一日目はリボン、二日目は香水、三日目は―――?
森の中を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が進んでいました。
ガタガタと揺れる機体を抑えながら、運転手はゆっくりと歩いています。
大きな声でモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が言いました。
「この先に国なんてあるの、キノ。今から引き返すのもアリだよ」
キノ、と呼ばれた少年はゴーグルの下で苦笑いしながら答えます。
「僕は自分の運を信じてるよエルメス」
「本当かなー?ってうわあ!」
木の根っこに車輪が弾かれて、エルメスはあっけなくバランスを崩しました。ハンドルを掴んでいたキノは支えきれずに引っ張られるようにして転びます。
キノしばらく動きませんでした。
「……あともう少しだけ行って、何も無かったら引き返そう」
「それもう五回目」
呆れたようにエルメスが返します。
「でもその前に」
「その前に?」
キノは仰向けになり、身体を伸ばしました。
「ちょっと休憩」
「そしたらさっさと起こしてほしいなあ」
「一緒に休憩してよ、エルメス」
エルメスを見ながらキノが眠そうに言いました。
「このまま夜になってひもじい思いをしてもいいならね」
「わかったよ、行くよ」
ゆっくりとキノは起き上がり、モトラドを立て直します。機体に軽く土がついたので払ってやりました。
「本当に引き返さないの?」
「引き返さない」
「そんなにキノが行きたい国ってどんなところなのさ」
キノはまた機体を押しながら歩き始めました。今度は木の根に引っかからないように慎重に。
「≪捨てる国≫さ。エルメス」
「捨てる?そこらじゅうにポイ捨てするってこと?」
「そしたらこんな自然豊かになってないだろうね」
エルメスはごとん、と鈍い音をさせて木の根を乗り越えました。
「どうやらその国はね、一日に一個≪不要なもの≫として判断されたものを処分、つまり捨てて、二度と使わないんだ」
「そんなことしたらそのうち国中全部無くなっちゃうよキノ」
「でも国は無くなってない」
キノは額に汗を浮かべてエルメスをひと際強く押します。
「わあ!八つ当たりしないでよ」
「あった」
「うん?」
「看板だ」
簡素な木で作られた看板には≪ようこそ、旅人さん。私たちの国はこの道をまっすぐです!≫と彫り込まれていました。
◇
さっそくキノが城門で入国の許可を求めるとすんなりと通してくれました。
「滞在期間は三日間でよろしいですか?」
「はい」
「わかりました。このリストにあるものは申し訳ありませんが我が国には持ち込めません。ここでお預かりすることになります」
「要らないから?」
茶化してエルメスが言うと、番兵は丁寧にスカーフや薬草、手袋を丁寧に袋に入れながら言いました。
「そうです。≪不要な物≫だからですよ、我が国でこれらは不要なのです」
キノは何も言いませんでした。
国の中はいたって清潔でした。道は平たい石で整備され、脇には雨水を逃がすための水路が作られています。建物は隙間なく並び、どれも同じような形をしていました。
道路には車道と歩道が白い線を引いて分かれており、頻繁に変わる信号もありました。
エルメスを走らせながら大きな道を真っすぐに進んでいくと、円形の広場があり、何かを燃やしているようでした。
キノは注意してモトラドを火の粉がかからないよう十分な距離の場所に停めました。
「火の粉くらい大丈夫だよ」
「いいから、ここにいてエルメス」
火は何十人もの住人に囲まれていました。かなり火はかなり大きいですが、燃やされるものがどんどん足されていくので勢いが弱まることはありません。
「すみません、何を燃やしているのですか」
様子を見ている女性に尋ねると、キノの方を睨んで言いました。
「リボンだよ。今日は王さまがリボンと言ったからリボンを燃やしてるのさ」
「国中の全てのですか?」
「当たり前だろ。隠して持ってたら死刑だ」
「なるほど。ありがとうございます」
いつの間にか、キノの隣には小さな女の子がいました。その手には何も身に着けていない女の子のぬいぐるみが抱えられています。
「……」
女の子は何も言わず、じっと火を見ていました。
「……」
キノも何も言わず、投げ込まれていくリボンを見ていました。
「どうだった、キノ」
「特に何も無かったよ。それより早く宿を見つけよう」
キノはその後、そこそこ大きな宿に入りました。料金はかからないと言われました。
「旅人さんは≪必要な物≫ですから」
キノは一番大きな部屋を希望し、宿の人の許可をとってエルメスと入りました。
そして備え付けのもではなく、宿の浴場でたっぷりとシャワーを浴びました。入浴に充分に時間をかけた後、宿から手配された清潔な服に着替え、部屋に戻ります。他の客とは出会いませんでした。
「必要とされてるって最高だ……」
「はいはい」
キノは自分のパースエイダーごとホルスターを外し、枕の下に置きました。そして白いシーツのかかったベットの上に倒れこむと、そのまま無言で顔をうずめました。
「まだ寝ないの?」
「出来る限りこの状態を堪能しておきたい……でも寝たい……」
「千羽鶴ってるね、キノ」
「……切羽詰まるってことかな」
ぼそりと言ってからキノは顔をあげ、
「てんごくだー」
と呟くと、そのまま寝てしまいました。
◇
翌朝、キノは先に起きてパースエイダーで抜き打ちの練習をし、そして朝食を遠慮なく食べ終わったところでエルメスのタンクを叩きます。
バンバンバン、
バンバンバン、
手が痺れ始めた頃、エルメスが起きました。
「おはよーキノ」
「おはよう」
若干恨めしそうにキノが言いました。
「今日はどうするの?」
「何が要らないものになったのか見に行くよ」
「ふーん、それって面白い?」
