混沌とした重たい空気が流れている。それだけには留まらず、両者の吐く息がどうしてもそんな風に感じる。疲弊しきった二人に何が出来るのかといえばこの戦いを終わらせること。そしてその先の結末を目の当たりにすることのみ。
少し癖のある白色の髪で顔色は悪いのか白色だったが今では少しだけ赤みを帯びている。漆黒の鎧に身を包んでいたが今ではそのような面影は全くない。砕け散った破片が辺りには散らばっている。そして赤いマントを羽織っているが今では何処にあるのかは不明である。先程ラー、と呼ばれた人は目の前にいる悪魔のような殺気を放つ青年をマジマジと見ていた。名はまだ知られていない。
「思い出したのか。それは良かった。」
妙な興奮にかられたラーが仕方なく体を奮い立たせる。
「そうだな、気分が良い。それだけだ。」
「それが本気と言うことか。」
ラーは確認している。それをする必要は皆無である。
「自分の本当の力をぶつけたいと思えただけだ。」
青年はかなり冷静で淡々と言葉を並べているだけなのだが少しだけ恐怖心を煽られるような話し方をしている。
「ならばそれに答えよう。」
ラーは青年の元へと向かっていく。青白く光っている剣から放たれた一撃は青年の何の変哲も無い刀に受け止められた。昔からこの場に刺さっていたが誰も抜こうとはしなかったその刀は見た通りで特徴など何もない。それどころか、何処にでもあるような刀でしかなかった。
「まだ、兄弟喧嘩は続いているのか。」
青年は魔王の剣を受け止めているが何も力を出すような事はしなかった。それこそ受け止めているだけで離す気も流す気もなかった。
「今は関係ない。」
「そうか。話しかけた身であるが気にせずに楽しもう。」
青年は少しだけ楽しそうにしている口調をしているが表情自体は特に変わりそうになかった。まるで自分の言葉に耳を塞いでいるような、そんな感じ。
「話が見えてこないが今はそう言うことにしておこう。」
「そうか。」
青年は思い切り相手の攻撃を弾いてその場から離れた。ふわり、と床に着地した青年は手で持っている刀を縦方向にクルクルと回していた。まるで刀が持っている肌触りを感触を確かめるように。少し奇妙な気もするがしっかりと回っていた。
対する魔王は両手に力を入れていないが切っ先が上を向いていた。闘気としては十分にあるがそれを発散する場がないと言う状況である。先ほどのことを思えば尚の事動こうとは思わない。
青年の手がピタリ、と止まる。左手には逆手持ちにした刀を自身の腰の後ろに回して右手は相手の立っている床を切っ先が指し示していた。これから向かうと言いたそうにしている。魔王はそこで覚悟を決めた。やるしかない。
青白い剣は一旦腰近くまで下ろす。そこから足に力を込めて蹴りだす。その速さは今までの比ではなかった。楽しげにそして、娯楽の一つとして本気でやり始めた魔王は青年に真っ向から勝負を挑んだ。
青年の前に届く前に一旦立ち止まり攻撃する方向を変えた。横から来ていたものを下から打ち上げるように振った魔王だがそれが綺麗に当たるようなことはなかった。
刀で押さえつけた力を使って優雅に宙を舞う。見切っていたとしか言いようがないほどの行動の素早さだった。
だからと言って、魔王が慌てるような事もなかった。その先で待っていればいい。体を浮き上がらせた青年が床に着地するタイミングを上手く利用して攻撃を与えればいい。
青年は華麗に体をひねって押された力を中和してからゆっくりと床に足をつけようとしていた。魔王はその場に居合わせるために脚を動かして向かっていた。
そして渾身の力で振り切る。しかし、空を切ったことは自分の腕が分かっていた。更にもう一度振ってみるが今度は受け止められただけですぐに流されてしまった。
「威厳はどうした。悠然としているお前と俺は戦いたい。」
青年は後ろから言葉を並べていた。余裕のあるように見えるその話し方がどうしても許せなかったがそれは仕方がないことだった。
「ならば、使いたくはなかった奥義を見せよう。」
「そうか。俺は少し歩いている。」
スタスタ、と歩き始めた青年の背中を狙っても良かったがそれはしようと言う気は起こらなかった。どうしても見たいのだろう。昔から挑戦することが好きな性分だったのをラーは覚えている。
「承知した。」
白色の髪を逆立たせて顔色をさらに悪くさせた魔王は青くそして白く輝く剣の眩さを一層強めていた。鼓動が早くなり、息遣いも荒くなっていた。
青年はその様子を眺めながら構えることはなかった。ただ相手の変わっていく姿を見ているだけで何か対策をしようとしているのかさえ分からない。
「して、こうやって戦うのは久しいが笑って終わろう。」
