泣き虫なサイヤ人   作:丸猫

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これから、一話の平均的な文字数、一万ぐらいになるかもしれませんがご容赦ください。
つい引き延ばす癖を直さねば。


地獄に落ちるは自分だけ

 

 

「・・・・・・なんのことですか?」

 

その声は、驚くほどに平淡だった。けれど、ラディッツの頭の中ではアラームが鳴りっぱなしであった。

ラディッツは、スカウターに対してあまり気をやっていなかったのは、絶対的な事実があるせいだった。

 

ベジータとナッパは、ラディッツに対して無関心である。

それは、彼女が弱者である限り変わらない。もちろん、二人ともラディッツとは長い付き合いだ。それ相応で、話もする、互いのことを知っている。

けれど、ベジータとナッパから、わざわざラディッツに対して関心を向けることがない。何よりも、わざわざスカウターを外していたほうがおかしな感繰りをされるのではという考えのためだ。

 

『ふん、とぼけるな。お前、サイヤ人である弟をそのまま地球に残す気だろう。』

「・・・・弱いサイヤ人なんて、あなたは嫌いでしょう。連れて帰った方がずっと迷惑なはずです。」

 

そんな強気な発言が出たのは、理解していたからだ。

ベジータは、わざわざラディッツの嫌がらせのために、辺境の星である地球にやって来るような手間なんぞしないと。

ベジータにとって、ラディッツは、いれば便利で在り、いなくなればそれだけだったと忘れられる存在だ。少なくとも、ラディッツはそう思っていた。

そんなことをする前に、ベジータはもっと歯ごたえのある星への任務を選ぶだろう。

それは、ラディッツがよく知っている。

ラディッツが憧れる、強さを求め続けるサイヤ人として在り方を、ベジータは全うしている。必ず、ベジータは悟空のことを捨て置いてくれると、確信していた。

 

『そうだな。確かに、お前の弟なんぞに興味はない。』

「・・・でしょうね。私も、この子には二度と関わる気はありません。あなたにとっては所詮は、下級戦士でしかない。」

 

交わることのない存在を、ベジータは気にも留めない。それは、ナッパにもいえることだ。

 

『わざわざ、お前の嫌がらせのためにそんな辺境の星に行く気はない。弟のことは好きにしろ。』

 

その言葉に、ラディッツは、ほっと息を吐く。そうして、ラディッツは自分の異様な雰囲気に心配そうな視線を向けて来る弟を見た。

そうして、宥める様に微笑んだ。

 

大丈夫。

 

ラディッツはそう思った。

このまま、悟空は、この星で朽ちていく。死んでいく。

フリーザのことも、ベジータのことも、全部知らずに、生きていく。

それでいい。

こんな星で強くなることは、非常に難しいだろうが。それでも、死ぬよりましだ。

生き延びることこそが、父と母、そうして自分が彼に求める唯一だ。

 

『だがな。弟以外に、俺たちとしては気になることがあるんだ。』

 

その幻想を、ベジータはひどく気軽な声音でぶち壊した。

 

『ドラゴンボール、というものがあるそうだな?』

「・・・・なんですか、ベジータ。そんなお伽噺を信じるなんてらしくない。」

 

わざと、呆れた声を出した。ばくばくとなる心臓に、息が荒くなりそうになる。

 

『いや、お伽噺の可能性は低いだろうな。』

「何故ですか?」

『お前、覚えてるか?前に、ナッパの奴が星の情報を上に渡し忘れて、お前嫌に怒り狂ってただろう?その時、お前、言ったよな。今度から、情報は自分がスカウターに記録するって。』

「言いましたが。それがどうかしたんですか?」

『あったんだよ。その中の画像に、ナメック星人のものが。』

 

ラディッツは、それにぶわりと冷や汗が広がった。

ベジータの言ったことで、スカウターが新しく見た種族を自動的に記録していたことを思い出した。それだけならよかったのだ。

けれど、侵略時の情報収集のために、ベジータとナッパにもファイルへのアクセス権がある。

ナメック星人という言葉には、覚えがある。宇宙では有名な一族で、戦闘力が高く、且つ、魔法使いのような不思議なことを起こすことができると。

その言葉に、ラディッツは、自分がカカロットと間違えたやけに顔色の悪い男を思い出した。

 

