泣き虫なサイヤ人   作:丸猫

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悟空のシリアス度とギャグ度のバランス難しい。
シリアスな回になりました。

次回から分かりにくいので、地の文は悟空で統一します。


望まなかった再会

 

「・・・・か、カカロット。」

 

ラディッツは向かいあった青年を見て、名を呼んだ。けれど、青年は訝し気に顔をしかめた。

 

「あんた、何者だ?」

「え?」

 

ラディッツはその言葉を信じられないことを聞いたかのように目を見開いた。

 

「え?か、カカロット、何言って。」

「オラ、その、かかなんとかって奴じゃねえぞ?オラ、孫悟空っていうんだ。」

 

ラディッツは己が弟に拒まれたこと。そうして、あまつさえカカロットという名前を否定したことに頭に血が上った。

ラディッツは縋りつくように、カカロットに詰め寄った。

 

「どうして!?お、怒ってるの!?確かに、会いには来られなかった!でも、わざとじゃないんだ!ただ、私は・・・・・」

「だ、だから、オラ。」

「赦してくれ!カカロット!お姉ちゃんが悪かった!だから・・・・」

 

ラディッツの瞳から、膨多の涙があふれ出した。カカロットは自分に縋りついて泣く女に困り果てていた。ただ、そのあまりの必死さに振り払うこともはばかられた。

周りの、青髪の少女や坊主頭の男達は、唐突に現れた闖入者に困惑した顔をしていた。そんな中、一番の年長者の老人がラディッツに話しかけた。

 

「のう。お前さん。」

 

ラディッツは話しかけてきた存在に、顔を向けた。そこには、白いひげを蓄えた老人がいた。

 

「どうも、込み入った事情があるようじゃの。どうじゃ、せっかくなら、中で話さんか?」

「え?」

「ほれ、悟空。お前さんも、このお嬢さんがいっとることがどういうことなのか、知りたいじゃろ?せっかくじゃ、中で茶でも飲みながら、話したほうがよかろう?」

「お、おう。」

「うむ。それじゃあ、お嬢さん。中に入りなさい。」

 

そう言って、老人は家の中に入っていく。それに、連れられるように、外にいた全員が家の中に入っていく。ラディッツは、涙で霞んだ視界の中、ぼんやりとした思考の中で同じように家の中に入っていった。

 

 

家の中にあったダイニングテーブルに、老人とカカロット、そうしてカカロットによく似た子ども、そうしてラディッツが座る。

他の、女性と男性は座らずに立って様子を眺めていた。

ラディッツが天板の一番端、いわゆる誕生日席に座り、その横にそれぞれカカロットと老人が座る。カカロットの隣りには、子どもが座った。

老人は、亀仙人、女性はブルマ、小柄な男性はクリリン。そうして、カカロットによく似た幼子は、孫悟飯と名乗った。

ブルマとクリリンは、カカロットの友人であり、亀仙人は武術の師匠であると名乗った。

 

ラディッツは自分の前に置かれた茶をじっと見た。涙がにじんだ瞳は、未だにうるうるとしていた。

カカロットは、それにどこか居心地が悪そうに体を動かしている。それに、亀仙人はふうと息を吐き、ラディッツの方を見た。

 

「それで、お前さんが誰か、教えてくれるか?」

「・・・・その前に、あの、カカロットのことを。」

「ふむ、お前さんがカカロットと呼んでいるのは、その横にいる悟空のことでよいかの?」

「その、悟空というのは!?」

 

それに亀仙人は、カカロット、悟空が幼いころに頭を強く打っていることを話した。

 

「え!?」

 

ラディッツはそう声を上げると、悟空の頭に飛びついた。

 

「記憶がなくなるほどの!?大丈夫なんですか!?」

「い、いや。なんともねえよ!き、傷が残ってるけど。」

 

自分の頭をぐりぐりと撫でまわすように触られて、戸惑うようにそう言った。ラディッツは悟空の肩を抱いて念を押した。

 

「本当にですか?大丈夫なんですか?」

「お、おう。」

 

こくこくと頷いた悟空に、ラディッツは、力なく椅子に座った。

 

(・・・・・記憶が、ない?)

