ぼっちが異世界から来るそうですよ?   作:おおもり

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長くなってすみません。はい、見ての通り中編です。後編ではありません。
まだまだ続きます。自分でやってなんですが、2巻が遠い。



それでも、比企谷八幡は求めている 中編

 小町が八幡の部屋を訪れる少し前、八幡は足早に廊下を歩いていた。

 この箱庭世界に来てから、エリアを始めとする彼女たち姉妹との関係…『主従』という今までにない関係が八幡に戸惑いを与えていた。そもそも、八幡は人の思考を読むことに関してはギフトも相まって“ノーネーム”内においてはずば抜けた能力を持っていたが、人を疑うがために、感情を理解し、読むことは苦手だった。だから、彼女たちが自分に対して好意的な理由がわからなかった。素質にしても、葉山隼人や雪ノ下陽乃と違い、自分にはリーダーシップなどがないと自覚しているが故に、彼女たちから慕われていることがなおさら理解できなかった。

 

「くっ…!?」

 

 部屋に入った途端、目に光が当たり、眩しさに思わず目を閉じる。少し顔をずらしてみると、昨日持ってきた箱に入っていた鏡がふとした拍子にずれでもしたのか、それが窓から差す日光を反射して、ちょうど扉から入ってきた人の顔に当たるようになっていた。

 

「はぁ…。一応、直しとくか」

 

 小町たち女性陣ならともかく、十六夜が勝手に入ってきたら、文句と一緒に一発ぐらいは飛んできそうなので、八幡は鏡を手に取り箱の奥に入れようとする。しかし、光が当たっていないはずなのに鏡が光を反射していることに気づく。同時に底知れない恐怖を覚え、反射的に鏡を部屋の隅に投げ出す。すると、鏡が反射していた光が集まり、人の形になっていく。そこにいたのは…

 

「よう、気分はどうだ?」

 

 不敵に笑う、目の腐っていない比企谷八幡自身だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 再び現在

 

 

 

「つまり、俺の目が腐っていないから驚いたと…いや、ひどくね?」

 

「何言ってるのお兄ちゃん! 『目が腐ってる=お兄ちゃん』は常識でしょ!」

 

「いや、『何言ってんの』はおまえだよ。なんで『目が腐ってる』が俺の代名詞になってるんだよ」

 

「でも、一番わかりやすい特徴ではあったわよね」

 

「もう、アイデンティティとすら言えたな」

 

「……………これ、もう泣いていいだろ」

 

 小町たちのあんまりな言いように遠い目をする八幡。そこに、耀が近づく。

 

「…あなた、誰?」

 

 その言葉に、場の空気が凍る。

 

「おいおい、春日部。言うのが早いだろ。もうちょっと、イジりたかったのに」

 

 楽しそうに笑う十六夜に、耀がむっとした顔をする。

 

「でも、こういうのは早くはっきりさせないと」

 

「ちょ、ちょっと待って春日部さん!? 彼って、八幡君じゃないの!?」

 

「飛鳥、違う。たぶん、偽物だと思う。厨房にいた時に八幡から匂ってたコーヒーと砂糖の匂いが、この人からは全然しない」

 

 八幡(偽)は「へえ…」と、感心した様子で耀を見る。耀は八幡(偽)の声が変わったことに気が付く。

 

「なるほどぉ、匂いかぁ…。そういえば、君って五感が鋭いって設定だったけぇ。マズったなぁ…僕が真似できるのは見た目だけなんだもんなぁ」

 

「なんだ、思いのほかあっさり偽物って認めちまうんだな」

 

「まあね。無駄に悪あがきしたってしょうがないしねぇ」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 八幡(偽)が大声の方を向くと、小町が不安げな顔で八幡(偽)を見つめていた。

 

「あなたが偽物ってことは、お兄ちゃんはどこにいるんですか?」

 

「『彼がどこにいるのか?』かぁ…いい質問だねぇ。その答えは言ってしまえば『僕の世界』ってところかなぁ」

 

「お前の世界だと?」

 

 怪訝そうな顔をするレティシアに、八幡(偽)は嬉しそうに答える。

 

「そう、『僕の世界』さ。彼は今『僕の世界』で僕や僕の仲間の出した課題をこなしてるだろうねぇ」

 

