戦闘シーンは薄味です。
「・・・・ナッパ、あなた、そうやって挨拶して星の破壊してどうするんですか。売る時に価値が下がりますよ。」
呆れかえった口調に、ナッパは上げようとしていた手を止めた。
声のした視線に目を向けると、見慣れた女が自分たちを見下ろしていた。
「ラディッツか・・・・」
「そうやってド派手に壊して怒られるのはあなたですよ。」
「お、おお。」
思っていた以上に普通に話しかけてきたラディッツに、ナッパは思わず手を下げた。その隣で、べジータがラディッツを見つめた。
「おい、ラディッツ。」
「はい。」
「てめえ、こっちに着くのか?」
単的なベジータの言葉に、ラディッツは目を閉じて首を振る。
「私は、カカロットの味方です。」
「なら、俺たちに口出しする権利なんぞないだろう。」
「別にいいじゃないですか。この星を売るなら、無傷のほうがいいでしょう。」
ラディッツはそう言った後に、周りをちらりと見て、とある方向に指を向けた。
「ここも騒がしくなりましたし。ドラゴンボールのことが知りたいんでしょう?ナメック星人が待ってますからついて来てください。」
丁度、ナッパとベジータが着陸したのは都市の真ん中だ。周りでは、住民たちが突然やって来たナッパとべジータを見つめた。ラディッツはついて来いというように、飛び去った。
「ど、どうするんだ、べジータ?」
「・・・・ついて行ってやろうじゃないか。どうせ、罠だろうが関係ないしな。」
ベジータがそう言って、ラディッツの後を追って飛び立った。ナッパは、何となく気まずさを感じながらベジータの後を追った。
飛んでいる最中、始終無言の中、ナッパは妙な居心地の悪さを感じていた。元より、移動中に仲良くおしゃべりなんて柄ではなかったが、その無言の中には居心地の悪さしか感じられなかった。
(・・・・こいつらのことは、俺にはよくわからん。)
ナッパにとって、ラディッツとべジータの在り方は彼からすれば良くも悪くも複雑なものではあった。
きょうだいのような、王子と臣下のような、師匠と弟子のような、甘ったるいものはなかったが多くの名の付いた関係性がからまりあったそれは、正直ナッパには理解しづらい。
ただ、確かにベジータはラディッツに甘い。
地球に来ることだって、わざわざラディッツに先に宣言してから来てやっているのだ。普通であれば、準備もさせぬように勝手に侵略しにやってきているだろうに。
だからといって、ナッパとベジータは、地球を侵略することを止めないし、ドラゴンボールを奪う。
ラディッツと戦うのだろうなという漠然としたそれにナッパはあっさりと受け入れた。
自分たちとはそういうものだ。そういうものでしかあれないし、そういうものでしかない。
昔、何くれと気遣った少女を殺すことにナッパはためらいを持たない。サイヤ人にとって、道を違えたというのはそういうことだ。
けれど、その空気はやはり苦手だ。思わず気まずさに耐えかねて、ナッパは付けていたスカウターに手を掛けた。
ピピ、という機械音と共に表示された数値に、ナッパは驚いたような声を上げた。
「ラディッツ、お前戦闘力上がってるじゃねえか!」
スカウターに映し出されたその数値は、三千を超えていた。
「はっはっは!何だよ、泣き虫ラディッツが成長したじゃねえか!」
「そりゃあ、ここで一年みっちり鍛えましたからね。フリーザ軍じゃ、移動に結構な時間かけてましたから、時間をかけられるだけでもだいぶ違いますよ?」
「やっぱ、俺の指導の成果か!?」
「ナッパ、相変わらず聞いてませんねえ。」
じゃれ合うナッパとラディッツを、ベジータは横目に眺め、そうしてふんと鼻で笑った。
「おばさん!!」
ベジータたちが連れてこられたのは、砂漠の真ん中にあるまだ生き物が住める環境のオアシスだった。
そこには、彼らの目当てのナメック星人と、幾人かの地球人がいた。
ラディッツは己をおばさんと呼んだ幼子へと一目散に降りたった。
