泣き虫なサイヤ人   作:丸猫

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ピッコロさんって実年齢からするとたしか悟飯とそう変わらないんじゃなかったでしたっけ。
短めの番外編です。

感想、誤字の指摘、ありがとうございます。


番外編 独りぼっちの幼子について

 

 

「・・・・いい子だな。」

 

その声を聞いたのは、それこそ、修行という一方的な暴力で気絶していたときのことだった。誰かが、自分の頭を撫でていた。

それにピッコロは、今にも途切れそうな意識を繋ぎとめて、薄く目を開けた。

 

「ピッコロは、いい子だな。」

 

静かな声だった。まるで、散っていく花びらのようなそれはピッコロへと少しずつ降り積もる。

淡く微笑んだその顔と、そうしてじっと自分を見る瞳に映り込んだ感情は、ピッコロの知らないものだった。

 

 

「あの、ピッコロさん。」

 

隣りから恐る恐る聞こえて来たそれに、ピッコロは顔を向けた。

丁度、その時は夜になりかけ、修行も一区切りがついたころだった。ラディッツは、朝早くから神殿で指導を受けている組みを弄りに、いや、力を見極めに行っておりいなかった。

 

(・・・・似てないな。)

 

ピッコロは、その真ん丸な瞳をじっとみた。

幼子の瞳は、その資質と育ちの通り、澄んで無垢な目だった。

あの女とは違う。

ピッコロはそう思う。

一見して、ラディッツと悟飯は似ているように思えるかもしれない。けれど、根幹的にこの二通りは違う。

ラディッツは、人を殺すということを知っている。悟飯は、人を殺すということを知らない。

この両方は、絶望的なほどに齟齬がある。

女は、温和だ。女の瞳は穏やかだ。女の手は優しい。

それでも、女の瞳は人殺しのものだ。

どんなに笑っていても、瞳の奥は冷えていた。どんなに悟飯に向き合っていても、強張った体が解けることはない。

ピッコロは、今でもその幼子の扱いを心得ていなかった。自分よりは手加減が出来るからと、幼子の組み手の相手を務めることはあっても彼らの間にはラディッツが入る。

彼らは顔見知りであった、けれど、お互いが本当の意味でどんな存在かを分かっていなかった。

 

(・・・・ああ、不快だ。)

 

ピッコロは、悟飯の目が嫌いだった。悟空の目が、嫌いだった。

その、澄んだ目が嫌いだった。その、親愛に満ちた瞳が嫌いだった。

 

(ラディッツのほうがよほどましだ。)

 

ピッコロは、ラディッツのことが嫌いだ。

ピッコロは、ラディッツの前では、弱者に成り下がる。ピッコロは、ラディッツにとってただのどこにでもいる誰かに成り下がる。

まるで駄々をこねる子どもに成り下がる。

その女は、人殺しだった。そのくせ、彼女はどこまでも日常を生きる隣人を愛する人間の振りをする。

自分と同じ、独りぼっちのけだものが人のふりをしている様は、滑稽であり、そうして不快だった。

己だけは、綺麗なままでいるかのように振る舞うラディッツが嫌いだった。

けれど、目の前の幼子の瞳に映り込むよりもずっとラディッツの方がましだ。

ラディッツは、それでも血に濡れている。

どれほど、誰かを愛し、人を慈しみ、幼子に優しくしても、それはピッコロと同じだ。

善人にはなれない、天国には行けない、

その瞳を見ていると、胸の奥がむかむかとする。

その、最初から澄んだものしか見ていない瞳が嫌いだった。

 

「あの、ピッコロさん。一つ、聞いていいですか?」

「なんだ?」

 

ピッコロはそれに渋々答える。ちゃんと応えてやらなければ、ラディッツのやつが煩いのだ。何よりも、恐怖の大王であるピッコロに話しかけるなんて根性のあることをする悟飯を評価してやろうかという気もあった。

 

「ピッコロさんは、世界征服をするのが夢なんですよね?」

「そうだ。」

 

突然のそれにピッコロは面を食らいながら頷いた。

 

「どうして、ピッコロさんは世界征服をしたいんですか?」

「は?」

「だって、よく読む本で世界征服をしたいって人は、美味しいものを独り占めするとか、あとは宝物を集めたりとかしたいからだったりするけど。ピッコロさんはそういうのに興味ないでしょう?」

「・・・・俺は。」

 

ピッコロは、それに言葉を詰まらせた。

何故、世界征服を望むのか。その答えを、彼は持っていなかった。

何故なら、その願いは、彼を生み出した父と言える存在のものだったからだ。

世界征服を望む彼には、元より、欲と言えるものがないのだ。

美食を食すことも、見目の善い異性を侍らすための性欲も、キラキラとした宝を望んでいるわけでもない。

ピッコロと、己だけの名さえも与えられることのなかった幼い彼に残されていたのはそれだけだった。

それだけしか、持っていなかったのだ。

 

「どうしてですか?」

 

重ねられた問いに、理由などないというのは情けなさすぎる。ピッコロは、頭の中にばらけた思考の中から、思わず口から飛び出した答えを選んだ。

 