 八幡(偽)は心底楽しそうに笑う。

 しかし、突如、部屋の中を突風が吹き、水流と火炎により八幡(偽)は部屋の壁に叩きつけられる。そして、彼の前にエリア、ウィン、ヒータの三人が現れる。

 

「貴様、私たちの主に何をした?」

 

「『何をしたか』かぁ。何もしてないよぉ…今はまだ。あぁ、それとだけど、僕に攻撃するのはやめておいたほうがいいよぉ。この子たちがいるからね」

 

 八幡(偽)が背中を見せると、そこには昨日エリアが見た人形たちがくっついていた。

 

「…人形? たしか、昨日マスターに付いていた…」

 

「そう、君たちのご主人様にくっついてたやつだねぇ。このギフトはその名も『ジャンク・スケアクロウ』といってねぇ。その能力は『この人形が付いてる人のダメージを人形の大きさに応じた割合だけ、人形の所有者が肩代わりすること』なんだよぉ」

 

「なっ……!?」

 

 八幡(偽)から明かされたギフトの能力にエリアたちは驚愕する。

 

「それじゃあ、今あなたに与えたダメージは…」

 

「そう、全部君たちのご主人様へのダメージになってたってわけぇ」

 

「くっ……!? き、貴様ぁ!」

 

 エリアたちは怒りに八幡(偽)を睨みつけるも、彼は嘲笑うようにエリアたちを指さす。

 

「あははははははははは! ざまあないねぇ! どうだい、今の気分は? 僕を攻撃した気になって、その実は大切なご主人様を攻撃してた感想はさぁ!!」

 

「『黙りなさい!』あなたの言葉は下品で聞くに堪えないわ。しばらく、余計なことは言わないでもらえるかしら? そして、『どうすれば比企谷君が戻ってくるのか、教えなさい』」

 

 飛鳥が“威光”によって、八幡(偽)を黙らせ、情報を引き出そうとする。

 しかし、八幡(偽)は不敵に笑う。

 

「なるほどぉ…いい選択じゃあないですかぁ。だけど、残念ながら僕にそのギフトは効かないよぉ。なぜなら、ここにいる僕は本体じゃない。本物の僕は『僕の世界』で彼が課題をこなすのを見ているからねぇ。あはははは! 残念でしたぁ! だけど、仲間想いの君たちに敬意を表して、彼が戻ってくる条件だけは教えてあげようかなぁ。条件はいたって単純、僕たちが出すギフトゲームのすべてを彼、『比企谷八幡』がクリアすることだよぉ」

 

「ってことは、俺らは八幡がギフトゲームをクリアするまで待ってなきゃいけないってわけか?」

 

 退屈そうに部屋の椅子に腰を下ろした十六夜の質問に八幡(偽)はニコリと微笑む。

 

「話が早くて助かるよぉ。ああ、そうだ。そこの妹ちゃん、安心していいよぉ。『僕の世界』で死ぬようなことは今回は設定してないから安心していいよ」

 

 八幡(偽)を警戒しつつも、小町は安堵したような表情を浮かべる。

 しかし、十六夜とレティシアはその言葉の言外の意味に気づいていた。『死ぬことはない』…つまり、それは『死にたいと思うほどの苦しみからも恐怖からも逃れることができない』ということを。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 八幡が目を開けると、そこは“ノーネーム”本拠における自分の部屋だった。

 

「くっそ…なんだったんだよ」

 

 立ち上がり、ふと部屋の内装に違和感を覚える。

(なんだ…何か、何かがおかしい)

 

 部屋を見回すと、机の上に見覚えのある羊皮紙が置かれているのに気付く。

 

「……嘘だと言ってよ、バーニィ」

 

 今まで、ギフトゲームで碌な目にあっていないため、思考が一瞬考えることを放棄しそうになる。しかし、何とか持ちこたえ、八幡は…ベッドに直行した。

 

「…よし、寝るか」

 

「寝るなああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「ぐはぁ…!?」

 

 背中に跳び蹴りをされ、八幡はベッドから落ちる。

 

「…なにすんだよ」

 

 落ちた時に打った腰を擦りながら、八幡は八幡(偽)を睨む。

 

「いや、こっちのセリフだよぉ! なんで、ここまでお膳立てしたのに、眠られなくっちゃいけないのさぁ!」

 

「いや、だって、めんどくさいし…」

 

「それでも、僕たちを引き取ったんだからさぁ! 義務ぐらいは果たしてくれよ!」

 

