ぼっちが異世界から来るそうですよ?   作:おおもり

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 やっと、書き上がりました。4連休も合間をぬって書いてました。え? 5連休? 水曜日は普通に講義でしたよ。振り替え休日? ネエヨ、ソンナモノ。
 まぁ、今更気にしてもしょうがない。今回は基本が戦闘なので大変だった。
 とりあえず、地獄編はこれにて終了。次回は1,2話挟んで本編に戻ります。
 ではでは、どうぞお楽しみください。
 あ、ちなみに今回は今までで最高の文字数です。2万超えてます。


そして、比企谷八幡は罪を背負う。

 ゆらりと立ち上がった七人を警戒しながら、八幡は“エレメンタル・ダガー”を抜く。

 

「ッ!?」

 

 しかし、気づいた時には、ホッグによって肩を抉られていた。

 

「いただきます。……んむ、けっこう美味しいな」

 

 もぐもぐとたっぷり咀嚼して飲み込んでから感想を述べるホッグから距離をとろうとすると、今度は背後からアロガンに飛び蹴りを喰らわされる。

 

「そう簡単に逃げられると思うなよ」

 

「……“シュレディンガー”発動!」

 

 吹き飛ばされながら、八幡は自身を七人に増加させる。

 

「……フルーフ!」

 

「了解した」

 

 八幡によって呼び出されたフルーフが嵐を巻き起こす。

 それによって、六人とそれぞれの八幡を遠く離れた場所へと吹き飛ばす。

 その場所には、八幡とフルーフ、悋だけが残された。

 悋は、八幡のギフトカードを見る。

 

「それ、くれない? そしたら、見逃してあげる」

 

「……そりゃ無理だ。これ、高級品らしいから、そう簡単に手に入らないんだよ」

 

「じゃあ、なおさら頂戴」

 

「……断る」

 

「じゃあ、死んで!」

 

 刃物を向けてくる悋を、八幡は難なく躱す。

 

「やっぱり避けるかぁ……。じゃあ、これで死んで」

 

 悋が何かをハチマンに向けて投げてくる。

 

 八幡はそれが何かを察し、すぐに“エレメンタル・アミュレット”の能力で炎と水、風と土で四重の壁を作る。しかし、その壁をすり抜けるかのように弾丸が数発命中する。

 

「……ッ!? 間に壁があっても当たるのかよ」

 

 幸い、土の属性の“硬化”で急所を直撃することだけは避けられた。

 

「あれ? 当たったはずなのにどうして生きてるのかな? もしかして、私に不良品渡したのかな? そうなのかな? だったら、やっぱり死ぬしかないよね? ね? ね?」

 

 全く周りが見えていない様子の悋が言い募るのを、八幡はいい加減辟易したといった様子で見る。

 

「……俺が言うのもなんだが、いい性格してるな」

 

「それはどうも」

 

 八幡の皮肉を気にした風もなく、悋は応じた。そんな彼女を観察しながら、八幡は思考を巡らせる。

 

(……まず、こいつには何を言っても無駄だろうな。だったら、アレを使ってくれるのを待つしかない。となると、あいつの琴線に触れるようなものが必要だな)

 

 八幡は、悋の様子に気を配りながら、彼女に聞いた。

 

「なんでそんなに人のギフトを欲しがるんだ。別に自分のがあればいいんじゃないのか?」

 

 八幡の言葉に、一瞬だけ悋はきょとんとした顔になり、すぐにどこか諦観を帯びたようになる。

 

「ないよ、そんなの」

 

「……なに?」

 

「私に“才能(ギフト)”なんて……そんなものない。だから、こうなったのに」

 

 途中から独り言のように言う彼女に、八幡は違和感を覚える。

 

「……こうなった?」

 

「私のお母さん、すごい人だったんだ。いつも色んな人に囲まれてて、みんなから頼りにされてて……本当にすごかったなぁ。お母さん、いつも言ってたんだ。『私のお友達はみんなすごいんだ』って。現にお母さんの周りには、みんなすごい人が集まってたの。なのに、娘の私にはなんにもなかったんだ」

 

 懐かしむように言う彼女は、どこか自嘲めいた響きがあった。

 八幡は、なんとなく察しながらも聞いた。

 

「……それで、おまえはどうしたんだ?」

 

「みんな殺したよ。どうしても、認めたくなくって……お母さんも、みんな、みんな」

 

 無意識にだろうか、固く手を握る彼女の言葉を聞いて、八幡は僅かに口を開いた。

 

「……だったら」

 

「……?」

 

「……おまえもその周りの関係も、きっとその程度のものだったんだろうな」

 

「……ッ!?」

 

 八幡の言葉に悋の瞳が揺れ、わなわなと体を震わせる。

 

「うあ……あ、あ、うわああああああっ!」

 

 悋は八幡から貰った“魔弾”の最後の一発を握りしめ、あらん限りの力を込めて彼に向けて放った。

 

放たれた必中の魔弾は、これまでとは比べ物にならない速さで八幡の脳天めがけて飛んでいく。

 しかし、八幡はそれを防ぐどころか、避ける素振りすらみせない。

 そして、悋の目に信じられないものが映った。

 “魔弾”が八幡の前で反転し、そのまま自分に向かってきたのだ。

 そして、“魔弾”はそのまま悋の脳天を貫いた。

 

「……え? なんで?」

 

「……“魔弾”は、七発中六発までは、使用者の意のままに命中する。だが、最後の一発だけは、撃たれる側が操れるんだよ(・・・・・・・・・・・・)

 

「……そんな。あなたは、そこまでして勝ちたいの?」

 

「勝ち負けはどうでもいい。……でも、戻らなきゃいけないからな」

 

 八幡は、悋の質問に迷わず答えた。そして、彼は俯いてぽつりと呟いた。

 

「……なんで、今の自分を肯定できないんだよ」

 

 その言葉に、悋は柔らかく微笑んだ。

 

「肯定かぁ……それができたら私、自分を好きになれたのかな? みんなを……お母さんを好きなままでいられたのかな?」

 

「さあな」

 

「……そっか。でも、死んでも戻りたいなんて、そう思えるものがあるのは、やっぱり……羨ま……しい…………な」

 

 悋は虚空へと手を伸ばす。しかし、その手は何かを掴む事もなく、最後はパタリと力なく地面に落ちたのだった。

 

「……くそッ」

 

 

 

『比企谷八幡 対 久地縄悋

 勝者 比企谷八幡      』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……ぐ、がぁ……!?」

 

「あらあら、この程度で死んでもらっては困りますよ? お楽しみはこれからなんですから」

 

 ミシミシと体の軋む音を聞きながらも、八幡は動けずにいた。

 なぜなら、ルストによって締め付けられているからだ。ただし、締め付けられているといっても、彼女の使う何ら

かの道具によってではなく、彼女自身によるものだ。

 今の彼女は、全長は八幡の倍ほどもある半人半蛇の怪物だった。

 

「ラミアって知ってます? ゼウスと不倫をして彼の妻の怒りを買い、彼との間の子供を皆殺しにされた上に自身も半人半蛇に変えられた女。私はその子孫っていえば信じます?」

 

 ルストに言われた八幡は、“ノーネーム”本拠のモノも含め、かつて読んだ本の内容を頭の中で反芻する。

 

「……たしか、他にも不眠の呪いをかけられて、それを哀れに思ったゼウスから目を取られたが、子供のいる親が羨ましくて、子供を攫っては食っていたんだったか?」

 

「ええ。でも、ラミアは一度だけ人間に化けて偽名を名乗り、人間の男と結婚しました。結果は正体を見破られて泣く泣く彼のもとを去ることになったわけですけど。私はその時に生まれた子供の子孫です」

