ベジータが、最初にそれに会った時の印象は、暗く陰気な、それこそ月のない夜のような女だった。
いや、夜というのはあまりにも綺麗な表現であっただろう。
その女の漂わせる暗さは、強いて言うならば、部屋の隅に溜まる湿った、そんなものだった。
「・・・・どうも、王子。私は、ラディッツと言います。」
「ふん、せいぜい足を引っ張るなよ。」
ベジータが入った折に隊の編成が加えられ、彼と彼女以外の三人は成人した男が三人だけだった。
まあ、エリート自体が少ないのだから、隊の人数も少なくて当然なのだろうが。
ベジータは、暗い女だと思いつつ、物珍しい気分でラディッツという存在を観察した。サイヤ人は、女が少ない。戦闘種族な為、戦うことに向いている男が多いのは必然だろう。
そうして、女の殆どは非戦闘タイプで在り、戦士になるものは本当に少ないのだ。ただでさえ、全体的な数が少ないのだ。子どもを産み、育てる存在は多ければ多いほどいい。
例え、戦闘タイプの女がいたとしても、基本的に腕力的な意味で男に劣るものだ。殆どが下級戦士だ。エリートの枠に入る女というものがベジータには珍しかった。
けれど、その女、ラディッツは何ともサイヤ人らしくないものだった。戦闘種族であるサイヤ人の女は、どれもが苛烈というか、勝気な性格のものが多いのだが。
ラディッツは、良くも悪くも静かだった。
さすがに戦闘時においてはなかったが、いつも、どこか気もそぞろで心あらずであった。
ただ、ラディッツは便利な存在であった。
元々、器用な性質であったのか、遠征における面倒なことを彼女は多く引き受けていた。
器用且つ技術者としての教育も受けていたためか、簡単なスカウターの修理やメンテナンス。母が配給員をしており、その手伝いの延長として食料の配分など。
戦闘面では、正直言えば拍子抜けとも言えた。
それでも、女であることを考えれば及第点といえた。
少々火力不足な面はあったものの、小器用な戦い方をするというのがベジータの感想であった。
カウンターが上手いのだろう。敵の技を避けては、その力を利用するという戦い方をよくしていた。
だからといって、特に親しいわけではなかった。
チームにいれば当たり前のような会話はするものの、慣れ合うということも無い。元より、仲良しこよしなど御免こうむりたい。
ただ、ベジータ以外の隊員は何かとラディッツに構っていた。サイヤ人らしくないとベジータも呆れ、思わず苦言を吐き出すとナッパたちは何とも言えない顔をした。
らしくなさすぎて調子が狂うんだよ。
ぼやくような言葉にベジータは不機嫌そうに顔をしかめた。
ただ、ラディッツは、いつもどこか、ベジータたちから一歩離れた所にいた。戦いの中で、高揚したふうもなく、命じられたことだけを淡々とこなすような女だった。
そのくせ、時折かかってくるスカウターの連絡にきらきらと目を輝かせるのだ。どうも、母親からの連絡を心待ちにしているのだという。
そうして、ことあるごとに、弟だという存在の画像を眺めているのだ。
それがひどく鼻に着く。
ああ、サイヤ人らしくない。甘い、甘い、面汚し。
反吐が出る様な感覚がしながらも、それでもベジータがラディッツを害そうとしなかったのは、ひとえに、彼女が便利であったからで、そうして放っておいても死ぬと思ったからだった。
けれど、ラディッツはいつも不思議と生き残る。そのくせ、自分たちが星を侵略していく様を、嫌なものを見る様な目で顔をしかめるのだ。
それに、ベジータはいつも顔をしかめていた。
ああ、嫌なほどに、サイヤ人らしくない女だと。
ある時、ベジータは己の担当していた区域の侵略を終えて、集合地と帰って来た時のことだ。
そこには、一足先にラディッツが帰って来ていた。こういった時に一番に終わらせるのは珍しいと、ベジータは思った。
ラディッツは、落ち着かなさそうに地面を見て佇んでいた。そうして、ベジータが帰って来る折に、少しだけ頭を下げた。
「御帰りさない、王子。」
その、わざわざベジータを王子と呼ぶのも鼻についた。
「・・・珍しいな、お前がここまで早いとは。」
「運よく、あまり人の居ない区域に割り振られた様です。」