「そうするつもりだが手加減をしようとは思わない。」
「そうか。」
青年はいつも通り答えるが表情は笑っている。今までになく笑っている。これでもか、という程笑っている。
十分に時間をもらったラーが床を蹴り出して青年の元へと向かっていく。床に擦り付けながら低重心で近寄った魔王が一気に振り上げて攻撃を与えた。
青年は左脚を後ろに運んですんなりと避けていく。右脚に重心をかけて青年は剣の軌道から外れるようにしていた。まるで予知していたかのように無駄のない動きである。
そこだけでは終わらず、反撃とばかりに右腕を伸ばして魔王を刺しにいく。
寸前のところで避けた魔王。その返しに上にあげた剣をそのまま振り下ろした。
押し潰された青年はその場で倒れる。そのはずだが後ろへと滑るように下がった青年は何ともなさそうにしていた。
魔王は走る。
青年も走る。
魔王が前へと重心を運んで剣を振り下ろす。
青年はそれを見ずに刀を交差させて受け止めた。そして弾く。
左腕を伸ばして右斜め下方向に振り下ろす。
魔王は右脚を出してそれを軸に回転を加えながら床と水平に剣を動かす。
青年は左腕に持っていた刀で一旦止めてから右腕をその場に合わせず、後ろに回した。
逆方向から来た攻撃に自身の剣の下を通しながら後方へと下がって相手の攻撃を避ける。間一髪で鎧の側面を掠ったのでその音が耳に残る。
回転に合わせて振った剣に青年は下へと潜る。
そしてバネのように縮こませた脚から繰り出されたのはとんでもない威力を持った一撃だった。
手にあらかじめ付けていた装備が無ければ今は手が転げ落ちていただろう。傷口からは大量の血が吹き出して戦闘どころではなくなる。
魔王の白い肌からは赤色の綺麗な色をした血が流れている。しかし、その傷は浅く、切れ味自体も相当ある為、あまり痛みは感じなかった。薄皮をサラっ、と向けてしまったような感覚に陥るのだろう。
確実に首を狙っていただけに冷や汗をかくものだった。
だが、そんな安堵に浸れるほど生易しい戦いはしていない。青年がよろけた魔王に対して右足での蹴りを食らわせる。軽い一撃ではあるが後ろ方向へとよろけていく。
鎧を通して何となく伝わる衝撃にラーは謎でしかなかった。
「ストレートフラッシュ。」
青く光っている剣から光線のようなものを出した魔王の一撃は先ほどのお返しとばかりに青年の元へと向かっていく。
右脚を下ろして次なる準備をしていた青年だが計算違いのことが起こっては何ともならなかった。
両腕に持っている剣を交差させて光線を受け止めた青年だがあまりの威力に足元が滑る。少しずつではあるが移動させられているのは確か。
上手く弾いたか青年だがその前にはズルズルと滑らせた後が残っていた。もう既に体にも限界というものが来始めた。
「まだいけるのか。」
ラーは青年に聞いていた。
「やってやる。」
青年はそれでも眼の光を失うことはなかった。最早体の限界なんていう概念はなく、目の前の楽しそうな事に一生懸命になっているようだ。
「楽しませてくれ。」
「そうか。」
ゆっくりと近づいてくる両者。
足元は既におぼつかないが体に鞭を打ってでも前へと突き進んでいるのだけはよく分かる。
前には倒すべき相手がいて、同時に楽しめる相手がいる。それだけだった。
「行くぞ。」
「来てくれ。」
お互いが後一歩動いたら間合いに入り込むぐらいの近さまで来ていた。それからは無言で居たがふと言葉が交わされる。
それだけで両者の意思が通じたのかそれ以降は何も話さなかった。
そしてどちらも動かない。睨み合いの膠着とした状況とどれも入らせないようにしている雰囲気が出ている。
あまりにも動かない両者。
石の像にでもなって誰かに見られているかのような感じがある。
目を見開いて両者が同じような動作で己が武器を相手にあてた。
両者はその場で自分の武器を手から離すとその場で後ろに倒れ込んだ。
腹部には一本の青白く輝く剣が突き刺さっている。そして床に刺さり、上手く動けないようだった。
もう一方は少し熱くなっているのか、苦悶の表情で同じく腹部に刺さった二本の何の変哲のない刀に苦戦していた。
二人が悶え苦しみ、立ち上がることも出来なさそうになっていたが二人は根気だけで立ち上がり、自分の身に刺さっているものを持って相手に向けていた。
傷口からは血が流れている。本来ならすぐに手当を必要とするが痛そうにしているものの、それだけで終わらせていた。
これから、と思えた時には遅かった。
失神した。
魔王であるラーが魔法を付与した刀に身を焦がされていた。その痛みに耐えることが出来ずに自己防衛反応を脳が判断して引き起こした。
青年は自分の持っていた刀を奪うと、愛用の剣を返した。鞘のない刀はどこまでも彷徨う。