 

サイヤ人のことも、父のことも、母のことも、そうして。

 

(私の、ことも、忘れて・・・・・)

 

カカロットは、ここで生きていた。

 

それを、ラディッツは噛み砕くことが出来なかった。その事実を、自分の中でどうやって消化すればいいのか、分からなかった。

 

「それで、お前さんは?」

「・・・私の名は、ラディッツ。あなたたちが、悟空と呼んでいる存在の、姉になります。」

「で、でも、オラ、姉ちゃんなんて知らねえぞ?」

「・・・忘れて、しまっているんでしょうね。」

 

ラディッツの言葉に、亀仙人は以前、孫悟飯に聞かされた、悟空を拾った時の話を皆にした。

ラディッツはそう言って、改めて、悟空の顔を見た。

少々、気の抜けた様な表情ではあったが、その顔は本当に、憎いほどまでに父親に似ていた。

 

「間違えるわけがない。本当に、父さんに、よく似ていて。」

 

そう言って、女は悟空に微笑んだ。

目じりににじんだ涙と、まるで眩しいものを見る様に細められた眼に、ぎこちない微笑み。

悟空は、それに、なんだか不思議な心地がした。

それは、例えるならば、幼いころに幾度も読み返した絵本を久しぶりに本棚の片隅に見つけたかのような、そんな感覚であった。

悟空は、その不思議な感覚に胸を撫でた。

 

ラディッツは少しだけ目を伏せた後に、ゆっくりと視線を上げた。

 

「・・・・私は、この星の者でなく、違う星から来たもの。カカロット、君は、地球人ではなく、サイヤ人なんだ。」

「さい、や?」

「そうだよ。私たちの母星ベジータは、お前が生まれてすぐに隕石の衝突で滅びました。お前は、父さんによってこの星に送られましたが。昔から、勘のいい人でしたから。予感はあったのかもしれません。今日は、カカロットに会いに、来たんです。ようやく、会いに。」

 

繰り返す、会いに、という言葉を噛みしめるようにラディッツは唱えた。その様子は、何かを飲み込む様な息苦しさがあった。

 

「オ、オラ、宇宙人だったのか!?」

「お前にも、これがあったでしょう?今は、切ってしまっているようだけど。」

 

ラディッツがそう言って、腰に巻いた尻尾を振ると、悟空はそれを凝視した。

 

「孫君、宇宙人だったの!?」

 

ブルマがそう言って声を上げる隣りでクリリンがしみじみと呟いた。

 

「確かに、宇宙人なら、悟空の強さも納得かも。」

「・・・・まあ、尻尾がある時点で、確かにおかしいとは思ってたけど。」

「でもよ、ブルマ。それなら、天津飯とかどうなるんだ?」

「え、ちょっと、待って。それじゃあ天津飯も、宇宙人!?」

 

ラディッツは目の前で繰り広げられる騒ぎしいやり取りに、またゆっくりと目を細めた。

それは、穏やかな光景だった。それは、どこまでも平穏な光景だった。

 

(・・・・父さんが、遠征の仲間と、任務終わりにこんなふうに騒いでた。)

 

その光景に、今、目の前で起こっていることがだぶりそうな気がした。けれど、目の前のことと、昔のそれはあまりにも多くのことが違う。

それでも、ああ、なんだかひどく懐かしい。

その騒がしさに満ちた、この空間はまるでこの星の様だ。

どこまでも優しく、平穏で、穏やかだ。

そこで、ラディッツはふと悟空の隣りで体を縮ませていた幼子に目がいった。

 

「・・・・なあ、お前さん。悟飯、だっけ?」

「ぼ、ぼく?」

「うん。」

 

ラディッツが悟飯に意識を持っていたことで、悟空たちは彼女のことを伺った。

 

「今、幾つかな?」

「よ、四歳です。」

「そうか、四つか。だっこしてもいいかな?」

 

ラディッツがそう言って手を差し出した。悟飯は、それにちらりと父を見た。悟空は困っているのか顔をしかめていた。

それに、悟飯は自分に手を差し出している人をまた、見た。

臆病な気のある悟飯にしては、不思議と怖いとは思わなかった。

ラディッツという伯母の目が、なんだか、自分を見る時の母の目に似ている気がした。けれど、そうだというのに、その人は何故か泣きそうだった。今にも、涙が溢れてしまいそうな目に、悟飯は思わずラディッツに向けて手を差し出した。

