ぼっちが異世界から来るそうですよ?   作:おおもり

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八幡の『ドキッ☆男だけの“世界の果て”珍道中!~ポロリはないよ~』が決定しました。
お楽しみいただければ幸いです。


どうにも、逆廻十六夜は自由すぎる。

「じゃあ、おまえが俺たちに対して隠していることと、この箱庭に連れてきた本当の理由を話してくれ」

 

「へ?」

 

 八幡の言葉にその場の空気が凍りつき、みんな何も言えなくなっていた。

 そんな空気を最初に破ったのは十六夜だった。

 十六夜は、呆れた様子で言った。

 

「おいおい、八幡。いくらなんでも言うタイミングが早すぎだろ」

 

「空気が読めなくて悪かったな。でも、俺は仲間に意図的な隠し事をするやつを信用できない」

 

 そう言う八幡から睨み付けられて、黒ウサギはビクッと、身を竦ませてしまう。

 そんな状況を見かねたのか、飛鳥と小町が食って掛かった。

 

「ちょっと、八幡君! いくらなんでもレディに対して失礼じゃないかしら?」

 

「そうだよ、お兄ちゃん! 黒ウサギさんに失礼だよ!」

 

「失礼っていうなら、俺達に意図的に隠し事をしてる黒ウサギの方じゃないのか?」

 

 そういう彼に、飛鳥は挑戦的な笑みを向ける。

 

「あら、そこまで言うなら、あなたは黒ウサギが何を私たちに隠しているのか、わかるのかしら?」

 

「ああ、概むね。まず、黒ウサギのコミュニティはかなりの人材不足なんだろうな。なぜなら、さっき『足手まといはいらない』といった後に俺が帰りたがったのを引き留めようとしたからだ。だが、黒ウサギは“審判権限”という特権を持つほどの実力者だ。それなら、所属するコミュニティだってそれなりの規模であるのが普通だ。なら、なぜ黒ウサギのコミュニティは人材不足になるほどの規模になっているのか。それは―――」

 

「ギフトゲームに負けて奪われたから。だろ?」

 

 八幡の言葉を奪って十六夜が答えた。

 

「ギフトゲームでは何を賭けてもいい。なら、コミュニティの人材やコミュニティそのものでも構わないはずだ」

 

 そこに、飛鳥が口を挟んだ。

 

「ちょと、待ちなさい二人とも。そんな大規模なギフトゲームなんてそうそうないでしょう?」

 

 その疑問には、黒ウサギが答えた。

 

「はい、確かに。どのギフトゲームも基本的にそうですが、賭けるものは両コミュニティの了解が必要です」

 

「だったら―――」

 

「それをさせない特権があるとしたら?」

 

「え?」

 

 黒ウサギの話を聞いて、「だったら、断るはずでしょう?』という言葉に先回りして八幡が答える。

 

「はい。黒ウサギのコミュニティは箱庭を襲う天災、“魔王”によってすべてを奪われました」

 

「ま…マオウ!? なんだよそれ、超カッコイイじゃねえか! 箱庭には魔王なんて素敵ネーミングで呼ばれてる奴がいるのか!?」

 

 十六夜の興奮した様子に、黒ウサギは苦笑しながら答える。

 

「恐らく、十六夜さんが思い描いている魔王とは差異があるかと思います。魔王は“主催者権限”を持つ修羅神仏で、挑まれたが最後誰も断ることができません」

 

「で、おまえたちはその魔王に勝負を挑まれて負けたってことか」

 

「なあ、すべて奪われたって言ったが、具体的には何を奪われたんだ?」

 

 八幡の質問に、黒ウサギは苦しそうにしながらも答えた。

 

「まず、コミュニティの“名”です。よって私たちはその他大勢を意味する“ノーネーム”という蔑称で呼ばれています。次にコミュニティのテリトリーを示す役割を持つ旗印もありません。とどめに、中核を成す仲間です。現在では、黒ウサギとジン坊ちゃんを除けば、同士のほとんだは10歳以下の子供ばかりです」

 

「ジン坊ちゃんってのは」

 

「現在のリーダーですが、まだ11歳です」

 

「でも、それなら黒ウサギさんがゲームに参加すればいいんじゃないですか? 特権があるってことは、強いってことでしょうし」

 