「おばさん、大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫だよ。大きな被害が出る前でよかったよ。」
ラディッツの腰に抱き付く幼い少年とおばさん、という単語にベジータたちはそれがなんであるのかを察した。
「それが、お前の気に入りの弟の子か。」
「ひ!」
威圧感のあるべジータに睨まれ、悟飯は思わず怯えた様に体を縮こませた。その情けない様子に、べジータは苦々しく舌打ちをした。
「情けない。お前よりも泣き虫じゃないのか?」
「そうですか?前よりも、ずっと泣くこともなくなりましたよ。それに、この子の潜在能力は目を見張るものがあります。」
「どれだけ能力的に優れていても精神面で使い物にならなければ意味がないだろう。戦場で、一瞬の隙が敗北に繋がるんだぞ。」
「まだ、子どもですよ?」
「子どもだからと言って甘やかすな!貴様はいつもそうだ。弱者が弱者で赦されるほど、温い世界で生きていないだろうが。」
ラディッツはそう、和やかに笑って悟飯の頭を撫でた。それに呆れた顔で説教じみたことを言うべジータという構図に、その場にいた者たち、ピッコロやクリリン、そうしてヤムチャや天津飯に餃子は意外そうな視線を向けていた。
(・・・べジータたちを迎えに行くって言ってたけど、ほんとにあっさりと連れて来たよ。)
スカウターで宇宙船の着地点が分かるからと飛んでいったラディッツを見送ってから、寒気のするような気を感じた。
クリリンは、目の前で和やかとはいいがたいが、確かな気安さがある会話を意外に感じる。
悪い人ではない、というのがクリリンたちがラディッツに向けている認識だった。クリリンとしては、悟空を攫って行ったときのアップダウンの激しい気性をしているように思えたが、概ね穏やかな人間であった。
まあ、神殿に時折やって来てクリリンたちを鬼のように扱くことを覗けばだが。
このまま、穏やかに終わって戦わなければ一番いいのに。
そんなことを思っていると、本当に平淡な、当たり前のような声音でラディッツが、口を開いた。
「ところで、べジータ。」
「なんだ?」
「あなたは、私を殺しますか?」
それに思わずクリリン達はラディッツの顔を見た。ラディッツは、淡く微笑んでべジータを見ていた。
「お前が俺に逆らうならな。」
「そうですか。」
ラディッツは苦笑じみたそれとともに頷いた。己の目の前で繰り広げられるそれらには、けして、悪意はなかった。
悪意どころか、憎しみも無かった。
そこにあったのは、呆れと納得だ。自分たちは、まったく違う何かが目の前にいる様な、底冷えのような寒さがクリリンを襲う。
「・・・ラディッツ、お前、まじで逆らうのか?どうせ、そっちが束になっても俺たちには勝てねえぞ?雑用係がいなくなるのは何だしよ。」
「逆らいますよ。ようやく、自分の意思で、私は戦うことを選べる機会に恵まれたんですから。」
「・・・・てめえの甘ったるさは治らんな。」
べジータはそこで言葉を切った。
サイヤ人は戦闘種族だ。そんな甘さは赦されないと、分かっているのか。貴様に守るべき誇りはないのか。
べジータの言葉に、ラディッツは一瞬だけ、ひどく傷ついたような顔をした。まるで、本当に酷いことを言われたかのような顔をした。
けれど、すぐにその表情を消して囁くように言った。
「あなたの思うサイヤ人の誇りを捨ててでも、私はこの星を守らなくてはいけない。この子を、あの子の故郷を守りたいと思います。」
震えた声に、べジータはビキリと青筋を立て、ゆっくりと浮き上がった。
「いいだろう。」
てめえは、俺の手で直々に葬ってやる。
「ナッパ!お前は、こいつらを片づけて置け!」
そう言って飛び去るべジータの後をナッパはため息を共に見送った。
「・・・・ということで、私は行ってきますね。」
「だ、大丈夫なのか?」
「無理だろ。」
クリリンの言葉に被せる様にナッパが口を開いた。
「いいのかよ、ラディッツ。お前、まじで死ぬぞ?」