とがった耳、血色のいいとは言えない肌。

 

(確かに、特徴としてはあってる。ターバンのせいで、触覚があるかは分からなかったけれど。)

 

ラディッツはそこまで思って、いそいで否定の言葉を口にした。

 

「ただの、顔色の悪い人間でしょう?だいたい、触覚だってなかった。」

『見えなかっただけだろう。』

「それだけで、わざわざこんな辺境の惑星に来なくてもいいでしょう?」

『いや、それだけじゃない。お前が送って来た画像の地球は、なかなかに環境の良さそうな星じゃないか?』

 

高値で売れそうだ。

 

言われずとも、スカウターの向こうのベジータが言いたいことは分かった。長い間、地上げ屋をやっていたラディッツも、地球の価値は何となしに察していた。

息を飲んだ、ラディッツに、ベジータは何の気なしに言った。

 

『お前も手伝え。そうだな、俺たちが着くころにドラゴンボールを探しておけば、弟の命ぐらいは助けてやってもいいぞ?』

 

貴様は、サイヤ人なのだから。

 

そう言って、通信が切れた。

 

 

 

 

ラディッツは、スカウターから手を離し、だらんとぶら下げた。悟空は、姉の様子になにかただならぬものを感じた。

 

「・・・姉ちゃん?」

 

恐る恐る、悟空は姉を呼んだ。ラディッツは、それに悟空へ視線を向けた。

 

どうする?

 

心配そうな弟の顔に、ラディッツが思ったのはそれだ。

 

(ベジータと、ナッパがここに来る?)

 

ドラゴンボールを目当てに来るのなら、別にいい。どんな願いをしても、ラディッツが気にすることはない。ラディッツは、ついて行ける所まで、二人の後を追うだけだ。

けれど、二人はこの星を、侵略する気だ。

この星を?

カカロットがいる、カカロットの家族の居る、友人の居る、師の居るこの星を?

 

ラディッツは、茫然と、目の前の弟を見る。

荒くなる息を、堪えられずに、ラディッツは叫ぶように言った。

 

「カカロット、君の、悟飯の母親はどこにいる?」

「チチか?パオズ山だけど。行くの、遅らせるのか?」

「違う、すぐに連れて来るんだ。」

「ど、どうしたんだ?」

 

「ベジータとナッパが来る・・・・・」

 

「べじ、な?なんだそれ。」

「・・・私とお前以外の生き残りだ。」

「サイヤ人のか?」

「・・・・・・ああ。」

 

悟空は、ラディッツの様子に、それがけして良い意味のことではないと察した。

 

「なんか、悪いことでもあんのか?」

 

ラディッツは、それに堪える様に目をつぶった。そうして、震える声で、呟いた。

 

「・・・・・この星を、侵略に来る。」

 

ラディッツは、悟空の罵倒や責め立てる言葉を覚悟に言葉を続けた。

 

「・・・・今までの、ことが、全てベジータたちに聞かれていた。二人は、ドラゴンボールを目当てに、やって来る。それに加えて、この星は、高値で売れる。だから、侵略に。私の、せいで。」

「・・・・そいつら、つええんか?」

「強いなんてものじゃない!戦闘力だけで言えば、ナッパは私の約三倍!ベジータは、私の十倍は強いんだぞ!?」

「いつぐらいに、来るんだ?」

「・・・・あと、一年後に。」

 

ラディッツは、スカウターで二人の位置を割り出し、大体のかかる年月を告げた。

 

「そうか。」

「そうだ。時間がない。」

 

はやく、早く、カカロットと悟飯、そうしてチチという相手を逃がさなくてはいけない。ラディッツは、素早く、三人を逃すための計画を考える。

 

(・・・宇宙船は、私と、あと、おそらくカカロットの乗って来たアタックボールが使えるはずだ。だが、さすがに四人はきつい。近くの星で、宇宙船を調達して。)

 

「おっし!なら、さっそく修行しねえとな!」

「は?」

 

思わずそんな言葉が漏れ出た。そんなことも気にせずに、悟空は宙を見た。

 

「姉ちゃんよりも、何倍もつええやつなんだろ?なら、やっぱりオラは戦ってみてえ。」

「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ!?」

 

