感情移入してゆっくり読んでください
僕だけの世界。
誰もいない静かな病室を、月光が静かに、確かに、照らし続けている。
ここ最近になり、考えることも尽きてきた。考えるのをやめた。
不可能を楽しみにしていても、結局寂しくなるだけだ。
僕はもう長くない。
医者も両親もそう言っていた。
悲しくなんてない。
誰も悲しんでさえない。
勉強もスポーツも中の下の僕の将来に期待する人間なんていないのだ。
結局は孤独。
これ以上考えても無駄だ。今日はもう寝るのが妥当だ。
まぶたを閉じる。だんだん意識が遠くなっていくのを感じる。
「終わりなの?」
窓の方から声がする。
「終わりなんだ。」
目を開けるとそこには、僕と同じくらいの女の子が立っていた。
夢か。そうでないにしても、僕は幻覚でもみているのだろう。
第一、ここは病棟の4階だ。上ってこれるような高さじゃない。
そして、こんな真夜中に女の子が一人で僕なんかに会いに来るはずがない。
「夢なんかじゃ、ないよ」
「幻覚とかでもない。かといって君は頭がおかしくなったわけでもない。」
思っていたことに返答される。
じゃあ誰なのだろうか。
ナースコールに手を伸ばしそうとしたとき、
「私はまつり。月からきたお姫様だよ。」
自信満々に、満面の笑みで喋る彼女がとても可愛らしく、話を聞いてみようと思った。
どうせ何かあってもあと数日で尽きる命。どうってことない。
「ケンジ君、君の願い事をひとつだけ叶えてあげるよ。」
僕の名前を知っていることを不思議に思ったが、いちいち気にしないことにした。
「昔々、竹から生まれて老夫婦に育ててもらい大人になり、最後には月に帰ってしまう。
そんな逸話もあったかな。」
「昔の、話さ。 それから幾年もの時が過ぎ、人間はどんどん変わっていった。目に見えるように。
僕は現代の人間は、死が確定したとき、何を望むのか。それが気になっただけさ。
自分の命か、この世界の終焉か。財産で、残りの日数を精一杯楽しむのか。
エッチなことだったり、、、、それとも、なにも望まないのか。
現実を受け入れる。うん、それも面白い選択だ。」
突然問われた欲望。そんな夢物語、考えたこともなかった。
僕の残りのとても貴重で、とても無駄な時間。それをどう活かすか。
普通に考えたら寿命を望むだろう。しかし、誰がそれを望むのか。
誰が得するのか。人類で僕だけに与えられたこのチャンスを無駄にしていいのか。
世界の終焉。それも面白い。自分が死ぬならどうせこの世界もろとも。という考えか。
暗い考えしかできない僕にとっては一番いい選択かもしれない。
財産。限られた残り時間を楽しむ。か。
どうせこの体でできることなんてない。せめて両親への親孝行としてのお金。
親孝行??なぜ??確かに生んでくれたことに関しては感謝しきれないほどに感謝している。
だけれど僕は見てきた。学年が上がるほどに、両親の僕への愛、期待はなくなってきていることに。
わざわざ大量の資産で喜ばせてあげるほどの価値はない。
エッチなこと。人間の一番醜い欲望。僕はあいにくそこまで穢れていない。
「早くしないと帰っちゃうよ?代わりの人なんていくらでもいるし。」
そうだった。人を待たせていたんだ。悩む。焦る。考えろ。考えろ。考えろ。
「生き延びたい。」
「たとえ誰も喜ばなくたって、いい。これは僕のエゴ。どれだけ非難されたとしても、
僕は僕が人間でいることに誇りを持つ!」
「わかったよ。じゃあ、目を閉じて。」
言われるがまま目を閉じる。
「両手で耳を塞いで。」
塞ぐ。なにも聞こえなくなった。と思う。
元々静かすぎる場所だ。耳を塞いでもよくわからない。
沈黙。
僕の中だけかもしれない沈黙。
おでこに不思議な感触がした。
柔らかいなにかが当たった。
キス、したのかな。
もう終わったのかと思い、少しだけ手をずらしかける。
「・・・・・だよ。」
なにか聞こえた気がして、あわてて手を戻す。
再び沈黙。
3分くらいが経過した。
ゆっくりと目を開ける。
そこには、開けっ放しの窓と、静かに揺らぐカーテン。
あの少女はもういない。
時間が経過するにつれ、幻覚だったような気がしてくる。
そんな少女、いなかったような気がする。
もし本当にいたのなら、
本当に月から来たお姫様とやらなら、
僕はまだまだ生きてもいいのだろうか。
自分という存在を再確認できたような気がする。
たとえ明日死んでも、
たった一瞬だったけど。ほんの数分だったけど。
ありがとう。まつりちゃん。
ごめんなさい。
残念だけれど、君の望みは叶えてあげることができない。
なぜなら、なぜなら私は・・・・
普通の女の子なんだ・・・・
少し前、私も軽い病気で同じ病院に入院していた。
過ぎ行く退屈な日々。そんな時、君が来たんだ。
毎日君のことが気になった。
一人で本を読む君を見た。
両親と話す君を見た。
余命宣告される君を見た。
昔から知っていたように、悟る君を見た。
恋だった。これはきっと恋だった。
それから、退院したあとも毎日病院へ行き、君を見た。
話しかけることなんてできないのに。
話しかける勇気なんてないのに。
私は無力だ。
なんにも力なんてないくせに、赤の他人を助けようとして。
無力の私が、彼にしてあげることはなんだろう。
月から来たお姫様。
くだらない設定を騙って、やっと話しかける。
悩む君。
生き延びたい。それが彼の望みだった。
ただただ悲しかった。
もっと欲望にまみれた返答をしてくれたのなら、私は彼を嫌いになれたのに。
結局好きでいる。
私に彼の死を受け入れることはできるのだろうか。
きっと無理。
どうか無力で貧弱で自分勝手な私を許してください。
「先にいくね。」
月夜の病室で、一人の少年はその鈍い音を耳にせず、朝になっても目を開けることはなかった。