「はぁ…。で、あれを取ればいいのか?」

 

 げんなりしたように訊く八幡に、八幡(偽)は疲れたように頷く。

 

「うん。こっちもなんか気疲れしてきたからさぁ、とっとと終わらせてくれると嬉しいかなぁ。それに、みんな待ってるよぉ」

 

 促されて、八幡は心底めんどくさそうに羊皮紙―――“契約書類”を手に取り、ギフトゲームを確認する。

 

『ギフトゲーム名“所有者の資格"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 5つのリトルゲームにクリアする。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 ※最初から身につけているギフト及びギフトゲーム中に手に入れたギフトはギフトゲーム中に使用していいものとする。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。                                      』

 

 “契約書類”に目を通し、ルールを頭の中で整理するする。

(また、リトルゲームが複数出るパターンかよ…。文面から見るに、ギフトが何に由来するものか当てればいいのか? それに最後のルール…これは第三者の介入を防ぐためのものだ。『身につけている』となっている以上はエリアたちは入ってこれないってことだろうな。使えるのはナイフとアミュレットだけ…)

 

 そう考えながらギフトカードを取り出す。

 

「…何だ、これ?」

 

 八幡のグレーのギフトカードに見覚えのないギフトがあった。

 

「『ジャンク・スケアクロウ』…どういうことだ?」

 

 とりあえず、ギフトカードから出してみることにする。

 

「これ…あの時の人形だよな?」

 

 出てきたのは、昨夜八幡の腕にくっついていた人形の一番大きいものだった。

 

「……? どういう――――ッ!?」

 

 疑問に感じていると、いきなり体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 

「…ぐぁ…が…くっ」

 

 痛みで声がうまく出せず、自分の体を見ると…

 

「…んだよ……これ」

 

 体中に酷い大火傷と無数の切り傷があった。しかし、それも首元の“エレメンタル・アミュレット”の“火”の能力が自動で傷を再生させていく。

 

「へぇ…単純に“火”を操るだけじゃなく、“火”から連想される象徴を能力として使えるのかぁ。便利だねぇ…」

 

 感心したように八幡(偽)が笑う。

 

「おい。今のはなんだ?」

 

「外にいる君の仲間が君を助けるために僕を攻撃したんだよ。ま、それで君が怪我してりゃあ、世話ないけどね」

 

 心底楽しそうに言う八幡(偽)を八幡は無言で睨む。

 

「おお、怖い怖い。さて、それじゃあ、ゲームを始めよう」

 

 そう言って、八幡(偽)はパチンと指を鳴らす。

 

「うおっ!?」

 

 一瞬の浮遊感の後、開けた場所に出る。

 そこは、ヨーロッパの町中のようで、子供たちが遊んでいたり、本を読んでいる男がいたり、花屋のカートがあったり、野菜や魚や卵を売る市場と、のどかな風景が広がっていた。

 

「ここで何すれば…」

 

 言いかけたところで、空から“契約書類”が降ってくる。

 八幡はそれを手に取って確認する。

 

『ギフトゲーム名"Who is I?"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 『私』の正体を暴き、『私』を見つけること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 バラの花輪だ 手をつなごうよ,

 ポケットに 花束さして,

 ハックション! ハックション!

 みいんな ころぼ。

 

 ○○○○・○○○○が塀に座った

 ○○○○・○○○○が落っこちた

 王様の馬と家来の全部がかかっても

 ハンプティを元に戻せなかった 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

 八幡は、安心したかのように頷く。

 

「なるほど、これなら簡単だな」

 

「おや、意外。だったら、さっさと見つけた方がいいんじゃないかなぁ。じゃないと………手遅れになっちゃうよぉ」

 

 にやりと笑った瞬間、八幡はいきなり眩暈と息苦しさを覚える。

 

「…ぐっ、がぁあ…ゴホッ!?」

 

 苦しさに咳をすると、手には大量の血が付く。苦しさに倒れるも、町の人間は誰も八幡を気に留めない。

 

「あぁ、そうだぁ。言い忘れてたけどさぁ、ここは現実を真似た空間だからぁ、僕がそういうふうに設定してないこの空間じゃ、誰も君を助けてなんてくれないよぉ」

 

 楽しそうに嘲笑う八幡(偽)の言葉はほとんど八幡には聞こえていなかった。八幡は這いずりながら、本を読んでいる男の方に向かい、彼から本を奪い取る。

 