ラディッツは、それに心の底から嬉しそうに微笑んで、そっと悟飯を抱え上げた。

 

「・・・・・うん。重いなあ。ご飯、しっかりと食べてるのか?」

「はい、えっと、きのうはおかあさんが中華まんを作ってくれました。」

「そうか、母は料理が上手いのか。」

「はい、おいしいです。」

「美人か?」

「はい、おかあさんはきれいです。」

「そうか。私の母、お前さんの祖母も、綺麗な人だったよ。料理も、上手だった。」

 

ラディッツはそう言って、己の尻尾を悟飯の尻尾に絡ませた。悟飯は、自分の尻尾に絡みついた感触に驚いたが、それがラディッツの尻尾であると知ると、不思議と安心した。

 

「・・・・しっぽ。」

「ああ、私にもあるんだ。お前の父親にもあったそうだが。」

「ぼくいがいの、しっぽがある人、初めて見ました。」

 

悟飯は自分の尻尾に絡まるそれを、興味深そうに見た。

己以外に、そんな存在がいなかったせいか、目の前の存在に妙な親しみが浮かんでくる。

しゅるりと、尻尾を遊ばせれば、同じようにしゅるりとやり返してくる。

悟飯は、それが、なぜか面白くてくすくすと笑った。

 

(・・・・・顔色、正常。体重と身長からして健康体。肌に傷跡も無い。鍛えてはいない。が、健康的だな。服も安物ではない。)

 

ラディッツは悟飯を抱き上げると同時に、素早く幼子の状態を確認した。それに、少なくとも、己の甥や弟が健康的な生活をしていることが察せられた。

 

(・・・・そうか。)

 

ラディッツは、悟飯の頬に手を添えた。

 

「・・・よーく、顔を見せてくれ。」

「え?」

「ああ、本当に、よく似ている。」

 

吐息のような微かな声。自分の頬に添えられた手は、お世辞にも柔らかとは言えない。その手は、どちらかといえば、父や祖父に似ているように悟飯は思った。

 

(・・・・父さんに、カカロットに似てる。あの子は、ここで子をなして。友がいて、師を仰ぎ。カカロットは、ここで生きている。)

 

そこには、何の欠けもない。

餓えることも、寒さや熱さに苦しむことも、弱さに苛まれることも、寂しさもあえぐことも無い。

見ていれば、分かる。聞けば、理解できる。

必要なんて、なかった。必要なんて、ない。

カカロットは、満たされていた。

 

ここに、ラディッツはいらない。カカロットの世界は、すでに満たされていた。

己の弟は、どうやら、喪った事さえ、忘れていた。

けれど、それは、不幸なのか?

 

「そうだな。」

「え?」

「そうだな。それでいいんだ。それで、よかったんだ。」

 

悟飯は、目の前の存在が何を言っているのか分からなかった。ラディッツは、ゆっくりと悟飯を抱きしめた。

温かかった。泣きたくなるほどまでに、その体は温かく、柔らかく、重い。

それに、ラディッツは自分が抱きしめてやれなかった。弟の、影を見た。

己が、迎えに来れなかったために知ることのない、弟の過去を見た。

置いてきぼりにした小さな宝物は、いつのまにか、ラディッツを追い越して、過去になって、交わっているのだという幻想はとっくに断たれていた。

 

(・・・・それでいい。これでよかった。)

 

きっと、迎えに来ないことが正しかったのだと、ラディッツは静かに悟った。

そう思っているはずのなのに、目からはやはり涙が流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・ありがとう。」

 

ラディッツは悟飯から体を離すと、元居た椅子の上にそっと戻した。

その瞳からは、涙が流れていた。けれど、不思議とのその表情は穏やかだった。

涙を流しながら、柔らかに微笑むその姿は、どこかちぐはぐとしていた。

息を飲んだ周りに、ラディッツはゆっくりと悟空に視線を向けた。

 

「・・・・カカロット。少しだけ、話をしませんか?」

「え?」

「少しだけ、二人で話したいんだ。嫌かな?」

「えっと・・・・」

 

悟空は困惑したように、周りを見た。彼は、目の前の女を、どう扱っていいのかほとほと困り果てていた。

 

