第10話
夢か現か。
吸い込まれていくその意思がたどり着く先はどこになるのか。それさえ分からなくなっていた笠を被っている白い服装をしている青年はその遠くにある自分の姿を投影しながら仕方がなくその場に居てみることにした。
周りは黒く暗い世界が広がっている。何処に明かりがあるのかは見えないが別に足元が見えないと言うことではない不思議な世界が広がっていた。上に登っていく段差の低い平らな綺麗に磨かれた石で出来た階段を登っていく。
その途中で引き返すことも出来たが此処まで来たことを考えると最初から何を行動を起こさなければ良かったのかもしれない。それでも前に進み続けようとする愚かな青年は本当にそうなのだろうか、と言いたくなる。
階段を登りきったその先には何もなかった。それこそ木々の間に大きく開いた砂利道の上に石畳を敷かれている一本道がある。青年一人で到底届かないほどの道の広さであるが基本的に此処に出入りする者は居ない。
基本的に居ないだけで本当に居ないと言うわけではないが人間や生きとし生けるものが来るような場所ではないのは言わなくても分かる。何の罪のないものや来世を待ち望んでいる霊がいる場所である。
そのような気味の悪い場所にいる管理者が居るのだが基本的に何かするような人ではなかった。勿論、するべき仕事も含めて何もしない。一日を無駄に過ごしているだけのようだがそうなる理由もある。
もう死んでいる。それがその理由だった。
管理者の住む白玉楼に庭師も居るがその人も半分は幽霊であり死んでいるということでもある。後天性か先天性かは置いておいて半分だけ人間でもう半分は他の種族というのは居ないこともない。
「久しぶりだ。」
笠を被っている白い服装をしている青年は腰に携えた剣の柄を手の甲で撫でながらその管理者の前へと現れた。今日はどうやら庭師は仕事をしているようで此処には居ないが時間を過ごせばそのうち現れるのだろう。
青年は手を振って座るように促す管理者の誘いを断っていた。珍しいこともあるのだと思いながらその人の右横に置かれていた湯呑みを持って少しずつ啜っていく音だけがこの場所では響いていた。
他に人がいるわけでもないし、音の出るようなものが置かれているわけでもない。強いて言うなら庭師の握る枝切りバサミがその役割を全うしている時に起こるパチン、と言ったそんな音ならあると思うが姿は見えない故に何もない。
「久しぶりね。私は何も出来ないから自分で用意してね。」
ピンク色の髪をしていておっとりとした雰囲気のある幽霊の女性は青色で白色の三角のついた紐をつけた如何にもな格好をしていている。白色の裾のある青色の着物を着ている。
「そうか。仕方がない。」
青年はそう言ってから縁側に足を踏み入れて慣れた様子で中へと入っていく。此処は本館と言われる場所で主に客人をもてなしたりする場所として使われている。襖で分ければ数多くの部屋にもなるが元々は使えるのかもどうかも怪しいほどの大きさをしている。外の方で大量の死が起これば大きく集まる事もあるが滅多にそのような事はない。
こう大きくしている理由はよく分からないが此処よりも庭の方が広いので何とも言えなくなっているのが青年としての本心だ。
青年は本館を抜けて渡り廊下を渡っていた。その横には白い石が置かれている中庭がある。それ以外のものは置かれていない。此処からは別館となるのでまた用途が違う。台所や物置であるなど生活するのに必要なものが置けるようにされている。それ以外には何もない。何処か休める場所もないわけではないが基本的には座れるような場所はなかった。
台所とされている場所で青年は棚を漁っていた。茶葉を見つけた青年は適当に容器に入れてから水を中に入れる。やり方も滅茶苦茶だがそれで良い。
青年は細かい事は気にしていなかった。飲めたらそれで良いし食べられたらそれで良い。もし美味しいものが飲みたければ待っていればいい。それだけだった。青年は茶が出来上がるまでの時間をどのように使おうか考えていた。
この近くには池がある。裏庭と位置づけされる場所が青年はお気に入りなのだがそれに誰も共感してくれる人は少ない。そもそもそこまでいく人も居なければ見ようとする人も居ない。住人に聞いてもその答えはどちらも変わらない。そのくらいで終わってしまうので何も言うような事はなかった。