「ピッコロ大魔王という存在を、この世界に知らしめるためだ!誰も、俺を忘れることも、無視できぬようになるために!!」

 

口から飛び出たそれは、思っているよりも胸にしっくりときた。

 

(そうだ。俺は、世界中にピッコロという名を、俺を言う存在を知らしめる。)

 

誰も無視できぬように、誰もがその名を湛える様に、誰もが、自分を捨て去らぬように。

 

「でも、僕はピッコロさんのこと、知ってますよ?」

 

思考の端で、幼子がそう言った。ピッコロは、何を言われているのか分からずに悟飯を見た。悟飯は、目の前のピッコロの手を取った。

 

「そんなことしなくても、僕はピッコロさんのこと知ってます。ピッコロさんが、どんな人か知ってます。ピッコロさんのこと、忘れたりしませんし、無視だってしません。僕、ピッコロさんのこと、好きですよ!」

 

小さく、熱いほどの体温が、ピッコロの手を取った。

無垢で、澄んで、恐れることも、こびているわけでもない。

その瞳は、平凡だった、当たり前だった、つまらなかった。どこまでも、その瞳は人間だった。

 

「僕、ピッコロさんのこと、良い人だと思います。」

 

おばさんも、言ってました。ピッコロさんはいい子だって。

 

ああ、そうだ。

ピッコロは、その瞳が嫌いな理由をようやく理解する。

その眼は、あの時の、夢現に見たピッコロをいい子と言った女の瞳と同じだった。

優しくて、穏やかで、柔らかで、澄んだ、ピッコロからもっとも遠い場所にある瞳。ピッコロを、独りにする瞳。ピッコロを、置いて行く瞳。ピッコロには、どうあっても同じにはなれぬ瞳。

己と同じ、醜いけだものが、人に成り果てた時の瞳。

 

「黙れ!!!」

 

ピッコロは、悟飯の手を振り払った。悟飯は、初めてピッコロに拒絶らしい拒絶をされたことに驚いたのか、茫然とピッコロを見上げた。

ああ、あの目、あの良い子だと微笑んだ、あの女の瞳!

どうしてそんな瞳をする?悪徳なんて知らないという瞳をする!?どうして、お前までも善性に染まろうとするんだ!

善性を持っているんだ!

お前は俺と同じだろう?まるで、自分は善人という皮を被っただけの悪人だけのはずだ!

やっと、同じものが出来たと思ったのに!

お前まで、あの神を宣う、片割れを肯定するのか!?

 

「良い人だと!?戯言を!俺は大魔王、ピッコロなんだ。人を恐怖で支配し、世界を掌握する!貴様が軽々と否定していい名ではない!大体な、ラディッツに阻まれているせいで出来ていないが、俺は貴様を殺したくてうずうずしているんだ!!!」

 

ピッコロの体から、ぶわりと殺気が漏れ出した。悟飯は払いのけられた反動で、ふらりと体をよろめかせた。傷ついた様に、自分を見つめるその顔にピッコロは顔を背けて、その場から飛び出した。

悟飯は、払いのけられた手を茫然と見つめた。

 

 

ピッコロは、とある岩の上に降り立った。

 

「くそったれが!」

 

ピッコロは、幾度も、そう罵倒した。

 

居心地がいいと、そう思ってしまった。

女と幼子との生活は、ピッコロの知らないものに溢れていた。

彼らは、当たり前のように、ピッコロと会話し、触れ、微笑み、食事を共にした。ピッコロは、孤独であることしか知らない。一人であったことしかない。

誰かと共に、いつだって遠巻きに見ていた世界に己が輪に入り込んだそこは、あまりにも居心地がよかった。

全てが、初めてだった。

自分に話しかけて来る幼子の存在も、そうして、自分よりもずっと血に濡れた女の、同じ存在にほっとした。

女は、部下ではなかった。女は、仲間ではなかった。女は、一族の者ではなかった。

それでも、女も幼子も、ピッコロに当たり前のように接した。

悪くない気分だった。

けれど、ピッコロは、それを赦してはいけないのだ。

ピッコロは、悪でなければいけない。ピッコロは善性を持ってはいけない。ピッコロは、孤独でなければいけない。

だって、そうでなければ、己にさえ切り捨てられたとある存在の悪の部分である父があまりにも哀れではないか。

ピッコロには、何もなかった。父から託された願いしか持っていなかった。

それを、捨てることは、己が己でなくなることに等しかった。恐ろしかった、自分の唯一のアイデンティティを捨てることは出来なかった。

 

「くそったれ、俺は、大魔王ピッコロなんだ。」

 

独りぼっちなのだ。自分だけは、そうでなくてはいけない。いい子であってはいけないのに。

大魔王ピッコロが、それを受け入れてしまった時、本当に一人になってしまう父を思って、ピッコロは歯を噛みしめた。

 

誰か、僕を見て。

 

誰かがそう言った気がした。

その言葉は、善と悪に別れてしまう前の、とある龍族の幼子の言葉だと、ピッコロが知ることはない。

 





神様の神として在り方と、ピッコロ大魔王の世界征服って両極端に走った承認欲求的なものを感じます。
彼らの、その願いは、地球という星で独りであった龍族の幼子の願いな気がします。
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