ぼっちが異世界から来るそうですよ?   作:おおもり

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だいぶ遅くなってすみませんでした。
今回はちょっとおかしな日常回となっております。


やはり、春日部耀の努力はどこかおかしい

「あ…飛鳥、止まって」

 

 短く呟くと、耀と飛鳥は物陰に隠れる。

 そして、物陰から少しだけ顔を出し、様子をうかがう。

 そんな彼女たちの視線の先には、周りを警戒して見回す八幡がいた。

 見て分かる通り、彼女たちは現在、八幡をストーキングしていた。

 その理由は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 その日、耀はエリアたち姉妹の部屋を訪れていた。

 

「はぁ…マスターのことを知りたい、ですか?」

 

「うん…」

 

 神妙に頷く耀にエリアは「そうですか…」と考える素振りを見せ、他の姉妹に耀に聞こえないよう精霊の力を使い話しかける。

 

(…どう思いますか?)

 

 エリアの問いかけに最初に答えたのはウィンだった。

 

(私は構いません。耀さんは多少周りを顧みないところがありますが、同じコミュニティの同士としても、私たちの主の同士としても、十分に信用できると思います)

 

(そう、ヒータは?)

 

(私も耀さんは信用できると思います)

 

(…いいでしょう)

 

「……?」

 

 互いに頷き合う姉妹たちに、何をやっているのかわからない耀は、首を傾げる。

 そんな彼女にエリアは真剣な面持ちで口を開く。

 

「マスターのことを話すのは構いません。ですが、なぜマスターのことを知りたいのでしょうか?」

 

「八幡とちゃんと友達になるため」

 

 真剣な顔で言う耀にエリアは不思議そうな顔をする。

 

「友達…ですか。ですが、マスターと耀さんは“ノーネーム”という同じコミュニティの同士です。その関係では不服だと?」

 

 エリアの問いに耀は首を横に振る。

 

「ううん、そういうわけじゃない。私はこの世界に友達を作りにきた。動物だけじゃなくて人間の。だから、私は同じコミュニティにいるからには、八幡とも友達になりたい。それに八幡は、『友達』にすごく強い想いがあるみたいだから…だからこそ、私は八幡と『友達』になりたいって思う。そのためには、まずは八幡のことをもっと知る必要があると思う。だから、八幡の近くにいるエリアたちの話が聞きたい」

 

 耀の話を聞いたエリアはしばらく黙ったまま耀を見て、僅かに頷く。

 

「……わかりました。そういうことでしたら、私たちに話せる限りで話しましょう」

 

 エリアの言葉に耀は安堵する。

 

「そっか、ありがとう」

 

「いえ、それで耀は、マスターの何について知りたいんですか?」

 

 耀は真剣な面持ちで少し間をあける。

 

「……………エリアたちは、八幡のこと…どう思ってる?」

 

「「「……え?」」」

 

 耀の言葉にエリアたちが固まる。

 

「すみません、耀さん。ちょっと待っていただけますか?」

 

「あ、うん」

 

 エリアたちは耀から少し離れると、また耀に聞こえないように精霊の力を使い相談する。

 

(これはどういう意味でしょう?)

 

(私にはわかりません。これが御主人様の言うところの『フラグ』というものでしょうか?)

 

(でも、さっき耀さん『友達』になりたいって言ってたよ?)

 

(どうでしょう…。本人が自覚していない、という可能性も否定できないですよ)

 

(私たちそういう経験ないしね…)

 

(とりあえず、当たり障りのないように確認して、その後様子見というのでどうでしょう?)

 

(それが妥当でしょうね)

 

(うん、私もそれでいいと思う)

 

 相談が終わり、エリアは神妙な面持ちで、念を押すように訊く。

 

「それは…マスターを人間的にどう思ってるかということですか?」

 

「え? …うん、そうだけど」

 

(((…セーフ!)))

 

 耀の答えに、エリアたち姉妹は内心で安堵する。

 

「…どうかした?」

 

「い、いえ!? な、なんでもありません! それよりも、マスターのことでしたね」

 

 訝しむ耀にエリアは誤魔化すように話を戻す。

 エリアは気を取り直すように、少し息を吐くと口を開いた。

 

「やはり、私たち姉妹にとっては『恩人』というのが、一番適切な表現でしょうね。マスターがいなければ、私たちはあの暗い洞窟で眠ったままでしたから…。それにマスターは素直ではありませんが、とてもお優しい方です。御爺様があの方に強要したギフトゲームのことも、先日お許ししてくれました。ですから、私たちは…あの方の支えになれたらと思っています」

 

「…そうなんだ」

 

 耀は彼女たちの想いが彼女たち自身の確固たる意志であることが感覚的にわかった。

 

「……むぅ」

 

 そして、耀は先日アリスに八幡の記憶を見せられた時と似たような感情を覚え、反射的に胸を抑える。

 

(………またか。やっぱり、羨ましいな)

 

 耀は、エリアたちと八幡という主従を少し羨ましく感じた。

 八幡は否定するであろうが、彼らの間には、とても強い繋がりがある。特に先日のアリスの一件から、エリアたち姉妹の八幡に対する忠誠心と信頼は前にも増して、並々ならぬものであった。

 そんな彼らのような確固とした関係を耀は求めていた。

 自分も八幡と『友達』として、そうなりたいと。

 そのためにも、耀は彼女たちの話をもっと聞きたいと思った。

 だからこそ、訊くべきことではないと思いつつも、つい嫌な言葉が口に出てしまった。

 

「でも、エリアたちって八幡に縛られてるんだよね?」

 

「……ッ!? ……そうですね。否定はしません」

 

 エリアは耀の言葉に動揺しつつも、否定はしなかった。なぜなら、それは一つの側面から見た真実だからだ。

 たしかに、結果的に八幡はエリアたち姉妹を彼女たちが眠っていた洞窟から解放した。だが、押し切られた形とはいえ、八幡はエリアたちという“ギフト”を所有していることになっている。

 つまり、ある側面からいえば、エリアたちは縛られる場所が洞窟から八幡に移っただけともいえるのだ。

 エリアは少し目を瞑ると、すぐに目を開きようを真っ直ぐ見据える。

 

「たしかに…私たち姉妹はマスターの所有物となったことで私たち自身のギフトには使用制限がかかりました。耀さんの思う通り、不便もあります。ですが…」

 