鏡のような池に指を入れていた青年。中では魚が泳いでいる。誰が世話しているのかは言うまでもなく庭師だろうが場所が場所なので死んでいるのではないかと思えてしまう。青年を見ていて魚は何処かへ逃げてしまった。赤と白の鱗がまだらに入っているもので一尺ぐらいの大きさはしていると思う。どちらにしても遠くから瞬間的に見ていただけなので何とも言えない。
ふと思いの中に入り込んでいた時に湯の沸くような音がした。コトコトと陶器の当たる音がしている。もう少し前の時に止めておくべきだがそのようなことは何も気にしていなかった。兎に角急須の中に豪快に入れてから近くに置かれていた湯呑みに手をかけると取り出して中に茶を入れていた。そして急須と湯呑みを持って本館へと戻っていく。
特に気をつけて歩くこともなくスタスタと渡り廊下を歩いていく。遠くには何やら木の梯子に登って庭園の手入れをしている人を見かけたが声をかけられるわけでもなかったので青年はそのまま歩いていくことにした。
「待たせた。」
青年は一言伝えてから縁側に座り込む。そして自分の左側に置くと入れていた湯気の立っていた湯呑みに口をつける。
青年は口からすぐに湯呑みを離していた。まだ熱かったと言うことだ。そんな姿を見て滑稽に思えたのか管理者は特に何か話すような事はなくクスクスと笑っていた。何か言うこともないらしい。あまり話すような事はない二人だがこの時間だけは共有している。相手がどのように思っていようが青年が気に入ればそこに居る。嫌っている場合はまた別の問題になる。
「いえ。そんな時間は経っていないわよ。」
管理者は寂しそうな表情をしていた。それを横から見ていた青年は仕方がなく二人の距離を縮めることにした。幸いな事に二人の間に何も置かれていなかった。青年は衣服を廊下に擦り付けながらゆっくりと近づいていく。
管理者は近くに来るのを待っていた。体のラインを描いている着物が擦れる。青年はその音に反応してピタリと止めていた。
「そうか。考えに耽っていたがそこまで時間は経っていなかったか。」
青年は湯呑みを持って茶を混ぜるように手を捻っていた。何か意味があるようなものではないがそれで少しでも冷めるのならそうするのだろう。青年は左手に湯呑みを持って右腕で頬杖をつくようにしていた。胡座をかいて座っている姿は楽しんでいると言えるものではなかったがそうなる理由は確かにある。
「そう。今日はゆっくりしていけるのよね。布団は用意してもらうわよ。」
管理者はそのように言っていた。青年はその反応はとても薄いものだった。
「抱いてほしいのか。」
青年はそう聞くだけで何か他に言うような事はしなかった。何がしたかったかのかはさておきやっとの事で口元に湯呑みをつけていた青年は自分で作っていた茶を飲んでいた。だからと言って特に感想というものもない。飲めたら良いのだ、変な話そこら辺の葉で淹れても気付かないのだろう。
「いえ。そんな事はないわよ。そういう貴方はどうなのよ。」
「興味ない。貴方なら尚更。」
青年は簡素に答えていた。
「そんなに魅力がないの。」
「そんな事で髪を乱したくはない。」
「何か残念ね。」
白玉楼の管理者がそのように言っている間青年は湯呑みの中に入っている薄い緑色の茶を覗き込んでいた。特に波立っているわけでもないので自分の顔が見えてる。どうしても元々が小さいためかあまりいい顔には見えなかった。
「して、幽々子。俺の顔はどのように見える。」
青年は急に幽々子と呼んだ女性の方を向いていた。右隣を見ていた青年は少し眉間に皺が寄っていて眠っていないのか目の下にはクマがある。そこまで眠れていなかったのかそれとも何か別のことがあるのか。兎に角よく見ないと分かりにくい微妙な変化に気づいた幽々子は何か答えるような事はなかった。
「それはあまり良くは見えないという意味か。」
青年の声は珍しく荒げている。何かあったのかと聞きたくなるが何かはあったのだろう。幽々子はその場でクスクスと笑っている。何か言いたい事はあるのだろうがそれを言わないのは幽々子の悪いところというのか。そんなところだろう。
「信じてもらえないだろうが俺はどうやら重要な任務を任されていた。何か不具合か何かで忘れていたがそれは幻想郷を支配しようとしている。」
「そんな事任されていたのね。立派な人物だったのね。」
幽々子は他人事のように言っていた。突拍子も無い言葉だがそのような性格故に青年も偶に惑わされたりする事もある。幽々子のその発言がどのような意味合いなのかさっぱり分かっていなかった青年は兎に角何か言葉を出そうとしていた。
「幽々子は特にそのようなことには興味はないのか。」