ラディッツは悟空に詰め寄り、彼の肩を掴んでゆすぶった。

 

「分かってるのか!?勝てるわけない。お前の戦闘力は四桁にさえなってないんだぞ!?それを、修行の一つで、しかも、一年だけで超えられるわけがない!!」

 

逃げるんだ。

 

ラディッツは、縋る様に悟空に言った。悟空は、姉の泣きそうな顔をじっと見る。

 

「・・・姉ちゃん、オラは。」

 

そこで外の騒がしさを心配したのか、悟飯たちが家の中から出て来た。

 

「どうしたのよ、そんなに騒いで。」

 

悟空はブルマたちを見ると、ラディッツの手を肩から外した。そうして、ゆっくりと四人に近寄る。

 

「・・・・みんな、聞いてほしいんだけどよ。」

 

そうして、悟空は、これから二人のサイヤ人が地球にやってくることを伝えた。

 

「な、なんですってええええええ!?」

「じゃ、じゃあ、悟空より強い姉ちゃんよりもはるかに強い奴らが来るってのか?

「そう言うことだな。」

「ちょっと!なんてことしてくれてんの!」

 

ブルマはひどい剣幕でラディッツに怒鳴る。ラディッツは、それに項垂れて、黙ってそれを受け止めた。悟空は、それに慌てて、割って入る。

 

「おい、ブルマ。姉ちゃんのことあんまり責めてやらねえでくれよ。わざとじゃねえんだから。」

「わざとじゃないで済む問題!?」

「そうだよ、悟空、どうするんだ!?」

「まあ、安心しろよ。オラが倒してやっから!」

 

あっけんからんとした悟空の言葉に、その場にいたラディッツ以外の全員が呆れた顔をする。けれど、すぐに、力が抜けた様な笑みを浮かべた。

 

「・・・・ま、大丈夫だな。悟空だし。」

「そうねえ。」

 

何となく弛緩したような空気に、ラディッツが叫ぶようにった。

 

「何を言ってるんだ!?」

 

ラディッツはその弛緩したような空気の中に飛び込み、再度悟空の肩をゆすぶった。

 

「勝てるはずがない!カカロット、逃がしてやるから!だから、この星から逃げるんだ!」

 

ラディッツの身勝手な言葉に、ブルマたちが不機嫌そうに顔を歪めた。けれど、それよりも前に、悟空がやんわりと、その手を取った。

そうして、柔らかな声で、ラディッツに囁いた。

 

「ごめんな、姉ちゃん。でもよ、ここがオラの故郷なんだ。」

 

ラディッツの瞳が大きく見開かれた。

 

「だから、オラたちだけ逃げらんねえ。オラ、ここで育ったからな。それによ。」

 

そんなつええやつとなら、ぜってえ戦ってみてえんだ!

 

悟空はそう言って、キラキラとした目でどことも知れない宇宙を見上げた。

それに、その場にいた者全員が、ああ、いつも通りだと呆れた。

ラディッツはそれに、少しの間黙り込んだ。

彼女は、ぼたりと涙を垂らしながら、うっすらと微笑んだ。

悲しそうな、それでも確かに柔らかで、優し気な微笑みだった。

それに、少なくとも、亀仙人以外は確かに彼女が自分たちに協力してくれると確信した。

そう、亀仙人以外は。

 

彼は、少なくとも数百年生きた経験から、彼女の黒い瞳の中にどろりと停滞した何かを見つけた。とっさに叫んだのは、ほとんど無意識であった。

 

「悟空、逃げろ!!」

「え?」

 

どご!!

