夢、という言い方が一番似合っているのだと勝手に思っている。
何処でこのようになったのか、黒髪の少しぼさついた髪をしている後ろで一つに結んでいる青年は思っている。その理由を青年は知っているはずもない。秘密裏に動いている七人のおかげである。そして何よりここまで集めてしまった方にも責任というものがあるのかもしれない。
青年が歩いていく中でそこそこ高い壁に覆われている見るからに頑丈そうな見た目をしている場所へとたどり着いた。青年は一旦足を止めて上を見上げながら一言呟く。
「見つからないように飛び越えろ。」
目の上に右手を当ててよく観察しているようなそぶりだけをしている青年がそれだけを後ろにいる人たちに伝えていた。何がしたいのかは全く分からないが青年の中では腹積もりができているとでも言うのだろうか。
「そこからは予定なんてものはない。行こう。」
さらに青年はそのように言葉を連ねた。特に返事というのは全く聞いてなどいなかった。まるで壁を走っていくように上へと登っていく。
「仕方ないわね。」
霊夢がそう呟く。本当にそのような表情を浮かべながら青年についていく。少しだけ文句は言いつつも他の六人も付いていく。
石の壁の上で少しだけ顔を出しているだけで止めた。
石壁で出来ているが単色ということではなかった。青色や、緑色、その色合いが薄くて淡いものであるがまるで宝石が埋め込まれているような見た目をしている建物が多く活気のあるいい場所であることには違いなかった。そして道はしっかりと整備されていてぬかるんでいる場所はなく、様子を見る限り普通の街である。
到底、魔王が住んでいるとは思えない場所であるので青年以外は明らかに表情を歪ませていた。自分たちは一体何をしようとしているのか、なんて考えているのだろうか。
「平和そうな場所じゃない。」
「いや、そうでもない。」
青年は何処からか聞こえてきた声に素早く答えていた。
「どうしてそんなことが言えるのかしら?」
「見た目で判断するのは良くない。それだけだ。」
「そうね。それでこれからどうするつもりなのよ。」
「計画していない。」
青年はそう言うと先導するかのように地面へと降りていた。その音はなく、まるで猫のようだと上から見ていた七人は思ったことだろう。それほどに綺麗な着地である。
「行きましょう。待たせるわけにもいかないわ。」
博麗の巫女として幻想郷の重要な役割を持っている霊夢が青年についていく。それにつられるように皆が降りていく。
城壁に囲まれている一見安全そうな見た目だが防犯面で言えばまだまだなところである。その点は文明の違いというのか飛行を可能としている人間などに対しての対抗策が思いつけなかったと言うのか。そんな訳で中に入ることには成功した。
整備されている道とは違い、土のある地面である。家屋と家屋の間にいる青年達は、ゆっくりと一人ずつ出てきて人々に怪しまれないようにしていた。ぞろぞろ居るのも面倒なので青年はそのような方法を取っていた。
地理的には円形の城壁の中に街が形成されているようで小高い丘の上に城のような大きな建物があるという事だった。あまりにも質素という表現では可笑しいがその言葉が一番合っていた。
「此処からは単独行動を取る。それと紫に頼る事は難しい。気を付けてくれ。」
青年は誰の目も見なかった。ただ一点のなんらかの建物の間から見える小高い丘の場所を見ていた。何があるのか、それを聞くことは御法度のようだ。それだけの雰囲気を醸し出している青年はまるでこれからの事を予知しているようだった。
青年は不意に剣を抜く。腰から鞘ごと抜いた後に左手で柄を握って引き抜く。同時に金属音とともに高らかな悲鳴が辺りから聞こえていた。
青年の握っている剣の刀身にはしっかりと矢が吸着していた。前にも見た事のある感じがする。しかし、青年以外に何か危機感を感じた人は居なかった。ただ、凄い人がいる程度に楽しそうに見ていた。
「散れ。固まっていると狙われる。急げ。」
青年が矢を弾いたと同時に空気の抜けるような声を漏らした。その瞬間にそれほどに嫌なことが起こっていると感じた七人がバラバラに移動していく。