「いや、そんなあっさり言わなくていいじゃないですか。数ミリの可能性みたいなものに期待してくださいよ。」
「俺、そこまで優しくねえぞ。」
「まあ、それもそうですね。でも、まあ、いいですよ。決めたことを押し通そうとしてすることなら、まあ、納得できますし。」
「そうかよ。」
ナッパは、じっとラディッツを見た。
お世辞にも、情があったわけではない。ただ、気を使ってやっていたのは事実だ。短くはない時間を確かにともにした。幼かった、小さな体はすっかり大人になった。
それでも、弱いままでも、戦場で血と泥にまみれた少女を気に入っていたのも事実だ。どこまで、足掻くことを出来るかと、見物するのは嫌ではなかった。
それでも、道を違えたのならば、そこまでだ。
別れの言葉を交わすだけ、まだましだ。戦いの中に生きるとは、そういうことだ。
あばよ。
別れの言葉なんて、それで十分だった。ラディッツは、それに同じように、さようならと言った。
ラディッツは置いてけぼりにしていた面々に振り返り、申し訳なさそうな顔をした。
「すいません、一緒には戦ってあげられませんが。まあ、けっこう扱いてあげたんですし。助言も幾つかしてあげたんですから頑張ってくださいね?」
「・・・・適当だな。」
「言わないでくださいよ。一緒に戦うのだって、そうできたらの話でしたし。実際、どう転ぶかなんてわからなかったんですから。」
皮肉気なピッコロの言葉に、ラディッツはそう言って、不安そうな悟飯に背を屈めた。
「悟飯。私の言葉を、覚えてるね?」
「は、はい。でも・・・・」
「大丈夫。」
お前はちゃんと、強くなった。私は、それを知っているよ。
頭を、華奢な手が撫ぜた。見上げた女の安堵の笑みが、悟飯に眩しく見えた。ラディッツはべジータが去った方向に浮かんだ。
「ピッコロ、約束、破らないでくださいね?」
それに、ピッコロは、ラディッツから一方的にさせられた約束を思って舌打ちをした。それに、彼女は苦笑しながら、飛び去った。
・
・
・
・
・
「すいません。遅れて。」
先に、荒れた大地に乱立する岩の上に立っていたべジータに、ラディッツは少し低い位置に降り立った。
「構わん。最後の別れだ。」
べジータは、そう言うと軽く構えを取る。それに、ラディッツは同じように構えを取った。
互いに、生きたい方向をとっくに決めてしまった。道を違えてしまった。
だから、言葉はいらなかった。
地面を蹴った瞬間、まずラディッツの腹にべジータの蹴りが入る。それに、防御の体勢を取っていたラディッツは勢いのままに後方に吹っ飛ばされる。
それと同時に、べジータに向けてエネルギー波を打つ。ベジータは、それを軽々と手で払いのけたが、どうだっていい。
そのエネルギー波は、吹っ飛ばされた勢いを殺すためのものだ。そうして、勢いが死ぬと同時にラディッツは小さなエネルギー波をそこら中に撃った。
「狙いを定めろ!意味がないぞ!」
(・・・・狙いはそっちじゃない!)
ラディッツたちが戦っているのは、水気の少ない大地だ。周りにばらまかれたエネルギー波によって、土埃いや、軽い砂嵐が起こった。
(狙いは目つぶしか!)
ベジータは、とっさにラディッツの居場所を探すためにスカウターに手をかけようとした。が、そこにベジータの顔面へと衝撃が走った。
「・・・・・やりやがったな。」
ベジータに傷はない。が、彼の持つスカウターは砕け散った。
(・・・・・スカウターは、壊せたみたいだな。)
ラディッツは荒くなる息を整えながら、岩陰に隠れた。
ラディッツは、冷静にベジータと戦っても勝てないことを察していたし、理解していた。
(私の、今ベジータに切れる手札なんて、ここで覚えた気を探る術ぐらいだ。なら、物陰に隠れて、少しずつ削っていくしかない。)
そのために、ベジータのスカウターをまず壊さなくてはいけなかった。同じ手は通用しない。チャンスは一度きりだと、まず視界を奪ってからの距離を取ったうえで破壊したのだ。