「いや、たぶんだが、特権の代償にゲームへの参加を制限されているんだろ」

 

「じゃあ、それを返上すればいい」

 

「いえ、黒ウサギの審判稼業はコミュニティの唯一の稼ぎなので」

 

「それも、難しい…か」

 

「だったら、新しくコミュニティを作ればいいんじゃないか?」

 

 十六夜の提案に、黒ウサギは目に涙を溜めて、震えるような声で言った。

 

「改名はすなわちコミュニティの完全崩壊を意味します。しかし、それではダメなんです! 私たちは…仲間が帰ってくる場所を守りたいんです! そのために異世界からの召喚という、最終手段に望みを掛けたのです……! 魔王のから、誇りと仲間を取り戻すため、コミュニティの西面のため、どうかあなたたちの力を我々に貸していただけないでしょうか……!」

 

 すべてを語り終えた黒ウサギは、ほとんど泣きながら五人の反応を待った。

 そんな彼女に、十六夜が話しかけた。

 

「なあ、黒ウサギ」

 

「なんでしょう?」

 

「いいな、それ」

 

「は?」

 

 十六夜の言葉の意味がわからず、黒ウサギは呆けてしまう。

 

「魔王から誇りと仲間を取り戻す。 なかなかロマンのある話じゃねえか」

 

「あの、十六夜さんはロマンのあるものが好きなんですか?」

 

「感動に素直に生きるのは、快楽主義者の基本だぜ」

 

「えっと、では」

 

「ああ、協力してやるよ」

 

 十六夜の言葉に笑顔になる黒ウサギを十六夜は手で制した。

 

「だが、あくまでそれは俺だけだ。他の奴はおまえがどうにかしろ」

 

 言われて黒ウサギは恐る恐る他の四人を見る。

 すると、飛鳥がまず口を開いた。

「私、久遠飛鳥は、裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうるすべてを支払ってこの箱庭に来たのよ。もし、『小さな一地区を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる』などと言われていたら、魅力を感じず断っていたでしょうけど―――」

 

 そこで飛鳥は言葉を切り、黒ウサギを見た。

 

「『コミュニティの仲間と誇りのために力を貸して欲しい』と、言うあなたのその言葉が本気なら、あなたのコミュニティに入ってもよくってよ?」

 

「はい! もちろん、本気です!」

 

 飛鳥の質問に迷いなく答えた黒ウサギに、飛鳥は微笑した。

 

「なら、私からは断る理由はないわ。春日部さんは?」

 

 と、飛鳥は次に耀に話を振った。

 

「私は別にどっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

 

「じゃあ、私が立候補してもいいかしら?」

 

「あ、小町も小町も!」

 

「うん。二人は私の知ってる女の子とちょっと違うから大丈夫かも」

 

「さて、これで春日部さんはいいとして…小町さんはどうかしら?」

 

 飛鳥に次に話を振られた小町は少し困ったような顔をした。

 

「うーん。小町はお兄ちゃんについてきちゃっただけなので、お兄ちゃんがどうしても黒ウサギさんが信用できないっていうなら、小町は兄についてきます」

 

 その言葉で全員の視線が八幡に集まった。

 

「だ、そうだけど八幡君。あなたはどう?」

 

 飛鳥から話を振られた八幡は、面倒くさそうにため息をついて、黒ウサギを見た。

 

「なあ、黒ウサギ。別に入っても構わないが、一つ条件があるが構わないか?」

 

「その条件によりますが、なんでしょう?」

 

「いや、そっちからしたら大したことないんだが、さっきも本人が言った通り小町は俺についてきちまっただけだから“ギフト”を持っていない。だから、おまえのコミュニティが小町に危険が及ばないように守ってくれるってんなら入っても構わない」

 

 黒ウサギは、一体どんな条件を出されるか戦々恐々していただけに、八幡の条件がまさか『黒ウサギのコミュニティが妹の身の安全を保障すること』が条件だとは夢にも思わなかった。

 

「Yes! 小町さんの身の安全は黒ウサギが“箱庭の貴族”の名にかけて保障いたします!」

 

「なら、俺も黒ウサギのコミュニティに入る」

 

 こうして、全員が“ノーネーム”に入ることが決定した。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「よし。世界の果てを見に行こう」

 