「・・・・・行ってやりなさい。」

 

亀仙人の言葉に、悟空は少しだけ迷った後に、ラディッツに向けて頷いた。ラディッツは、それに悟飯に目を向けた。

 

「・・・少しだけ、父さんのこと借りていくね。」

 

ラディッツはそう言うとゆったりとした足取りで、カメハウスの外へと出て行った。悟空は困惑したような顔で、その後を追った。

 

 

 

ざーざー、波の音が響いていた。

さんさんとした日差しが、悟空とラディッツを照らしていた。ぷんと香る潮風が、さああと耳元を吹き抜けていく。

 

二人は、互いに隣り合うように海を眺めていた。

ラディッツは親指で乱雑に涙を拭った。

悟空はそれをちらりと横目で見ながら、姉だと名乗る存在をどう扱えばいいのかとほとほと困り果てていた。

隣りにいる存在は、悟空が今まで会った存在とは、どこか違った。

強いて言うのなら、ランチが一番に近いのかもしれないが、それともまた違った。

悟空は、目の前に広がる光景を気を紛らわせるように見た。

青い空、青い海、からりとした暑さはいっそのこと清々しい。

 

「・・・・・なあ。」

「お、おう。」

 

動揺の隠れていない返事に、ラディッツはくすくすと笑う。

 

「そんなに驚かないでくれ。別に、なにかしようってわけじゃないんだ。」

「ならよ、えっと、その。オラに、何のようなんだ?」

「・・・・・何のようか。そうだな。ただ、会いたかったんだよ。」

「え?」

「何だよ、姉が弟に会いたいって、遠路はるばる来るのがそんなにおかしいか?」

 

ふふふふ、と笑う笑顔は、ひどく朗らかだった。なのに、奇妙な暗さを感じた。

夕焼けの様だった。確かな、明るさはあるのに、暗闇を連れた。夕焼けのような笑みだと思った。

顔を見合わせて、ラディッツは悟空に微笑んだ。悟空は、その顔をじっと見た。

 

「・・・・カカロットの話を、聞かせてくれないか?」

「オラ、その、カカロットって名前じゃねえぞ?」

 

それに、ラディッツは悲しそうに微笑んだ。その笑みに、悟空は黙り込んでしまう。

そんな顔をされると、自分がまるで酷い人間のような心地がする。

ラディッツは少しだけ顔を伏せた。

 

「・・・・今だけ、だよ。私しか呼ばないんだ。少しだけ、その名前を大事にしてほしい。」

 

例え、お前が今まで孫悟空として生きても、それよりも前に、お前はカカロットなんだから。

 

そう言って、ラディッツは己の立つ浜辺の砂をじゃりと踏んだ。

 

「・・・・父さんと母さんが、唯一お前に残したものなんだから。」

「父ちゃんと、母ちゃんが?」

「そうだ。だから、そんなにも蔑ろにしないでやってほしい。少なくとも、お前を生かしたいと願ってここに送ったんだ。」

 

悟空は、自分の見たことも、考えたことも無い父と母というものをようやく、認識したような気がした。

悟空の世界は、義祖父だけだった。今では、自分も父になり、少しだけ、ぼんやりとだけ考えた父と母というものを、今、その瞬間、はっきりと自覚した。

 

「オラ、父ちゃんによく似てるんか?」

「ああ!見た瞬間、生き返ったのかって、驚いたよ!本当に、憎らしくなるほど、父さんに似てる。それに、声まで似てるんだもの。生き返ったって、そう思うよ。残酷なほどに。」

 

ラディッツは、そう言って、眩しいもののように悟空の顔を見て目を細めた。

その眼に、悟空は落ち着かないというように、体を震わせた。なんだか、体の奥が、むずむずするような。

なんだか、チチと一緒にいる時のような、まったく違う様な不思議な感覚だった。

 

「・・・・母ちゃんは?」

「母さんは、そうだな。私とそっくりだよ。髪を肩位までにしたら、本当に瓜二つだ。」

 

ラディッツはそう言って、くるりと悟空と向かい合うように立った。

 

「・・・不思議だ。父さんも母さんも死んだのに。鏡を見れば、それぞれ父さんと母さんに会える。互いを見ても、父さんと母さんに会える。不思議な気分だ。」

 