「・・・・強いなあ。」
ラディッツは、荒くなった息の中、本当に囁くような声を出した。
ベジータの蹴りを庇った手は、今でも少しだけ痺れている。
組み手をしていた時の手加減なんて目程にもない。ベジータの本気を垣間見て、ラディッツはうっすらと笑った。
その状況で浮かべた笑みに、人はもしかすれば狂気を見るかもしれない。
ラディッツとて、分かっている。
たぶん、殺されるのだろうなと。
それでも、笑みを浮かべてしまうのは、この状況が夢のように思えてならなかったからだ。
ああ、だって、べジータが本気で戦ってくれることなんて絶対にないと思っていたから。
ラディッツにとって、べジータは憧れだった、追い続ける星だった。
同じ舞台に立つことなんて出来ないと思っていた存在と、敗北を知っていたとしても立てる高揚感がどれほどのものか知っているだろうか。
(悟飯のことは、心配ない。駄目だと思ったら、宇宙船に乗り込むようにピッコロに言っておいた。)
心の底から嫌そうな顔でも、ラディッツはピッコロのことを信用していた。
あの子は、約束を違えないだろから。それに、何だかんだで、悟飯を可愛がっていたことをラディッツは知っている。
ラディッツは、清々しく笑った。
楽しくて、嬉しくてたまらなかった。
だって、ラディッツは、誰よりもサイヤ人らしく生きているのだと確信を持てていたから。
がん、とさほどの威力はないが、確かな痛みとダメージを与えるエネルギー波が背後から襲う。
ベジータは、それに反応して後ろを振り返り、おそらくエネルギー波が放たれたであろう岩へ攻撃をした。
けれど、攻撃をしてきた存在はすでに移動しているのか、手ごたえはない。
「相変らず、細かいことだ!」
皮肉気であるが、その声音には微かな感心があった。
ラディッツは、まず、ベジータと比べて圧倒的にスタミナとパワー不足である。それ故に、彼女はそういった身を隠しながら、確実に削っていくことを好んでやっていた。
「早めに見つける必要があるな。」
大して効いていないとはいえ、苛々とする攻撃を長く受けてやるほどベジータは寛容ではないのだ。
焦れたベジータは、すっと手を掲げた。
その時、ラディッツは自分に何が起こったのか分からなかった。己に、というよりはその場全域に広がった衝撃と共にラディッツの足場は崩れ落ちた。
「む、無茶苦茶だ・・・・!」
ラディッツは粉々になり、自分に降って来た岩を押しのけて這い上がった。周りを見れば、周囲にあった岩が全て粉々に崩れていた。おそらく、ベジータがやったのだろう惨状に、珍しく荒い仕事をしたものだとラディッツは周りを見回した。
「無茶苦茶で悪かったな。」
その声と同時に、ラディッツは頭を掴まれ、引きずりあげられた。
そこから始まった接近戦はラディッツが一方的に弄られる形になった。最初は、ラディッツもべジータの繰り出す攻撃にフェイントを混じらせながら攻防を続けた。
ラディッツは彼女が、戦いを始めた当初から愚直に修行を繰り返していた。それでも、べジータの才能とそうして先天的な身体能力はあっさりとラディッツの努力を凌駕する。
血まみれになった彼女が、どさりとその場に横たわった。
ベジータはそれを見下ろし、そうして気づいてしまった。気づいたがゆえに、怒号のように叫んだ。
「何故だ。なぜ、貴様は笑っている!」
その言葉に、ラディッツは痛みと息苦しさの中で、自分が笑っていることに気づく。
(・・・だって、楽しいもの。)
そんな内なる声がべジータに届くことはない。ベジータは、無言でラディッツの胸座を掴んだ。
「どうしてそんなにも、お前が清々しく笑ってやがるんだ!?お前は、弱者だ。お前は、敗者だ!あんな、あんな、弱い餓鬼どものためにそんな甘えを出しやがって!いったい、どんな価値があるんだ!?恥さらしのお前が、守るなんて妄言に振り回されやがって!」
てめえの弟だっていう奴が、サイヤ人として価値のないそいつを守ることに、何の意味がある!?