「よし、じゃねえよ。何がよしなんだよ」

 

 現在、六人は黒ウサギの所属するコミュニティ”ノーネーム”のリーダー『ジン』と彼女が待ち合わせしている場所に向かっていた。

 そんな中、十六夜が唐突に『世界の果てを見に行こう』と言い出していた。

 

「別に行くなら勝手に行ってもらえるかしら?」

 

「私も今はいい」

 

「小町もやめておきたいですねえ」

 

「何だ何だ? いくらなんでもノリが悪すぎだろ女性陣。まあ、いいや。それじゃあ、俺達だけで行こうぜ、八幡」

 

「え、ちょ、俺は別に――――」

 

 断る間もなく、八幡は十六夜に首根っこを掴まれて、そのまま連れて行かれた。

 小町は、兄が連れて行かれるのを見送りながら飛鳥と耀に向き直り言った。

 

「あの、どうしましょう?」

 

「別に、聞かれたわけでもないし、黒ウサギには言わなくていいでしょう」

 

「うん。それに面倒くさいし」

 

「…それもそうですね」

 

 女性陣は冷たくいい、また黒ウサギについていき始めた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

二人は“世界の果て”に向かった一時間半後

 

 

「ジン坊ちゃん!」

 

街中の噴水の近くにいた少年に、黒ウサギは声をかけた。

 

「お帰り黒ウサギ。そちらの女性三人が?」

 

 まさか、召喚されたのが全員女性だと思っておらず、ジンが訊いた。

 

「Yes。 こちらの五人が……ってあれ?」

 

 そこで初めて黒ウサギは、十六夜と八幡がいないことに気が付いた。

 

「あの、後の二人は? 全身から“俺問題児!”ってオーラを放ってる殿方とぬぼーっとした目つきの悪い殿方が…」

 

「ああ、十六夜君なら『よし。世界の果てを見に行こう』って言って駆け出して行ったわよ」

 

「お兄ちゃんはその十六夜さんに首根っこ掴まれて連れてかれました」

 

「なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「止める間もなく走り出して行っちゃったので…」

 

「どうして黒ウサギに一言言ってくれなかったんですか!?」

 

『だって、聞かれなかったし』

 

 声を揃えて言う、問題児たちの女性陣に、黒ウサギはガックリと、膝をついた。

 それを傍で聞いていたジンは、慌てたように言う。

 

「それって、大変じゃないですか!? “世界の果て”には、野放しにされている幻獣や精霊がいるんですよ!」

 

「幻獣に…精霊?」

 

 飛鳥たちの疑問にジンが答えた。

 

「ギフトを持った獣や、特定の属性を司るギフトと霊格を持ったものを指す言葉で、特に“世界の果て”付近には、強力なギフトをもったものもいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ちできません」

 

 そんな風に言われても、問題児たちはどこ吹く風と楽観的だった。

 

「あら、それは残念ね。彼らはきっともう…」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー? …斬新」

 

「『次は強くてニューゲームが俺を待ってるぜ!』とかだったらいいですけどね…」

 

「冗談を言っている場合では、ありません」

 

 そう言うジンの後ろで、黒ウサギは『もう限界だ』とばかりに震えていた。

 

「…ジン坊ちゃん。申し訳ありませんがお三方のご案内をお任せしてもよろしいでしょうか? 黒ウサギは、問題児たちを捕まえに参ります」

 

 そう言う黒ウサギの黒い髪とウサ耳が、淡い緋色へと変貌した。

 そして、全力で跳躍した黒ウサギは、あっという間に四人の視界から消え去っていた。

 

「黒ウサギさんってあんなにすごかったんですねえ」

 

 小町は意外そうに感心した。

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属ですから、力もそうですが、様々なギフトや特殊な権限も持ち合わせた貴種なんです。彼女ならよっぽどのことがなければ大丈夫でしょう」

 

 その言葉を聞き、飛鳥たちは安心したように言う。

 

「じゃあ、箱庭を少し案内してもらえないかしら?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 そうして、四人は少し街を歩くことにした。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギが十六夜、八幡の不在に気づく十分前

 

 

 十六夜に首根っこを掴まれつつ、八幡はどうにかして逃げられないかと諦めて、五分で諦めた。『押してダメなら諦めろ』が、彼の身上なのだ。十六夜は言って聞くような人間ではない。なら、あきらめた方が楽だろう。と、考えたのだ。