 

 八幡は、彼女の話を聞いて思考を巡らす。

 

(……今のは俺が知ってる話とは違うな。てことは、コイツは少なくとも俺の世界とは違う世界のラミアって事か)

 

 状況が分析できたところで、八幡の腕力では振り払えない。

 ならばと、八幡はルストに気づかれぬように気を払いながら、“バグ・サルタスション”の能力を発動し、蟻の怪力で拘束を解こうとする。しかし、そううまくはいかなかった。

 

「させるわけないでしょう」

 

「ぐあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 バキバキ、メシリ、グシャリと、腕の骨が粉々に砕かれる音がする。

 

「あなたがなんらかの怪力の能力があることは、先ほどの一番最初の鬼との戦いで分かっていますから。悪いですが、潰させてもらいますよ」

 

 すると、より一層締め付ける力が強くなり、体が軋む。

 

「があああああああああああああああああああああああああッ!」

 

「うふふふ。いいですね、その悲鳴(こえ)。たまりません、これだけでイっちゃいそうです」

 

 恍惚とした表情で言うルストを八幡は見る。

 

「……最悪だな」

 

「ええ。ですが、先祖の呪いが尾を引いている上に、人を喰わなければ生きていけないんですよ。これぐらい許してくれてもいいでしょう」

 

「…………」

 

「そうですねえ、どうせですし、死ぬ前に存分に楽しみませんか?」

 

 誘惑するようにルストは怪しく笑うと、八幡は持ち上げる。

 八幡はそんな余裕綽々のルストを見ると、ぼそりといった。

 

「……ビッチが」

 

「ふーん。そういうことが言えるほどの気力がまだあるんですか、そうですか。では、こうしましょう」

 

 そう彼女が言った瞬間、八幡の右腕がブチリと食い千切られた。

 

「ぐあああああああああああああああッ!」

 

「痛いですか? 痛いですか? いいですね、いいですね。昔を思い出して濡れちゃいそうです。あの頃はよかったです。街から子供を食べるのに飽きたので、人間に化けて色んな人間と肌を重ねました。行為が終わってからの食事もよかったですが、あなたのように嫌がる相手の指を一本一本千切っては目の前で食べて、無理やり行為をさせるのも乙なものでした。死にかけているのに、本能には逆らえずに、どんどん良くなる血行で出血量も増えて、最後は痛みも感じないから快楽に染まった顔をしていて……ああ! 本当に素晴らしかったです!」

 

「…………」

 

 一方的に悦に入り、楽しそうに語るルストに八幡はただ無感情の瞳を向けるだけだった。

 そんな八幡に、ルストは業を煮やしたのか、もう一本腕を食い千切ってやろうかと身構える。

 しかし、その直前に八幡がおずおずと口を開いた。

 

「……なあ、その、なんだ。キスしないか?」

 

「……ええ、喜んで」

 

 内心、ルストは歓喜していた。

 ようやく堕ちた、と。

 久々の獲物だ。たっぷり、じっくり楽しもう。

 ルストは、持ち上げていた八幡に、今度は締め付けるんではなく、抱きしめるように体を巻き付かせ、慈しむようにキスをする。

 

「ん、ふん、ちゅむ……」

 

 優しく、優しく。壊れ物を扱うように、ゆっくりと優しく甘いキスをする。

 相手が自分に向くように。自分に靡く様に。自分に曳かれるように。自分に堕ちるように。自分に蕩けるように。

 

「ちゅ、んちゅ、ぢゅ、ちゅ、んぷぁ」

 

 しばらくすると、八幡の方からも積極的にキスを求めてくるようになる。

 もう、完全に堕ちた、とルストは確信した。

 ルストは八幡に合わせ、キスを優しく慈しむようなものから、荒々しく貪り合うそれへと移していく。

 まるで酩酊するように頭や四肢が痺れてくる。

 ルストは思う。この男は今までの男できっと一番なのだろう。だから、自分はこんなにも彼を求めているのだろう。だから、体がこんなにも疼くのだろう。

 全身が八幡を求めているかのように疼いて熱くなり、痛くすら感じる。

 今まで多くの男を抱いてきて、それなりに恋をしてきたつもりだが、もしかしたら、これが本当の恋なのかもしれない。

 現に、胸がこれまでにないほど、ドキドキしている。

 そろそろ次に移ろうと、八幡から唇を離そうとする。

 

「ちゅ、んちゅ、ぷはぁ、ちゅ、んぷぁ、ん、ちょ、待って、比企、ぷはぁ、谷、ちゅ、さん?」

 

 しかし、ルストが唇を離そうとしても、それを逃がさんと言わんばかりに八幡の顔が追いかけてきて、再び唇をふさぎ、情熱的なキスへと引き戻される。

 

(まぁ、こういうのも一興かしら)

 

 相手がせっかく積極的に求めてくるのだ。それに乗るのも悪くないだろう。そう思い、ルストは八幡の求めに応じるように、情熱的に口づけを交す。

 しかし、いつまでたってもこのままというのも芸がない。

 いい加減先に向かせようと八幡の肩に手を添える。

 

「…………あら?」

 

 ばたりと、ルストの体が力なく地面に倒れる。その拍子に、八幡への拘束も難なく解かれ、彼はややフラフラしながらも抜け出してしまう。

 

「どういうことですか?」

 

「……テトロドキシンって知ってるか?」

 

「毒か何かですか?」

 

「……主にフグの多くが持つ毒だ。種によってさまざまだが、多いものは血液内、皮膚の間、臓器の周り。体中に毒を持っている」

 

 八幡の説明に、ルストは苦笑する。

 

「そういうことですか。あなたは血液中にその毒を盛っていて、私があなたの腕を食い千切った時点でそれを服毒していたと。ですが、解せません。どうして、私とキスをしたんですか? 私の能力はわかっていたでしょう。私が自分を回復させるとは、考えなかったんですか?」

 

 八幡自身が体験したように、彼女の能力は自身の任意で性行為やそれに準ずる行為によって自身と対象を治癒させる能力だ。もしも、彼女が途中で感づいてしまえば、その場で回復され、殺されていてもおかしくない。

 

「……だからこそ、やった」

 

「え?」

 

 八幡の言葉に、一瞬彼が何を言っているのかわからなくなる。しかし、彼は何でもないことのように語る。

 

「……フグ毒は症状が出るまで最短で20分、最長で3時間かかる。致死時間が24時間以内っていっても、そんなに待つことはできないからな。症状が早く出るようにするためには、出来るだけ早く毒が回るようにしなきゃならない」

 

「だから、血行を良くするために、私をその気にさせて焦らして、できるだけ長引かせるようにした、ということですか?」

 

「ああ。それに、おまえの言い方からして、甚振った相手が行為に乗ってきたら、死ぬまでやるみたいだったからな。だったら、こっちが誘いに乗れば、能力を使われることはまずなくなる。で、最後に。これが最大の理由なんだが、症状が出てもおかしくない状態を作りたかったんだよ。テトロドキシンの初期症状は痺れ、眩暈、頭痛などの体の痛み。それが進行すると感覚障害や身体の弛緩が始まるんだよ」

 

 つまり、ルストが行為中に感じていたのは、行為による興奮からくるものではなく、彼から盛られた毒の症状だったのだ。

 それを理解し、ルストは体に残った僅かな力で体制を仰向けにする。そして、八幡の顔を見ると、どこか悲しそうな顔で苦笑する。

 

「……ひど……い(ひと)で…………すね」

 

 熱くなりすぎたせいか、思いの外毒が回っていたようで、言葉も満足に口にできなくなってきている。これは致命的だ。もう、自分の能力でも手遅れだろう。ならば……。

 

