「くそが!!」
ナッパはまるで衝撃波のような威圧感を持って叫んだ。けれど、そうしても彼の目当てのものが姿を現す雰囲気はない。
荒廃した岩地には、ナッパ以外の姿はない。
どしゅ、そんな音共に彼の背中をエネルギー波が襲う。大した威力はないものの、苛立ちは溜まっていく。
エネルギー波が飛んできた方向に、彼もまたエネルギー波を撃ったものの大した成果は得られなかった。
「・・・・ラディッツの野郎だな!?」
ナッパは舌打ちをする。こういった、それこそ強者へのチクチクとしたやり方はラディッツが好んでしていた戦い方だった。
ナッパは改めて、この場にいる人間がラディッツに鍛えられたことを理解する。
何よりもすでにスカウターは壊されてしまってる。ナッパは歯をかみしめた。
(いけるのかあ!?)
クリリンは物陰に隠れながら自分たちのことを伺っている大男を見ていた。クリリンの脳裏には、自分たちに散々に修行をつけた一人の女の言葉を思い出した。
はっきり言って皆さん弱いので、正攻法で勝てるとか夢見ないでください。
にっこりと笑った、無意味に整った顔立ちの女に言葉を失ったのは記憶に新しい。
ラディッツという女は、なんというか孫悟空によく似ているというのがクリリンの
密かな感想だ。
笑顔でものすごいことを言うとか、妙なところで似ているなあとラディッツにしごかれている折に現実逃避のように考えていた。
ラディッツは神の元で修行するクリリンたちの元を訪れては徹底的に扱き倒した。ラディッツはクリリンたちに気の扱いを徹底するように言った。
(ナッパだっけ?頑丈でスタミナ自慢か。)
ラディッツはナッパと戦う上である程度の作戦のようなものを用意していた。
まず、短気な彼を怒らせ、そうして削っていくこと。避けられない程度に削った後、首を狙ってとどめを刺す。
クリリンは、淡々とかつての仲間の殺し方についてを話すラディッツが恐ろしくなかったと言えば嘘になる。
クリリンもそれ相応に修羅場を重ねてきている。悪党にもある程度は会っている。けれど、何故だろうか。
ラディッツはそれらとはまた違う何かがあった。何か、もっと、自然で淡々としていて。
そのせいか、クリリンたちはどこか、ラディッツというそれが近寄りがたかった。
ヤムチャでさえも、どこかラディッツとは距離を置いていた。
最初、ラディッツの言う作戦さえも決行するかは迷ってはいた。けれど、クリリンはその話に乗ることにした。
それは、偏に、ラディッツの顔を見てしまったせいだろうか。
ラディッツは時折、ひどく優しい顔をする。それは、クリリンたちの口から悟空の話をするときだった。
その時だけは、なんだか、悲しくて、そのくせ優しい顔をする。だから、クリリンはその女を信用していいと思った。
その言葉を信じていいと思った。
クリリンは気によって辺りに散らばった仲間の配置を確認する。そうして、息をつき、覚悟を決めた。
チクリチクリとしたやり方に苛立ったナッパは思い切り辺りを吹き飛ばしてやった。それによって、いの一番に大柄な三ツ目人が見つかった。
それにナッパは笑い、足に力を入れた。
一瞬、ナッパの姿が消えた。そうして、一瞬でナッパは天津飯の前に現れた。振り上げた腕が見える。
が、それよりもクリリンたちの行動のほうが早かった。クリリンたちのエネルギー波がナッパに当たる。効いているとは言えなかったが、それでもナッパの集中力を乱すのには十分だった。
そのすきに、天津飯の前は空中へと回避する。
「この、くそがあ!!」
天津飯への攻撃が出来なかったことに苛立ったナッパはそう叫んだ。それに、狙ったかのように声がする。
「へ、へへ!どうした、腰抜け!」
その言葉にナッパの中で怒りが沸き立った。
それから先はひたすらなまでナッパへの罵倒と、続く限りのエネルギー波の嵐になった。
ラディッツはクリリンたちに、できるだけナッパを怒らせるようにと指示を出した。