その言葉に、悟空もまた、不思議な気分だった。

悟空は、少なくとも、父のことも、母のことも知らなかった。けれど、ラディッツに自分たちの容姿の話を聞いて、まったく知らなかったはずの両親に会っている。

それが、血の繋がりというものなのかもしれない。

それは、なんだか、不思議な気分だった。言いようのない、落ち着かなさというのか、胸の奥がむずむずするような気がした。

 

 

「・・・・どんな人だったんだ?」

 

悟空の言葉に、ラディッツはやっぱり微笑んだ。そうして、少しだけ勿体ぶる様に顔を背けた。

 

「その前に、お前の話をしてくれないか?」

「オラの?」

「そうだよ。お前が、どんなふうに過ごしたとか、嬉しかったこととか、悲しかったこととか、素敵だなって思ったことを、私に教えてほしんだ。」

 

その話が終わったら、今度は、私が話をしよう。君が誰なのか。君の生まれた昔の話をしよう。

 

そう言って、ラディッツは悟空を見た。

悟空よりも少しだけ低い背のせいか、しっかりとあった真っ黒な瞳が、自分に似ている気がした。

 

 

悟空は、言われるがままに今までの話をした。

自分を育てたじいちゃんのこと、ブルマとあったこと、亀仙人に弟子入りして、クリリンと会ったこと。

ピッコロ大魔王という敵と戦ったこと。

そうして、チチと夫婦になったこと。悟飯が生まれたこと。

 

話すのが上手いとは言えない悟空の話を、ラディッツは根気強く、そうして心から嬉しそうに聞いた。

笑う時は、まるでブルマの様に騒がしく笑い、気になることはチチのように根気強く聞いてくれた。

そうして、一番に熱の入った戦うこと、強い奴に会った話を、ラディッツはキラキラとした目で聞いた。

それに、悟空は、目の前の存在の存在が自分と同じようにわくわくしていると察して、余計に話に熱が入ってしまう。

そんなふうに話していると、悟空は目の前の姉と名乗った存在が、なんだか良い奴のように思えて来た。

 

(・・・・こいつ、いや、姉ちゃんって呼んだ方がいいのか?後で手合せしてくれねえかな?)

 

ラディッツがカメハウスに来た時から分かっていたが、目の前の女は強い。それを察して、正直な話をすれば、手合せをしてくれないかと頼もうと思っていたのだ。

 

(・・・・・姉ちゃんも強いし。もしかしたら、もっと強い奴がいるのかもしれねえなあ。)

 

そんなことを思いながら、悟空はピッコロ大魔王と戦った話をした。

ラディッツは、戦いの次に、チチと悟飯のことを聞きたがった。悟空は、チチの、なんというか彼女の話をすると、そわそわと落ち着かなくなってしまうが、ラディッツの妙に静かな微笑を見ていると、罪悪感が湧いてて少しずつ話してしまう。

 

そうして、ふと、そんな話をしていると、ラディッツはあの、夕焼けのような笑みを浮かべている。

それに、悟空は、ほとほと困り果ててしまうのだ。

そんな表情をする存在は、今まで近くにいなかった。

目の前の存在は、誰とも違った。

彼の、おそらく一等近しい立場にいる女の中でも、誰とも似ていない気がした。

悟空は、そう思って、ラディッツの後ろに広がる、青い空と海を見た。

それに、悟空はブルマを思い出した。

ブルマは、夏のような女だ。少なくともブルマを表現するとしたら、悟空はそう思う。

チチのことを思った。彼女は、夏になりかける春のような女だ。

悟空にとって、一番に思い浮かぶのは、その二人で。

ラディッツも、ブルマやチチのように、はつらつとした騒がしさはあるのに、ときおりふと、妙な静けさを持つときがある。

 

(・・・・ああ、そうだ。)

 

目の前の姉という人は、終わりかけの夏に似ていた。

 

だから、どうというわけではない。ただ、そう思っただけだ。例えの様のないものに、漠然とした名を与える行為に過ぎない。

悟空は、そんなこともすぐに頭の奥に押しやってしまった。

曖昧なそれに名前が付いたとしても、悟空にとってどう扱えばいいかわからないのは変わらないのだ。

けれど、話していくにつれて、悟空は目の前の存在が好ましく思えて来た。元より、物おじしない性格だ。

どう扱えばいいのか分からなくても、同じように戦うことを好む存在は、少なくとも悟空にとっては新鮮で、楽しい存在であることには変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