「……しまっ!?」

 

 ルストのどこにそんな力があったのか、八幡の足を尾で掴み、自分のところへ手繰り寄せる。

 不意を突いて回復するつもりかと身構えるも、八幡も決して軽くはない傷のため、満足に体が動かせない。やられる、と思い、覚悟をする。

 

「……ちゅ」

 

 しかし、彼女がしたのは、八幡の頬に今までのどれよりも優しいキスだった。

 

「……ラミアは。半人半……蛇の怪…………物。です……が、同時に、愛と……戦いの……神として……も祀られ……て、いま……す。だから、あな……たの、誰かと……の幸せ……と勝……利を祈ってます」

 

「……なんでそうなるんだよ」

 

 八幡が誰とも知らず問うように呟くと、ルストは頬に一筋の涙を流し、穏やかに微笑んだ。

 

「たし……かに、体の、熱さは……偽者かもしれま……せん。でも、この、胸の疼きと、熱さだけは……きっと嘘じゃ……ないですから。私だけのモノ。……本物だから」

 

 ルストは、再び八幡の顔に手を添え、彼の目を真っ直ぐに見据えて静かに言った。

 

「八幡さん、私は、貴方のことを好きになりました」

 

 それまでと違い、はっきりそう言って、今度は目を閉じて、八幡の唇にそっと口づけをする。

 それから彼女が再び目を開けることはなかった。

 

 

 

『比企谷八幡 対 ルスト・ラミア

 勝者 比企谷八幡       』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 八幡は、アシディアを前にどうしたものかと考えていた。

 現在、八幡は彼女に全く手も足も出ない状況だった。

 というのも、彼女の能力が問題だった。

 

「……“攻撃しない限り一切の危害を受けない”っていうのは、いくらなんでもチートすぎだろ」

 

 ぼやくと、それを聞いていたアシディアがあくび交じりに答える。

 

「ふわぁ……。それ、君が言える台詞? まぁ、私としては勝っても負けてもどっちでもいいんだけどね。それでも、殺されるのはごめんだよ」

 

 動くつもりはないと言わんばかりに、アシディアはそこに居座る。

 八幡は、そんな彼女を打倒する策として、“リドル・ナンバーズカード”を取り出す。

 

「……ゲーム確定、“大富豪”」

 

 大富豪、トランプゲームの中でも“ポーカー”、“ブラックジャック”、“ババ抜き”、“七並べ”、“神経衰弱”に並ぶ賭け事、娯楽、どちらでも扱えるトランプゲームの王道の一つといえるだろう。

 手札は人数に応じてキリのいい数字に分けるか、1セット全て均等に分けるかである。また、役とローカルルールの多さでも知られている。

 そして、この“リドル・ナンバーズカード”は『指定したゲーム形式に沿った効果をカードが得る』ギフトである。

 八幡は、山札をシャッフルすると、そのうちの半分を取り、それを確認する。

 

「こっちには配らないの?」

 

「……生憎、このギフトのルールが適用されるのは、使用プレイヤーだけなんだよ。後は、カードの役による」

 

 座ったまま質問したルストに答えた八幡は、たくさんあるカードの内から一枚選ぶ。

 

「……8切り」

 

 言った瞬間、見えない刃がアシディアを襲うも、アシディアは軽く後ろに下がっただけだった。

 

「どうやら、私にそのカードの能力は効かないようだね」

 

「……だったら、3枚同時ならどうだ?」

 

「なら、やればいい。やれるならの話だけどね(・・・・・・・・・・)

 

 八幡はアシディアの言葉に、内心舌打ちしたくなった。

 この“リドル・ナンバーズカード”の『大富豪』における欠点の一つ目。それは、『カードを1回使ったら、相手の攻撃などの行動が1回以上あるまでカードによる攻撃が行えないこと』なのだ。

 トランプゲームの多くの性質上、プレイヤーが交互にカードを使う。しかし、このカードの使用プレイヤーは一人であるため、相手の攻撃などの行動がカードの使用として置き換えられているのだ。

 

「思った通りか。なら、こっちもそろそろ仕掛けさせてもらうよ」

 

 アシディアは、今までからは考えられない速度で八幡に詰め寄り、彼の心臓を狙う。八幡はそれを咄嗟に左手で防ごうとする。

 それによって、彼女の手がカードの山札を掴んだ。

 その瞬間、カードの山札は四方八方へ飛び散った。

 

「……チッ」

 

 八幡は飛んだ内の一枚を取って舌打ちをする。

 そのカードがトランプではなく、全くの『白紙』になっていたからだ。

 八幡は後ろに跳んで距離をとる。

 

「……ギフトの能力を消したのか?」

 

「消したというのは、正確じゃないかな。正確には、力を放棄させたんだよ」

 

「……放棄?」

 

「考えてもみなよ、力があるっていうのは、とても面倒なんだよ。自称弱者たちが、こぞってあれやこれやと押し付けてくる。だったら、もういっそ、そういう面倒な力はなくなった方がよっぽどマシだよ」

 

「……結局は消失と大して変わらないわけだ」

 

「まあね。でも、この能力は仮に押し負けても弱体化ぐらいはさせられるし、私は君に触るだけで殺せるんだよ。命を放棄させることでね」

 

「……おまえは、何者だ?」

 

 八幡がしたのは当然の疑問だった。これほどまでの力を持った者が、ただの人間とは思えなかった。

 その質問に、アシディアは面倒そうな顔をせず、自嘲気味に薄く笑った。

 

「私はなんてことのない、ただの怠け者だよ。その力を認められて、祭り上げられて、言われるがままに助けて。そして、それに疲れて自分の殻に引きこもって全てを失わせた怠け者だよ」

 

 話はこれで終わりだと言わんばかりに、アシディアは再度、高速移動で八幡に近づき、彼を彼女の手が捉える。

 そして八幡はそれをあろうことか自身の手で受け止めたのだ。

 

「これで、終わりだ」

 

「……それはどうだろうな。8切り」

 

 そう八幡がアシディアの額にカードを3枚かざして呟いた瞬間、アシディアは一気に後方に吹っ飛ばされた。

 

「咄嗟に攻撃をやめてギリギリで防いだってわけか。なら、7渡し」

 

 すると、今度は4枚のカードがアシディアの手元に現れる。

 

「これは……全部2?」

 

 アシディアがその意味を測りかねていると、今度は八幡の方からゆっくりと近づいてきた。

 これは何かあると思い、またも防御に入る。

 すると、八幡は道化のカード、『ジョーカー』をアシディアに向ける。

 

「……ジョーカー」

 

 八幡が言った瞬間、パキンと何かが割れた音と喪失感がアシディアを襲う。

 

「くっ!」

 

 これはまずいと、今度は攻撃に移るも八幡はそれより速く2枚目の『ジョーカー』を向ける。

 

「……ジョーカー」

 

 またも、パキンという音と共に、先ほどと同様の感覚に襲われる。

 

「君は一体……私に何をしたんだ?」

 

「……ジョーカーは役の中で他の数字を補うカードや最強札として使える。今回はそっちの能力を攻撃を防ぐ時にジョーカーで受けて役としてコピーしたんだよ。さすが、最強の札だけあって、1回は耐えられたみたいだしな。さて、これで終わりだな」

 

 八幡は4枚の3のカードをアシディアに見せる。それにアシディアは得心いったというような顔をする。

 

「……なるほど。同じ数字が4枚以上で『革命』となり強弱が逆転する。それにより最弱の3が最強の札になるというわけか。皮肉だな……。かつて、英雄として祭り上げられ、悪魔と蔑まれた私が、よりにもよって最弱のカードで死ぬのか」