 すると、十六夜に方から話しかけてきた。

 

「おい、八幡」

 

「なんだよ、逆廻」

 

「…十六夜で構わねえよ」

 

「なんだよ十六夜」

 

「おまえ、黒ウサギにあいつのコミュニティのことを問い詰めたのは空気を読まなかったって言うよりも、妹の安全と黒ウサギのことを考えてだろ?」

 

 言われた八幡は、十六夜に顔を見られないように、そっとそっぽを向いた。

 

「別に黒ウサギがあの段階で信用できなかったのも本当だ」

 

「確かに、それも嘘じゃないんだろうが、だからこそ妹と一緒に入るなら力のあるやつがいて、信用できる場所がいい。力って意味じゃ“審判権限”を持つ黒ウサギは十分すぎるぐらい十分だ。だからこそ、信用を確かめるためにあんな約束をさせたんだろ?」

 

「………」

 

 八幡はそっぽを向いたまま何も言わなかった。

 

「しかも、ああやっておまえが黒ウサギを悪く言えば、女性陣のお前に対する心象は悪くなるが後になって黒ウサギのコミュニティの現状が知られて一悶着あるよりはずっといい」

 

 十六夜の言葉を、やはり八幡はだまって聞いていた。

 

「だが、あんまりやると身を滅ぼすぜ」

 

 十六夜の言葉は、八幡に文化祭のことを思い出させた。だが、八幡はそのことを思い出し、微かに笑みを浮かべた。

 

「別にそこら辺の奴が何を言ってても俺には関係ねえよ。ただ、一人でも自分をわかってくれる奴がいるなら…」

 

 八幡はそこで言葉を切った。

 十六夜も口を挟まず、次の八幡の言葉を待った。

 そして、八幡は口を開く。

 

「それはそれで幸せなんじゃねえの?」

 

 十六夜は八幡の言葉に、少し笑みを浮かべた。

 

「そうかよ」

 

 ただ、短くそう言った。

 そんな彼の脳裏には、元の世界の、かつての義理の母親の顔が思い出された。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギが十六夜、八幡に追いつく、三十分前

 

 

「おい、待て小僧ども」

 

 十六夜が八幡を引きずって、“世界の果て”に向かう途中、彼らは知らないが、『トリトニスの滝』の主である水神に呼び止められた。

 

「なんだよ、でっかい蛇だな。“世界の果て”にはこんなもんまでいやがるのかよ」

 

 心底楽しそうに、十六夜は言った。

 そんな十六夜に、水神は不快そうに言う。

 

「不愉快な小僧どもだ。人間がこんなところに何の用だ? なんなら、私のギフトゲームで貴様らの力を試してやろうか?」

 

「へえ、安い挑発をありがとよ」

 

「ふん、人間に礼など言われても嬉しくもないわ。それよりも、やるなら試練を選べ」

 

「はっ! 冗談。なに人を試す気になってんだ? まずは、俺がおまえを試してやるよ!!」

 

 あっという間に戦闘に入った十六夜と水神にほっとかれ、八幡はとりあえず一人と一柱から離れることにする。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギが十六夜に追いつく二十分前

 

 

 十六夜たちから離れた八幡は、どうしたものかと思いながら、森の一本道を歩いていた。

 

「さて、どうやって暇をつぶすか…そうだ。スマホがあった…って壊れてやがる」

 

 どうやら、ポケットのスマホは箱庭に来た時に湖に落ちた際に、壊れてしまったらしい。

 

「これじゃ、小町のも壊れてるだろうな。連絡取れねえじゃん」

 

(そういや、雪ノ下や由比ヶ浜は何やってんだろ。というか、戸塚に会えないとか…! 材木座? あんなのどうでもいい!)