「ドラゴン、ボール?」

「そうだ、すげえんだぞ。死人だって、生き返らせちまうんだ!まあ、寿命で死んだ奴は無理とか制限はあっけどな。」

 

悟空の話を聞いているうちに出て来たドラゴンボールというものに、ラディッツは思わず反応した。

けれど、すぐに、自分の頭に浮かんだ願いを打ち消した。

 

「どうしたんだ、姉ちゃん。」

 

すっかり呼び慣れた様子の呼び方に、ラディッツは首を振った。

生き返らせることは確かに魅力的だ。だが、生き返った理由をなんと説明する?それで、ドラゴンボールという存在が、ばれたら?

フリーザに、ばれたら?

 

きっと、この星は滅ぼされるだろう。

 

それはごめんだ。弟の平穏を踏み荒らすのだけは、ごめんだった。

ラディッツは、ゆっくりと、悟空の顔を仰ぎ見た。悟空は、不思議そうに、ラディッツを見ていた。

 

(・・・・たぶん、潮時だ。)

 

話は聞いた。カカロットの生きた世界を、ラディッツはようやく知れた。弟が、どんなふうに生きて、どんなものを築き上げたか分かることが出来た。

ふと、遠くを見れば、太陽がだいぶ動いていた。なかなかの時間、話し込んでいたのだろう。

 

(・・・・だから、潮時なんだ。)

 

ラディッツはそっとカカロットに手を伸ばした。そうして、両手でカカロットの顔を両手で覆った。カカロットは、それにびくりと体を震わせた。

 

「そう嫌がらないでくれ。顔を、見せてほしいんだ。」

 

苦笑交じりのその声に、カカロットは体を固まらせたままだったが、されるがままであった。

ラディッツは、その顔を、まるで焼き付ける様に凝視した。そうして、確かめる様にその顔をなぞった。

 

(・・・・・きっと、もう会えないだろうから。これで、これ、一度だけ、これで最後。)

 

ラディッツは頬に添えた手を離して、それをゆっくりとカカロットの体に巻き付けた。

カカロットは、びくりと体をまた震わせたが、されるがままにしていた。

彼としては、なんだかラディッツのただならぬ空気に黙り込んでいた。

幼いころ、赤子の頃に比べて、すっかり大きくなった体は、誇らしさと父への懐かしさと、寂しさと嬉しさがないまぜになる。

その体を、ぎゅーぎゅーと抱きしめて、ただ、唇をかみしめた。

 

カカロット、カカロット、お前はこの星で、幸せだったんだな。

父のことも、母のことも、そうして、姉である自分のことでさえ忘れ果て。

サイヤ人としての在り方さえ、忘れ果て。

 

(・・・・きっと、これでよかったんだ。)

 

カカロット、カカロット、お前は自由でいなさい。サイヤ人としてでも、フリーザ軍の者でもなく。

思う通りに生きていけばいい。

ああ、嬉しい。可愛いと、大事だと、そう思った弟は、なんの憂いも無しに生きていた。それが嬉しい。嬉しくて、たまらないのに。

泣きたくなるほどに、寂しい。

唯一残った形見の名さえ、否定する弟を薄情だとなじってやりたい。そう思ってしまうほどに、寂しい、

けれど、きっと、これでいい。これでよかった。

会いになんてこなければよかった。

そうすれば、きっと、こんな思いしなくてよかったのに。

自分と、サイヤ人としての在り方を教えなくてもよかったのに。

 

「カカロット、大きくなったなあ・・・・・!!」

 

漏れ出たのは、それだけだった。

本当は、もっといいたいことがあった。

幸せかいと聞きたかった。ご飯はちゃんと食べてたか?ちゃんと眠れてか?病気や怪我しなかったか?

仲間はいるか?伴侶はあるか?子どもは、どんな子だろうか?