 

 でも、とアシディアは続け、微笑んだ。

 

「これで誰にも気兼ねせず、ゆっくり休める」

 

 言い終え、アシディアが目をつぶると同時に、八幡は呟いた。

 

「……革命返し」

 

 その呟きの後、そこには比企谷八幡と散乱した白紙のカード以外何もなかった。

 

 

 

『比企谷八幡 対 アシディア・オルソ

 勝者 比企谷八幡         』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……くっ!」

 

 八幡は懐から取り出した、木製の針の様なものを投げる。

 

「温いな」

 

 それはアロガンによって難なく弾かれ、後方の樹に突き刺さる。

 比企谷八幡とアロガン・リオンの戦闘。単純な条件だけであれば、八幡が優勢だ。

 久遠飛鳥の“威光”が八幡に作用しなかったように、似た作用を及ぼすアロガンの能力も八幡には効果がなかったからだ。

 しかし、だからといって戦闘の全ての趨勢が決定づけられるわけではない。現に、アロガンは単純な身体能力による戦闘で八幡を押していた。

 

(……やっぱり、さっきの戦闘の時にもしかしたらとは思ってたが、かなり戦い慣れしてるな)

 

 生前がそういうものだったのか、アロガンの戦闘技術は八幡が自身のギフトに頼ってなお、防戦に回るしかないほど八幡との戦闘経験に開きがあった。

 ウィラと幾年も修行したが、アロガンにはそれ以上の密度の経験があることが八幡には理解できた。

 

(……だったら、利用できるか? 師匠に教わったアレが……)

 

「……なに?」

 

 アロガンは八幡に対して違和感を覚える。

 八幡から僅かに視線の外したとき、一瞬八幡を認識することができなくなったのだ。

 

(まさか、これもこいつの能力か? ……なら)

 

「『見失うな』」

 

「……マジか」

 

 すぐに気づいた八幡にアロガンは内心で感心する。

 

(……ほう。俺の能力の対象が自身にも適応できることに気付いたか)

 

 だが、自分とこの男の間には、決定的に経験の差がある。

 だから、この男の行動も簡単に読める。もう、見逃しはしない。

 

「なに!?」

 

 しかし、アロガンの攻撃は当たらなかった。防がれたのではなく、当たらなかったのだ。

 アロガンの攻撃は、八幡から僅かに逸れた位置を通り過ぎていた。

 

(……これはどういうことだ? さっきまでの攻防で感が鈍っていないのは明白。ならば、何かしたのか?)

 

 その後も、何度も攻撃するも、そのすべてが八幡から僅かに逸れた位置を通り過ぎていく。

 

(……攻撃がすべてギリギリで外れている? いや、外されているのか?)

 

 アロガンはそれまでの攻撃をやめ、八幡に問いかける。

 

「認識をずらしたのか?」

 

 その質問に八幡は何も答えない。だが、アロガンはその沈黙を肯定とみなす。

 

「……なるほど、先ほどから使っているこちらの認識から消える能力をあえて(・・・)中途半端な状態で発動することで、相手に認識できているという誤認識をさせることができる、というところか」

 

 八幡のギフトを使った応用技の種を暴き、不適に笑う。

 しかし、八幡はそれを意に返さず言った。

 

「……で? それがどうした?」

 

 八幡の言葉似、アロガンは無意識に笑みを溢す。

 

「……はっ! ほざけ! 『合わせろ』!」

 

 アロガンは自身に命令すると、八幡の懐に一気に飛び込む、八幡のギフトによってズレたタイミング分の修正をいれて、拳を叩き込もうとする。しかし、

 

「……なんだと!?」

 

 ズレた分のタイミングを修正しているはずの拳は、また、八幡からほんの僅かにズレてしまっていた。

 一瞬、どういうことか思考し、アロガンはある考えに行きつく。

 

「まさか、数段階で認識のズレを作っているのか……!?」

 

 八幡は、相手が中途半端な状態での“ステルスヒッキー”の発動に対して、その中途半端な状態の度合いを微調整し、何段階にもわけることで、相手の認識が実際の行動に必ずどこかでズレを作るように仕向けたのだ。しかも、この戦法は、熟練し、感覚が研ぎ澄まされ、正確になればなるほど、実際の動きとのズレに惑わされていくのだ。

 

「……くっ!」

 

 鋭い感覚故に、アロガンも八幡を全く捉えられずにいた。そして、そんな状況に次第に苛立ち始めた。

 

「ふざけるな! こんなもの……こんなもの認めてたまるか! 俺は……生まれでも、財力でも、闘いでも、何も負けたことはなかった……それを、あの無能ども! 『たとえ勝てても人を失えば負けも同じ』だと! 本物を知らない机の上のものしか見れん偽善者の癖をして……俺に任せておけばすべてうまくやってやるものを!」

 

 一体、彼が何に対してその苛立ちの矛先を向けているのか、八幡にそれを知る術はない。

 故に、 アロガンの話を無視して、“ステルスヒッキー”の制御に集中する。

 

「たとえ何人死のうとも、俺がいかに優れているか示すためには必要だろうが! 皆、俺が命じればその安い命を差し出すのだ! そんな安い命、いくら失われようとも、勝つためならば、ものの数ではないわ!」

 

「……そうかよ」

 

 アロガンの叫びに対する八幡の返答はそれだけだった。だからこそ、アロガンには、それが癪にさわった。

 

「嘗めるなぁぁぁぁあ!」

 

 絶叫すると、アロガンは八幡に対して、近すぎる位まで近寄り、深く踏み込んで攻撃しようとする。単純な理由だ。今までの攻撃がズレて届かないならズレても構わないほど近づけばいいだけなのだから。

 しかし、それは八幡にとって、理想的な展開だった。

 

「……跳ね上げろ、“ジャイアント·イーター”」

 

「ヒャァァァアアアッハァァァアアアア!  久々の出番に全俺様が大歓喜だぜぇぇええええ!」

 

 異様に高いテンションで現れた、子供が描いたおばけのようなデザインのパペットが八幡の右手で巨大化すると、アロガンをその大きな口で加え、空高く放り投げた。

 

「くっ!? こんなもの、受け身さえとれれば……ガッ!? なんだ……これは?」

 

 放り投げられ、受け身を取ろうとしたアロガンは、自信の体が枝だけでなく、木の葉によっても貫かれている事を理解して困惑する。そんな彼の様子を察したのか、八幡は説明する。

 

「それは『刀葉樹』っていう地獄に自生する罪人を罰するための樹だ。名前の通り葉っぱが刀みたいに鋭くなってるからそこに登らせて切り刻んだり、そこにぶん投げたりして使うんだよ」

 

 『使う』? 一体誰が? 問うまでもない。ここで罪人に罰を与える者など限られている。あの獄卒の鬼達だ。つまり、これは比企谷八幡が彼らにされて得た知識なのだろう。

 だが、そんなものがあるとして、そんなものがある場所に相手を放り投げることができるのだろうか。

 そこでアロガンは気付く。刀葉樹の幹に何か刺さっている。

 

(あれは……確か、奴が投げた……)

 

 それは、戦闘の途中で八幡が自分に向かって投げた木製の針だった。しかし、それは針というにはどこか違和感があった。

 

(針……いや、あれは『旗』か!)

