悠然とそびえる白い壁で出来ている城が城壁の向こうで立っていた。青年にとっては前日に来た場所であるが何か変わっていると感じてしまったのは気のせいかもしれない。
「これから月と答えた人が左側から回り込んでほしい。側面から侵入して奇襲をかけろ。」
黒髪の青年は静かに風景に溶け込むながら話した。周りは木陰という名ばかりのひらけた場所であるがなにか問題があるという風には見えなかった。まるで一本の木か、大きめの岩。
「厄介事を任されたわ。」
薄い青色の髪をしている幼い容姿ををしている白色の服装をしているレミリアがそれに答える。後に続く2人も同様の意見であるが反対をするような事はなかった。
「そうか。ではもう行く。後で会えたら会おう。」
青年はそう言って城壁に取り付けられている黒色の鉄製の重たい門を開ける。ゆっくりとした動きから金属の擦れる音が聞こえている。本来ならば客として招かれていないので開いていない。
「此処からどうなるかは全く分からない。心してかかれ。」
「分かってるわよ。」
少し厳つい口調で文句でもあるかのように答えると霊夢は青年の右横を歩いている。
「頑張りましょうね。」
霊夢とは引き換えに優しく楽しそうに答えている早苗は青年の左横を歩いていた。何をもって此処にいるのか、それを聞く事はしないが共にしたいと思ったのだろうか。
「何が待っているかは知らないが何処へでも行くつもりだ。」
勇ましくも聞こえるその野太い声が聞こえる。鬼としてこの世に生を受けた勇儀は自身の持っている性格がこのような言葉を出させている。
「そうか。だからこそ、嫌なんだ。」
「何か言った?」
「いや。何でもない。」
「弱音吐いたらただじゃおかないわよ。」
「そうか。」
青年は気軽く話したところで一旦止まった。それに合わせて皆が止まる。
城の中に入って中庭と呼べる場所に来ていたがそこに居たのはまさに岩と呼べるような怪物だった。
ハゲ茶色の体と岩を粗く削っているだけのような色をしている打撲用の武器と言葉も話せなさそうな雰囲気を漂わせて青年たちの目の前に現れた。
「隻眼の狩人がこのような怪物に化けるか。」
青年はボソリと呟きながら右腰に携えている剣を抜いて切っ先を地面に向けながら歩いていた。その姿は孤高の剣士でありながら無謀にも命を散らせようとしている愚者でもあった。
「行くわよ。」
「空を飛ぼうともう関係ない。やれる事はやってくれ。」
青年は後ろで動き出した二人にそのように言葉を投げかけた。もう覚悟は決まっている、その証拠でもあった。
「私は地上からあいつの足を止めていれば良いんだな。」
肩を見せている勇儀は手につけているその装備を鳴らしながら青年の右隣へと向かってきていた。青年は特に反応は見せなかった。隣に来ようとも何もしなかった。
「そうだ。力の限り戦ってくれ。」
「分かっている。私の方が信用出来るんだろう。」
「ようやくか。余力がある勇儀を選んで良かった。」
「今更だ。」
左腕を前にして、構え始めた勇儀の横で青年は面倒になりそうなこれからの事を考えていた。
「グアアァァァ!」
雄叫びをあげたその怪物が青年の前へと持っている鈍器を振りかぶる。青年は止める事はなく前転をしながら前進して勇儀は後ろに飛び退いて避けた。
上からは二人が札を投げて注意を前と目の前と頭上の三点に分散させた。何も相談などしていない。
「中々な力だな。」
地面を抉り、青年の頭上すれすれを通った鈍器が振り上げられる。どうやら一番危害を加えられそうな目の前から先に対処するつもりらしい。
振り上げた鈍器の影の下に青年はいたが慌てる様子はなかった。まるで星でも眺めているかのように一点だけを見ていた。そして少し靄がかかっているようで状況がまるで分かっていないかのようだった。
轟音が鳴り響く。
何か硬いものと地面にある石畳が割れる様な音がした。その右横では跳び退きながらもすんなりと鮮やかに避けていた。
地面に届いた足先に力を入れて捻りを加えた後で持ち替えていた剣を怪物の腹部に当たる様に水平に動かした。右肩を内部に入れてから両手で振ってみたがあまり効果というものはなかった。まさに鋼鉄、そして頑丈な体には傷一つ付いている様な気がしなかった。
青年は一気に間合いを開けて様子を見ることにした。その判断の速さは並大抵なものではなく怪物がどこに行ったのか一瞬見失うほどだった。
「勇儀、今の力を見て受け止めれる自信はあるか。」
怪物の居る場所の後ろからのそりと現れた青年が聞いていた。その返答に一瞬だけ戸惑った勇儀。言い出そうとしたその言葉を青年に邪魔された。
「それなら早めに離れた方がいい。」
青年は辛辣にもその様な事を口に出した。そして勇儀には背中を向けて警戒心が無いことを露呈させた。
「邪魔だと言うのか。見くびられるのが一番嫌いなのは知っているだろうな。」
受け止める姿勢を作り上げた勇儀の前で青年は静かに佇んでいた。状況とは似つかないほどに優しい時間を過ごしている。
「霊夢、早苗。少し距離を開けて左右から挟みこめ。」
「仕方ないわね。」
「分かりました。」