半分嫌味に近いというのに、ラディッツは心有らずにスカウターに映し出されている何かを見ている。
大方、また弟の画像を見ているのだろう。
ベジータはそれにため息を吐いた。そうして、その日は珍しく、本当に珍しいことにベジータはラディッツに向けて皮肉を込めて話しかけた。
「・・・・ふん、せいぜい下級戦士だろうに。飛ばされる餓鬼を気遣って何になる。」
その言葉に、ラディッツの肩が大きく震えた。
それに、ベジータは鼻で笑う。
ああ、こんなことで動揺するなんて、なんと情けないのだろうか。
「飛ばされても、そうなっても、大事に思うのは自由ですので。」
その声は、いつもの彼女にしては明らかに震え、そうして頼りなかった。
その、甘い考えが、よけいにベジータの鼻についた。彼は、無言でラディッツのスカウターを打ち抜いた。
がしゃん、という音と共にスカウターが崩れ落ちた。ラディッツは、それに目を見開いた。
「・・・・大事に?ふん、弱いお前が、その弟を守ることさえ出来んだろうに。」
「っ!」
ラディッツの顔が、絶望に染まる。ベジータはその顔に胸が空くような感覚を覚えた。
そうして、ここまで言われても何も言い返してこない少女を、しょせんは弱者と蔑む。
「大体、サイヤ人ならば、そんな甘い考えを持つな!弱いものは、死ぬ。それが俺たちだ!」
叱責する様にベジータがそう言うと、ラディッツから、本当に微かな声が発せられた。
「・・・そんなの。」
「ん?」
「そんなの、そんなの私の勝手だ。」
「・・・・なに?」
「甘い考えなんて知らない!私は、私がやりたいようにやるだけだ!王子には関係ない!」
それに、ベジータは無言でラディッツを殴り飛ばす。無様に転がったラディッツを、ベジータは見下ろした。そうして、彼女に向けてエネルギー弾を打つ構えを取った。
生きていて、何になる?
思ったのは、それだった。
殺そうとした理由には、反論した怒りが含まれていたが、それ以上にあったのは憐れみだった。
弱いサイヤ人が、生きていても何になる?
自分たちはいつだって、踏みにじる側だ。いつだって、強者だ。
そんな強者の中に、弱者がいても苦しいだけだ。いつか、踏みにじってきた分に、踏みにじられるだけだ。
ラディッツは、いつか、踏みにじられる側に回るだろう。この、弱い、弱い、女は。
だから、ここで殺してやろう。
それは、憐れみだった。憐れみであり、そうして、冷酷なサイヤ人としての唯一の慈悲だった。
「・・・・・安心しろ。お前の弱い弟も、すぐに死ぬさ。」
ベジータが掌に力を込めていると、微かにラディッツは吐き捨てた。
「・・・・・取り消せ。」
ベジータの動きが止まった。それほどまでに、その声は、ラディッツらしくない。冷たく、覇気に満ちた、何かが崩壊したような声。
耳に突き、思わず聞かずにはいられないような、そんな声。
起き上がったラディッツは、膝をつき、手で己の体を押し上げた。ねめつける様にベジータを見上げた瞳からは、涙がぼたぼたと溢れていた。
ベジータは、思わず手に込めたそれを下ろした。
動揺してしまった。
ベジータは、その涙に動揺してしまった。
いつもならば、涙の一つ鼻で笑うだろう。けれど、幼い彼には、初めてだったのだ。
同族の存在が、泣くところなど初めてで。何よりも、泣くことなんて想像でさえしたことがなかった。
少なくとも、己よりもまだ年上の、それも戦士である女が泣いているところを見たのが初めてだったのだ。
「赤ん坊のころ、弱いのなんて当たり前だ!強くあることを誇りに思うなら、私たちはあの子たちが強く在れるように鍛えてやって、強くなるチャンスを与えてやるもんじゃないのかよ!何よりも、あの子は、あの子は、そんなチャンスだって与えられなかったのに!!」
ベジータは固まって、その言葉を聞いた。
それは、その言葉が血反吐を吐くような何かを含んだ声であったからではない。それは、ベジータのスカウターが示すラディッツの戦闘力が、格段に上がっているためだった。
「取り消せよ!!!」
その言葉と共に、ラディッツはベジータに飛びかかる。それに、ベジータは反応しきれなかった。
気づけば、ベジータは己の腹に深い一撃が入っていた。