 エリアは言葉を切ると、ちらっとウィンとヒータの方を見て、再び耀の方へと向き直る。

 

「今は…その不便さも心地いいものですから」

 

「……そうなんだ」

 

 耀はどこか誇らしげに言うエリアや苦笑するウィン、恥ずかしげなヒータに先ほど感じた羨望の他に自身にもよくわからない、もやもやとした感情を感じていることに気づく。

 自分では、この感情が何なのか、どう表現したらいいのか、耀にはわからなかった。

 ただ、今の気分は耀自身にはあまりいいものではなかった。

 

「…耀さん、どうかされましたか? 顔色がよろしくないようですが…」

 

 耀の様子が変わったことを察したのか、エリアは心配そうな顔で耀を見る。

 

「……ッ! 大丈夫、何でもない。三人とも話してくれてありがとう」

 

 それだけ言うと、耀はすぐに踵を返し部屋を出ていった。

 残されたエリアたち姉妹は顔を見合わせる。

 

「私たち、耀さんに何か不快な思いをさせてしまったかしら?」

 

「いえ、たぶんないと思いますけど…。ねぇ、ヒータ?」

 

「うん。私もそう思う。でも、耀さん大丈夫かな?」

 

「一応、後でそれとなくレティシア様やアリスに訊いてみましょう」

 

「そうですね。それが妥当でしょう」

 

「じゃあ、まずは…」

 

 姉妹たちはお互いの顔を見合わせると口を揃える。

 

「「「自分の仕事をしましょう」」」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 エリアたち姉妹の部屋を後にした耀が次に訪ねたのは小町の部屋だった。

 

「兄のことですか?」

 

「…うん。小町から見た八幡でいいから、わかることを教えてほしい」

 

 耀の申し出に、小町は首を傾げる。

 

「兄のことを知りたいって…また、突然ですね。一体、どうし……も、もしかして!?」

 

 小町はハッとしたような顔をすると、考え込む素振りをする。

 

(前の時にフラグが建ってるような気はしてたけど、まさかこんなに早いなんて…やるな、お兄ちゃん)

 

 これはチャンスとばかりに、小町は意気込み始める。

 

「……え、こ、小町?」

 

 対して耀は、小町がいきなり機嫌を良くしたため、やや困惑気味になっていた。

 

「大丈夫です、耀さん! 小町に何でも聞いてください!」

 

「あ、ありがとう。それじゃあ、八幡と小町の元の世界ってどんなところ?」

 

「特に変わったところがないですね。ええっと…たしか、耀さんって私たちより未来の時代にいたんですよね?」

 

「うん、そのはず」

 

「だったら、技術的には違うところがあるでしょうけど…後は何が違うんでしょう?」

 

「…どうなんだろう」

 

 質問が漠然としすぎたため、小町と耀は揃って首を傾げる破目になってしまった。

 

「じゃあ、二人は休日は何してたの?」

 

「小町は受験生でしたから、基本は勉強ですね。兄は朝にスーパーヒーロータイムを見て…それで、プリキュア見て泣いてます」

 

「…そうなんだ」

 

(プリキュアって何だろう…?)

 

 幸いというべきか、不幸にもというべきか、耀はプリキュアを知らなかったので、ドン引きするようなことはなかった。そして、耀の疑問を解消しないまま、小町の話は続く。

 

「後は、読書したり、ゲームしたり、勉強したりですかね」

 

「……あれ? 友達と遊びに行ったりしないの?」

 

 耀の素朴な疑問に小町の顔が若干引きつる。

 

「いえ…兄に友達は基本いないですね。どっちかっていうと、約束するより、偶然会った知り合いとそのまま遊ぶとかのほうが多いらしいですし…」

 

「そうなんだ…。八幡の知り合いってどんな人たち?」

 

 小町は元の世界の八幡の知人を思い出しながら口に出す。

 

「そうですね、まずは、同じ部活の雪乃さんと結衣さん。後、同じクラスの戸塚さん。兄と仲のいい中二さん。小町の友達の大志君のお姉さんの川……川何とかさん。雪乃さんのお姉さんの陽乃さん。後は、部活の顧問の平塚先生ですかね」

 

 若干、名前の怪しい人物もいたが、思いつく限りを指折り数えていく。

 

「その友達じゃない人たちと普段どんなことしてるの?」

 

 耀の質問に、小町は少し困ったように苦笑する。

 

「雪乃さんや結衣さんはともかく、他の人と兄が何してるかはよく知りませんね」

 

「そうなの?」

 

「はい。小町の知ってる範囲内だと、戸塚さんや中二さんとはゲームセンターで遊んだり、ラーメンを一緒に食べたことがあって…あ、ラーメン食べに行ったっていうなら、平塚先生もそうですね」

 

「他の人たちとは遊びに行かなかったの?」

 

「陽乃さんや川何とかさんと遊んだっていうのは聞きませんね。あ…でも、川何とかさんは兄と塾が同じですね。それでも、遊びに行くとかはないみたいですけど…」

 

「後の二人は?」

 

「後の二人は…ちょっと特別ですね」

 

「……特別って?」

 

 耀が訊き返すと、小町は言うのを躊躇うような素振りを見せる。

 

(うーん。これは言っちゃっていいのかなぁ…。お兄ちゃんはこういうの話したがらないだろうし、適当にぼかしといたほうがいいかなぁ)

 

「えっとですね、雪乃さんと結衣さんは兄と同じ部活の人なんですけど…」

 

「奉仕部だっけ?」

 

「あ、そうです、そうです。…って、あれ? 耀さん、なんで知ってるんですか?」

 

「え? いや、その…(アリスから)教えてもらって…」

 

「え、そうなんですか? まさか、あの二人のことを(兄が)教えるなんて…」

 

 話の一部が食い違っているが、互いに重要な部分を省いたせいで、相手にそれが全く伝わっていなかった。

 

「ただ、(アリスからは)ボランティアみたいなことをしてる部に入ってるってことぐらいしか教えてもらってないんだ」

 

「なるほど…。そうですね…雪乃さんは親で言うと、教育ママタイプですかね。結衣さんは…良妻賢母タイプ? 小町的にはどっちもゆくゆくはお姉ちゃんにしたいかなぁ…」

 