 

打撃音が、周りに響いた。

悟空は己の腹部に叩き込まれた衝撃に、かはと喘いだ。口から飛び出した空気と唾液が見えた。そうして、自分の腹に拳を叩き込んだ存在を見た。

 

「ね、ちゃ・・・・・」

 

だらりと崩れ落ちた体を、ラディッツは抱えた。

 

「・・・・お前は、優しい子だね。でも、すまないなあ。私は、それを赦せない。」

 

ラディッツのしたことに、皆が茫然としている中、ラディッツはちょうど父親に駆け寄る形になっていた悟飯に手を伸ばした。そうして、彼を攫うように持ち上げると、亀仙人たちに背を向けた。

 

「お、おばさん?あの。」

 

悟飯は、始終無言のラディッツに怯えを見せるが、彼女は気にすることも無い。

飛び去ろうとするラディッツに、ブルマが叫んだ。

 

「ちょっと!孫君と悟飯君をどこに連れてく気!?」

「・・・・他の星に逃がします。」

「そ、それじゃあ、地球はどうなるんだよ?」

「一年後に、ベジータたちに滅ぼされるでしょう。」

 

あくまで淡々としたラディッツに、怒りの籠った視線が注がれた。そんな中、亀仙人がやけに穏やかで静かな声を出した。

 

「・・・・・そんなことをすれば、確実におまえさんは悟空に嫌われるぞ?」

 

それに、ラディッツの動きが止まった。亀仙人は、悲しそうにその後姿を見ていた。

 

「悟空は純粋じゃ。それゆえに、姉であるお前さんを憎むことになれば、相当に苦しむじゃろう。お前さんとて、苦しいはずじゃ。せっかく会えた弟なんじゃろ?悟空は、必ず強くなる。だから、信じてやってくれんか。悟空が勝つことを。」

「・・・・だから、何だっていうんですか?」

 

ラディッツはゆっくりと振り返る。その涙は、膨多の滴のように溢れていた。けれど、その瞳はまるで黒いガラス玉のように黒く、深い。

 

「勝つ?こんな平和な星しか知らない子が、どうやって勝てるっていうんですか?相手はこの子の数倍の力を持ち、おまけに日々戦いに明け暮れるプロですよ?元より、積み上げたものが違う。それで、この子が死んでしまったら、私は耐えられない。嫌われることもよりも、憎まれることよりも、この子が死んでしまうことが、耐えられない!」

 

可愛い、私の、宝物、カカロット。君が、君を生かすことができるのならなんだってしてやる。

例え、お前の、誇りも、思い出も、つながりも、故郷も、全てを踏みにじっても。お前を生かすことができるなら、それでいい。

 

その声は、まるで血を吐くような壮絶な感情を秘めていた。

湯だった、焼けつくようなその声に、皆が圧倒される。

 

ラディッツは、じっと亀仙人を見た。

 

「憎まれることにも、嫌われることにも、慣れています。私たちはそんなものだから。私の足もとには、幾多の死体と滅びが積まれています。憎まれたっていい。私は、それでも、この子を、守れれば、生きてさえ、くれれば。私は、悪党以下にだって落ちてやる。」

 

守るのだと、約束したから。

 

ラディッツは、それに、ただ、ただ、ぼたぼたと涙を垂らして、狂おしいほどの絶叫の中で亀仙人たちを見ていた。

それに、言葉を喪う。

目の前の存在は、自分たちとは違うどこかで生きていたのだと、空気で感じ取れたのだ。

ラディッツはまた、三人に背を向けた。

 

「・・・・叶うなら、憎むならば、私を憎んでください。」

 

ラディッツはそう言い捨てると、その場から飛び去った。

 

 

 

 

 

悟飯は自分が下ろされたクレーターでおろおろと困り果てていた。

カメハウスから飛び去り、ラディッツは適当な平地に降りると、何かの機械を操作した。そうすると、どこから玉状の何かが落ちて来た。

それは、何かの乗り物の様で、ラディッツはそれに気絶した悟空を押し込めていた。そうして、次にラディッツは悟飯に顔を向けた。

 

「おばさん?」

 

悟飯は、不思議と冷静であった。会話も少なく、情報も殆どないため自分が陥った状況が理解できていなかったが、それでも目の前の優しい伯母を恐れる理由はなかった。

幸いにも、ちょうど悟飯の目にはラディッツが悟空を殴った瞬間が入っていなかった。

ただ、叔母の切羽詰まった様子に、不安感があるのは確かだったが。

 

「あの、どうしたんですか?みんなと、なにかあったんですか?」

「・・・・悟飯、もう一度、顔を見せてくれるか?」

 

質問に答えてくれることはなかったが、ラディッツの言葉に悟飯は頷く。ラディッツは、悟飯の顔に手を添えて、じっと眺めた。

 