口から空気と涎が吹き出る。
そのままラディッツはベジータに馬乗りになり、彼の顔を殴り続ける。
「うわああああああああああ!!」
ラディッツは涙と鼻水に塗れて、ひたすらにベジータを殴り続ける。頑丈なサイヤ人には傷になるほどではない、チクチクとした痛みにベジータは馬乗りになったラディッツを吹っ飛ばそうとする。
けれど、ベジータを抑え込むラディッツの腕力はいつもの比ではなく強い。
自分の頬にぼたぼたと垂れて来る、生温かい涙がひどく鬱陶しい。
抵抗していると、ふと、拳が止んだ。ベジータは、ラディッツを見上げると、そこには無表情の彼女がいた。
「・・・・あの子は、弱かった。赤ん坊だったから。でも、どうして、同族に殺されなくちゃいけない?親の罪?血族の情が薄い私たちが、どうして、あの子を殺す?どうして?あの子は、強くなるはずだった。聞いたんだ、エリートになれるほど、潜在的な戦闘力は高かったって。なのに、どうして、あの子は、殺されたんだ?」
その、がらんどうの瞳。
それもまた、ベジータが見たことがなかった。ベジータが知っているのは、もっと、単純で、分かりやすい、感情だけだった。
なのに、なのに、その、汚泥のような深く、暗い、その瞳に、ベジータは思わず、ひどく素直な気持ちで言葉を吐いた。
「それで、どうするんだ。貴様には、それが殺されるのを防ぐこともできなかった。お前が弱かっただけだ。全てが遅いだろうに。」
それに、ラディッツは目を見開いた。同時に、自分への力が急に弱まった。ベジータはそれをチャンスと、ラディッツの腹を思いっきり蹴っ飛ばした。そうして、立ち上がり、ラディッツにエネルギー波を放とうとした。
けれど、立ち上がった先、ラディッツの姿を見て、は?と息を吐いた。
そこには、まるでハリネズミの様に丸まって、わんわん泣きじゃくるラディッツの姿があった。
そうして、その口から出て来るのは、何とも間抜けな罵倒であった。
「わあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!ぞんなごとじってるよおおおお!ベジータの、いんけん!まぬ゛げ!ばか!あほ!お゛だんごなず!!!」
お前はなんだ、それでもサイヤ人か、もっと罵倒するにもあっただろう。
怒りよりも、そんな呆れが湧き上がってくるような語彙の低さに、ベジータは殺す気もうせて来た。
こいつは、自分が殺さなくても、いつか死ぬ。というか、もうすぐ、適当な戦場で死ぬだろう。
何よりも、こんなやつをサイヤ人の王子である自分が殺すことさえも勿体ない気がしてきた。
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛んんん!!!ベジータのえむ゛じはげえええええええ!!!」
「誰がM字はげだ!!」
やっぱり、こいつ殺すか。
ベジータがそう思い直していると、ぐずぐずという泣き声に、微かに混じる声があった。
「ううう、ごめん、ごめんな。私が、弱いから。だから、守ってやれなかった。」
その声に、ベジータは無言でラディッツをげしりと踏みつけた。それに、ぐえと蛙の潰れた様な声がした。
ぐりぐりと先ほどのお返しにと足先でラディッツの背中を踏む。そうして、呆れながら呟いた。
「お前なんて、戦士を止めてしまえ。」
ラディッツは、丸まったまま動かない。
「弱い弱いと自分で嘆くなら強くなったらどうだ?嘆くだけなら、戦士を止めて惑星ベジータに戻ればいい。お前は女だ。赤ん坊の世話でもなんでも、出来ないことはないだろう。」
その言葉に、ラディッツはずびりと鼻を啜った。そうして、掠れた声で言った。
それでも、私はサイヤ人だから。
その言葉に、ベジータは一瞬虚を突かれて、そうしてため息を吐いた。
ああ、やはり、これは弱い。弱くて、愚かな、下らない女だ。
ベジータが殺す価値もない。
いつか、きっと、どこかで勝手に死ぬだろう。だから、放っておいても大差はない。これが、生きれるところまで、戦えるところまで、戦うだけだろう。
「なら、サイヤ人として、みっともない姿を見せるな。分かったか、泣虫ラディッツ。」