「ええ。幻想郷を管理している八雲や博麗とも関係ないわけだし冥界にある此処も幻想郷とは関係ない。それに行くことも少ないから。」
「友人なのだろう。ここで止めたりはしないのか。」
「止めるなんてもったいないわよ。」
幽々子は青年の考えとはまた違う見解を持っているようで青年には理解できなかった。青年はここで止められるのだと思っていた。庭師よりも何かと腕のある幽々子なら青年を止めに来ても何も可笑しくはなかった。それでもそれをしないのはまだなんとかなると思われているのだろうか、青年はそんな考えに陥った。
「話している意味が全く分からない。何を期待している。」
「何かよ。貴方も何か考えはあるんでしょ。止める理由はないわ。」
プンプンとしている幽々子だが何がそうさせるのかは青年は理解できなかった。何が起こっているのかも分かっていない。
「それに。今やっている事が間違っていると思っていても意志は貫きなさい。貴方はどちらにも傾かないのだから。」
「善悪の判断にははまらないという事か。」
「ええ。やりたい事しかやらないでしょう。そんな弱々しい姿は見ていられないわよ。」
幽々子はそんな事を言う。冷たく接している幽々子だが何か理由があるようにも感じていた。青年は兎に角その理由を聞いてから何か行動を起こすことにした。別にそうする理由もない。
「何かそう考える理由はあるのか。」
「見ていれば分かるわ。」
幽々子は簡素に答えた。何かそこで話すような事もない。青年はそれから答えることもなく首を縦に振っていた。納得はいかないがなそうしておく必要があるのだろう。青年にはまだ見えないが幽々子には見えている未来があるのだろう。
兎に角青年は頭を幽々子の膝元に預けておくことにした。幽々子は嬉しそうに青年を受け止めて二人はその時間を過ごすことにしていた。】
音がする。そしてその音は声へと変わり、言葉へと聞こえてこれるようになっていた。
「山本さん。山本さん。」
青年の耳に聞こえていた女性の声に導かれてゆっくりと頭を上げていた青年。目を擦りながら腕を伸ばしていた。そして何もなかったように起き上がる。
「何をしていたんですか。心配しましたよ。」
また違う人であるのは言わなくても分かっていた。それ故に何かあるのかもしれないと思えたがまた違うような気もしていた。
青年の前に居たのは白い色の髪をした短めな髪で黒いリボンを結んだ血色の悪い少女だった。半分は幽霊なので生きているような死んでいるような曖昧な存在だがこのような場所なのでそのような事があっても何も不思議ではないだろう。
緑色のシャツを着ていて腰と背中にはそれぞれ一本ずつ携えている。スカートも緑色で白い靴下と黒い靴を履いている。庭師としての格好ではなくて剣術指南役として現れたのは魂魄 妖夢。管理者である西行寺 幽々子の世話全般をしている人だ。
「色々としていた。許せ。」
青年はまだ目が完全に覚めていないのか適当な事を言っていた。そして答えにもなっていなかった。妖夢はそんな事を気にする事なく縁側へと座っていた。
「でも無事に居てくれて良かったですね。幽々子様。」
「そうね、妖夢もうるさいからね。」
「何を言っているのかさっぱり分かりませんよ。」
「何を言っているのかしら。」
「そうだ。妖夢。」
「何ですか、山本さん。」
「妖夢。そう言う事は言わないことよ。」
「幽々子様も何ですか。」
「妖夢、一ついい事を教えてあげよう。」
「何ですか。」
「主人に逆らうのは妖夢ではない。俺だ。」
「そうよ、妖夢。山本さんだけなのよ。」
「理不尽だ!」
妖夢が爆発したところで青年と幽々子は笑いあっていた。いつも通りの白玉楼の光景であり何か言う事もない。
「して久しぶりにやろうか。」
青年は立ち上がるとその場で剣を抜いていた。切っ先は地面を向いていて構えているかどうかは判断し難かった。だが青年に答えるように腰と背中から剣を抜いていた妖夢は左右で長さの違う剣を扱っていた。一つは白楼剣。その剣は迷いを断ち切る剣。二つ目は楼観剣。幽霊十匹分の殺傷力を持っているものだった。
青年は鍔に魔法陣を仕込んだ剣で黒い刀身は魔法を扱うための魔力を伝えやすいものになっている。抵抗力もないのでそのままの威力で出るだろう。それを妖夢の様子を見て二本目を抜いていた青年は踵を返して妖夢の方を向いていた。青年は依然として下に切っ先を向けたままで何かするようなそぶりは見せる事はなくただ一心に妖夢を見ていた。
油断のない視線を浴びせ続ける青年はそれだけでも勝てそうなものであった。
