に動けそうだ。選択肢にいれてよさそう。それを考慮して事前調査の手順を踏むか、キョーミ次第で直接観察するのか。……どうやら選べるカードは少なくないみたいだ。
あの子は夕方から演技レッスンの予定。あと、プロデューサーもその時間ならデスクワークをしているはず。事務所の方が此処よりも都合がよさそうだ。
今のあたしならば外の寒さも丁度いいかもしれない。いつの間にかコーヒーを飲み干していたことに気付いたあたしは、会計をするべく席を立った。予想していた味と実際の味の相違。その検証は次の機会まで持ち越しとする。
hatibeさん主催の「大風呂敷を広げられるだけ広げたデレマス合同誌」に寄稿いたしましたものに、少々加筆・修正したものです。
丁度いい絵があったので使ってみたりもしました。
ハールメンは楽しい
これは危険な楽しさですね……
※誌名どおり、ここから畳むことは一切考慮していません。文章力がたりない!