あの時というのは両者の刃に苛まれて倒れてしまったことのことだ。お互いに力を振り絞りながらも立ち上がろうとするがその場で立てたのは侵入した俺だけだった。頭からは血を出し、腹部からはタラタラと止まりそうにない滝が流れている。体全体に傷をつけた青年だがかろうじて立っていた。ここでやっと魔王を倒したと思えた瞬間だった。
黒いローブを被って口元と鼻先が少し見える程度の女性としか分からない服装をしている人がその場に現れた。剣を突き刺しながら立っているのもやっとの俺はその人からかけられた言葉に答えていく。
その中で確か選択を迫られた。その選択の内容は覚えてなど居ないが何かはあった。
「そのような事が。これは失礼なことをした。」
「謝る事はない。して、どうしても俺と戦いたくて仕方がないのか。」
「そうだ。私はこの時を待ちわびていた。」
「そうか。」
両手の剣をくるりと手の中で回した青年は話しかけたその人の元へと向かう。走り出しながらも何処か悲しげに見える走り方がどうしても気に入らないらしいその人は左手で動きを止めた。術などは使う事はなく、単純に手で静止を促しただけだった。
「全力で来て欲しい。」
「そうか。」
青年は今、持っている剣を鞘に納めてから赤い服を着ている少女の横に立てかける。それからゆっくりと立ち上がると何か言葉を発してから剣を向けている人の方を向いていた。腰に携えている剣を両手で掴むと一気に抜いた。
刀身の色は黄色で発光しているように見えるが色合いからそのように見えるだけだった。その他は特に代わり映えはしない。スカスカの薄い唾と独特な巻かれ方をしている柄であった。唾の近くに指にフィットするように巻かれていて、後ろの方はしっかりと巻かれている。
青年はゆっくりと近づきながら何かを念じていた。地面からは足裏があまり離れる事はなく、のっそり、と徐々に間合いを詰めていくように歩いていた。
「では、行こう。」
青白く光る剣を向けているその人が地面を蹴り出して青年に近づいていく。その速さは尋常ではなかった。
青年は横から来る一撃を逆手に持った右腕の剣で受け止めた。金属音が鳴り響き、少々擦れた。キシキシと腕の震えに共鳴して両者の剣が軋み始める。
青年が相手の力を利用して下へと潜り、跳ねあげられた剣を追ってその場から離れる。間合いにして、足を一歩踏み出せば相手は当てられるような距離。それにしては両者が緊張感のない笑みを不敵にもこぼしていた。この環境を楽しんでいるのか、それとも目の前の敵になんとなく興奮を覚えるからなのか。
緊張感のある雰囲気でそう感じられない表情を見せつける二人は不意に剣を振り始めた。
青白く光る剣を持つ人が上から下へと斬りつける。
青年の手はそれに合わせて踊る。やんわりと柄を握っていた手は接触の反応を見せた時に、一気に力を出し始めた。
二本の剣で受け止めた青年は出てきた力そのままに相手の剣の軌道を変えて地面に叩きつけた。
そしてその勢いで体を捻ってから自身の背骨を軸に剣を動かした。
弾かれた剣を元通りにしてから青年の剣を受け止める。片手では受け止められないと感じてなのか、無意識に両手で受け止めていた。一撃の威力はあるがそれを受け止めたので実力としては互角に等しいのかもしれない。
魔王と呼ばれた人が弾く。青年は仕方なくその動きに合わせる。また一刀足の間合いである。
「少し実力が劣っている。休んでいたわけではあるまい。」
「そうか。そう思えるなら幸せな事だ。」
青年はそれから一歩前に足を出して威圧するようにした。そして両手からバラバラに放たれた剣が魔王の元へと向かう。
青年の剣の交点で止めた魔王は力ある限り押した。青年も負けじと押し返す。ジリジリと距離を近づけていって鍔迫り合いにまで発展した。お互いの吐息と体から伝わる熱意が空気中に発散されていく。歯を食いしばる為に口を閉じた両者はその場では何も話さなかった。
不意に魔王が更に力を加える。青年は素早く離れて後ろへと地面を蹴りだす。その隙は狙わないらしく魔王はその場に立ち止まっていた。