「まあね」
手早く身支度をしてキノはエルメスに跨ります。どうやらこの国にはモトラドという乗り物は無いらしく、燃料の補給だけキノがやりました。
「モトラドが無いなんて……」
若干のショックを受けているエルメスに、キノは
「……」
やっぱり何も言いませんでした。
しばらく進み昨日の広場に到着しましたが、綺麗に片づけられていて煤一つ残っていませんでした。
「わお、プロの仕事だね」
「信じられないな……」
周りを見るとみんな何事もなく幸せそうに過ごしていました。昨日の女の子も歩いていましたが、手には新しいクマのぬいぐるみを持っていました。
「よう、旅人さんかい?」
不意に声をかけてきたのは一人の男でした。
「はい」
「びっくりしただろ?昨日の十時には終わって、今日には綺麗なもんさ」
「とても驚きました。よろしければ今日はどんなものが≪不要≫と判断されたのか教えていただけませんか?」
「今日は香水だよ」
男は遠くを指さして言いました。
「川に流しているのさ」
「なるほど。ありがとうございます。行ってみます」
「あんまりおすすめはしないがね」
キノは男に礼を言って、またエルメスを走らせました。
しばらく走ると、おそらく国で一番大きい川が見えました。昨日とは違って人はあまり多くはありません。近寄ってみるとすぐにその理由がわかりました。
「ひどい匂いだ……」
「モトラドに鼻が無くてよかったよ」
辺りには様々な匂いの混じった、恐ろしい悪臭がたちこめていました。
国中の香水が流されているので、川は光を反射して虹色に輝いています。
「あれ、もう帰っちゃうの」
「これ以上ここにいたら鼻が馬鹿になる。宿に帰ろう」
キノはそう言ってさっさとそこを後にしました・
◇
次の日、宿を出ようとするとオーナーから手紙を渡されました。
内容はこの国の王さまが会いたがっている、ということでした。
「ん、やったね、もしかしたらこのまま玉の輿かもよキノ」
相変わらず起きるのが遅いエルメスを軽く叩いて、
「謹んでお受けします」
キノは笑顔で答えました。
オーナーはほっとしたようにぎこちなく頷き、一番大きな部屋に行くように言いました。
指定された部屋に行くとそこにはベットも、洗面台も、何もありません。
ただ大きなテレビと椅子と机が置いてあるだけでした。
キノは特にすることもないので椅子に腰かけました。ふかふかで思わず眠りたくなるような椅子です。
「ここで待ってれば王さまが来るのかな?」
「でも椅子は一つしかないよ。立ってた方がいいんじゃない」
「来たら立つよ」
すると、突然テレビがつきました。にこやかな男性の姿が映ります。
「こんにちはキノさん。こちらの都合上、このような形で会うことになってしまってすまない」
「へえ!テレビ電話か。ずいぶんとハイテクなんだね!」
「いえ、気にしていません」
エルメスははしゃいだように言いますが、王さまはただ笑って特に返事はしませんでした。
「キノさんは、私に聞きたいことがあるんじゃないかね」
「はい。……この国で≪不要な物≫とは、どのように決められているのですか」
「それそれ!物はどんどん新しく作っていけるけど、この国は一日一個≪捨てている≫のに安定しすぎてる」
王さまは全く表情を変えずに言いました。
『実はね、この国には昔、巨大なコンピュータがあった。誰が作ったのか、どんな風に作ったのかはまだ解明されていない。しかし、このコンピュータを使って我々一族は、国のためにあらゆる計算をした』
「つまり未来を予測したんだね?」
『そうだよモトラド君』
テレビの向こうの王さまは得意気に胸をはりました。
『そこで私たちは、未来に悪影響が出るようなものを一日一つ、処分しているのだ』
「なるほど。そうだったんですね。ありがとうございます」
『まだ国民には発表していないが、今日の不要な物は』
王さまはエルメスをちらりと見ました。
『モトラドだ』
「えーひどいー!」
「わかりました。ではすぐに、この国を立ち去ります」
キノは素早く椅子から立ち上がり、エルメスの方へと向かいました。
『いいや、この国ではモトラドがない。処分しないと困るのだ。キノさんには申し訳ないが、置いて行ってもらう』
「お断りすると言ったら?」
『君も処分されることになる』
次の瞬間―――
キノは前触れもなく腰の銃を抜き、扉に向かって二回撃ちました。
パパン、と乾いた音が響きます。
同時にぐわ、とか、ぎゃあ、という悲鳴が聞こえました。
キノが扉を開けると、オーナーとその奥さんらしき女の人が足を押さえてうずくまっていました。
キノは二人が落とした銃を遠くへ蹴っ飛ばすと、戻ってエルメスのハンドルを握り、小さな声で言いました。
「出国だよ、エルメス」
後ろからテレビ越しに王さまが何か言っていましたが、気にせずにキノはエルメスを押して宿を出ます。オーナーに、
「ありがとうございました」
とにっこり笑って言いました。
丁寧に整えられた道を、この国でたった一つのモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)と若い旅人が走り抜けていきました。
◇
「あの国には何か悪影響が出るのかな」
「もしかしたらこのモトラドが大ブームになって、燃料が一気に無くなっちゃうかもね!」
「それはないと思うけど……」
「でもさ、少なくともあれは絶対悪影響出るよねえ」
「あれはね」
「香水を川に流すなんて、たぶん川下の動物は全滅だよ。コンピュータも処分のやり方まで教えてあげれば良かったのに」
「ねえエルメス」
「なにキノ」
「本当にコンピュータなんてあったのかな。あれって本当は―――」
「本当のことなんて誰にもわからないさ、キノ」
キノはふぅ、と小さくため息をつきました。
「そうだね。次の国へ行こう」
難しくて最後雑になってしまった