「ごめん、小町。説明の意味が何一つ分からなかった…」

 

「あはは…すみません。まぁ…兄にとって、大切な人たちってことは確かです。それで、他に訊きたいことはありますか?」

 

「…そういえば、小町って箱庭に来るまで八幡のギフトを知らなかったんだよね?」

 

「ですね。思い当たる節自体はかなりあるんですけどね…」

 

 苦笑する小町の言葉に耀は少し驚く。

 

「そうなの?」

 

「まぁ、“ステルスヒッキー”とかは、兄が人目を避ける技術としてよく使っているらしいですから…」

 

「…そうなんだ」

 

 耀は少し考え込む。

 

(…うーん、イマイチ八幡のことがよくわからない。ただ、みんな素直じゃないって言ってる)

 

 どうやら、比企谷八幡が素直じゃないというのは、彼に近しい人間の共通認識らしい。

 

「それで耀さんは他にも誰かに兄のことを聞くんですか?」

 

 小町の質問に耀は頷く。

 

「うん。アリスにも少し訊いてみようと思って」

 

「それ、小町もついて行っていいですか?」

 

 いきなりの小町の申し出に耀はきょとんとする。

 

「え? 別にいいけど、どうして?」

 

「いやー、小町も他の人が兄をどう思ってるか知りたいですし…それに、小町がいた方が他の人にもきっと聞きやすいですよ? だから、ここからは小町にお任せあれー!」

 

「…あ、うん」

 

(……なんだろう、すごく不安だ)

 

 自信満々の小町に耀は言いようのない不安を感じながら、二人でアリスの元へと向かった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 耀と小町は本拠の中庭でアリスを見つける。

 

「おや、春日部さんに小町ちゃんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

 

 アリスは籠の中のシーツを干しながら、二人に訊く。

 

「もしかして、八幡のことで僕に何か聞きにきたのかい?」

 

「え? なんでわかったの?」

 

「お、当たりだった? これでも、勘はよくってね」

 

 得意げに笑いながら言うアリスに耀と小町は少し驚く。

 八幡とのギフトゲームの時や耀に八幡のことを吹き込んだ時とは、また別の顔を見せた彼女に二人は戸惑っていた。

 

「え、えっと、それでアリスさんの話を聞いてもいいですか?」

 

「ああ、ちょっと待ってもらえないかな。今、見ての通り仕事中だからさ」

 

「うん、いいよ」

 

「あ、小町も手伝いましょうか?」

 

「結構だよ。前は君やリリちゃんがやってたみたいだけど、今やこれはこのコミュニティでの僕の仕事だからね」

 

 言いながら、アリスは手早くシーツを慣れた手つきで手早く干すと、耀たちの方に向き直る。

 

「さて、君たちは僕らの主の八幡について話を聞きたいんだっけ? 何が知りたいんだい?」

 

「アリスって、八幡の過去を知ってるんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

 耀の質問にアリスは躊躇なく頷く。

 しかし、それに小町は驚く。

 

「なんでアリスさんが兄の過去を知ってるんですか!?」

 

「僕は鏡の精霊だからね。彼をコピる時に一緒に記憶を拝見させてもらったんだよ」

 

「じゃあ、アリスさんが小町達をコピーする時は小町達の記憶が見れるんですか?」

 

「いや、できないよ」

 

 あっさりと言うアリスに耀は訝しげな顔をする。

 

「できない? なんで?」

 

「たぶん、エリア先輩あたりから聞いてるとは思うけど、ギフトゲームで八幡と契約して彼のものになったことで、僕たちの能力には個人差はあれど制限がかかっていてね、残念だけど今の僕に八幡以外の人の記憶は基本的に覗けないんだよ」

 

「『基本的に』ってことは、例外もあるの」

 

 耀の質問にアリスは少し嬉しそうに微笑する。

 

「すぐに気づくなんて、目聡いね。その通りだよ。ただ、八幡以外の記憶を除くためにはいくつかの条件をクリアしなくっちゃいけないのさ」

 

「条件…ですか。それって何なんですか?」

 

「残念ながら、ここから先は企業秘密だよ」

 

 唇に人差し指を添える自然な仕草に、耀と小町は同性ながらアリスに女性的魅力を感じる。

 

「さて、他に質問はあるかな?」

 

「あ、じゃあ、小町から質問です! アリスさんって兄のことどう思ってます?」

 

「ん? どう思ってるかぁ…。そうだね、『トランプの3』とか、『黒い羊』かな。『ブラックスワン』はまだ微妙に違うだろうしね」

 

「…どういう意味?」

 

「ここから先は自分で考えなよ。じゃあ、悪いけど僕はそろそろ自分の仕事に戻るよ」

 

 そう言って、アリスは本拠内に向かって歩いて行った。

 残された二人は顔を見合わせる。

 

「アリスさんの言ってた意味って、どういうことでしょう?」

 

「『ブラックスワン』ならわかるんだけど…他の二つは私も知らない」

 

「じゃあ、その『ブラックスワン』についてだけでも教えてもらっていいですか?」

 

「いいよ。小町は白鳥って何色だと思う?」

 

 耀のいきなりの質問に小町は不思議そうな顔をする。

 

「何色って…普通は白ですよね?」

 

「うん、そうだよ。でも、オーストラリアには『黒鳥』っていう白鳥の仲間がいて、『黒い白鳥を捜すようなもの』っていう言葉があるほど、白鳥が白いっていうのが世界の常識だったから、17世紀末にこの黒鳥が見つかった時には鳥類学者の間に激震が走ったんだって」

 

「たしかに、それはすごい発見だと思うんですけど…激震っていうほどなんですか?」

 

 不思議そうに訊く小町に耀は静かに頷く。

 

「21世紀だったらそう思うかもだけど、白鳥が白いものだと思われている当時の世界の常識では、たとえ環境の変化で進化したとしても、白鳥が黒くなるなんて予想できなかったんだって。だから、生物の常識に長期的に縛られてると、急激な環境の変化で進化した生物の行動が予測できなくて、思いもよらない被害を受けることがあることを『ブラックスワンイベント』っていうんだって」

 

「…はぁ。それはすごい話だと思うんですけど、小町にはそれが兄とどういう関係があるのか全然わからないんですが…」

 

「私もそう思う。これが八幡とどう関係してくるんだろう…?」

 

 どういうことかと、二人は揃って首を捻る。

 そこで、小町が何か思いついたような顔をする。

 

「いっそ、お兄ちゃんの観察でもして、どういう意味か探ってみます? なんて「それだ!」…え?」

 

「そうだよ。八幡の行動を観察すれば何かわかるかも」

 

「いえ、あの、耀さん? 今のは冗談でして…」

 

「小町、私頑張ってみる!」

 

「え、あ、頑張ってください…? いや、待って……」

 

 耀を止めようとした小町は、そこで思いつく。

 

(いや、待てよ…これはさらにお兄ちゃんへのフラグを建てるチャンスじゃ…。これは小町的においしい展開!)