「中々な力だ。だが、私を満足させるまではまだ遠い。もっとだ、もっと込めてみよ。」
「そうか。」
青年はまた何かを念じていた。それは突風、誰もが恐怖し、慄く。そして自分の無力さに嘆くような自然。剣の周りに風を纏わせた青年は少しだけ聞こえる空気の振動に耳を澄ませながら魔王の目を見ていた。その場からは動く事はなく、相手から来るのを待っていた。
「私も始めようか。」
正にテンペスト。雷雲を纏いし青白く光るその聖剣には同じような風を感じさせる。だが、少し黒く、空気が鳴いている。
夢とは違う。ここは現実であり、幻想ではない。
青年は自分の剣と相手の剣が当たるのを恐れた。
とっさに避けた青年はその場から右脚に体重をかけてそのまま倒れようにした。
その場から離れた青年を追いかけるように魔王の剣が上から覆い被さる。地面を滑り出すように青年は駆け抜けていく。
魔王の剣は何も目標のない地面を斬り裂く。咄嗟に自分の体の前に剣を動かしていく。
青年の右脚が一直線に鳩尾を狙っていた。まるで槍のような動きで急所を一点突こうとしていた。
「うぐっ、」
魔王は抑えきれずに地面を滑らせながら声を漏らした。青年は浮きあげた右脚を地面につける。そして一息ついてから両手に持っている剣を手の中でクルクルと回した。上下左右、何も考えていないようだが滑らかな動きをしている。逆手に持ち、順手に持ち、地面に擦り付けて、天を仰いで、青年の周りを回り始める。一種の惑星のように剣が動いていた。
「俺もこの年月は悠々と過ごしているわけではない。」
「その通りだ。私もそれなりに鍛えていたつもりなのだが足りなかったらしい。」
「いや、俺は悪に手を染めた。それでこの結果なら成果はある。」
青年はピタリ、と剣の動きを止める。
「私に効くと思っているのか。」
「だから、直接与えるつもりはない。うろ覚えながら効かないのは知っている。」
「それなら安心した。前とは戦法が大きく変わっているが何かあったか。」
「何、関係ない事だ。剣士が有効的に体を使っただけだ。」
吐き捨てるかのような発言の仕方をしている青年だが、その気迫が変わるような事はなかった。
「私も真似してみようか。」
魔王がそう呟きながら蹴り飛ばされた距離を思いきり詰めていた。下から右上へと走る剣に青年は受け止める事はなく、素早く後ろに下がる。
そして青年が動くようなそぶりを見せてそれだけに留めた。
ふと何かを感じた魔王はもう一歩進んでから剣を振る。適当、ということではないが甘い一撃だった。
しかし、青年はその隙をつくような事はしなかった。
相手を苛立たせるのか目的なのか、それとも休憩しているだけなのか。魔王は少し考えてしまった。
そんな難しい事はしていない。
青年は単純に間合いを空けて待っていた。
「前とは違い、少し慎重な気がする。何かあったか?」
「あまり心配する事はない。して、なぜ攻撃を止める。」
「お互い様だ。」
青年はふと体を真っ直ぐに立てて直立不動となった。ここで好機、と感じて突っ込むのならその人は二流以下、魔王は止まったままだった。
ジリジリと地面を擦りながら魔王は青年に近づいた。
青年はその場から動く事はなく、ゆらり、と今いる光景の中に溶け込んでいた。
敵なのか、友好的な人物なのかはもう既にわからなくなってきた。
魔王が間合いを詰める。そして剣を振った。右側から攻めていく。
その下を潜り抜けて魔王の周りを地面を蹴る音が聞こえる。一回、二回、三回、四回、五回目で大きくなった。
それに合わせて腕で防御をした魔王は意外にも強い力に圧倒された。腕がピリピリする、そう感じているかのような表危機的な情をしている。
「これは元々の力だけではないな。」
「俺は人間だ。こうなる前に言った。悪に手を染めた、と。」
「そういう事か。何がお前をここまでさせるのかは知らないがよく分かった。」此処では戦いにくい。玉座まで案内してやろう。」
魔王はそのように言った。正直、そこまでして欲しいわけではないが、青年は断る気にはなれなかった。
「そうか。」
短絡的な返事の中からは何処か闘気を感じる。