近戦闘はできるだけ避け、ナッパを怒らせ、隙を作ること。
ナッパも戦闘的な技術がないわけではない。けれど、沸騰しやすい性格は、怒らせれば怒らせるほどに力押しの、雑な戦闘になっていく。
そうして、雑な戦闘は確実にナッパの体力を減らしていく。
ラディッツはそのため、組み手はもちろん、クリリンたちに攻撃を避けるための訓練を徹底した。
武闘家として納得が出来る戦いであるかと言われれば悩んでしまう。けれど、そのたびにラディッツはクリリンたちをたたきのめした。
私に勝てない程度で我が儘言わないでください。
そう言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。正直に言えば、クリリンはニコニコ笑顔で自分を追いかけ回すラディッツの顔が少しトラウマになりかけていたりする。
が、ナッパもまたやられっぱなし、ということはなかった。
いくら苛立っていても戦い方だけは忘れなかったのだろう。クリリンたちの隠れられそうな岩場を集中して破壊された。そうして、戦闘経験の薄い孫悟飯が見つかった。
彼にエネルギー波を打とうとしたが、それを近くにいた餃子が庇う。
超能力を使うが、それも微々たるもので、咄嗟に天津飯がナッパに飛びかかった。
それに、ナッパは笑った。
獲物が自分から寄ってきたのだと。
天津飯はそのままあっさりとナッパに殺された。
「天さん!!」
餃子の悲鳴が辺りに響き渡る。そうして、次に狙いが定まったのはヤムチャだった。見つかった彼は、エネルギー波に襲われ、そのまま死んだ。
早々と、二人が死んだ。
「どうだ、さっきまでの威勢はどうした!?」
ナッパの笑い声が響き渡る。
ピッコロは、すでに隠れる場所も少なくなったそこで、歯がみをした。自分は、おそらく殺されることはないだろう。
サイヤ人たちは地球にあるドラゴンボールが望みなのだから。
けれど、とピッコロは後ろを見た。そこには怯えた悟飯がいた。その顔を見ていると、己を扱き倒した女の顔が浮かんできた。そうして、その頼みも。
「もしも、負けそうになったら悟飯とチチのことをよろしくお願いします。」
もしも勝てそうにないのなら。ラディッツはそう言った後、二人を宇宙船に放り込むように頼んだ。
二人をピッコロがラディッツと組み手をしたときのことだった。あまりにも身勝手な言葉にピッコロはあざ笑うように笑った。
「はっ!貴様、自分の身内だけ助かろうと思っているのか?」
「ああ、私にとってはこの星よりも、あの二人のほうがずっと重い。」
苦笑交じりに言われた利己的なそれにピッコロは思わず言葉を失った。なんとなく、それが人殺しだと理解してなお。
それの善性を信じている自分がいた。それ故に、あっさりと吐き出されたその言葉に驚いてしまった。
「俺に、それをする義理はない。」
「いいじゃないですか。私のおかげで強くなれたでしょう?借りぐらい返してくださいよ。」
おどけるうような声にピッコロの眉間に皺が寄る。
鍛えられている自覚はあるが、そうはいっても借りなどとはあまりにも無理矢理だ。不満を表すようにピッコロはラディッツを睨んだ。彼女はそれにまるで愛らしい子猫の威嚇を効くように目を細めた。
そうして、不躾にぐりぐりと頭を撫でた。それは、とても熱い手だった。運動した後のせいだろう。
その手は、熱くて。不躾で。けれど、不思議と、振り払う気も起きないものだった。
「・・・・ピッコロ、君は、死ぬのは怖いかい?」
「怖くなど、あるわけはないだろう。」
それは真実、ピッコロにとっては事実だった。死ぬのなど怖くない。本当に怖いのは、託された願いを果たすこともなく死ぬことだ。父に、失望されることだ。
それにラディッツは笑った。
「だね!」
弾むように、嬉しくてたまらないと言うように、それは笑った。そうして、座り込んだピッコロの前に、屈み込んだ。
「ピッコロ、私と君は死ぬかもしれない。でも、私は、今、嬉しいと思っているよ。」