「・・・・お前も、大きくなったら、父さんそっくりになるのかなあ。」

「お父さんに、ですか?」

「そうだな、あと、お前の祖父ちゃんにも似るだろうなあ。」

「おじいちゃん?おとうさんのおとうさんですか?」

「ああ、そうだ。」

「どんな人ですか?」

 

何となしの好奇心によるものだった。母方の祖父は全くと言っていいほど似ておらず、そんなにも似ているという父方の祖父に興味を持ったのだ。

ラディッツは少しの間沈黙した後に、震える声で答えた。

 

「厳しい人だった。厳しくて、それでも仲間に慕われた人でな、そうして、強かった。幼い私にとって、父はこうなりたいという、理想だった。」

 

ラディッツはそう言って微笑み、そっと悟飯の頭を撫でた。

 

「悟飯、君は強くなるんだよ。」

「え?」

「大丈夫。お前は誇り高いサイヤ人であり、そうして、カカロットの息子で。バーダックの孫なんだ。お前は、きっと強くなる。」

 

悟飯は、一瞬だけ学者になりたいと口にしそうになったが、ラディッツの口調があまりにも願う様な、寂しいものであったから。

思わず、黙り込んでしまった。

 

「強くなって。そうして、お前さんも、自由に生きていけばいい。生きられれば、それだけでいいんだがなあ。」

「あの、おばさん、本当にどうしたんですか?」

 

悟飯の質問に、ラディッツは誤魔化す様に微笑んで、悟空と同じようにその丸い機械の中に入れた。

悟空の膝の上に悟飯を座らせると、ラディッツは無言でハッチを閉めた。

 

「おばさん!?」

「・・・・悟飯。私はこれから、君からたくさんのものを奪う。だから、憎みたければ、憎めばいい。大丈夫だよ、私の宝物。」

 

絶対に、君たちだけは生き延びるんだ。

 

ハッチに着いた窓にラディッツは両手をついた。

 

「おばさん!?ねえ、本当にどうしたの?」

 

その手と悟飯の小さな手が重なる。

ラディッツはそれに、何も言わなった。ただ、やけに目に残る柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

ラディッツは、アタックボールから離れて、必死に歯を噛みしめた。

泣き叫んでしまいたかった。泣き叫んで、へたりこんでしまいたかった。

 

会いになんて、こなければよかったのに。

 

そうすれば、こんなことにならなかった。カカロットの日常を、友を、師を、当たり前を、奪わなくてよかったのに。あの子は、何も知ることなく、ただ、この平和な世界で、朽ちていけたのに。

きっと、当たり前のように、この成長を見守り、働き、老いて死んでいけたのに。

 

全て、ラディッツが奪った。ラディッツが、壊そうとしている。それでも、それでも、ラディッツには分かっていた。

それでも、ラディッツは、カカロットに会いたかった。

たった一人、たった一人だけ残った、ラディッツの家族。

生きるよすがないわけではなかった。けれど、生きたいと願える希望はたった一つだけだった。

幸せであると見届けたかった。生きているのだと、確信が欲しかった。もしも、死んでいるのなら、弔いをしたかった。

ただ、それだけだったのに。

今になっても、ラディッツはベジータたちを恨む気はなかった。

恨む資格も、ラディッツにはない。全ては、ラディッツだってやってきた。今のように、誰かの何かを奪い続けてきたのだ。

自分の番で、わめきたてる気はない。それでも、カカロットだけは、奪われたくなかった。カカロットには、奪われまいと抵抗する権利があるのだと、信じていた。

 

寂しい、寂しい、苦しい、悲しい。カカロットに嫌われるという事実に、心が軋みを上げる。けれど、これでいい。自分には相応しい罰だ。

平和に暮らしていたカカロットの生活を壊した、自分への罰だ。

地球で暮らしていた誰かのための、罰だ。

人を殺すことも、奪うことも好きではなかった。けれど、慣れていた。慣れていたのに、心が痛い。

せめて、せめて、奪うしかないサイヤ人でも、ここからだけは何も奪いたくなかったのに。

 