優しい人にあったんだな。

お前は、奪う側じゃなくて、与える側になれたんだね。

寂しくなんて、なかったんだね。

よかった、よかった、よかった。

そう思うのに、たまらなく寂しくて。

それでも、きっと、これでよかった。

カカロット、私たちとは違う場所で生きていけ。私たちとは無関係に生きていけ。

きっと、お前は、誰のことも殺していないのだろうから。

お前は、きっと、天国には行くんだろうな。

 

私も、父さんも、母さんも、天国には行けないから。

 

きっと、これでよかったんだ。

 

 

 

ラディッツは、悟空から体を離した。

そうして、少しだけ距離を取ると、おもむろに腰に下げていた鞄から大きな袋を取り出した。

 

「これ、あげるよ。」

「え、な、なんだ?」

 

悟空は受け取った袋の中を見ると、そこには色とりどりに輝く石が入っていた。

 

「ね、姉ちゃん、これは?」

「・・・・この星では価値があるかは分かりませんが、他の星では価値があるとされる、まあ宝石です。」

 

 

それは、ラディッツが常備持ち歩いている非常用の資金源だった。けれど、カカロットにやることに憂いはない。

 

「は、そ、そんなの貰えねえよ!」

 

思わず突っ返そうとする悟空に、ラディッツは首を振る。

 

「いいんだ。子どもだって生まれてるし。これから、金がかかるだろう。サイヤ人はよく食べるから。それに、他の星でのことだけど、血筋に子どもが生まれると、祝いに金を払ったりするんだ。」

「でもよお・・・・」

「いいだろ。最後に、姉らしいことをさせてくれ。」

 

そう言って、ラディッツはあの夕焼けの微笑みを浮かべた。

それに、悟空は、ぴくりと反応した。

 

「最後って、どういうことだ?」

「・・・・・カカロット、私は、二度とこの星には来ない。もうすぐ、この星を立つ気だ」

「なんでだよ?チチにも会ってねえだろ?あいつ、喜ぶぞ?」

「・・・・そうだな。お前の相手には会いたかったけれど。無理だな。」

「なんかあんのか?」

「私は、ここにはいられないんだ。」

「どうしてだ?なんか、てえへんなことでもあんのか?ドラゴンボールで、なんとかなんねのか?」

「カカロット、最後に、お前には教えておかなくちゃならないことがある。」

 

悟空は、ラディッツの何か、異様な雰囲気にそう言った。けれど、ラディッツは悟空の言葉なんて聞いていないように、話し始める。

悟空は、やっぱり困り果てた様な顔でラディッツを見た。打ち解けて来た、姉が、唐突に言い出したことに混乱していた。

 

「・・・・きっと、教えない方がお前にはいいんだろうが。でも、分かっていた方が対処できる危険もあるだろう。自分のルーツっていうのは、時には面倒を起こすものだ。」

 

ラディッツはゆっくりと悟空から距離を取った。

 

カカロット、カカロット。

きっと、お前はこんなことを聞いたのなら、私や父さんや母さんのことを、嫌いになるかもしれない。

優しい、こんな場所で育ったお前は特にそうだろう。

・・・・嫌だなあ、嫌われたくないなあ。

でも、お前を連れてはいけない。そうして、自分は、あの場所から離れることは出来ない。

だから、さよならの準備をしよう。

 

「カカロット。サイヤ人のことを話そうか。」

 

ラディッツはそう言って、やっぱり夕焼けの微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「・・・・・サイヤ人というのは、宇宙一の戦闘種族だ。一族の皆は戦闘に長け、そうして、売れそうな星を略奪し、移住者に提供することを生業としていた。」

「りゃ、りゃくだつ?」

「・・・・もともといた星の人間を殺して、星を奪うんだ。」

「どうして、そんなことするんだ!?」

「どうして、か。そうだなあ。サイヤ人は戦うのが好きで。好きで、生活をしていくことと両立させようとして、そういうふうになっちゃったんだろうなあ。私は、なんでだろうなあ。それ以外に、生き方を知らなかったから、教えてもらえなかったからかな。」

「姉ちゃんは、悪い奴なのか?」

「・・・・そうだな。何人も、何人も、殺した。私は、悪い奴だよ。」

「でもよお、オラ、姉ちゃんがわりい奴って思えねんだ。」

 