 

 樹の幹に刺さっていたのは、丁度旗棒部分に旗部分が巻かれた小さな旗だった。

 

「……何だそれは?」

 

「……“フラグ·フラッグス”。元々は目的地や目印にしたい場所に刺すことでそこに向かえるようにするためのギフトだ」

 

(……なるほど、そういうことか。だから都合よく俺をここに落とすことができたのか)

 

 比企谷八幡が戦闘中に旗を投げたのは、攻撃でも牽制でもなく、勝負の決め手となるこの展開を狙ってのもの。自分が彼に攻撃を当てられない状況が長引けば、接近して勝負に出てくると読みきっていた。つまり、アロガンは完全に比企谷八幡の掌の上だった。

 アロガンは憎々しげに呻いて、何かを掴もうとするかのようにてをのばす。

 

「くそが……! これで、終わりだと言うのか。この、俺が。ふざ……けるな。俺は、俺自身を……証明するために……負けるわけには……」

 

 言いかけて、どこかへと伸ばされた彼の手は力尽きたようにダラリと下がり、そこからポタポタと血が滴り落ちていた。

 

 

 

『比企谷八幡 対 アロガン·リオン

 勝者 比企谷八幡        』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 口の周りに血を滴らせたホッグが、肩や腕、脇腹など、至る所を抉られて血まみれになり、息切れをしている八幡に訊いた。

 八幡は答えるだけの余裕がないのか、無言で“エレメンタル・ダガー”を構える。その瞬間、ホッグの姿が消え、八幡の横を通り過ぎたかと思うと、八幡の太ももが抉られていた。

 

「……ぐあっ!?」

 

 八幡はさらなる出血に膝をついた。

 

「ふぅ、ようやく膝をついたか。いや、まさかここまでとは思わんかったよ。食っても食っても減りが悪いから、正直そろそろ食い飽きそうだぜ」

 

「人の体を霊格と一緒に散々食っといて、ひどい言い草だな」

 

 相手を食らう時、同時に相手の霊格を一定量奪う。それが彼女の能力だった。

 一撃一撃は決して重いとはいえない。しかし、一撃一撃が入るごとに虚脱感が蓄積し、動きが鈍っていく。逆に相手は奪った霊格の分だけ能力が上がっている。 状況は悪くなる一方だった。

 

「……人の肉なんて食うより、さっきみたいに柘榴食ってた方がまだうまいだろ?」

 

 呼吸を整える時間を稼ぐため、八幡が話を振ると、ホッグはあざ笑うように言う。

 

「生憎、アレは赤ん坊のおしゃぶりみたいなもんだよ。人肉っぽいの食ってなきゃ落ち着かないんだ。日本には、そういう話が合っただろ?」

 

「……知識程度には、な。ていうか、完全に依存症じゃねえか」

 

「だな。なんだったらお前も食べてみろよ。ハマるぜ、アレは。私はたまたま食べる物に困って、死体を食い始めたのが切っ掛けだが、空腹は最高のスパイスとはよく言ったもんだ。おかげで、人肉は今まで食った何よりもうまかった。ま、そのせいで離れられなくなったがな」

 

(……なるほど、そういうことか)

 

 おおよその彼女の能力の由来も見当がついた。

 八幡は、“エレメンタル・ダガー”を構えなおす。

 

「それじゃ、こんどはそいつをいただきますか!」

 

 また、ホッグの姿が掻き消える。

 八幡は意識を目に集中する。

 

『……ガッ!?』

 

『ほい、ごちそうさん』

 

 八幡の中に、ホッグに“エレメンタル・ダガー”ごと腕を食い千切られる映像が見える。

 

(……正面か!)

 

 八幡は“エレメンタル・ダガー”を思い切り正面に突き出す。

 

「甘いんだよ」

 

 ホッグは“エレメンタル・ダガー”を噛んで受け止めていた。そして、思い切り力を入れ、“エレメンタル・ダガー”を噛み砕く。

 ホッグは勝ち誇ったようににやりと笑う。

 

「これで終わりだな」

 

「……ああ。そうだな」

 

 言うと同時に、八幡は“エレメンタル・ダガー”をホッグの口の中に押し込んだ。

 

「むぐっ!?」

 

 ホッグは急なことに驚くも、すぐに口の中に入ってきた八幡の腕を噛み千切ろうとする。

 しかし、それよりも早く八幡はホッグの喉のさらに奥まで“エレメンタル・ダガー”を押し込んだ。

 

「……これで本当に終わりだな」

 

 “エレメンタル・ダガー”に装飾された石が光り、その瞬間にホッグの体が内側から本人の血と炎と旋風によって破られた。

 

「……な……に?」

 

 胸から下がズタズタになったホッグは、その場に力なく崩れ落ちた。

 

「なに……しやがった」

 

「……ただ、このダガーの残った力を出せるだけ出しただけだ」

 

 八幡が手元に目を向けると、その役目を終えたかのように、“エレメンタル·ダガー”の残りの刃はさらさらと風化した。

 

(……マズイな。どこかで代わりになるものを見つけないと……)

 

「……おい」

 

「……なんだよ? 一応、言っとくけど、もうおまえは助からないぞ」

 

「そんなこと、今さら気にしてねえよ。お前が持ってた飲み物、まだあるか?」

 

 どうするつもりかと、不思議に思いながらも、八幡はギフトカードからコーヒーを取り出して渡す。

 ホッグはそれを一口飲むと苦笑する。

 

「もう腹一杯だ。にしても、甘すぎだろ、これ」

 

 でも、まぁ、と彼女は続ける。

 

「最後に飲むのには、悪くないか……」

 

 

 

『比企谷八幡 対 ホッグ·グラットニー

勝者 比企谷八幡           』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 ハーブギリヒは、わかっていた。八幡に、彼なりの譲れない理由があることも。イラ以外は対して怒っていないことも。

 自分達が彼と戦うのは、自分達なりに彼の覚悟と決着を着けるためだ。

 ハーブギリヒは何となく察していた。彼の彼なりの不器用な想いも、これ(・・)に彼がどれほどの苦悩を内に秘めているか。

 昔からそうだった。自分は常に外側からモノを知ることができた。

 それは一重に、彼の天才的情報大量収集能力にあった。

 一を聞いて十を知るというが、ハーブギリヒにおいては、一を聞いて全を知るだった。

 ほんの僅かな所作でその人間がどんな人間かを見抜くことができた。

 比企谷八幡は賢い人間だ。

 短い時間で、相手を読み取っていく優れた観察眼と点と点を結び付け、独自の道をつけていく発想力。そして、少年らしからぬ疑り深さを持ち、合理的であればある程度の行為を容認できる柔軟さを持ち合わせている。しかし、同時に子供のような純情さと潔癖さと不器用な優しさも持っている。そして、決して腐りきらず、腐敗した幹や根の中に強い芯が通っている。

 これはさぞ生きづらいだろう。

 見ないものは無知ゆえに解さず、見るものはその姿と能力を半端に見ているがゆえに芯を汚すだろう。

 この男ほど『犠牲』という言葉で当てはめて憐れんで他人が悦に入るのにちょうどいい人間もそうそういまい。

 かわいそうだとは思わない。それこそ彼を貶めることになるだろう。

 なればこそ、自分は彼と正面から向き合って戦うべきなのだろう。

 だから、ハーブギリヒは命懸けで比企谷八幡に挑んだ。

 

「オラオラ、どうした八幡! 動きが鈍ってきてんぞ!」

 

「……うぜえ」

 

 ウィラの案で生み出した、ステルスヒッキーの応用技は、ハーブギリヒには通用していなかった。

 というのも、八幡が彼に渡したままのギフト、“プリック・ヘッドホン”と“ディスタント・ゴーグル”せいだった。視覚と聴覚を格段に強化するこの二つのギフトは、ハーブギリヒが持つ能力と最高に相性がよかったのだ。

