じろじろと、自分に向けられる視線にバーダックは苛々としていた。その視線の中には、何とも言えない生ぬるさと、そうして呆れがあった。
その視線の原因を、バーダックはしっかりと理解している。
「とーさん、どうしたんだ?」
自分の肩をよじ登り、ひょっこりと顔をのぞかせたそれにバーダックは顔をしかめた。
一瞬だけ、頭を掴んで放り投げてやろうかとも考えたが、その母親に似た顔できらきらとした目を自分に向けて来るラディッツへ厳しくする気が失せてしまう。
「・・・・お前、あんまりじゃれ付くな。降りろ。」
「えー。」
「えー、じゃねえ。」
バーダックの言葉に、ラディッツは不満そうに頬を膨らませて父親の肩から降りた。そうして、任務や訓練についての話を続ける。
それでも、生温さや呆れを含んだ視線はなくなることはないが、幾分かましになったことにバーダックが安堵する。
「なあ、父さん、いつまで家にいるの?」
「・・・・明日には別んとこに遠征だ。」
「え、そうなの。組み手、してもらおうと思ったのに。」
しゅんと、顔を伏せたラディッツに、バーダックはあやすように頭を撫でた。それに、少しだけ機嫌が直ったのか、彼女はニコニコと笑いながらバーダックを見上げた。
「そうだ、父さん!カカロットには会った?もうな、だいぶでかくなったんだ!母さんが、そろそろカプセルから出そうかって言ってたよ!」
「・・・・お前は、カカロットのこと、可愛がってるんだな。」
それにラディッツは、むすりと顔をしかめてバーダックから顔を背けた。自分の前を歩く、未だ成長する兆しもない、幼く小さな背をバーダックは眺める。
「何だよ、父さんも、私がカカロットに甘いとか、厳しくしろとか言うのか?」
「いや、そうは言わねえが。なんだ、誰かに言われたのか?」
「ターレスが、私は弟に入れ込み過ぎだって言って来たんだよ。」
「・・・・・ターレス?」
「そうだよ、父さんと同じ下級戦士の同期。組み手の相手してくれるから、せっかく私の弟がどれだけ可愛いか教えてやったのに。」
ぷんすかと怒るラディッツを見つめながら、バーダックはそっとターレスという、どうも娘と同い年ぐらいらしい少年の名前を胸に留めて置いた。
まあ、覚えておいて損はない。何をするにもだ。
「そう言う意味じゃねえよ。お前がカカロットを可愛がるのなんざ、お前の好きにすればいい。」
バーダックの言葉に、ラディッツはくるりと振り返る。そうして、キラキラとした目で、父親を見上げた。
「だよな!さすが、父さんだ。くどくど言わなくて、男らしい!」
「言ってろ。」
そう言いはしても、バーダックは少しだけターレスに対して妙な優越感を覚えた。
そうして、バーダックは、機嫌良さそうに自分の前を歩く娘を見つめた。
「カカロットのことは、好きか?」
好き、という言葉をバーダックが使ったことにラディッツは驚いた。普段なら、そんな言葉、絶対に使わないのに。
ラディッツは不思議に思いながらも、頷いた。
ラディッツは、好きだった。血縁のことを、好きだというと、皆が甘ったれだとか、可笑しいだとか、そんなことを言うから、表立っていうことはなかったけれど。
でも、ラディッツは、好きだった。
穏やかな母のことも、強い父のことも、幼い弟のことも、賢しいターレスのことも、父の同僚たちのことも。
好きだった。
非情で、他の者たちを虐げて、誰かの死体の上にて繁栄を続けるサイヤ人がそんなことを考えるなんておかしいのかもしれないけれど。
それでも、なお、ラディッツは好きだった。どうしようもなく、好きだった。
「うん、好きだよ。大好きだよ。」
ラディッツが、目を伏せて頷いた。
それに、バーダックは、どこか、痛ましいものを見る様に瞼を閉じて頷いた。
バーダックは、ずっと、己の子が哀れだった。
生まれ、そうして成長するにつれ、母親に似て、いや、母親以上に甘い性格をした娘のことが哀れだった。
サイヤ人らしく、戦闘を好み、強くなることを願う娘がけして、虐殺や侵略を好んでいないことはずっと知っていた。
(・・・・お前には、今の生活は、さぞかし生きにくいだろうな。)
憐れな娘、哀れな我が子、愚かな少女、弱い、弱い、サイヤ人。
(・・・・愛しい、娘。)
そんな言葉が浮かんできて、バーダックは心の底から己のことを嗤いたくなる。なんて、甘い考えが浮かんできたのだろうかと。
サイヤ人らしくないなんて、自分が言えた義理ではない。
こんなにも甘くなったのは、何故だろうか、ギネのせい?