「1つ目の…詩…は、『ペスト』の…症状…が出………て…から…死ぬま…での…一連…の歌だ……といわ………れ…ている…もの、だ。2つ目…は、卵を…意味…する……『ハンプティ・ダンプティ』の…詩…だ。そし…て、これ…が、載ってる…本は、この…『マザーグース』…だ」

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “マザーグース”                  』

 

 “契約書類”にギフトゲームをクリアしたことを知らせる文字が浮かび、本がギフト・カードに吸い寄せられるようにして、消える。

 

「いやぁ、お見事ぉ。ちなみにぃ、さっきあそこで本を取れてなかったらぁ、『ハンプティ・ダンプティ』の高所落下があったんだよねぇ」

 

 ふらつきながら、八幡は立ち上がる。

 

「その口ぶりとさっきの様子からして、このギフトの能力は『詩の解釈の再現』ってとこか?」

 

「そうだよぉ。さっきのはけっこうえぐい部類かなぁ。他にもぉ、バラバラにしたり、喰われたりするからねぇ」

 

 それにあたらなくてよかったと、内心で安堵していると、また、浮遊感がきて景色が変わった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 そこは殺風景な部屋で、机といすと机の上にトランプがワンセット置いてあるだけだった。

 

 八幡は先ほどの影響か、フラつきながらもトランプを手に取る。すると、また、“契約書類”が現れる。

 

『ギフトゲーム名"ナンバリング・カード"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 指定された5枚の札を当てること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 最強の剣

 

 人の目には多すぎる最小の心

 

 最上の大富豪の持つ金

 

 王を崩せし、農民の革命

 

 4年に一度の道化

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

「どうだい、わかったかい?」

 

 興味深そうに八幡(偽)が訊いてくる。

 

「……たぶんって程度には」

 

 そういって、八幡はスペードのエース、ハートの8、ダイヤの2、クラブの3とジョーカー2枚を選ぶ。

 

「おやぁ、わかってる割に6枚選ぶのかい?」

 

「『たぶん』って言ったろ。最後以外はわかってんだよ。トランプで最強って言ったら基本はエースだ。そして、『剣』、『武力』を表しているのが、『スペード』だったはずだ。で、『心』、『心臓』はハートが表すものの一つだ。それで、人間の脳が一目で捉えられる数量は『7』までだから、『7より大きい最小の値』の8。んで、次の二つは大富豪になぞらってるんだと思う。大富豪の最強は基本的に2で、トランプにおける『金』や『財力』はダイヤだ。で、さっきの理論でクラブが『農民』で最強の2に革命ができるのは3だから、まず、4枚は確定なんだよ。だけど、後の1枚は『道化』だからジョーカーなんだけど…2枚あるんだよなぁ」

 

「なるほどぉ、ジョーカーかエキストラジョーカーのどちらかまでは絞れたけどぉ、そこから先がわからないってわけかぁ。にしても、本当に意外だけどさぁ…よく知ってたよねぇ。人の話とか聞かなさそうで、実は聞いてたんだぁ」

 

「あぁ、昨日、白夜叉のところに行ったときに十六夜と黒ウサギが話してたんだよ。たしか…十六夜が『最初にやったトランプみたいなゲームはあるのか』的な話だったはずだ」

 

「まぁ…トランプはかなりメジャーだしぃ、簡易的なギフトゲームじゃ、割と使われやすいしねぇ」

 

「その時に、なんか季節がどうとか…言ってたはずなんだが…。くそっ、こんなことなら話半分に聞かずにちゃんと聞いとけばよかったな」

 

「残念だったねぇ。どうだい、今どんな気分だい? 自分の行動が仇になって苦戦するのはぁ」

 

「別に、どうとも思わねえよ。行動が裏目に出るなんていつも通りだよ」

 

「なるほどぉ…つまり、学習してないってわけだぁ!」

 

 八幡(偽)の言い方に少しイラッとするも、ゲームに集中するために無視する。

 そこで、ふと、八幡は一つ案を思いつく。

(いけるか? いや、賭けるしかない…)

 

「なあ、この2枚のジョーカーってどっちが強いんだ?」

 

「ん? そりゃあ、普通のジョーカーだよぉ。だから、ポーカーなんかじゃ同じ役でぇ、数字も一緒でぇ、ジョーカーを互いに使ってたら基本エキストラジョーカーの負けになるんだよぉ」