 見える。見えすぎるほどに比企谷八幡の動きがよく見える。

 自分の感覚としては、変なズレのようなものを感じるが、それ以上に鋭敏な感覚がそのズレを凌駕する。

 だから、ハーブギリヒは八幡の“ステルスヒッキー”に一切引っかかることなく攻撃ができる。そして、単純な体格による身体能力の差でもって、八幡を追い詰めていた。

 

「どうしたよ八幡。まさか、この程度でネタ切れってわけじゃあねえだろ?」

 

 挑発するように言うハーブギリヒに言い返せればカッコいいのだろうが、八幡は別にそんなものを求めているわけではない。なので、黙って何かしらの策を考える。

 単純な問題として、八幡は攻め手が少ない。特に彼由来のギフトにおいて顕著だが、戦闘に応用はできても、特化させるには難しいギフトばかりなのだ。

 そのため、戦力が分散した状態で相手との相性が悪いと攻め手に詰まるのだ。

 しかし、だからこそ(・・・・・)、あの二つをハーブギリヒに渡したのだが。

 

「なっ……!?」

 

 一瞬、戸惑ったような声をハーブギリヒが上げる。

 八幡はすぐさま、ギフトカードの中からチェスの駒を数個取りだし、ハーブギリヒに投げつけた。

 すると、駒は人間大の大きさとなり、持っていた剣で一斉にハーブギリヒを刺した。

 

「ぐあっ!?」

 

 ハーブギリヒがやや苦しそうな呻き声を上げる。しかし、さっきと違い、彼には何が起こっているのか全くわからないだろう。なぜなら、それが“プリック・ヘッドホン”と“ディスタント・ゴーグル"の欠点(・・)だからだ。

 『30分以上継続使用された場合、強化した感覚器官の機能を15分間強制停止させる』という面倒な制約だ。実際には、使用時間の半分の休息でそれまでかかっていた負荷を回復できる分、一概に悪いとは言えないが、戦闘中に発動してしまえば、最悪という他ない。

 八幡は、そんなギフトの欠点を逆手にとり、ハーブギリヒに使わせ、これらのギフトの性能と彼自身の能力との好相性を印象付け、継続的に使用するように仕向け、後は欠点の能力が発動するまで全力で倒しにいけばいい。

 それで倒せれば御の字。倒せなければ、二つのギフトの能力で一瞬でも動揺してくれれば、その隙を突けばいいだけだった。

 ただ、咄嗟のことであったため、駒自体には単純な指示しか与えられなかった。そのため、すでに駒はただの駒の形に戻っていた。

 ハーブギリヒは、自分の傷を確認する。

 

(あー、こりゃダメだ。致命傷だな。……くっそ、惜しいなぁ)

 

 できることならば、もう少し比企谷八幡の行く末を見ていたかった。

 自分が生きている時も、このすぐれた能力ゆえに、もっと知りたい、と貪欲に願い。多くを知ろうとした。

 『好奇心は猫を殺す』とは、よく言ったものだ。知りたいと強欲になりすぎたが故に、自身は知識という神の禁忌に踏み込みすぎて死んだ。それでも、この知識欲は消えなかった。

 

(……バカは死んでも治らないって本当だな)

 

 どちらにせよ、自分は負けて死ぬのだ。ならば、やるべきことがあるだろう。

 ハーブギリヒは、完全な致命傷で、見えないながらもゆっくりと八幡に近づき、ヘッドホンとゴーグルを差し出す。八幡は一瞬迷ったものの、差し出されたそれらを受けとる。

 すると、ハーブギリヒは手をそっと八幡の頭の上に置き、彼の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「よくやったな。お疲れさん」

 

 そう言うと、彼は力なく倒れたのだった。

 

 

 

『比企谷八幡 対 ハーブギリヒ・フックス

 勝者 比企谷八幡           』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 イラは八幡に正面から突っ込んでいく。

 

「……させるかよ」

 

 八幡は、“セトル·ストリングス”を使い、イラの体の要所要所を糸で拘束する。さらに、無理に引き千切ろうとすると、大量出血するように出血量の多い部位に負荷がかかるようにする。

 動きを封じられたイラは、それでも八幡に飛び掛からんとする。そのため、身体のあちらこちらに糸が食い込んでいた。

 

「んぐぐぐぐぐ……!」

 

 しかし、それでもなお、イラは歯を食いしばって前に進もうとする。

 その様子に八幡は内心舌打ちをしたい気分だったが、それを無視してイラを拘束する糸を、より強固に彼女に絡ませた。

 

「……あー、もうやめといてもいんじゃないか?」

 

 八幡が言うと、イラは威圧するように言う。

 

「やめといてもいいんじゃないか ? ……ふざけるな。ここまでやっておいて、貴様が言えた義理か」

 

 そう言われると、返す言葉もない。だが、だからといって、こっちは諦めるわけにはいかない。だからこそイラの方に退いてもらいたいのだ。それに何より。

 

(……そろそろ時間がなくなってきたな)

 

 恐らく、他がかなりきつい状況なのだろう。どちらにせよ早く決着を着けなければならない。

 

「……やっぱり、無理、か」

 

「当たり前だろうがッ!」

 

 噛みつくようにいう彼女に、しょうがない、と八幡は糸に負荷をかける。しかし、それでもなお、彼女は八幡に向かって来ようとしていた。

 

「……もうやめろ。それ以上やったら致命傷になるぞ」

 

「だからどうした! 致命傷? そんなもの知ったことか! それ以上にここでやれなきゃ、私じゃないんだ(・・・・・・)!」

 

 叫ぶように言い、身体中に糸を食い込ませ、血を傷口と糸の間か滲ませながら進もうとする。そして、イラは続けた。

 

 

「それにな……こんな糸ごときで、渡すを止められると、思うなぁあああああああああ!」

 

 糸が急所を切り裂き、血を大量に流しながらも無理矢理糸を引き千切り、八幡を殺さんと突っ込む。イラにとっては幸いなことに、八幡は彼女が糸を引き千切った反動で体制が崩れていた。

 思いがけず訪れた好機に、イラは八幡の首を掻き切ろうとする。しかし、八幡もその攻撃に対し、ギフトカードから本を出して盾代わりにする。そのため、イラの攻撃は八幡を仕留めるには至らず、本を引き裂いて勢いが落ち、ギリギリで八幡の首に巻かれていたギフト、“リセイノケモノ”を引き千切るだけにとどまる。

 だから、イラは追撃のためにさらに一歩踏み込み、八幡の懐へと飛び込んだ。

 自分の残った体力では、これが最後の一撃になる。だからこそ、イラは確実に仕留めるために彼の懐に飛び込んだ。そして、彼を殺すために顔を上げ、彼の顔を見た。

 

「……ッ!?」

 

 その瞬間、イラの表情は一瞬硬直し、そのままバタリと倒れてしまった。

 

「……?」

 

 イラは大量出血でうまく動かない体を動かして、八幡を見る。

 鬼との戦いでほとんど変わらなかった彼の表情が困惑に満ちていた。

 

「ふふっ……」

 

 それがおかしくて、つい笑ってしまった。

 

「しょうがない。私の負けだ。だから、特別に許してやるよ」

 

 さっきとは違い穏やかに言う彼女に、八幡は困惑した顔のまま何か聞こうとするも、そこに一枚の羊皮紙が現れる。

 

『ギフトゲーム名“オニ退治"

 

 CLEAR PLAYER 比企谷八幡

               』

 

 彼がその羊皮紙を反射的に受け取った瞬間、彼の姿が消えてしまう。恐らく、あの気にくわない閻魔の元にでも飛ばされたのだろう。

 そこで、イラははたと気付く。

 

「そういえば、全然話してなかったな」

 