いや、それもあるのだろうが。それと同時に、おそらく。
(・・・・こいつが生まれた時、からかもな。)
バーダックは、おもむろに立ち止まった。ラディッツは、立ち止まったバーダックを不思議そうに見上げた。
それに、バーダックはラディッツの身長に合わせる様に跪いた。
「・・・・ラディッツ、お前に姉として頼みがある。」
「な、なに?」
「カカロットのことを、守ってやれよ。」
「え?」
「それだけだ。」
バーダックはそう言って、立ち上がりまた家路を歩き出した。
それに、ラディッツは、ざわざわと心が騒ぎ立ち始める。
最後に、立ち上がる寸前にバーダックの顔に浮かんだ、柔らかな微笑みが、その不安を余計に煽った。
「・・・・父さん、どうしたの、何か、あったの?」
「何でもねえよ。」
それっきり、父は何も答えてはくれなかった。
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「え、カカロットを飛ばし子に!?」
それは、丁度、次の星に移るための休憩時間の事だった。久方ぶりに聞く母の声に、ラディッツは高揚していると、まるで冷や水を掛けられたような心地でそれを聞いた。
「どうして!?体が育ち切るまでまだあるだろ!?それに、言葉は?他に、戦い方だって!」
「バーダックがね。あの子の潜在能力じゃ、そうなるからって。」
「そんな!大体、飛ばし子自体、生きるか死ぬか半々だよ!?大猿になれなかったら、その時点でアウトだ!それに、銀河パトロールに見つかったら・・・・」
「安心しなよ。カカロットの飛ばされたのは、地球っていう辺境の星だし。銀河パトロールもいないわ。それに、文明も戦闘能力も低いそうよ。それに、バーダックには、心配事があるらしくて。」
「しん、ぱいごと?」
それに、ラディッツは、少し前のバーダックの言葉が思い出された。
カカロットのことを、守ってやれよ。
ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ。
胸の奥、頭の中が、不安げに軋みを上げる。何かを、何かを、自分は見過ごそうとしている。分からない、何か、強烈な齟齬が自分には訪れている。
「か、母さん。わ、私、そっちに帰るよ。」
「え、でも、任務があるんだろ?」
「な、何とかする。体調が悪いって。」
「駄目だよ、そんなことしたらあんたの信頼が落ちるだろ?」
「でも!」
「大丈夫だよ。何にもないって。あんたがエリートに入って、誇らしいんだよ?」
「かあ、さん。」
ざわざわと、ラディッツの中で、強烈な焦りが生まれて来る。たまらなく、何かがざわつく。
「・・・・・ねえ、ラディッツ。」
「な、なに?」
「・・・・・もしも、バーダックが迎えに行けないなら。あんたがカカロットを迎えに行ってあげなよ。」
「え、な、何言ってるの。母さん?」
「そんなに焦らないでよ。ただ、バーダックが任務でいけないこともあるだろうから、そん時はあんたに頼むだけだよ。変なこと言ってごめんね?」
「・・・・・うん、分かった。」
「それじゃあね。怪我、しないようにね?」
「か・・・・!」
ギネは、スカウターの通信を切り、息を吐いた。
(・・・・これで、少なくともカカロットのことは大丈夫だ。)
ギネは、自分が生んだ最初の子どもである娘のことを思った。
子どもなんて、すぐに親のことだって忘れるよ。
そんなことを、同僚から聞いた。ギネも、それに頷いて、内心では残念に思っていた。ギネは、甘い。だからこそ、本音を言えば出来るだけ親子として付き合っていきたいとは思っていたのだ。