しかし、左右にバランスよく別れていく様はどうしても微笑ましいところがある。いつ、何処でそのようなチームワークをつけたのかは青年には全く分からない。そして戦力的にもバランスが良いのがどうしてもきになるところだがそれを気にしていられるほど敵も待ってはくれなかった。
更なる矢が青年の前に現れる。
頭を狙ったそれは青年の横を通り抜けて地面へと向かっていく。
しかし、突き刺さる事はなく、軌道をその場で急に変えて青年を背中から狙っていた。まるでホーミング。
地面の方から青年の脳天を狙っている矢がまた青年の近くを通る。当たらないようになっているのかと言われるとそれではなく、全て青年が自力で避けている。まさに背中に目が付いているかのようで完璧な隙のない動きをしている。
しかし、状況というのはよくはならない。あまりにも遠くから、しかもよく知らない地形の中で対峙している。相手から誘われるように裏路地へと逃げて道なき道を進んだとしてそれに終わりはない。
白紙の地図を描いていく途中で全てを覚えながら矢を避け続ける、或いは受け止め続けると言う大業を為し得てやっと対等に等しい立ち位置となる。
青年は抜いている剣を持っている左手を下に向けて家屋と家屋の間に入り込んだ。まるで箱を積み上げただけのような見た目で屋根は平たくなっていると思われる。少し考えるためか剣を鞘の中に納めてから左手で耳元を掻いていた。
正に相手からは死角となるその場所で壁を蹴り上げた青年はその調子で隣の壁を蹴り上げるとさらに上へと上った。身のこなしは正に猿のようだ。
建物の縁を掴んで腕の力で屋根の上に登って身を伏せていた青年は暫くその場から動こうとはしなかった。理由としては簡単な話。相手に自分の位置を簡単に知られないためだろう。そしてそれによって生まれた時間によって何処に行こうか考えていた。
素早く小高い丘の上に行くためには一旦地面に降りて走ってみた方が良いのか。それとも屋根の上を潜伏している暗殺者のように伝っていくか。そんなところだろう。
かきあげただけの前髪が目の辺りに垂れてきたので右手で再度上に持っていくと足を折り曲げて膝を立てると腰を上げてから腕を伸ばして上半身を起こした。そして後ろへとゆっくりと下がると助走をつけて前にある少し高い建物へと飛び移る。
左腕をかろうじて屋根の上に乗せると両脚と右腕の力で体を浮かせてから屋根の上に再度身を屈ませて同化させせておくことにした。
息を潜めているカメレオンとはいかないがそれに近いものはあった。息を止めて体を動きを止め、思考も何もかも止めた青年がその場でじっとしていた。この先には大きな道がある。
その道は多くの人が行き交い、この街の中心地であることには間違いなかった。人々は物を売り、自分の商品をアピールするために大きな声を出して客引きをしている。それにつられて買いに来る客が居て少しの会話を済ませた後に取引を終えてまた何処かの店へと向かう。いたって普通の生活が営まれている事には間違いない。
青年はゆっくりと体を起こすと屋根の縁から下を覗き込んだ。案の定、人が多い。
青年は少し顔を歪ませながら走り抜けようと決意した。しかし、時間稼ぎもここまでのようだ。
相手の手から放たれた矢が青年を狙っていた。
真っ直ぐな軌道で恐らくだが今のところは水平線であることには間違いない。青年はそんな事を考えつつ、一回転体を右へと向けると手を使って屋根から降りた。
空中に身軽にも縦に一回転を加えた後で建物の壁を蹴り出して地面へと降りた。
受け身を取り、最小限の傷で済ませた青年は周りの評価には目をくれずに前へと突き進んだ。何も見えていないと言うわけではなさそうだが迷惑であることには間違いなかった。
そして青年が居た上から矢が一本降ってくる。どうやら上へと軌道を変えて青年とは逆方向に一回転を加えたらしい。
青年はゆっくりと体とその矢の距離を測りながら身を翻していた。そしていつのまにか抜いていた剣の刀身で更にその先へ行くのを防いだ。刀身を傾けて地面へと一直線に向かせた青年の手腕によって周りにいた人に直接な外傷は与えなかった。
青年は冷静に小高い丘の先にいるのであろう矢を放った人物に軽く睨みを利かせていた。