 

「いいですね! 小町もお供します!」

 

「うん!」

 

 そうして、二人は八幡を捜すべく走り出した。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 耀と小町は“ノーネーム”本拠内にある書庫の本棚の陰から、少し離れた位置にいる何かの本を読んでいる八幡を観察していた。

 

「どうですか、耀さ「小町、静かにして」…どうかしたんですか?」

 

 耀のただならぬ様子に小町は訝しむ。

 

「たぶん、今八幡は私たちに気づいてる」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、たぶんだけど…。八幡がこっちにちらちら目線を送ってきてるし」

 

 言われて、小町も注意して八幡を見ると、八幡は本を本に目を落としながらも、周りに目線を送っていた。

 そして、周りに送っていた目線はどんどん見る範囲が狭まり、途中から耀と小町の方をちらちらと見始めた。

 

「ホントですね。でも、お兄ちゃんがいくら視線に敏感っていっても、さすがにこの距離じゃわからないと思うんですけど…」

 

「そういえば、八幡の索敵のギフトってどれくらいの範囲で使えるの?」

 

 耀の素朴な疑問に小町は首を傾げる。

 

「たしか、前にウィンさんが数十メートルくらいって言ってました」

 

 小町の言葉に耀は内心驚きながらも、『マズイ』と思っていた。

 

(…どうしよう。射程圏外のはずなのに、私も小町も完全に八幡のギフトの射程に入ってる。ここは退いた方がいい)

 

「小町、戻ろ」

 

「え? いいんですか?」

 

「うん。ここは出直した方がいいよ」

 

「…わかりました」

 

 小町は耀の判断に素直に頷き、二人は八幡に見つからないように、そっと書庫を抜け出した。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 書庫から出た耀と小町は小町の部屋に来ていた。

 

「耀さん、次はどうやってお兄ちゃんを尾行するんですか? 確実に30mくらい離れてたのに気づかれたってことは、前に聞いた射程よりも広くなってるってことでしょうし…」

 

「そこが問題なんだ。八幡のギフトの今の射程範囲がどれくらいかわからないと、尾行しててもすぐに気づかれるだろうし…」

 

 耀と小町は揃って首を捻る。

 

「八幡のギフトをどうすればやり過ごせるんだろう」

 

 そこで、小町がなにかを思いついたかのような顔をする。

 

「そうだ! 耀さん、こういう時はこういうことに頼りになりそうな人に頼りましょう!」

 

「…頼りになりそうな人?」

 

 小町は耀を連れてとある場所に行った。

 それは…逆廻十六夜の部屋だった。

 

「…つまり、八幡の観察をしたいが、アイツのギフトのせいで気づかれてうまく観察ができない。だから、俺にアイツのギフトの射程を調べるのを手伝えと、そういうことでいいか? 比企谷妹」

 

「概ね、あってます」

 

「くそがっ! めちゃくちゃ楽しそうじゃねえか!」

 

 事情を話すと、十六夜は嬉々として『比企谷八幡観察計画(仮称)』に参加した。

 

「でも、十六夜。どうやって八幡のギフトの射程を調べるの?」

 

「それなら、適役がこのコミュニティにいるだろ?」

 

「…適役?」

 

 十六夜は部屋を出ていくと、しばらくしてから、首を傾げる耀の前に黒ウサギを引っ張ってくる。文字通り黒ウサギの耳を引っ掴んで。

 

「ちょっ!? 十六夜さん!? 何度も言ってますが、黒ウサギのステキ耳を引っ張らないでください!」

 

「というわけで黒ウサギ、八幡の観察のためにお前が必要だ」

 

「無視ですか!? ていうか、何ですか八幡さんの観察って!?」

 

「あ、小町が説明します」

 

 それから、小町がしばらく事情を説明した。

 小町から説明を受けた黒ウサギはため息を吐く。

 

「なるほど、そういうことでしたか。たしかに、八幡さんは未だ私たちと若干距離をとろうとするところがありますし…。わかりました、そういうことでしたら、この不肖黒ウサギも協力させていただきます!」

 

 黒ウサギの話がまとまったため、小町が提案する。

 

「この面子で仲間はずれっていうのもなんですし、飛鳥さんも呼びましょうか」

 

「そうだね。せっかくだし、飛鳥も誘おっか」

 

「で、そのお嬢様はどこにいるんだ?」

 

「たしか、さっきお部屋にいたと思いますけど…」

 

「じゃあ、飛鳥さんの部屋行きましょうか」

 

 黒ウサギの言葉で、一同は飛鳥の部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「八幡君の観察? すごく楽しそうね!」

 

 部屋に来た耀たちから説明を受けた飛鳥は嬉々として参加に快諾した。

 

「で、肝心の作戦はどうするの十六夜君?」

 

「まず、春日部と比企谷妹と黒ウサギは、八幡の行動や反応からアイツが気づいてるかどうかを確認する。俺はお前らが調べたアイツの反応した距離を照らし合わせて、アイツのギフトの射程距離を見極める。お嬢様は他の奴が八幡に俺らのことを話さないように警戒しといてくれ」

 

「うん、わかった」

 

「OKです」

 

「黒ウサギも了解です」

 

「わかったわ、任せて」

 

 全員が了承したところで、作戦内容が決まる。

 

「黒ウサギ、八幡がどこいるかわかるか?」

 

「えっと、ちょっと待ってもらえますか」

 

 黒ウサギがウサ耳をピコピコ揺らす。

 

「恐らく、外ですね。こっちです」

 