死ぬ覚悟なんて出来ている。それは、サイヤ人なら、当たり前のように、いつか血と泥にまみれて、ずたずたになって死んでいくのだと分かっていたから。

戦いの中で、最期まで血に濡れて足掻くことが、自分に与えられた唯一の、サイヤ人としての栄誉だった。

だから、もしも、ラディッツは犠牲になって何もかも大丈夫なら、死んだってよかった。けれど、確信を持って言える。

ラディッツが死んでも、二人を止められない。そうして、カカロットは二人へ抵抗して死ぬだろう。

それだけは、耐えられない。それだけは、耐えられないのだ。

 

 

(・・・・適当な、環境の整った星の市民権でも買おう。)

 

皮肉なことに、ラディッツは三人の身内を養っていけるほどの資金があった。

フリーザ軍は確かにフリーザの気まぐれで死ぬこともあるが、金払いは異様に良かった。命がけの忠義を求める分には、やり遂げた分の金は支払われていた。

ラディッツはサイヤ人だ。おまけに、フリーザの覚えめでたく、任務が逐一入れられるベジータの側近もやっている。

金はその都度、せっせと彼女の口座に入れられていた。おまけに、彼女は無駄な器用な性質で技術職の雑用も頼まれており、その分の手当ても入っている。

かと言って、戦闘が娯楽のサイヤ人の彼女が金の使い道があるわけも無い。おかげで、十分といえる資金が貯まっている。

 

(・・・・・まあ、ベジータやナッパの方が貯まっているだろうけど。)

 

フリーザは、星を売るというビジネスをしているが、彼自身あまり商売人というわけではない。というか、彼ほどの強さを持つならば、わざわざビジネスをせずとも、帝国を築けるだろう。それでも、彼が一介のビジネスというものをしているのは、ある種の暇つぶしを兼ねているのではないかと、ラディッツはよく考えていた、

 

全てが彼に従えば、それこそ力を振るう瞬間がなくなってしまう。

何よりも、彼のビジネスは少々先が見えすぎている。

これからも星は生まれるだろう。人が生きることのできる星は。けれど、星を買うほどの知能や資金を持った人は限られすぎている。

彼は、そういった侵略行為を繰り返すことで、自分の力をゆっくりと見せつけているような気がする。

 

(・・・・この商売に先が見えたら、フリーザはどうするのか。)

 

ラディッツは、考えても仕方のないことに背筋を震わせた。そうして、クレーターから上がる。

 

(ともかく、チチという人を探さないと。)

 

ぴこーんと、スカウターが震えた。それに、その方向を見ると、それは、ラディッツが見たナメック星人の姿だった。

 

 

 




腹に広がる鈍い痛みに、顔が歪んだ。それでも、狭い中に広がる息子の慌てた声に、意識が少しだけ呼び戻された。

小さな姿が、狭い中で唯一外と繋がる窓に縋っている。窓には、縋りつくように泣きそうな顔をする女がいた。

「・・・・・生き延びるんだ。」

掠れた意識の中で、その言葉だけを拾った。息子は、不安そうに、窓に着いた女の手に窓越しではあるが己の手を添えた。
大きな手を重なる、小さな、手。

どこかで、みたことがある。
遠い昔、覚えてないほど、昔、みたことがある。
ずっと、自分の中には、砕け散った絵があった。けれど、それをわざわざ組みたてる意味も、意識もしなかった。
じいちゃんや、クリリンや、ブルマたちがいたから、そこに向けるほどの意味はなかった。
けれど、その瞬間だけは、砕け散った絵たちが、自ら組み上がっていく。

カカロット、満月の夜は月を眺めるなよ。
この事はラディッツにも伝えておく。頑張って生きるんだよ!後で必ず迎えに行くからね!

そう言った、そう言ってくれた。自分を、心配していた。何か、祈る様に、じっと自分を見ていた。

知っている、その目を、その言葉の裏にある感情を、自分は知っている。ほんの少しの、邂逅で。ほんの少しのふれあいで。
名前だって知らないのに。それでも、自分がきっと、悟飯に向ける瞳によく似た目で、自分を見ている、二人。
自分によく似た、男。そうして、今、外から自分たちを泣きそうな顔で見ている存在によく似た女。
ああ、そうだった。
ただ、ふと、思った、心から、思った。
自分は、孫悟空だ。それ変わらない。
けれど、確かに自分は、カカロットでもあったのだと。
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