 と、元の世界の知り合いのことを考えながらスマホを片手で弄びながら歩いていると…

 

「ちょいと、そこの若者よ」

 

 少し大きな岩に腰かけた、小柄な肌の色の黒い老人に声を掛けられた。

 八幡が老人の方を見ると、老人は人の良さそうな笑みを浮かべた。

 

「こんなところに、お主のような若者がなぜいるのじゃ?」

 

「知り合いが“世界の果て”を見たいと言い出してな」

 

「ほう。変わった知り合いがいるようじゃな。して、君の知り合いはどこじゃ?」

 

「滝のとこででっかい蛇と遊んでる」

 

「滝のでかい蛇? それはトリトニスの滝の主か?」

 

「いや、知ねえよ」

 

「あれは水神じゃ。見たところお主は人間のようじゃが、連れは神格か何かか?」

 

「さあな。人間だと思うが、普通の人間じゃないかもな」

 

 適当に八幡が言うと、老人は少し笑って言った。

 

「人間なんぞ水神の相手にもならんわい」

 

 にしてもと、老人は続ける。

 

「じゃが、お主の知り合いならもしかしたらがあるかものう」

 

 老人の言葉に八幡は眉を顰めた。

 

「どういう意味だ?」

 

「どういう意味も何も、お主はさっきからわしに対しての警戒心を全く解いておらぬ上に、こっちの真意を探ろうとまでしておる。そんなお主がただものなわけがなかろう。どこぞのコミュニティの参謀か?」

 

「お生憎様。ほんの数時間前に来たばかりだよ」

 

「じゃったら、お主のコミュニティは将来が楽しみじゃの」

 

 そう言って、老人は心底嬉しそうに笑った。

 

「で、なんで俺に声なんかかけたんだ。ただ珍しかったから、だけじゃないだろ?」

 

「なに、ちと頼みごとをしようと思っての」

 

 老人の言葉に、八幡は怪訝な顔をする。

 

「頼みごと?」

 

「そうじゃ。実は、この先に行った洞窟に住む精霊どもに物を盗まれての」

 

「盗まれたってどういうことだ?」

 

「わしは用事で知り合いの鍛冶屋のところへ行って、帰る途中でな。洞窟の入り口のところで泣いとる子供がおったから声をかけたんじゃが…」

 

「そいつが精霊で、持ってるものを盗まれたと?」

 

「そうじゃ」

 

「取り返せないのか?」

 

 老人は沈痛の面持ちで首を横に振った。

 

「ここらならともかく、洞窟内はこの年じゃよく見えなくての」

 

 なるほど、八幡の見立てでは、かなり強そうなこの老人も寄る年には勝てないということか、と八幡は考えた。

 

「で、俺が行って取ってきてくれって?」

 

「そうじゃ。もちろん、礼はするぞ」

 

「へえ、何をくれるんだ?」

 

「これじゃよ」

 

 老人が取り出したのは、きれいなネックレスだった。

 

「これはわしが昔造ったものでな。今日行ってきたのはわしの友人の弟子のところなんじゃよ」

 

 八幡は、自分はいらないが、小町にあげたら喜ぶだろうと思った。

 

「わかった。この先の洞窟でいいんだな?」

 

「ああ。健闘を祈る」

 

 八幡が言われた通り歩いていくと、確かに洞窟があった。

 

「ここか。けっこう奥までありそうだな」

 

 その洞窟は、少なくとも数百メートルは続いていそうな距離で、かなり暗いが、全く見えないというほどではなかった。

 

「しょうがねえ。行くか」

 

 八幡は、とりあえず洞窟内に入ることにする。

 

 すると、洞窟に入って五メートルほどで、いきなり出入り口が岩のようなもので塞がれた。

「なっ!?」

 

そこで、ようやく八幡は自分の迂闊さに気がついた。

(しまった! あのじいさんはここに俺を誘い出すためのわなだったのか!)

 

 八幡が歯噛みしていると、洞窟内の壁に、炎の灯った“契約書類”が現れた。

 

『ギフトゲーム名"運命の審判"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 洞窟内の『盗まれた者』を取り戻す。

 

 ・プレイヤーは洞窟内で、小ゲームを挑まれた場合、断ることはできない。参加を拒否し続けた場合は失格とみなす。

 ・プレイヤーが敗北した場合、プレイヤーが現在持っている中で、最も大切なもの(プレイヤーの命を除く)が失われる。

 ・隠されたルールを破った場合も同様に失格とする。

 

 敗北条件 降参か失格、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。(死亡も失格とみなす。)

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

 “契約書類”を見て、八幡は軽くため息をつく。

(なるほどな。つまり、強制的にギフトゲームに参加せざるを得ない状況を作り出したわけか。しかも、さっきの爺さんは恐らく審判がいた場合の布石)