けれど、肉親の情が薄いサイヤ人では、それもまた夢のまた夢であろうと思っていた。
そうして、生まれて来たのは自分によく似た少女であり、そしてエリート候補にまで選ばれるほど高い能力を有していた。
誇りに思った。何よりも、安堵した。エリート候補にまで選ばれるのなら、娘の待遇は悪いものではないだろう。何よりも、下級戦士よりも、ずっと、死ぬ確率は低いはずだ。
娘は、大きくなろうとも、母さん、母さんと己を慕ってくれた。
自分と同じ、それ以上に、甘ったれな、穏やかな娘。そうして、自分よりも、ずっと、ずっと、強い娘。
「・・・・あの子なら、大丈夫だ。」
そして、弱い息子を、きっと守ってくれるだろう。
それは、サイヤ人らしくない考えだ。でも、ギネは、大事な子どもたちに生きてほしいと願っていた。
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惑星ベジータ、消滅。
スカウターから聞こえて来た無機質な音に、ラディッツは固まる。
「・・・・何だ、王になり損ねたか。」
丁度、二人は惑星ベジータに帰る前の雑用をこなしている時だった。丁度、良い値で売れそうな星があるのだが、大型の獣が闊歩しているためその駆除に勤しんでいたのだ。
それも終わり、星に帰るための準備をしていた時、その無機質な声がラディッツに伝えられた。
「・・・・ふん、接近に気づかなかったのか。まぬけめ。」
ベジータの、声が聞こえた。なのに、その声が、ひどく遠い。ラディッツは、スカウターを操作するために手をかけたまま固まる。
風の音が、ベジータの声が、物音が、自分の息遣いが、聞こえていたはずなのに。
まるで、ノイズがかかったように、ガラス越しに聞くように、二重にぶれているように、声が、遠い。
(ターレス、は?)
きしりと、どこかで音がした。
(王や、他のみんなは?)
ぎしり、ぎしり、と耳障りな、音がした。
(かあさんは?)
びきりと、そんな音がした。
(とう、さんは?)
がちゃんと、そんな、音がした。
「・・・・ふん、生き残ったサイヤ人は、俺たちのほかに数人か。惑星ベジータへの招集を無視したのが吉だったか。」
ベジータは、そこで、ふと、甘ったれがやけに静かなことに気づいた。
振り返った先、焦土の上に立つ少女は、ひどく静かにそこにいた。今にも、空気に溶けてしまいそうなほどに、微かな気配しかしなかった。
「おい、ラディッツ。返事ぐらいしろ!」
苛立ったベジータは、手をゆっくりとラディッツに向ける。けれど、エネルギー波を発射する前に、ゆっくりと、ラディッツが振り返った。
ラディッツは、泣いていた。
その、真っ黒な瞳から、ぼたぼたと涙をこぼしていた。
能面のような、感情の伺えない顔で、真っ黒な底なし沼のような瞳で。
いつものように、叫ぶわけでも、喚くわけでも、激情を発散するわけでもなく、ただ、ただ、静かに涙を流していた。
まるで、器から溢れかえった水の様に、壊れてしまった蛇口の様に。
ぐずぐずと、鼻を啜る音がする。
ラディッツは、ベジータに放り込まれたアタックボールの中で、茫然と霞んだ視界を茫然と眺めていた。
分からない、自分が、今、どうなっているのか分からない。
ぎしり、びきりと、耳鳴りのような音がしている気がする。
ただ、自分の中で、ひどく何かぐらぐらと揺れていることが分かった。ぐらぐらと、揺れて、何か、少しのずれで、どうしようもなくなる。