ベジータの怒りを含んだ声に、ラディッツは目を見開いた。
守れたことも、ないくせに。守れたことなんてない。
知っている、知っている。けれど、ラディッツは、カカロットにサイヤ人として価値がないと判断されることだけは耐えられなかった。
ラディッツは、渾身の力を込めてベジータのその力を振り払った。
「なら、教えてくれよ!ベジータ!」
ボロボロの様相で、ラディッツは叫ぶ。
ずっと、黙っていたことがある。ずっと、疑問に思っていたことがある。
たった一度だけ、べジータに問うたことがある。その時、彼はひどく傷ついた顔をしていたものだから、だから、二度とその問いを口にしようとは思わなかった。
けれど、その時だけは、口を開かずにはいられなかった。
「今、そうやって、カカロットに価値がないっていう君は、どれだけサイヤ人としての誇りがあるっていうんだ!?」
放り投げられたラディッツの問いに、べジータは固まった。ラディッツは、それにずっと腹の中に溜まっていた汚泥のような思いを吐き出した。
「ずっと、ずっと、思ったよ!戦う意味もない弱い存在を殺して、フリーザの命令で、星に生きている存在を滅ぼして。そこに、サイヤ人の誇りがあるの!?サイヤ人の誇りって何?私は、私たちは、戦闘種族だ。戦うこと、強者と戦うことが何よりの喜びのはずなのに。私は、戦うことが好きだ!強い人と戦うことが好きだ!でも、絶対に負けない誰かを、人たちを、虐殺したかったわけじゃない!」
燃える様な、黒い瞳がベジータを睨む。
「カカロットは、あいつはさ、本当に自由なんだ!君のことを話したら、勝てないってわかっても、戦いたいって言ったんだ!ねえ、あいつはさ、自由なんだ!私よりも、君よりも、ずっと弱いけど、でも、自由なんだ!自由に、自分のために戦ってるんだよ!あの子は、私よりも、ずっと誇り高いサイヤ人として育ってくれたんだ!」
ねえ、べジータ、嬉しかったんだ。あの子を生かすだけで、私の生は報われるんだ。ねえ、教えてよ。
震える声で、ラディッツは、困り果てた迷子のような目でべジータを見る。
「ねえ、教えてよ。ベジータ。私は、君の元にいた時、ちゃんと誇りを持てていたのか?」
ベジータは、一歩だけ、本当に一歩だけ、ラディッツから後退った。
見るな。
ベジータの脳内には、とある光景が思い浮かぶ。
中途半端に成長した、ラディッツが、滅ぼした星の住民である幼体を抱えて、自分を見ていた。
なあ、ベジータ。サイヤ人の誇りって何なんだ?
じっと、自分を見る瞳。無邪気な、困り果てた、その瞳。
見るな、その目で、俺を見るな。
ベジータは、ぎちりと歯を噛みしめた。
ベジータは、分かっていたのだ。それこそ、幼く、戦闘に出る様になってすぐに。
今のサイヤ人には、誇りなどないのだと。牙など、とっくに抜けているのだと。己の父親はそれに少しでも抵抗しようとしていたが、所詮は弱者のあがきでしかなかったのだ。
サイヤ人は、強者との戦いを何よりも喜びとする。それは、祝福であり、呪いであった。
ベジータたちは、戦うために生きているのではない。
フリーザに殺されぬために、戦っているのだ。
そこに、誇りはあるか?いや、無いに決まっている。
サイヤ人たちは、フリーザたちに支配されるようになってから、あいつらへの媚を売るために、戦闘を目的ではなく、手段として扱うようになってしまった。
そこに、誇りなどない。そうして、自分たちに誇りなどないのだと認識しているサイヤ人のなんと、少ないことだろうか!
嘆かわしい、嘆かわしい。
だから、正直な話、惑星ベジータが滅んだ時、ベジータは何も思わなかった。そこに、価値を見出すことは出来なかったから。
残った奴らも、自分たちのしていることに気づいてさえいなかった。
ナッパは、戦闘力はそこそこあれど、そこまでの賢しさを持っていなかった。その享楽的な部分はある種、サイヤ人らしかったが。
けれど、誰も、ベジータの内に秘めた怒りを共有するものはいなかった。
その、誰よりも、弱い女以外は。
その女は、とある惑星の幼い遺体を持って、ある時ベジータに問いかけた。
私たちは、戦っていない。虐殺しているだけだ。この戦いに、サイヤ人の誇りなんてあるの?
その、瞳。その、純粋な、どうしようもない瞳。
ベジータに、自分の情けなさを突き付け、知らしめ、責め立てる瞳!
怒りに震え、そうして、こんなにも弱いものしか、サイヤ人の誇りを疑問に思わないのかと呆れた。
弱いくせに、愚かなくせに、甘いくせに。
それでも、ベジータは、ラディッツを生かしていた。
それは、何故か。
ベジータにとって、ラディッツ以上に、サイヤ人として生きてるものはいなかったからだ。
ラディッツは、弱い。弱いゆえに、彼女はいつだって、己よりも強者との戦いにありつける。
負けたくない、強くなりたい。
ラディッツの生き方は、強くなることに対して、どこまでも真摯であった。
どうしてだ。どうして、弱いお前が俺よりも、ずっとサイヤ人としての在り方を全うしている!?