 敵かもしれないと疑っていたので当然だったが、もっと話をしてもよかったかもしれない、と今更ながらに思っていた。そして、先程を思い出す。

 彼を追撃しようとして顔を上げた時、彼は無意識に口を動かしてやめていた。きっと、その言葉が自分達への本心でありながら、侮辱になると感じていたからだろう。

 イラは、ダルい体を無理矢理動かして仰向けになり、彼が言おうとした言葉を口に出す。

 

「『悪い』か……」

 

 しかし、イラが彼を殺せなかった理由はそれだけではなかった。

 イラは、あの時の彼の顔を思い出して苦笑する。

 

「ったく、あんな泣きそうな顔されたら、怒るに怒れないだろ」

 

 生前、怒りやすいイラは、よく揉め事を起こした。しかし、それは常に誰かのためであった。それでも、『怒り』そのものが罪であるとされ、それによって人を傷つけることもまた罪とされるのだ。

 しかし、そんな彼女も憤ること全てに起こることができるわけではない。

 相手が謝れば許すし、反省していれば許す。そして、あんな罪悪感に満ちた顔をされて無視して業を煮やせるほど、イラは頑なではない。

 だからこそ、あの時、彼の顔から垣間見えた本心に、完全に気勢を削がれてしまった。あれが芝居なら大した役者だが、生憎あの男はそこまで器用にやれないだろう。

 遠のいていく意識に目を閉じながら、イラはほんの僅かに口を動かした。

 

「……さようなら、八幡」

 

 

 

『比企谷八幡 対 イラ・ルプス

 勝者 比企谷八幡      』

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

 目に映る景色は、いつだったかの閻魔のいた部屋だ。

 顔を動かして周りを確認したいが、“シュレディンガー”の効力が切れ、分かれていた体の傷が全て現在の自分に収束したため、立つことすら出来ずに倒れていた。

 そんな八幡を、閻魔は座りながら見下ろしていた。

 

「やはり、お前が生き残ったか」

 

 閻魔の言葉に、八幡の瞳に殺意の色が宿る。

 

「わかってたのか? お前の部下が殺されることも。あいつらを殺さなきゃいけなくなることも」

 

「当然だ。閻魔王の端くれとして、その程度もわからずにいてどうする」

 

 その言葉に、八幡は倒れたままでありながらも閻魔を睨み付ける。

 

「どうした、比企谷八幡。今日は妙に突っかかるな。イラついているのか。それとも」

 

 閻魔はそこで言葉を切ると、八幡を見てにやりと笑う。

 

「多くの者を『犠牲』にした罪悪感の八つ当たりか?」

 

 その瞬間、八幡の中の何かが決定的に弾けて目覚めた。

 

「うわあああああああああああああ!」

 

 その叫びは、まるで八幡の中で新しく目覚めた何かの産声であるかのように響いた。

 

「アウス!」

 

 八幡が呼ぶと、一瞬だけアウスが現れ、消える。

 すると、八幡の髪の色が黒から鮮やかな茶色に変化する。そして、八幡は閻魔に向かって飛びかかる。

 閻魔は、軽く殺してやろうと手を横なぎに振った。

 しかし、閻魔が彼を殺すことできなかった。なぜなら、一瞬早く蒼炎が八幡を燃やしたからだ。

 閻魔は、つまらなそうな視線を隠れていた人物に向ける。

 

「……この煉獄の炎……まったく、無粋だとは思わぬのか、ウィラ=ザ=イグニファトゥス?」

 

 白い目を向けられたウィラは、むしろ責めるように閻魔を見る。

 

「私の弟子を苛めないで」

 

 閻魔は、ほう、と面白そうなものを見る目で八幡を見る。

 

「なるほど。誰かが育てたにしても、人間にしては随分と様変わりしたと思ったが、お前が育てていたのか」

 

 閻魔は椅子から立ち上がると、ふうっ、と八幡に息を吹き掛ける。すると、八幡の体は完全に無傷の状態に戻った。

 

「……ん、あ、し、師匠?」

 

 まだ、寝ぼけたような状態の八幡の頭をウィラはそっと撫でる。

 

「ハチハチ、大丈夫?」

 

「いえ、ですからハチハチはやめてください」

 

 どこか疲れたような顔をする八幡にウィラはえい、と手刀を入れる。

 

「ハチハチの目的はアレを倒すことじゃなくて、箱庭に戻ることでしょ?」

 

 言われて、八幡は今さらながら、そういえば、と思い出す。

 ウィラは、八幡の頭をくしゃりと撫でる。

 

「もう少しだけ頑張って耐えて」

 

 そう言って、ウィラは再び八幡の頭をポンポンと撫でる。

 その様子を眺めていた閻魔は退屈そうに聞く。

 

「何だ、結局向かっては来んのか。つまらん」

 

 閻魔はスッと手を振る。すると、八幡の手元に羊皮紙が現れる。

 

『ギフトゲーム名“オニ退治"

 

 CLEAR PLAYER 比企谷八幡

               』

 

「さて、まずはゲームクリアしたプレイヤーに報酬を与えるとするか」

 

 閻魔が言うや、八幡のギフトカードが光る。

 

『比企谷八幡

 

 “トリガーハッピー”

 “デプレッション”

 “ステルスヒッキ―”

 “デッドエンド・アイ”

 “エレメンタル・ダガー”(破損により使用不可)

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(ウィン)”(使用不可)

 “火精霊(サラマンダー)ヒータ”(使用不可)

 “水精霊(ウンディーネ)エリア”(使用不可)

 “土精霊(ノーム)アウス”

 “ミラー・アリス”

 “災厄精霊フルーフ”

 “ルタバガ”

 “ジャンク・スケアクロウ”

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”

 “A war on the board”

 “不如帰”(使用不可)

 “バグ・サルタスション”

 “セトル・ストリングス”▷

           “コーバート・ストリングス”

           “ブリストアー”

 “ジャイアントイーター”

 “シュレディンガー”

 “フラグ・フラッグス”

 “テセウスの船”

 “制限契約(リミテッド・ギアス)

 “刀葉樹”

 “ギフト・バッグ”▶

 “リセイノケモノ”(使用不可)

 “ジイシキノケモノ”(使用不可)

 

                          』

 

 彼らとの戦いで、決して少なくない量のギフトを失った中、新しくギフトが追加されていた。

 それは、司録が使っていたペンのギフト、“制限契約”とこの地獄に自生する“刀葉樹”という樹木だった。

 八幡は、それらはギフトカードから取り出して苦い顔をする。

 “制限契約”の方は万年筆のような形に変わっているだけなのでまだいい、問題は“刀葉樹”だ。ギフトカードから取り出されたそれには、葉にも幹にも、血がべっとりとついていた。

 それが誰の血かなど、八幡には言われるまでもないことだった。

 八幡はもう飛びかかるようなことこそ無かったが、殺意のこもった眼差しで閻魔を睨む。

 

「最悪だな」

 

「お前に言われるのであれば、こちらとしては最高だな」

 

 心のどこかで抑えようとは思うものの、どうにもうまくいかない。イラに“リセイノケモノ”を一度破壊された時から、どうにもうまく抑えが利かなくなっている。

 八幡は首に巻かれた首輪に触れる。

 

「……ん?」

 

 その感触に、どこか違和感を覚える。八幡はギフトカードから鏡を取りだし、首を見る。

 

「……はぁ」

 

 その首には、錆び付いた鈍く光る銀の虎の意匠の付いた革製の首輪に加え、それに絡み合う形で、錆び付き鈍く光る銀の牛の意匠の付いた革製の首輪が巻きついていた。

 そんなこと知ったことではないとばかりに、閻魔は勝手に話を再開する。

 