 黒ウサギの先導で、一行は“ノーネーム”本拠の中庭の茂みに隠れる。

 八幡は彼らの100mほど先の休憩所となっている場所でチェスを指していた。一人で。

 その様子を見ていた黒ウサギは隣の十六夜に訊く。

 

「あの、十六夜さん。チェスって一人で出来るものでしたっけ?」

 

「一応、詰めチェスとかはあるぞ。ここにはそんな本なかったはずだけどな」

 

 十六夜の言葉に一同に沈黙が下りる。

 

「つまり、八幡君は一人二役でチェスをしてるって事?」

 

「…そういうことになるんじゃないかな」

 

「すみません、今すぐ黒ウサギが出ていってチェスの相手をしてきていいですか?」

 

 憐れみと同情の視線を八幡に向ける。

 しかし、次の瞬間に全員に緊張が走ることになった。

 彼らと最低でも100mは離れているはずの八幡が彼らの方を睨んだのだ。

 

「「「「「!!!??」」」」」

 

 睨まれた全員がその場で硬直する。

 その中で、硬直から一番最初に回復したのは十六夜だった。

 

「おい! 全員逃げるぞ!」

 

 その言葉に全員がハッとし、急いでその場から立ち去った。

 八幡を観察していた場所から、本拠内に戻った一行は、一旦呼吸を整えた。

 

「っぶねえ…。おい、比企谷妹、なんだよアレ。完全に別人じゃねえか」

 

「本当ですよ! まさか、この“箱庭の貴族”たる黒ウサギが気圧されるなんて…」

 

「まさか、箱庭の貴族(笑)が気圧されるなんてな」

 

「…十六夜さん、ちょっと含みがある気がするのですが」

 

「まさか、箱庭の貴族(爆)でも気圧されるなんて…」

 

「あの、飛鳥さん、逆にランクが下がってる気がするんですが」

 

「まさか、箱庭の貴族(失)が気圧されるなんて」

 

「(失)って何ですか!? 失笑されてるんですか!?」

 

「もういっそ、箱庭の貴族(恥)でいいんじゃねえか?」

 

「「「それだ!」」」

 

「『それだ!』じゃありません! この問題児様方!!」

 

 「まったく…」と、黒ウサギが息を吐くと、全員が神妙な面持ちになる。

 

「…さっきのだが、たぶん、八幡のギフトは視線だけじゃなく、自分に向けられる相手の感情からもギフトの精度や有効距離が変化するんだろうな。負の感情なのが前提なんだろうが、さっきの感じだと『憐れみ』とか『同情』とかはアイツがダントツで嫌いなんだろうな」

 

「なるほど…。だから、私たちの視線に気づいて睨んできたと…」

 

「そういえば、八幡は私達って気づいてたのかな?」

 

 耀の質問に、小町が首を横に振った。

 

「いえ、さっきの様子だと兄は反射的に睨んでしまっただけだと思います。誰かわかってたら腸煮えくり返ってても我慢してたでしょうし」

 

「まぁ、アイツの心情はともかくとしてだ。さすがに今日は退いた方がいいだろうな」

 

 十六夜の言葉に耀も頷く。

 

「うん。そうした方がいいと思う。今日はもう警戒されてるだろうし」

 

「じゃあ、ここで解散にしちゃいましょうか」

 

 そして、そのままその日の『八幡観察』は終了となった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 一方その頃、八幡は先ほど十六夜たちがいた場所から気配がなくなったのを感じると、再びチェスへと戻っていた。

 

「おや、八幡。何をしてるんだい?」

 

 声に顔を上げると、そこにはアリスが立っていた。

 

「なんだよ、お前もなんか用か?」

 

「おまえも? いや、僕はただ君がチェスをしてるのを見つけたから、お茶でもどうかと思ってね」

 

 そう言って、アリスは八幡がチェス盤を置いている机に紅茶の入ったティーカップとティーポットを置く。

 

「で、なんで一人でチェスなんかやってるんだい?」

 

「このチェス盤、チェス盤自体にも意思があるみたいだから、暇つぶしに適当にやってただけだよ」

 

「へぇ…。ねえ、ちょうどいいし、明日暇があったら僕とそれでチェスしないかい?」

 

「え…いやだ」

 

「まぁ、いいじゃないか。減るモノでもないだろう? じゃあ、明日は仕事がひと段落ついたらここに来るから、それまでここにいてくれよ」

 

 そう言って、アリスは本拠の方へと歩いて行った。

 残された八幡は置かれたティーカップに手を伸ばし、紅茶を飲む。

 

「…けっこう、うまいじゃねえか」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 翌日、八幡は昨日と同じ場所で一人チェスをしていた。

 十六夜たちは昨日いた茂みとは反対になる位置に、昨日とほぼ同じだけ八幡と距離を取った場所にいた。

 そして、十六夜の指示の元、彼らは作戦会議を行っていた。

 

「比企谷妹、お嬢様、少し八幡に話しかけてきてくれ」

 

「…別にいいですけど」

 

「できれば、先にお嬢様、比企谷妹の順で、出ていく場所は違う場所からにしろ。で、黒ウサギと春日部はこいつらと八幡の会話をよく聞いといてくれ」

 

「「「「…?」」」」

 

 女性陣はよくわからぬまま、十六夜の指示通りに動く。

 飛鳥が八幡に近づくのを十六夜たちは静かに見ている。

 飛鳥が八幡のいる場所から約50m地点で八幡は飛鳥の方に視線を向ける。

 

「お前も何か用か?」

 

「一人でチェスをしてたみたいだから、どんなものなのかと思って見に来たのよ」

 

「別に大したもんでもねーよ。このチェス盤のギフト、意志があるみたいだから暇つぶしに相手してもらってんだよ」

 

 そう言いながら、八幡は駒を動かす。

 

「私はチェスを知らないからわからないのだけれど、これってどっちが勝ってるの?」

 

「一応、俺だ。チェック」

 

「チェック?」

 

「将棋でいう『王手』ってことだ」

 

「ってことは、もうすぐ終わるの?」

 

「どうだろうな。…ゲッ!?」

 

 八幡の声に飛鳥が盤を見ると、八幡のチェックは躱され、今度は八幡のキングの方がチェックをかけられていた。

 八幡は少し考えると、また駒を進める。

 

「ふぅ…」

 

「…どうなったの?」

 