認めたくなかった、分かりたくなかった。
それでも、根っこの部分で冷静で、そうして、賢しい彼は分かっていたのだ。
ベジータは、ラディッツに憧憬といえる感情を抱いていた。
お前のように、生きられたら。
強者との戦いで、己を磨き、そうして、自由に生きることが出来れば、どれほどよかっただろうか。
ああ、ああ、どうしてだ。どうして、弱いお前の方がサイヤ人としての在り方を全うしているのだ、そんな風に生きていけるのだ。
ふと、時折、思うことがある。
このまま、何もかもを投げ捨てて、フリーザに挑んでしまいたい。
そうしたなら、ようやく、ベジータはサイヤ人としての誇りを取り戻すことができるだろう。けれど、それは出来ない。
だって、ベジータはサイヤ人の王子だからだ。
彼は、王族だ、それゆえに彼にはサイヤ人の汚名を雪ぐ責任がある。例え、侮辱されようと、生き残るのは大将というものだ。
誇りを忘れたサイヤ人に情はなくとも、王子である自分にはその責任がある。
惨めだ。惨めではないか。このままでは、ベジータはフリーザには勝てないのだと分かっていた。
一矢報いなければならない。あの、いけ好かない野郎に、やり返さなくてはいけない。
だからこそ、ベジータはドラゴンボールに飛びついたのだ。
サイヤ人として、誇りを取り戻すチャンスなのだと。
ベジータは、ラディッツを生かした。その女だけが、ベジータと同じ共犯者だった。誇りのない己たちを恥じ、そうして取り戻そうと足掻いていた。
その、己へ問いかけた、腹立たしい瞳は、ベジータにとって自分への戒めだった、怒りだった、憎しみだった。
ベジータは、ラディッツへあったのは、侮蔑であり、呆れであり、そうして憐れみだけがあった。
情というには、少々歪なそれは、自分へ仕え、そうしてサイヤ人として誇り高く在ろうとする弱者への憐れみだった。
せめて、憐れんでやろう。
ベジータは、いつか、ラディッツが戦場で、戦って死ぬことを願ってやっていた。サイヤ人らしく死ぬことを願っていた。
「お前が、それを言うのか!?」
ベジータは、ラディッツへ対峙しながら叫んだ。
「己がサイヤ人として生きることよりも、サイヤ人として生きていると判断した弟を生かす貴様が言うのか!?お前だろうが、俺にサイヤ人としての在り方を問うたのは!?自由に生きるだと!?俺にさえ勝てない、弱者が自由になぞ生きていけるはずがない!価値など、あるはずがない!最後の最後に、お前はサイヤ人として生き方を捨てやがったんだ!」
ベジータの中にあったのは、怒りだった。
だって、こいつだけだったのに。
こいつだけが、弱くて、愚かで、泣き虫で。
憐れみはしても、情けもかけず、侮蔑の感情をもっていたとしても。
その女だけが、ベジータと同じように誇り高くいきたいと願ったサイヤ人だったからだ。
ラディッツは、それに叫んだ。心の底から嬉しそうに、叫んだのだ。
「いいや、捨ててない!だって、私は自由だ!私は、最後に、自分の意思で、ベジータと戦うことを選んだ!ずっと、追いつくことは出来なくても、それでも追い続けたベジータと戦って死ぬって決められた!私は、君よりもずっとサイヤ人として生きたんだ!」
その言葉に、ベジータはラディッツに手を掲げた。力んだ手に集まる光に、ラディッツは淡く微笑んだ。
(・・・・ごめんな。)
分かっている。ベジータがどうしようもないことを。
フリーザに挑むとしても勝てないだろう。けれど、そのまま犬死することは、彼のプライドが赦さぬだろう。
自分は、カカロットとベジータに、夢を押し付けて死ぬ。
悟飯のことも、放り投げてただ享楽に戦いを望んだ自分に呆れても、戦闘への湯だった思考ではそこまで気を回すことは出来なかった。
淡く微笑んだラディッツの顔に、ベジータは怒りの中に、安堵を覚えた。
殺そうと決めていた。
自分の臣下でなくなったラディッツに、価値はない。だから、味方にならないと宣言したとき、ためらいも無く殺そうと思った。
それでも、今は、心の底からラディッツを殺すことに安堵していた。
女は、ベジータの願った通り、戦いの中で死んでいく。
その顔を、きっと忘れることはないだろうと、妙な確信だけをベジータは抱えていた。
クリリンたちの辺が薄味になった感が否めないんですが。彼らにも焦点を当てた話を書きたいです。今回は、サイヤ人の彼らの話になりました。