「まさかそんな流れになるなんて読めないものね。」
なぜか嬉しそうにしている幽々子。青年は横目にそれを確認していた。何か思い出したのかは口元を緩ませていた青年はゆっくりと剣を構えていた。
「妖夢、もし負けたら幽々子をもらって行こう。」
「な、そんな事はさせませんよ。」
「頑張って、山本さん。」
黄色い声援を受ける青年とは裏腹に何か違うような事を感じているような妖夢はまた手の中で踊らせることになっていた。
「幽々子様。もう勘弁してください。」
困り果てた表情をしている妖夢をクスクスと笑っている幽々子と何も表情を変えることのなかった青年。剣を構えていた青年はその動揺も覚めないうちに妖夢へ斬りつけていた。
妖夢は白楼剣で弾いて一難を退けていた。それで終わることもない青年は前へと蹴り出していた。妖夢の腹の辺りを蹴りだしていた青年の一蹴りに大きく仰け反った妖夢はどうしようもなくなっていた。青年は前から来ていてふらついた足はどうしようもなくなっていた。その先で待っているのはきっと絶望なのだろうか。
「早く立て。興が冷めてしまう。」
青年はそんな事を言いながら左手に持っていた剣をくるりと手の中で回して鞘の中に納めていた。何か意味があるのかと聞きたくなるが別に意味などないのだろう。青年の事だ、このままやっていても何かつまらないと思い始めたのだろうか。そんな気がする。
「分かっていますよ。」
妖夢は目に力を入れながら全身を起き上がらせていた。相当青年の蹴りが嫌なところに入っているらしく妖夢は何とか立ち上がっているだけだった。
青年は妖夢が立つまで待っている事にした。何か理由もないがここでとどめを刺すのもまた違うものなのだろう。それだけは言えているので青年は動く事はしなかったのかもしれない。
「私も剣術指南役です。このような負け方はしません。」
妖夢は立ち上がってから両腕に持っていた剣を青年の方に向けていた。青年は目の前の事に興味をなくしたのか手先を見ていた。男にしては細めな気がするその指を見ながら青年は爪の辺りを触っていた。
「それなら来てくれ。勝負がつけられないかもしれない。」
青年はようやく構えていた。もう何でもありなので不意打ちも何でもすればいいと思うが妖夢は動く事はなかった。
妖夢がようやく動き出す。
両腕から放たれた湾曲した一撃はその交点のところで受け止められていた。青年の剣に阻まれた双剣は押す事も引く事も叶わなかった。何が起こったのかそれさえも理解出来ていないようである。
青年は軽く一押ししてから妖夢の剣を逃していた。もちろん青年の力だけで妖夢の双剣を止めたと言うわけではない。
「降参します。」
「どうした。」
青年はあまりに素早い降伏にどのように反応して良いのかは分かっていなかった。妖夢はそれだけを言って剣を納めていた。
「もう終わっていました。それだけで理由は十分です。」
「その言い方もありか。」
青年は右腕に持っていた剣を鞘に納めるとすたすたと歩き始めていた。そしてたどり着いた先は幽々子のいる縁側へと行き自分で淹れていた随分と冷めた茶をすする。
妖夢との戦闘中は飲む事はなかったのでさまているはず。青年もそのように考えていた。妖夢も運動の後の水分を取るつもりで茶を取りに行こうと奥へと向かっていた。
「今日は申し訳なかった。」
青年は一口啜る前に妖夢一言詫びを申していた。あのような簡単に終わるとは思っていなかった青年はまだまだやりたいと思ってあのような行為をしていた。
そこに悪意というものは存在しないと感じている妖夢は一言別に良いと答えるだけで他に答える事はなかった。
今回の件はこれで一段落がついたので湯呑みを左手に取っていた。まだその方は暖かくなっていた。
口につけた瞬間に茶が熱くなっていた青年は一気に吹き出していた。理由はよく分かる。
まさか熱くなっていたとは思っていなかった事と青年が元々猫舌であるという事だ。それは知っていたがこのようになるとは思っていなかった幽々子はその反応に困っていた。
まさかの事態だったのだろう。青年も幽々子も騒ぎを聞いた妖夢も混沌とした状況になっていた。
「熱かった。」
一段落付いたのか青年は落ち着いた声でそう話していた。
「驚いたわ。まさかあんなに反応するなんて。」
「言っていなかった俺が悪いから気にするな。」
「そこまで苦手だと思いませんでした。」
「いや、気にするな。」
妖夢に恥をかかせた青年も同じく恥を描く結果となっていた。
いつもの仕返しといったところだろうか。