 

 そう。このゲームの勝利条件は老人の頼んだ『盗まれた物』と同じだろう。

 

だから、さっきの老人の頼みを受けたことでギフトゲームが成立したのだろう。

 

「だが、この『・プレイヤーが敗北した場合、プレイヤーが現在持っている中で、最も大切なもの(プレイヤーの命を除く)が失われる。』ってなんだ?」

 

 現在、八幡が持っているものは壊れたスマホぐらいだ。

 

「とすると、こっちに損はあまりないわけだ」

 

 ただ、問題は、と八幡は敗北条件を見る。

 

「死亡も敗北条件ってありかよ」

 

 そう、つまりこのギフトゲームはプレイヤーの死が少なくとも起こり得るのだ。

 

「それに『隠されたルール』ってなんだよ」

 

 考えるには、あまりに情報が少なすぎた。

 

「ま、進むしかないな」

 

 八幡はとりあえず、奥まで言って目的のものを手に入れることにした。

 

「あれ?」

 

 歩き出そうとしたところで、八幡は“契約書類”の下に、もう一枚、羊皮紙のようなものがあった。

 手に取ってみると、羊皮紙にはこう書かれていた。

 

『昔々あるところに、一人の若者がいました。

 

 若者は、ある時自分の畑で働いていると、小柄で肌の黒いおじいさんがやってきたいいました。

 

「ごめんください。食べ物を恵んでください。おなかが減って死にそうなんです」

 

 若者は男に自分の昼ご飯をあげました。

 

 すると、男はお礼にと、きれいな赤、黄色、白、黒の石がはまったお守りをくれました。

 

 そのお守りがとてもきれいだったので、欲にかられた若者は男に「もっとよこせ」と言い、男が「もうない」と言うと、怒って男を殺してしまいました。

 

 若者は怖くなって男を埋めてしまいました。

 

 ある夜、若者のところに、小柄な黒い髪の男が現れました。

 

 男は若者に向かって言いました。

 

「お前は私の友達を殺した。だから、私がお前を殺す。しかし、今は殺さない。おまえを殺すのはおまえが幸せの絶頂にいるとき、おまえの命よりも大事なものを奪って殺してやる」

 

 男はそう言って、出ていきました。

 

 若者は、その日からいいことが続きました。

 

 時がたち、若者は村で一番の大金持ちになり、四人の美しい娘に囲まれて、と手もしあわせでした。

 

 しかし、ある日、娘たちがそろって姿を消しました。

 

 若者は慌てて娘を探しましたが、どこにもいません。

 

 そこへ、あの男が現れました。

 

「娘を返して欲しくば、この先の洞窟へ来い。そこでお前の審判が下される」

 

 そう言って男は姿を消した。

 

 若者はすぐに洞窟へ行き、奥へと進んでいった。

 

 洞窟の奥の部屋には、若者の娘たちがいました。

 

 しかし、変わり果てた娘たちの姿に、若者は驚いた。

 

 娘たちはすでに、人間ではなくなっていた。

 

 そこに男が現れた。

 

「ここで貴様の審判を下す」

 

 すると、洞窟の奥の部屋の出入り口が塞がってしまった。

 

「これで、この洞窟から出られたら貴様を許してやる。それ以外の用途でナイフを使えば、貴様の負けだ。死んでもらう」

 

 そう言って、男は若者に赤、黄、白、黒の石のはまったナイフをそれぞれ渡した。

 

 若者は、まず黒い石のナイフを使ったが、壁は削れずに、余計に硬くなってしまった。

 

 次に、白い石のナイフを使った。しかし、それは壁にすーっと入ったが、泥をかき出すだけだった。

 次に、赤い石のナイフを使った。しかし、これも壁にすーっと入ったが、埃をかき出すだけだった。

 最後の黄の石のナイフは、火花を散らすだけだったので、使うのをやめた。

 

 結局、どのナイフを使っても出られず。若者は絶望した。

 

 そして、若者は持ていたナイフで男に切りかかった。

 

 すると、若者は死んでしまった。

 

 男は言った。

 

「審判は下った。 運命は貴様の『死』を選んだ」

 

 そして、男は若者の首元を見た。

 

「貴様が真に正しく、優しい者であれば、そうはならなかったであろう」

 