2人の返事を待ち、青年は前へと歩き出した。敵の間合いに入り込んでいるがまるで見えていないかのように剣を地面に向けたまま動かそうともしなかった。石像が地面を滑っているだけの様で一種の才能かと思われる。
怪物が持っている鈍器を振り回す。青年の左側から地面に叩き落とす様に振られた物を青年は体を小さくさせながら下へと潜り込んで受け流した。
キュッ、という靴と地面の擦れる音以外には怪物の出している吐息と周りの息遣い、そして地面に当たって行き場の失った鈍器の嘆きが聞こえる。
右手の指先を地面につけて後ろで隠していた剣を出しながら右脚を前に出して振り抜く。一直線に放たれた一撃が何もない場所へと当たる。それでも一切の傷はつきそうにはなかった。精々、打撲になりそうな感じである。
なんともなかったかの様に振り向いた怪物が何か気に触ることをされた様に鈍器を振り上げる。其処を青年は動く事なく一点に集中させた。
横からの刺客を忘れた怪物は爆発する札に全て当たった。多少なりダメージは与えられたと思われる。
しかし、青年は何も行動には映さなかった。
と言うよりかは動こうとはしなかった。爆発の中で怪物の声を聞いた時、青年は本能的にまだ戦える、と悟ったのだろう。近づいてくる勇儀を右腕で防いだ。一瞬判断を鈍らせた勇儀だったがそれが功を奏した。
勇儀の腹部辺りを絡めとるように振られた鈍器が札の爆発の中から現れた。
止められたかどうかは判断しないとして勇儀は予想もしていなかった。
「手間を掛けた。」
「魔法は基本的に受けないのだろう。せめて気を紛らわせることぐらいしかする事がない。それに比べれば勇儀は前に立って盾になることも出来る。今は必要だ。皮肉な言い方だが許してはくれるだろうか。」
「そうかい。私が前に出る。その間に準備しておけよ。」
左手を上げてじゃあな、と別れの挨拶をするように前に進んだ勇儀が煙の中からうっすらと見えている影を捉えていた。左腕を前にして構えた勇儀は腰を屈めながら左側へと飛び退いた。地面すれすれで横に流していく。今までなら受け止めていたのだろうが今はその様な事はしなかった。結果は分かっている。
「任せる。にとり、あれを取り出してくれるか。」
後ろにいるはずのにとりは背負っていたカバンの中をごそごそと漁り始める。荷物というよりかは持たせたものが多くなってしまったがにとりは気にする事なく此処までついてきていた。不満があるだろうが今のところは表に出ていないので青年は問題外だと考えていた。
「霊夢、早苗、時間を稼いでくれ。倒そうとムキになるな。」
青年が静かにそのように言う。雲の流れのある空がふと笑みをこぼした。
「早速やってみるか。」
勇儀が前へと走り出した。
鈍器を持っている手の甲を狙った一撃は何も障害なく当たった。しかし、此処で油断をしなかった。勇儀はすぐに身を引くと相手の間合いから抜けた。まだ掴めていないのだろう。相手の戦法はたしかに単調だがだからこそ、怖いという相反する要素を持ち合わせている。勇儀もそれに気づいているのかと青年は感じた。
青年はもしもの時のために技を貯めておくことにした。今のところは全く使おうとは思わなかったがここら辺で使っても良いのかもしれないと青年は考えている。
もし、勇儀が命を落としかける様なことがあればこれを使うつもりだ。
「勇儀、遊ぶなら俺が後で付き合う。」
「そう見えるか。仕方ないね。」
勇儀の脚が右側から弧を描く様に進み始めた。目に見えて素早くなっている動きに青年は感動しつつ、最後の一歩から飛び上がり、怪物の頬を思い切り殴りつけた。怪物の足がよろめき始めたところで空中から一方的に札を投げている二人が最後とばかりに投げてくる。
避ける手段のない怪物がまともに札の爆発の中に巻き込まれた。視界も開けることもないが青年が剣を一振りしてその札が爆発した後の煙を晴らした。
これで怪物が何処にいるのかも分かりやすい。しかし、勇儀はなんとなく目星をつけていたのか奇襲にも等しい速度で怪物の腹部に拳が刺さる。
あまりの威力に腰を曲げて飛び上がった怪物が全身に力が入らずに前へと倒れ込んだ。
しかし、地面につく事はない。後ろからは札が集中的に浴びせられて前からは青年が剣を振り上げて倒れない様にした。焼き焦げた様な匂いがする中で勇儀が最後の一発をぶちかます。
青年がつけている装備とあまり変わらないものを両腕に付けている勇儀が真っ直ぐで強烈な一撃を見舞う。
倒膝を折り畳んで地面に足をつけた怪物は最後の一撃によって瀕死寸前まで追い込まれた。
ズシン、という音と主に勇儀の息遣いが聞こえてくる。青年は息一つあげない。
「勇儀、少し休憩したら早苗とにとりと共に右側へと向かってくれ。霊夢と俺が中に入る。」
青年は次の指令を出していた。あまり時間のない青年にとって此処で長く居られるのも気に触るらしく、勇儀の肩に刀身を乗せて念を届けている。通じるのかどうかは分からないがどうやら通じたらしい。
「霊夢とお前に中は任せた。私達は右側から、スカーレット姉妹とメイドが左側から挟み込む。任せるぜ。」
「そうか。」
青年がその様に話した時には勇儀の体は傷ひとつない完璧なものとなっていた。