悟空は、途方に暮れた様な気持ちになる。

ラディッツの言葉を信じるには、あまりにもその姉は、良くも悪くも善良さがあった。

それ以上に、信じられなかったのだ。

悟空は、話しているうちに、何となく、目の前の姉が弱いことを悟っていた。

いや、力量的な意味でなら、ラディッツはきっと悟空よりも強い。

けれど、悪徳を成すには、ラディッツの在り方は弱すぎた。

泣き虫には、悪をなすのは難しい。

 

ラディッツはそれに首を振る。

 

「いや、私は悪い奴だよ。幾人も殺して、幾つもの星を滅ぼした。サイヤ人とは、えてして、そう言うものだ。」

「・・・・・父ちゃんたちもか?」

「そうだな。父さんは、そう言った意味じゃあ、私よりも悪人か。でもな、カカロット。それでも、叶うなら、父さんと母さんのことを、嫌わないでくれ。生きてほしいって、確かに、お前にそう思ったんだ。」

 

悟空はそれに、泣きたくなる。

己にそっくりな父親という存在が、そんな悪い奴であったなんてことに少なからずショックを受けた。

いや、それよりも、自分がそんな恐ろしい種族の生き残りであることに驚いた。

本音を言えば、悟空はサイヤ人であることなんて否定して、地球人だと名乗りたいぐらいだ。

けれど、それを言うには、あまりにも目の前の姉は、善良なように見えて。弱く見えて。そうして、そんなこと言えば、またこの目の前の女は泣きだす気がして。

黙り込んだ、悟空に、ラディッツはぽんと頭を撫でた。

 

「・・・・・カカロット。私は、もう行く。お前は、このまま地球人として生きていけ。」

「え?」

「サイヤ人であることは、黙っていていい。いや、忘れていい。お前は尻尾も生えていないし。地球人でも誤魔化せるだろう。ただ、サイヤ人であることは知っていなさい。恨みなら、一生売り続けるぐらい売ってるからな。それで回避できることもあるだろう。」

「ね、姉ちゃん・・・・」

「さようならだ。カカロット。お前は、自由に生きていけ。何の憂いも背負わなくていい。サイヤ人としての業も、お前には無関係だ。お前には、姉はいない。悟空として、生きていけ。」

 

 

離れがたいと、悟空もそう思わないわけではない。

 

「姉ちゃんはここで暮らせねえのか?」

「無理だな。私の存在は補足されてる。逃げられない。」

「な、ならよ!オラが姉ちゃんにそんなことさせるやつぶっとばしてやる。」

 

その言葉に、ラディッツは顔をきょとりとさせたあとに、苦笑した。

 

「無理だよ。私の数百倍は相手が強いから。」

「いっ!?」

 

驚いたような声にラディッツは笑う。

 

「想像できるか?」

「できねえ。姉ちゃんの数百倍、か。ちょっと怖くなる。」

 

でも、会ってみてえな。

 

その言葉は、ラディッツにとってどれ程嬉しく、誇らしかったろうか。

 

(ああ、さっきまで強くならなくてもいいなんて思ってたのに。)

 

今、ここで、それでも、強さを求める弟が誇らしかった。

だから、その台詞を言わずにはいられなかった。

 

「…カカロット、強くなるんだよ。」

「え?」

 

奪うためではなく、勝つためでなく、強くなるために戦い続ける、サイヤ人。

ラディッツには、もう、遠すぎる理想だ。

 

ラディッツの静かな声に、悟空は、迷うように視線をウロウロさせて、そうして、幼子のように頷いた。

 

「・・・・カカロットって名前、覚えとく。」

「そうか、ありがとう・・・・・」

 

震えた声を誤魔化す様に、ラディッツはまた、悟空から距離を取った。

 

「さようならだ。本当に、さようならだ。カカロット、幸せにな。」

 

遠ざかっていく姉を、悟空は引き留めようとする。

ラディッツにこれ以上ひどいことをしてほしくなかった。

けれど、ラディッツはそれを振り払おうとした。

その時、けたたましく、ラディッツのスカウターが鳴った。

通信相手の名前を見て、ラディッツは咄嗟にそれを取る。

 

「・・・・・ベジータ、何の用ですか?」

「いやな、ラディッツ。面白い話をしてると思ってな。」

 

弟を見逃す気か?

 

それにラディッツは自分が、何か、ひどい間違いをしていたことを悟った。

 

 





めちゃくちゃ今回は長くなりました。

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