「さて、“刀葉樹”にはお前も散々世話になっただろうから、言わなくてもわかるだろう。“制限契約”はやや特殊な主催者権限(ホストマスター)なのだが使っていた者がいないのだし、お前にくれてやる」

 

 この閻魔から貰うというだけで、すでにいい気分ではないが、あくまでギフトゲームの正当な報酬として支払われる以上、貰っておくべきだろう。

 

「で、このギフトゲームにクリアした俺は無罪放免なのか?」

 

「そんなわけないだろう。お前が減刑したい条項が何であるかはわかっている。お前を殺した男の身分詐称だろう? だがな、それを差し引いてもまだお前には数千年ほど罰を受ける罪状がある。よって、お前への判決はこうだ。『聖人ニコラスを詐称する者を死亡させること』。それを以て、お前への罰則は次にお前が死んだ時にお前が行った地獄でその時までの現世での行いと比べて、再度是非を問うこととする」

 

 そう言うと、閻魔はスッと手を振る。すると、八幡の周りに6つの鳥居が現れる。

 一つは豪華絢爛な派手派手しい鳥居。一つはみすぼらしく今にも崩れ落ちそうな鳥居。一つは他に比べて巨大な鳥居。一つは小さく一人の人間が通るのもやっとな鳥居。一つは真新しい鳥居。一つは傷だらけで年期はあるが確りとした鳥居。

 

「好きに選べ。その内の一つがお前の現世だ」

 

 鳥居は隙間なく詰められており、向うからの声も遮られているため、ウィラの意見を聞くことはできない。

 そこで、八幡は違和感を覚えた。恐らく、これは六道輪廻だろう。この内、それぞれが天道、地獄道、修羅道、餓鬼道、畜生道、人間道の何れかに別れているのだろう。だが、何故六つ(・・)なのだ。

 

(これがもし、六道輪廻なら、アレがないのはおかしい)

 

「どうした、比企谷八幡。選ばないのか?」

 

 閻魔の問いかけに、八幡は答えようとして、答えに詰まった。

 どちらが正解なのだろう、と。

 自分の予想が正しければ、この内の一つは自分が箱庭世界において、ずっと願っていたものになる。ならば、それを選ばない理由はない。

 

(いや、でも小町が……)

 

「心配するな。人間道ならお前の妹もそちらに行けるよう取り計らってやろう」

 

 八幡の思考を読んだかのように閻魔は言った。

 

「どうした? 何を迷う必要がある。元々あいつらはお前とは何の関係もない。味方どころか最後は敵にすらなり、お前は奴らを皆殺しにしたのだ。義理立てする理由はないだろう? 彼の世界だってそうだろう? あちらでは、お前はもう故人なのだ。今さら何を悩む必要がある」

 

 八幡はどうすべきか考える。今までなら、持ちうる手札で最善を尽くしてきた。だが、今はその手札すらない。一体、自分は何時からこんなに弱くなった。……いや、違う、そうじゃない。何時から自分はこんなにも弱々しいと自覚(・・)してしまった。

 

「……くっそ」

 

 どうしても、止まってしまう。躊躇ってしまう。躊躇してしまう。

 自分は、どうすればいい? 誰か教えてくれ。

 

「八幡君!」

 

「……ッ!?」

 

 その声を、どれほど久々に聞いただろう。しかし、この凛とした強い意志を感じさせる声の主を、八幡は一人しか知らない。

 

「……久遠か?」

 

 無意識に下がっていた顔をあげると、目の前に木彫りの鳥が飛んでいた。

 これには八幡も見覚えがあった。これは、八幡自身の所持する“不如帰”というギフトだ。飛鳥は、これを使って話しているのだろう。彼女は、恐らくこっちの状況がわかっていないのか、一方的に捲し立てた。

 

「いい、八幡君? 私には今のあなたの状況はわからないわ。でも、私も小町さんも春日部さんも十六夜君も黒ウサギもジン君もレティシアもリリ達“ノーネーム”の子供達もみんなあなたが帰ってくるのを待ってるわ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)! だから、『絶対に帰ってきなさい』!」

 

 もしも、かつての比企谷八幡が今の自身を見たら、どう思うのだろう。偽物だと言うのだろうか。少なくとも、理由は与えられた。ならば、後は行動に移すだけだ。

 

「俺は、この鳥居のどれも選ばない。俺が今戻りたいのは、俺の世界じゃなくて、箱庭だ」

 

 力強く、八幡は宣言する。

 そして、その言葉を聞き閻魔はつまらなそうに息を吐く。

 

「このまま自分の世界に戻ってくれれば、十中八九また地獄行きだったところを。つまらん」

 

 鳥居がすっ、と消え、心配そうな顔をしたウィラが見える。

 閻魔は、そんな彼女に目を向ける。

 

「おい、古い箱庭に繋がる地獄門がある。それを開けてやるからとっとと貴様の不肖の弟子を連れていけ。時間もそいつが死んで五日ぐらいに合わせてやる。だからさっさと行け」

 

「言われなくても、こんなところすぐに出ていく。行くよ、ハチハチ」

 

 ウィラは八幡の手を引いて、連れ出していく。

 八幡は、ウィラに手を引かれながら、ずっと考えていた。

 これで正しかったのか(・・・・・・・・・・)、と。

 こんな思考は時間の無駄だとわかりつつも、それでも問い直さずにはいられない。

 

(……小町には謝らないといけないかもな)

 

 少なくとも、彼女達と仲のよい妹には、一言言っておくべきだろう。

 そんなことを延々考えている間に、いつの間にか古めかしい朱色の門の前に来ていた。

 ウィラは、そこで八幡の手を放して、彼の方を向く。

 

「私はここまで。今の魔王のギフトゲームのルールで私は入れないから。ここから先はハチハチだけで行って」

 

「わかりました。その……色々とありがとうございました」

 

 そのまま、門をくぐろうとすると、服の袖をちょん、と掴まれる。

 八幡が振り替えると、ウィラは心配そうに言った。

 

「……まだ、耐えて」

 

「…………うっす」

 

 すべて見透かしたような彼女の瞳とその言葉に、八幡は短くそう答えるだけで精一杯だった。

 しかし、ウィラは八幡のその答えに満足したのか、引き留めていた手を放す。

 

「それじゃあ、また」

 

「……はい。また……」

 

 そして、八幡は今度こそ門へと足を踏み入れた。




 宗教的な『罪』や『悪』は必ずしも一般的なものと同一になりえなません。そこは『そういうもの』と折り合いをつけるしかないのですが、そこら辺の線引きが難しいんですよね。
 さて、今回失ったギフトは“魔弾”、“リドル・ナンバーズカード”、“エレメンタル・ダガー”、“マザーグース”の4つです。これらは攻撃系のギフトなので主人公の攻撃力が激減してます。
 まぁ、あまり直接的に戦うというタイプの主人公ではないのですが。
 さて、今回発現した“ジイシキノケモノ”ですが、かなり強いギフトです。明言します。変則的ですがすごい強いです。
 次回は一応は前後編なしの一話の予定です。
箱庭に戻った八幡。しかし、度重なる戦闘による消耗で魔王のギフトゲームを前に精神が不安定になってしまっていた。
 そんな彼のためのために、使用不可となっている“リセイノケモノ”と“ジイシキノケモノ”を再度使えるようにするため、閻魔から受け取った主催者権限を使い、これらのギフトを使ったギフトゲームを提案するアリス。
 そして、そのギフトゲームで八幡が見るものとは……。
 的なのを大体考えています。
 できるだけ早くかけるよう頑張ります。
 感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。

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