 

 八幡(偽)の説明に八幡は勝利を確信し、にやりと笑う。

 

「だったら、最後の一枚はこいつだ」

 

 八幡が選んだのは、白黒のジョーカー――エキストラジョーカーだった。

 

「ふぅん…。なんでそっちにしたのぉ?」

 

「4年に一度あるもので『この箱庭』でも存在しそうなものは『閏年』だろ。で、閏年は366日でトランプはジョーカーを含めて54枚。まず、トランプからジョーカーを除外して一枚を一周として換算すると、52×7で364日になる。で、ここにジョーカーを加えれば366日になる」

 

「だけどぉ、それじゃあ、どうしてエキストラジョーカーを選んだかわからないよぉ」

 

「さっき、お前自身が言っただろ?」

 

「言ったぁ? 僕が何を言ったっていうのさぁ…?」

 

 不快そうに言う八幡(偽)に八幡は答える。

 

「言ってただろ。『ジョーカーとエキストラジョーカーはジョーカーの方が強い』って…つまり、365日の最後はジョーカーが来るはずだから、366日目はエキストラジョーカーになる…だろ?」

 

 一拍遅れて、“契約書類”の文面が変わる。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “リドル・ナンバーズカード”                  』

 

「…謎の数札っていえばいいのか?」

 

 八幡はギフト名に首を傾げる。

 

「たしかに『リドル』は『謎』とか『なぞなぞ』とかの側面が強いけどさぁ…こういう意味もあるんだよぉ、『不可解な』、『理解不能な』って意味がねぇ。まぁ、だからどうだってこともないけどさぁ」

 

 八幡(偽)の言葉の意図がわからず訝しんでいると、浮遊感がきて、また景色が変わる。

 そこは、深い森の中だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「今度は森か…。で、次はいったい何をやらせる気だ?」

 

「大丈夫ぅ。すぐに来るさぁ、ほらぁ」

 

 八幡(偽)が指さすと、虚空に“契約書類”が出現する。

 

『ギフトゲーム名"Escape from hunter"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 30分間逃げ切る。または、ハンターの打倒。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

 “契約書類”を読み終えた八幡は軽く頷くと、八幡(偽)の方を向く。

 

「………帰っていいか?」

 

「ダメェ」

 

「ですよねー」

 

「それじゃあ、スタートォ」

 

 八幡(偽)がゲーム開始を宣言した瞬間、八幡(偽)の姿が消え、八幡の右手の甲に『30:00』という数字が浮かび上がる。

 

(数字は制限時間か…。さて、どうやって逃げ切るか。俺の“ステルスヒッキーなら、見つかることはないと思だろうが…)

 

 瞬間、八幡の顔を音もなく何かが掠める。

 

「は…?」

 

 頬を触ってみると、手にに血が付いていた。

 

「……ッ!? やばっ」

 

 急いで、森の中を走る。

(くそっ…! もう見つかってたのかよ!?)

 

 八幡は焦っていた。しかし、それは見つかったことに対する焦りではない。

 

(“ステルスヒッキー”はそもそも相手が俺に意識を向けていたら意味がない。だから、見つかったのはいい。だけど、なんで俺は気づかなかった?)

 

 そう、敵が攻撃してくるのなら、八幡はその『敵意』を“ディテクティブヒッキー”が察知しているはずなのだ。

 そこで、八幡は思い出す。

 

(ここはあの俺の偽物の作った空間。つまり、『攻撃に自分の意思のない敵』を作り出だすこともできるか…)

 

 この仮定が正しければ、八幡には敵がどこにいるのかはわからないことになる。

 

「イタッ!?」

 

 打開策を考えていると、肩に鋭い痛みを感じる。

 

「くっ…!? またかよ。…あ」

 

 八幡は“エレメンタル・アミュレット”の“火”の能力で傷を治す。そして、水のドームを作る。彼は気づいたのだ。『逃げられないなら、無理に逃げなくてもいいじゃん』と。しかし、このドームはあくまで水で囲っているだけのドームなので、実際的には目くらましと飛んでくる攻撃の減速によるダメージの軽減程度のことしかできない。というのも、八幡は“ペルセウス”と戦った時のような複雑なものは作れないからだ。それは、彼が箱庭に来てすぐ気付いた致命的な弱点によるものだった。

 