それに、ぐずぐずとした鼻声交じりで、ラディッツは、ごめんなさいと呟いた。ベジータは、それに、ふんと息を吐いた。
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がん!と音がしそうな勢いで、ナッパは自分の後頭部に当たったそれに眉を寄せた。
思わず手でそれを振り払おうとしたが、その前に頭の上から騒がしい声がした。
「ナッパ隊長!前の遠征の時の報告書、早く出してください!!」
「・・・・・あー、ラディッツ、お前か。」
ナッパは自分の後頭部に張り付いている存在が誰かを察して、頭を思いっきりに振った。それに、ラディッツはくるりと回転して地面に降り立った。
ナッパが歩いていたのは、惑星ベジータの訓練場からの帰り道で、周りには同僚たちもおり、ラディッツに叱責されているナッパをくすくすと笑っていた。
「・・・・お前な、話しかけるところを考えろよ。」
「なら、さっさと出してくれ!ナッパ隊長だけだぞ、まだ出してないの!」
「ベジータもか?」
「ベジータは一番最初に出してたよ。別に書けないとかじゃなくて、めんどくさくてやってないだけでしょ?また提出遅れたら、減給になるぞ。」
ナッパは口煩いラディッツを煩わしくなるものの、これのおかげで大雑把な性格の多かったナッパの隊は報告書などの期限を守るようになったのだ。
「分かった、出しとくからそう口煩くすんな。」
「言いましたからね!後で、なんで言わなかったんだとか御免だからな!」
ラディッツはそう言って、ナッパのことを後にしようとした。そこで、ナッパが、何となしに彼女に声を掛けた。
「じめじめするのは、止めたのか?」
ラディッツは、それに立ち止まり、小生意気そうな顔に引き締めて、言い放った。
「今は、一旦、保留した。」
「保留だあ?」
「納得したとか、飲み込んだわけじゃないけど。どうせ悩むなら、それまで飲み込むことにしただけだ。頭の中に沈めとけば、いつか、そういう時も来るし。」
ナッパは、その考えをめんどくさいなあと思う。というよりも、ラディッツはいつだって回りくどくてめんどくさいのだ。
ナッパは、ラディッツのじめじめとした理由など知らないが、ラディッツの悩みなんていつだって考えすぎで、めんどくさいものばかりであることは理解している。
「お前、やっぱ戦士辞めたらどうだ?」
「やだよ。私、これでもサイヤ人だからな。」
「・・・・ま、足を引っ張んねえならいいけどな。」
その言葉に、ラディッツはその場から走り出した。
その後を眺めて、ナッパはため息を吐く。
ラディッツがある時からやけに静かになった理由を、ナッパは知らない。普段は、どこぞの小型の獣のようにきゃんきゃんと煩かったのだが、ふと、ある時からやけに暗い顔をしていた。
といっても、仕事だけはきっちりするのだから、あまり隊員たちは気にしてはいなかったが。
それでも、普段煩い存在が静かというのは、なんだか調子が狂ってしまうから時々構ってはいた。
(ベジータも、あいつのこと気にしてたが。なんかあったのか?)
その質問も、ラディッツが泣虫かというものでナッパとしてははなはだ疑問ではあるが。
(大方、あいつもラディッツの泣き虫の被害にあったのか?ラディッツの奴、泣くと妙に強くなるっつうのか。癇癪おこすと手が付けらんなくなるんだよなあ。)
かくいうナッパも幾度か、髪の毛を何房か引き抜かれた経験がある。
そこで、ナッパは思考を止める。
ラディッツが何に対して悩もうと、別段ナッパには関係ない。任務に対して影響があるならば喝の一つでも入れるだろうが。そう言った面では、ラディッツは安心だ。
例え、何かあっても、ラディッツが戦場で死ぬだけのことだ。
それでもナッパがラディッツのことを、少しだけ気にかけてしまうのは、彼女が泣き虫で、そうして戦場に立ち続けることを止めないためだ。
それでも、私は、サイヤ人だ。
少し前に、戦士を止めないのかというナッパの皮肉じみたそれに、彼女は変わらずそう答える。
死ぬまでは、まあ、気にかけてやるか。
死んだら、忘れてしまうだろうけれど。
ナッパにとっては、ラディッツというのはそういうものだ。
ナッパは、書き換えの報告書のために自室へと足を進めた。