「…ん? 何とか凌げた」

 

 言いながら、八幡はまた駒を動かす。

 

「チェック」

 

 八幡が呟くと、敵側となっている駒が慌てたように震え、駒が一つ動く。

 八幡はそれを見ると、静かに駒を動かし事もなげに呟いた。

 

「チェックメイト」

 

「…えっと、勝ったの?」

 

「…まあな」

 

 少し疲れたように八幡はため息を吐く。

 

「にしても、遅いな」

 

「遅い? 何が遅いの?」

 

「ん? ああ、昨日アリスがチェスするから、今日はここにいろって言ってたんだけどな。全然来ねえ…ん?」

 

 そこまで言ったところで、八幡は唐突に顔を上げて飛鳥の後ろを見る。つられて飛鳥も後ろを振り返る。

 すると、彼らから約20mの地点に小町がいた。

 

「あらー、さすがおにいちゃん。ばれちゃったか…」

 

「小町さん!?」

 

 小町は苦笑しながら二人のところへ歩いてきた。

 

「お兄ちゃんほどじゃないけど、そこそこ目立たないようにしてる自信はあったんだけどなー」

 

「まぁ、技術としていいんじゃないか?」

 

「やっぱり、ギフトを持ってるお兄ちゃんには敵わないなぁ…」

 

 茂みから彼らの様子を見ながら、黒ウサギは怪訝そうな顔をする。

 

「あの…十六夜さん、何かわかりましたか?」

 

 隣の十六夜を見ると、十六夜は少し俯いて自分の考えていることを整理するように話し始める。

 

「八幡のギフト…相手の格好や行動の目立つ要素、知り合いかどうか。そういう様々な要素によっても射程距離や精密性が変わるんだろうな。身内の比企谷妹が20m、ある程度の知り合いだが、目立つ格好をしているお嬢様が50m、前に春日部達が観察した時に40m…とすると、知り合いに対する通常射程は40m前後ってところだろうな。それが仲が深まるごとに短くなるってところだろうな」

 

「なるほど…」

 

「お二人に八幡さんに近づくように言ったのは、これが狙いだったのですね」

 

「まあな。つっても、これはあくまで相手の方が八幡に意識を向け続けた場合だろうな。あいつにたまたま気づいただけのやつとかいきなり現れるやつは、場合によってはギフトの対象外になるはずだ」

 

「なるほど…。移動系のギフトなどにも弱いわけですね」

 

「こうやって考えると、八幡のギフトって穴が結構多い」

 

「そりゃあ、普通はギフト相手になんか想定しないだろうからな…ん? おう、二人とも、戻ってきたのか?」

 

 十六夜が顔を向けた方を見ると、飛鳥と小町が戻ってきていた。

 

「どう? 何かわかったかしら?」

 

「ああ、おおよその射程は40m。特定条件による射程の変動有り。ただし、距離が離れたり、アイツの意識が別に向いてたり、条件が悪かったりすると精密性は落ちるってところだろうな」

 

「なるほど…。ところで、十六夜さん。お二人が戻ってきてもよかったんですか?」

 

「むしろ好都合だ。比企谷妹、八幡はこの後アリスとあそこでチェスをするんだよな?」

 

「はい、そう言ってました」

 

「んじゃ、今日はもう少し見張ってるぞ。黒ウサギと春日部は誰かが近づいてきたらすぐに知らせろ」

 

「了解です」

 

「わかった」

 

 そして、十六夜たちは茂みの中で息を潜める。

 十六夜たちが息を潜めていると、八幡に近づく影があった。

 

「…やっときたのかよ」

 

 八幡は若干疲れた様子でアリスを見る。

 

「いや、思ったより仕事があってね。じゃ、やろっか」

 

 そう言って、八幡の対面にアリスは座り、チェス盤を見る。

 

「白と黒はどうするんだい?」

 

「勝手にしろよ。どっちでも勝てる気がしないしな」

 

「じゃあ、最初は先手をどうぞ」

 

「…どうも」

 

 二人はお互いに何を話すでもなく、無言で駒を進めていく。

 しばらく経ったところで、八幡が緊張を解くようにため息を吐きながら、駒を動かし宣言する。

 

「チェックメイト」

 

 それを見て、アリスは感嘆する。

 

「お見事。もう一戦いいかな?」

 

 アリスの提案に、八幡は嫌そうな顔をする。

 

「えー、もういいよ。正直もう部屋に戻りたいし」

 

「まぁ、いいじゃないか。どうせ、この後誰かと約束をしてるわけじゃないんだろう? それに、ちょっと気になることもあるしね」

 

 含みのあるような笑みを見せるアリスに、八幡はため息を吐く。

 

「はぁ…。わかったよ」

 

 再び、二人はお互い交互に駒を動かす。

 しばらく、先ほどの対局と同じように無言で二人は駒を進める。

 しかし、すぐに八幡の様子が変わる。そして、それに最初に気づいたのは十六夜とと耀と黒ウサギだった。

 

「…っ! 何か様子がおかしいな」

 

「…動揺してない?」

 

「何かあったんでしょうか?」

 

 三人の様子に、小町は感心したように言う。

 

「よくわかりますね。…結構離れてるのに」

 

 所戻って、八幡は先ほどの対局と打って変わって、かなり動揺していた。

 

(どういうことだ? どうしてこんな状態になってやがる!?)

 

 八幡はもう一度、現状を把握するために盤上を注視する。

 

(なんでポーンなんか守ってんだよ。しかも、キングそっちのけで…)

 

 先ほどの対局のように、あくまで通常の『相手のキングを討ち取る』というチェスなら、ある程度の思考を想定できた。

 しかし、今はアリスが一体何を意図してこんな手を指しているのか全く理解できなかった。

 たった一駒のポーンをプロモーションさせるでもなく、守るためだけにクイーンやナイトを捨て駒にする戦法に合理的な意図があるとは全く思えなかった。しかも、それでいてしっかりと八幡を追い詰めていた。

 そして、結果として八幡は…。

 

「チェックメイト。今度は僕の勝ちだね」

 

 皮肉なことに、決め手はアリスが最後までプロモーションさせずに守り切ったポーンだった。

 八幡は不敵に笑うアリスを苦々しげな顔で睨む。

 

「…どういうつもりだ?」

 