 そして、次に男は変わり果てた若者の娘たちを見た。

 

「哀れなものよ。こんな者せいで、このような姿へと成り果てるとは。せめて、貴様らを任せられる者が現れるまでそこでねむっているがよい」

 

 そして、男は今も待っています。

 

 彼女たちを任せられる者が来るのことを。

 

 正しく、優しき未来へと進める者が来るのことを。

                                            』 

「なんだこれ?」

 

 洞窟を歩きながら読む八幡は首をかしげた。

(恐らく、最初の文からして、何らかの『お話』のようなものだ。『隠されたルール』もここにある。だが…)

 

 八幡は、少し嫌な予感がしていた。

 このゲームを進めるうえで、大きな見落としがある気がしていた。

 

「おい、小僧」

 

 そんなふうに悩んでいる八幡に、誰かが声をかけた。

 何事かと思い、声のした方を見ると、小柄な黒髪の男がいた。

 

「ここはすでに『奥の間』なんだが、ゲームはしないのかい?」

 

「ギフトゲームなら今してるだろ?」

 

「そっちじゃなくて、小ゲームの方さ」

 

「小ゲーム」

 

「そう、クリアする上で、必ず受けるべき試練ってとこか」

 

「マラソンの中継地点みたいなもんか?」

 

「マラソンってのが何かは知らないが、中継地点ってのは惜しい言い方だ。正確には途中関門だな」

 

「で、その小ゲームに勝ったら何がもらえるんだ?」

 

「情報さ」

 

 その言葉に八幡は笑みを浮かべる。

 

「へえ、わざわざ問題の答えを教えてくれるのか?」

 

「いや、教えるつってもピンキリだな」

 

 だが、この少ない情報では、どうすればいいか若干迷うところだったので、提供されるなら助かるところだった。

 

「で、受けるのか」

 

「ルール上は受けなきゃ俺の負けなんだから受けるさ」

 

「いいだろう」

 

 そういって男はぱちんと指を鳴らすと、“契約書類”が現れた。

 

『ギフトゲーム名“沈黙の問答”

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 プレイヤーの出した問いに、ホストマスターが答えを言えなかった場合。

 

 ・プレイヤーはいかなる問いを出してもいい。

 ・ホストマスター側は、関係のない言葉を言って、『答え』とすることはできない。

 ・プレイヤーは問いを出す際に、ホストマスターに確認を取ること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーの問いに答えを言えた場合。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

 “契約書類”を読んだ八幡は、男に向き直った。

 

「なあ、これはゲームと関係ない質問なんだが、いいか?」

 

「構わねえぜ」

 

 八幡は珍しく神妙な顔で聞いた。

 

「俺は今回一体何を賭けさせられてるんだ?」

 

「“契約書類”にあった通り、大事なものさ」

 

「だったら、質問を変える。ここにある『大事なもの』は、『今ここにいない人間やもの』にも適用されるのか?」

 

「箱庭にあるもの、いる者であれば適用される」

 

 そういうことか、と八幡は歯噛みした。

(俺が賭けているのは、スマホじゃねえ。小町の方だ)

 

 八幡は、最初の“契約書類”の時点で違和感は感じていた。

 命を懸けるようなゲームの時点で、このゲームはかなり大規模なもののはずだ。だが、実際に人員を賭けるなら納得だ。

(しょうがない。適当にやろうかとも思ったが、小町の身がかかってるとなるとそうもいかないな)

 

「へえ、いい目になったな」

 

 先ほどからの、腐った目から打って変わって、かなり真剣な表情になった八幡に男は感心した。

 

「じゃあ、問いをするが、いいな」

 

「ああ、構わねえぜ」

 

 八幡は、意を決して問いを出す。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 八幡がなんかシリアスをやってる頃。

 

「ああ、もう! あの問題児様方はどこまで行っているのですか!?」

 

 黒ウサギが十六夜に追いつくまで後、十分。

 

                        




 さて、八幡は大変なことになってますね。
 八幡はこのギフトゲームをクリアできるのでしょうか。
 ちなみに、十六夜はこの間『トリトニスの滝』の水神・白雪姫をボコボコにしてます。
 次回は八幡のギフトゲーム終了までは行くと思います。…フォレス・ガロが遠い。

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