君のような戦士と戦って死ねることが、私は嬉しい。
それは、心底狂っていた。本当に、心の底から、ピッコロはそれが狂っていると思った。だって、その、嬉しいという言葉が掛け値なしに真実であると、それぐらいはピッコロにだって理解できたから。
だから、思わず、それに問うてみた。
「なぜ、そんなにもあっさりと受け入れられる。死とは、恐れるものではないのか?」
「そりゃあ、私は兵士で。それが当たり前の生活だったから、というのがありますが。でも、そうですね。きっと、託せたと思うからでしょうか。」
「託す?」
「もっと簡潔に言うのなら。悟飯は私が死んでも、私を忘れないでいてくれるから。だからだと、思います。ええ、きっと、私が死んでしまっても。それが生きていてくれるだけで報われるものがあるんですよ。」
あなたのことだって、悟飯は忘れたりなんてしませんよ。
その言葉がやたらと、ピッコロの中に焼き付いていた。
わからない、わからないけれど、それでも、その言葉だけがピッコロの中に焼き付いていた。
その時の衝動は、ピッコロにはよく、表現できなかった。けれど、それでも、ピッコロの中で何かが決まった。
「おい!ちび!」
ピッコロの言葉に、餃子は己だと気づいたのか自分を見た。そうして、互いに覚悟の決まった眼に、それぞれの思惑を察しあった。
ピッコロは己の後ろにいた悟飯を見、そうして言った。
「・・・・いいか、悟飯。最後はお前がするんだ。」
「え?」
ピッコロはその言葉のままにラディッツに禁止されていた近戦に持って行く。
実力は圧倒的だった。それでも、ラディッツのフェイントまみれの面倒な戦いに慣れていたピッコロにはとってはまだましだった。
そうして、ナッパがピッコロに気を取られている隙に、背後に餃子が張り付いた。ピッコロはそれを理解すると、ナッパから距離を取る。
餃子は何の躊躇もなしに爆発した。けれど、それ自体がどれほどまでに効くのか、餃子も理解してのことだった。
ラディッツにも自爆の威力を聞き、ばっさりと効かないとだろうと切り捨てられていた。
けれど、餃子のそれは元より、隙を作るためのものだ。
ピッコロはナッパの背後に立ち、思い切り彼を地面にたたき付け、そうして、それと同時に背後から拘束した。
たった、一瞬の隙でよかった。ピッコロは叫んだ。切実に、それしかないと、そう思って。
「やれええええええええ!」
それは、魂から出すような、そんな声だった。ピッコロは、じっと悟飯を見ていた。
「悟飯、貴様が、お前がするんだ!」
たたき付けるような、その声に、彼は怯えるように、それでも気を練った。
ピッコロとナッパの胸が貫かれる。ピッコロの拘束が外れ、それと同時にクリリンの気円斬がナッパの首を吹っ飛ばした。
幼い子どもが自分に駆け寄ってくるのが、ピッコロには見えた。薄れていく意識の中で、子猫のように甲高く、己の名前を呼んでいる。
けれど、それは、不思議と嫌ではなかった。
ずっと、自分は、そんな風に誰かに名前を呼んで欲しかった気がした。それは、自分の父もだったのではないかと思う。
悟飯、悟空、俺は甘くなったんだ。お前たちのせいだ。ああ、父は、地獄で自分に何というのだろうか。叱られてしまうだろうか。
けれど、それでも、ピッコロと、誰かが名前を呼んでくれている。きっと、その名前を覚えていてくれる誰かがいる。
誰かに、生きて欲しいと、自分はそう願ってしまった。あの、幼い子どもに、自分は生きてと願ってしまった。
自分たちは、哀れではなかったのだ。誰とも同じように、きっと。
託すと言うことをした、父の気持ちが、少しだけわかる気がした。
そうして、薄れていく意識の中、自分を扱き倒した女の事を思い出した。あれは、自分を何というのだろうか。
けれど、すぐに、まあいいかと思い返す。自分は地獄に行くだろう。そうして、それはあの女もだ。
だから、きっと、自分はそれでよかったのだと、ピッコロは緩やかに微笑んだ。