「いや、ただ気になったことがあったから試してみたんだけど、予想通りだったよ」

 

「予想通りって…結局、何が予想通りだったんだよ」

 

「さぁ、なんだろうね。それぐらい、自分で考えなよ。どうせ暇なんだからさ。ま、今の君じゃあ、絶対に気づかないだろうけどね」

 

 にやりと笑ってそう言うと、アリスは椅子から立ち上がり、本拠の方に戻っていった。

 

「……くそッ!」

 

 八幡は苛立ちながらギフトカードを取り出し、チェス盤を収納すると、彼も本拠に戻っていった。

 八幡が去った後、十六夜たちは隠れていた茂みで話し合う。

 

「さっき、アリスさんが言っていた意味って、どういうことなのでしょうか?」

 

 黒ウサギが他のメンバーに訊くも、全員が首を横に振る。

 

「さぁ…。小町にはよくわからなかったですね」

 

「私にもさっぱりだわ」

 

「…ごめん、わたしもよくわからない」

 

「さっきの局面がわかんねえことには、何にも言えねえな。アリスが戦術を変えてたのは明らかだけどな」

 

 このまま、話がアリスと八幡の対局の話になりそうなところで、小町が口を開く。

 

「まぁ、それはそれとして。小町は仕事があるので、もう協力出来ないかもです」

 

 申し訳なさそうに言う小町に、十六夜と黒ウサギは微妙そうな顔をする。

 

「俺もそろそろ御チビの勉強見てやんなきゃいけねえし。気にはなるが、降りるわ」

 

「黒ウサギもそろそろギフトゲーム関係の書類が溜まってきてるので、すみませんが抜けさせていただきます」

 

 ウサ耳を垂れさせ、申し訳なさそうに言う黒ウサギに、耀と飛鳥は気にした風もなく応じる。

 

「みんなそれぞれにコミュニティのためにやることがあるんだもの、しょうがないわよ」

 

「うん。後は私たちで頑張る」

 

「じゃあ、後はお二人にお任せします」

 

「じゃあ、今日はこれで解散だな」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 翌日、耀と飛鳥は小町が手を回して、日銭を稼ぎに“ノーネーム”本拠を追い出された八幡を尾行していた。

 

「あ…飛鳥、止まって」

 

「はぁ…またなの? さっきから警戒されてるせいで、中々近づけないわね」

 

 街中で八幡を尾行しながら観察していた二人だったが、先日の一件で八幡が少し周囲を警戒しているらしく、十六夜が分析した射程から中々近づけずにいた。

 どころか、八幡自身も尾行を振り切ろうとして、自発的にギフトを使っているのか、何度か見失いかけたほどだった。

 

「うん。でも、八幡が自分からギフトを使ってくれたおかげで、今のところ“ステルスヒッキー”と“ディテクティブヒッキー”の射程の間に入れてるみたい」

 

「そういえば、十六夜君の分析だと、“ディテクティブヒッキー”は基本的な射程は40mくらいなのよね」

 

「うん。けっこう広い分、精度は低くなっちゃうみたいだけどね」

 

 そのおかげで自分たちも見つからずにすんでいるが、仲間としては喜んでいいのか微妙なところである。

 しばらく、八幡から一定の距離を保っていると、耀はあることに気が付く。

 

「ねえ、飛鳥。なんか、八幡の方だけ人避けてない?」

 

「そういえばそうね。どうしてかしら?」

 

 そう、八幡が町中を歩いていると、ほとんどの相手が彼とぶつかりそうになると、彼の方から避けていた。

 

「まさか、八幡とすれ違ってる人が気づいていないのかな?」

 

 耀の考えに、飛鳥は「まさか…」と驚く。

 

「だって、目の前を通った人に気づかないなんて…そんなことありえないわ」

 

「でも、最初に八幡に会った時、小町が教えてくれるまで、私たちは八幡に気づけなかったよね?」

 

「そういえば、そうだったわね。だとすると、八幡君のギフトは相手に意識されてなければ、本人に使う気がなくても至近距離の相手にも気づかれないってこと?」

 

「そうなると思う」

 

 耀の説明に飛鳥は微妙そうな顔をする。

 

(人を支配できる私のギフトもいいものじゃないけど…。八幡君のギフトも色々と苦労がありそうね…)

 

 自分自身も“威光”のギフトに思うところがあるが故か、八幡に対し、同族意識めいたものを感じる。

 

「彼のギフトは…どうしてああいうものなのかしらね?」

 

「…わからない。でも、ウィンが言ってたよね。八幡のギフトは八幡の人への不信感だって」

 

「『不信感』…ね」

 

 耀と飛鳥の間を、なんとも微妙な空気が漂う。

 

「と、とりあえず、尾行を続けよう!」

 

「そ、そうね…って、春日部さん! 大変よ!」

 

「え…? あっ!?」

 

 飛鳥に言われて、耀が八幡のいた方を見ると、先ほどまでいた八幡の姿が消えてしまっていた。

 

「どこにいったのかしら?」

 

「…ダメだ、匂いが辿れない。たぶん、“ステルスヒッキー”のせいだ」

 

「急いで八幡君を捜さないと!」

 

 慌てて飛鳥が駆け出す。

 

「待って、飛鳥…ッ!?」

 

 それを追うように耀も駈け出そうとしたところで、何者かによって口をふさがれ羽交い絞めにされる。

 

(だ、誰ッ!? まさか、どこかのコミュニティ!?)