それだけが、分かった。
『・・・・・おい、いい加減鼻をすするのを止めろ!』
スカウター越しの声に、ラディッツは、とっさといえるレベルで聞き返した。
『ベジータは、平気なのか?』
『ふん。お前こそ、何をそこまで嘆いているんだ?』
『・・・滅びかけた一族の王族だろう。』
その声に、皮肉がなかったと言えば、嘘になるだろう。ベジータは、それに少しだけ黙り込む。けれど、すぐに鼻で笑う様な声がした。
『・・・・ふん。所詮は、惑星の衝突にも気づかなかった間抜けな同族だ。何よりも、死んだ者に執着して何になる。』
それは、ラディッツが、少し前に聞いたことだった。ラディッツは飲み込めなかった、重い塊に歯噛みした。
『まったく、生き残った連中もどれほどの奴なんだ?おかげで、弱虫ラディッツを使わなくちゃいけなくなるんなんてな。』
『ベジータは、強いな。』
思わず、そんな言葉が漏れ出た。
それに、スカウターの向こうで声がした。
『当たり前だ。俺は、サイヤ人の王族だぞ?お前も、せいぜい、俺の役に立つんだな。』
『君の、役に?』
『当たり前だ、大体、そのためにお前は俺と組ませているんだろう。星が滅びようと変わらん。俺は、ただ、強くなるだけだ。』
その言葉は、どれほどまでに、ラディッツにとって強く、輝かしく聞こえただろうか。
ラディッツは、弱い。同族や、両親や、故郷の滅亡に、簡単に精神が軋みを上げた。
だというのに、ああ、己が仕える王子は、こんなにも強い。
それは、実力として、力量として、精神的な意味として。それは、ラディッツのなりたいと思いながら、成れない、孤高という強さだった。
揺るがないという、冷酷であるという、静けさという強さだ。
ラディッツが、得なければと幾度も思いながら、得ることのできない強さだ。
知っているよ。知っている。
ベジータ、お前の事なんて嫌いだよ。冷酷で、乱暴で、陰険で、人使いが荒くて。
それでも、ラディッツは、ベジータという存在に憧れた。
誰よりも強く、頑なに、揺るぐことのない己の主である、ベジータという存在に憧れた。
自分は、そんなふうになれないと知っているし、なりたいなんて思わないのに。
それでもなお、どうしても、憧れた。
その強さに、憧れた。
『・・・・ベジータは、私に期待してくれるんですか?』
『ふん、したくもないが。手駒が少なすぎるから。せめて、使ってやる。』
『弱くて、ごめんね。』
『知っている、弱虫ラディッツ。』
酷い言葉だ。酷くて、それでも、その言葉は救いだった。
少なくとも、そこには、生きるための理由があった。縋りつくための、憧れが、手を指し延ばしたくなる星があった。
(・・・・死んでしまったものに、執着しても、しょうがない。)
そうだ、だから。だから、残ったものを支えにしよう。
父は死に、母も死に、故郷は滅び。
それでも、幼く、弱く、可愛い弟だけは、生き残った。
(・・・・カカロット、待っていて。)
きっと、迎えに行くから。
強くなって、迎えに行くから。今は、まだ、弱いけど。強くなって、君を守れるまでに強くなったら、きっと、迎えに行くから。
父さんと、母さんと、そう、約束したから。だから、待っていて。
ラディッツはゆっくりと、瞳を閉じた。溢れかえった涙はそれで終わった。
軋む様な耳鳴りはいつの間にかなくなった。
感想、ありがとうございます。励みになってます。
ここでいったんは、惑星ベジータ編というか、子ども時代は終わりです。
次回から、原作に入ってきます。