「まぁ…これでまず大丈夫だろうし、適当に時間つぶすか」

 

 八幡はギフトカードから“マザーグース”を取り出し、その内容を読んでみる。

 

「……イタッ………イタッ…………イタッ…イタッ…イタタタタタタッ…イタッ…って遊んでるだろ、絶対」

 

 こうして、地味に嫌がらせのように攻撃が来るも、ドームで威力が弱まっているため、大した威力にもならず、できた傷も再生するため、八幡は最後まで敵の攻撃に対して無視を貫いた。

 右手の甲のカウントダウンが『00:00』と同時に、目の前に“契約書類”が現れる。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”                  』

 

 ギフトカードから取り出してみると、それは古ぼけたゴーグルと耳当てだった。一応、つけてみようかと思い、耳当てを使おうとした瞬間、

 

「おい、次いくよぉ」

 

「なっ…!? くっ!?」

 

 いきなり八幡(偽)が現れ、突然の強烈な浮遊感に襲われた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「…どういうつもりだよ」

 

「いやぁ、べっつにぃ。…ただぁ、なんとなくやっただけだよぉ」

 

 これまでと違う強烈な浮遊感にいきなり襲われた八幡はフラつきながらも八幡(偽)を睨む。それを八幡(偽)は、へらへらとした顔で受け流す。

 

「それよりぃ、これが4番目のゲームだよぉ」

 

 言われて、あたりを見ると、そこは白と黒のマスが交互に並んだ場所―――巨大なチェス盤の上だった。

 

「まさか、ここでチェスでもしろってのか?」

 

 八幡(偽)はにこっと笑い、上を見上げる。八幡(偽)につられて上を見ると、“契約書類”が現れ、手元に落ちてきた。

 

『ギフトゲーム名"The piece of battlefield"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 敵のキングの打倒。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

「…つまり、チェスで勝てってことか」

 

「おやぁ、君はチェスをやったことがあるのかい? っと、これは愚問だったねぇ。せいぜい、がんばりなよぉ」

 

 八幡(偽)が虚空に消えると同時に、八幡の周りとそれに対するようにチェスの駒を模した兵士たちが配置される。

 

「駒の色は俺が白…ってことはこっちが先手か」

 

 一応、ルールは知っているものの、コンピュータ相手にしかやったことがないので、敵がどれくらいの手合いかもわからない。

 

「…ポーン、d2からd4へ」

 

 駒は八幡が命令した通りに動く。すると、敵のポーンがg7から2マス前へ移動する。

 

「ナイト、b1からc3へ」

 

 次に敵のポーンがf7から2マス前へ進む。

 八幡は頭にチェス盤を思い浮かべ、駒を進める。

 そして、中盤に差し掛かったところで、唐突に変化が起きた。

 それは、まさしく偶然だった。

 たまたま、八幡は自分自身――つまり、キングを進めた。ほんの1マス。歩いた時、解けていた靴紐を踏んでしまい、足がもつれて転んでしまう。

 

「あっぶねー…え?」

 

 八幡はそこで気づく。

 自分が元いたマスから『2マス』進んでいることに。

 呆然としていると、唐突に寒気を感じてその場から跳び、近くの駒の陰に隠れる。

 そこには、敵のナイトが剣を振り下ろしていた。

 見ると、後ろの敵も一斉に動き始めていた。

 そこで、ようやく気付く。

 

(まさか、これはチェスじゃねえのか!?)

 

 思い返せば、八幡(偽)も“契約書類”もこれがチェスであるとは一言もいっていなかった。

 

(くそっ! 勝手に勘違いしてたっ! こんな狭い戦場じゃ“ステルスヒッキー”も使えねえ。…こうなったら)

 

 八幡は隠れるのを諦め、敵のキングに向かって走る。

 当然、八幡を討ち取ろうと、槍や剣を構えてポーンやナイト、ビショップ、ルークが殺到する。しかし、その駒の動きを“ディテクティブヒッキー”で予測し、何とか避けていく。

 だが、八幡は忘れていた。そもそもこの局面の原因は何か。

 

「しまっ――!?」

 

 またも、足を靴紐に取られ、つんのめる。それを見逃すはずもなく、敵が一斉に押し寄せ、剣を振り上げる。

 敵の攻撃がやけに遅く感じるも、体勢を崩した彼には避けることはできない。

 

「なっ…!?」

 