 

 混乱していると、刃物のようなものを当てられたようで、ひんやりとした感触が首筋を襲う。

 

「誰だ、お前ら。何のために尾行してやがる……って、なんだ春日部か」

 

「え…八幡!?」

 

 自分を羽交い絞めにしていた人間の声に驚いて振り向くと、それは先ほどまで自分たちが尾行していた比企谷八幡だった。

 

「どうして八幡が……あ」

 

 いきなり姿を消した八幡がなぜ現れたのか訊こうとして、耀は自分が八幡とかなり密着していることに気がつく。

 途端に、耀の顔に朱が差し、心臓が早鐘を打つ。

 

「ちょっ!? 八幡、離して!」

 

 八幡も、密着していることを嫌がられたと思ったのか、すぐに離れる。

 

「ん、悪い。で、なんで俺の尾行なんかしてたんだ?」

 

 少し呆れたように言う八幡に、耀は慌てて言い訳を考える。

 

「えっと、ほら、八幡ってみんなとあんまり仲良くしようとはしないから。だから、何かいい方法ないかと思って…」

 

「いや、それでストーキングとかねえよ。で、他に誰がやってたんだ?」

 

「えっと…小町、飛鳥、十六夜、黒ウサギが…」

 

 耀は一瞬言うべきか躊躇するも、つい言ってしまう。

 そんな彼女に八幡は呆れる。

 

「お前らな…。まぁ、いい。いきなりどこかの魔王のコミュニティに目をつけられてんのかと、ここのところ気が気じゃなかったけど。そういう噂もないみたいだしな」

 

「…噂?」

 

 耀が不思議に思って聞き返すと、八幡が話している人たちをさりげなく指さす。

 

「ああやって、何人かで話してる人とすれ違う時に、その内容をできるだけ聞いて情報収集するようにしてんだよ」

 

「…そうなんだ」

 

 耀は、まさかそんなことをしていたと思わず、普通に感心してしまう。

 

「ところで、小町に頼まれた出稼ぎもお前らが一緒になってやったってことでいいんだよな?」

 

「え? うん、そうだけど…」

 

「じゃあ、バレた以上、もう用件は終わったってことでいいんだよな?」

 

 耀は嬉々とする八幡に若干引き気味になるも、頷く。

 

「つまり、もう俺が出稼ぎをする必要もないわけだ。よし、帰ろう」

 

 八幡はこれ以上ないほどのいい顔で帰ろうとする。すると…

 

「あ、春日部さん! 気が付いたらいなくなってたから心配…って、八幡君!?」

 

 先に行っていた飛鳥が戻ってきたのか、彼女は八幡といる耀に驚く。

 

「ごめん、飛鳥。気づかれてたみたい」

 

「そう…。それじゃあ、しょうがないわね。今日は帰りましょうか」

 

 飛鳥は少し残念そうに言うと、八幡の方を向く。

 

「それで、八幡君はどうするの?」

 

「俺ももう帰る。今日のはこのためみたいだからな」

 

「そう。なら、せっかくだし、一緒に帰りましょう」

 

「いや、俺はちょっと、ほら、あれだし…」

 

 八幡がなんとか言い訳をして、しどろもどろになりながら断ろうとすると、飛鳥がため息を吐く。

 

「はぁ…。あのね、八幡君。今回の発端は、あなたがそうやって、みんなとあまり仲良くしようとしないからでしょう。一緒のコミュニティなんだから、一緒に帰るぐらいはいいでしょう?」

 

「……わかった」

 

 八幡はしぶしぶ頷くと、二人と少し距離を取りながら歩き出す。しかし…

 

「そういうのはなし」

 

「どうせ、十六夜君や黒ウサギとも一緒に出掛ける機会も増えるでしょうし、これぐらいは慣れておいてもいいのではなくて?」

 

 あっさりと二人も八幡のところまで下がってきて、結局並んで帰る破目になるのだった。

 そして、パッと見は美少女二人に挟まれてる八幡にギフトゲームを挑んだことにより、問題児二人に蹴散らされ、彼らがその日の路銀を大量に稼いだのはまた別の話。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「黒ウサギとジン、いるか?」

 

 夜、八幡はコミュニティに届く書類に目を通しているジンと黒ウサギの元を訪れていた。

 

「八幡さん、どうかしたんですか?」

 

「いや、今日街に行った時に気になる情報をいくつか耳に挟んだから伝えておこうと思ってな」

 

「気になる情報ですか?」

 

「ああ。北の方で近いうちに“火龍誕生祭”って祭りが行われるらしい。ギフトゲームもかなり開かれるらしいから、もしも、余裕があるなら、ギフトゲームで少しは稼ぎに行けるんじゃないか?」

 

 黒ウサギとジンは「なるほど」という顔をした。

 

「もう、そんな噂が立っているんですね」

 

「噂っていっても、ごく一部でだけどな。街でも噂してたのはごく少数だ。あいつらの耳に入るのも当分先だろうけど、行くのか」

 

 そこで、ジンは机からあるものを取り出す。

 

「手紙?」

 

「はい。白夜叉様からなのですが、その“火竜誕生祭”の招待状なんです」

 

「なら、ちょうどいいし、行って来い。留守は俺がいるから」

 

(その間は、アイツらに振り回されることもないだろうし)

 

 下心を隠しつつ、気遣うふりをして勧めると、ジンは難しそうな顔をする。

 

「それなんですが、ここから北側までは約980000㎞もあるんです。そこで、移動には“境界門(アストラルゲート)”が必要なんですが…」

 

「そこの使用料が馬鹿にならんって事か」

 

「そうなのです。黒ウサギなら、“箱庭の貴族”として、無料で使えるんですが…」

 

「他の奴だとかなりかかるってわけか………待てよ」

 

 そこで、八幡はふと、ある可能性に気が付く。

 

「白夜叉からの招待状って、もしかしてうちのコミュニティへの依頼なのか?」

 

「え? ……はい、その可能性はあると思いますけど。八幡さん、それがどうかしたんですか?」

 

「いや、もし何かの依頼だったら、事情を話せば交通費くらいは向こうが負担してくれるんじゃないか?」

 

「「…あ」」

 

 黒ウサギとジンが「その手があったか」という顔をする。

 

「なるほど。それなら、今度白夜叉様に訊いてみる必要がありそうですね」

 

「まぁ、それで交通費はなんとかなるとして、あの問題児たちにはいつ伝えるんだ?」

 

 八幡としても、危惧すべきはそこだった。

 あの問題児たちのことだ、祭りのことを聞けば、絶対に行くと言い出すだろう。

 

「それに関してなのですが、白夜叉様からの支援が受けられるかわからない以上、まだ言わない方がいいと思うんですが」

 

「ま、それが妥当だな」

 

「YES。では、このことはくれぐれもご内密にお願いします」

 

 後に、三人はこの判断を後悔することになるとは、この時はまだ、知る由もなかった。




さて、次回から本編2巻の部分になるわけですが、この話では主に八幡がひどい目に合う予定です。
次回はできるだけ早くかけるように頑張ります。
それでは、感想、評価、誤字の指摘などありましたらお願いします。

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