 敵に斬られるかと思われた刹那、敵の攻撃を味方のポーンとナイトが防いでいた。

 彼らは八幡を一瞥すると。「早くいけ」とでも言うように敵のキングの方を示す。

 

「ありがとよ」

 

 ぼそっと、聞こえるかどうかの声で呟き、敵のキングに向かっていく。

 キングに向かっていく八幡に、敵の駒は群がってくるも、八幡の駒たちがそれを妨害し、敵キングへの道を作る。

 八幡は敵キングへと真っ直ぐ走る。

 敵キングは焦ったのか、慌てたように剣を振り下ろす。しかし、八幡は“ディテクティブヒッキー”によりなんなくそれをかわし、敵キングの胸にギフトカードから取り出していた“エレメンタル・ダガー”を突き立てる。

 刺された敵キングは崩れ落ちると同時にチリとなって消える。そして、それに伴い他の駒も次々と消えていく。

 八幡が振り返ると、自軍の駒たちが恭しくお辞儀をし、消えていった。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “A war on the board”                 』

 

「ふぅ…疲れた。帰って寝たい」

 

 八幡はその場に座り込む。

 

「おやおやぁ。情けないことを言うじゃあないかぁ」

 

 虚空から八幡(偽)が現れる。

 

「次で最後なんだからさぁ、もうちょっとちゃんとしてくれるかなぁ」

 

 ため息交じりに八幡(偽)が言うと同時に、また強烈な浮遊感が八幡を襲った。

 次に移動したのは、一番最初の八幡の部屋だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 最初の部屋に戻ってきた八幡はあることに気が付く。

 

「何かおかしいと思ったら、この部屋左右が反転してるな」

 

「うわっ、今更かよぉ…ないわぁ」

 

「その通りかもしんないけど、ひどくない?」

 

「いや、できたらぁ最初の時点で気づいて欲しかったかなぁ。まぁ、いいやぁ。それじゃあ、最後のゲームを始めようかぁ」

 

 手元に“契約書類”が現れる。

 

『ギフトゲーム名 "自分"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 『自分』について正しく述べよ。

 

 クリア条件 ゲームマスターを納得させること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

「はぁ…」

 

 八幡のため息に八幡(偽)は訝しむような顔をする。

 

「おやぁ、どうしたのかなぁ。もしかして、お手上げかい?」

 

「いや、別に。ところで、これって口頭で答えればいいのか?」

 

「そうだよぉ。僕に答えて、僕が納得すれば、君は晴れてゲームクリアだ」

 

「じゃあ、答えていいか?」

 

 八幡が訊くと、八幡(偽)はこれまでの飄々とした態度が一変する。

 

「へえ…もうわかったっていうのかい? じゃあ、答えてもらおうか。言っておくけど、僕が納得できなければ君の負けだ。地獄の苦しみを味あわせた後に、ここから追い出してやるよ」

 

「じゃあ、いいや」

 

「…おい」

 

 八幡(偽)から殺気が八幡に向けられる。

 

「いや、だって、おかしいだろ。無理やり連れてき解いて答えられなきゃ地獄の苦しみって、どんなヤクザだよ」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。記憶はちゃんと消すから。ちょっと、トラウマが残るだけだから」

 

「トラウマ残ってる時点で最悪じゃねえか」

 

「でも、答えなきゃ結局出れないよ」

 

「トラウマ植えつけられるよりマシだ」

 

「君の意志が尊重されるとでも?」

 

「ですよねー。だが、断る。絶対に答えない」

 

 意地でも答えようとしない八幡に対し、八幡(偽)は少し考えるそぶりをする。

 

「それじゃあ、交換条件を提示しようか」

 

「交換条件?」

 

「そ、君が勝ったら、ちょっとした話をしてあげよう」

 

「ちょっとした話? なに、戸塚が実は女だったとかって話か?」

 

「違うよ。『本物』についての話さ」

 

 八幡(偽)の言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ八幡の動きがピタリと止まる。

 

「…それは、本当か?」

 

「ああ、絶対だと約束しよう」

 

「…さっきの答えの続き、いいか?」

 

「いつでも」

 

 八幡はゆっくり口を開いた。

 

「『わからない』」




八幡だと思った? 残念、偽物でした!
さて、後編を期待していた方、すみません。今回は中編でした。
後編もできるだけ早く投稿できるようにがんばります。

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