青年英雄記   作:mZu

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第140話

動きがないからといって生きていないと言うことではない。口から吐き出しそうになる何かを何となく理由もなしに押さえつけていた。勿論のことながら手は動かす事はできないが意識だけが身体の中に残っていた。自分の意思だけで口から吐き出されそうなものを止めていたがそれも何となく限界であると感じた。

 

どの方角からも歌が聞こえてくる。その曲の意味や言葉は何も分からない。ただ、徐々に距離が削り取られているのだけは理解出来る。止めれたらそれはよかったと思う。

 

手の先や足の先、その辺りは既に感覚などない。今は立っていると身体、主に胴体が教えてくれる。視界は特に晴れてはこない。神経を断ち切られているようで全くといって反応は見せてくれなかった。それだけではない。何が起こったのかは全く分からない。大体の感覚と感触を失われている。

 

それは生きている意味そのものを掻き切られているようだ。細い爪でキリキリと優しく当てられているだけなのにビリビリと皮膚が破れる音が聞こえる。

 

そもそも生きている、とは何だろうか。その糧となるものは。信仰か友情か行動か怠慢か。居るだけの存在なのか、生きるだけの存在なのか、その垣根は。

 

俺に何が残っている。

 

「俺には俺が付いている。信仰に値するものはそれであり、友情が発生する心が熱くなったり、冷めたりするものだ。だからこそ俺がやりたい事だけの為に、その衝動を満たす為に行動を起こす。」

拳の中に握っていた刀がカタカタ、と音が鳴り始める。その瞬間に暗闇の牢獄はいとも簡単に壊れた。まるで土、押せば倒れる。

 

「つまり何が言いたい。」

 

「俺に名前は要らない。俺は自由に生きる。俺は己の欲望に溺死する。」

青年の脚はいとも簡単に動き出した。根の張った大木から抜け出した青年がベヒモスとの間合いを詰めた。一種の興奮状態である青年は口角を上げているだけではなく、息さえ荒げていた。まともに息など吸えていない。

 

「お前はそうやってどれだけの人を貪り食ったんだ。生きる意志を奪ってお前は何をしている。」

解答の隙はなかった。

 

青年の持っている刀が襲いかかる。右斜め下から振り上げるように動いた。

 

同時に左斜め前からも動かし始める。

 

二方向からの攻撃に全身に障壁を張る事はできなかった。微妙に軌道を変えた刀は二本合わさった状態で突き刺す。

 

それだけで終わることなく、合わさった刀を引き剥がす。ベヒモスが気づいた頃には姿などは見えなかった。そして此処がどこであるのかも全く分からなかった。

 

微かな足音が頭上から聞こえてくる。地上という縛りを受けない青年は壁を走りながら現れた。それは一見すれば何の変哲も無いものでしか無いが特別なものとしてベヒモスの目には映った。想定外であるのは確か、それに加えて未知数である。

 

会話の余裕さえなかった。

 

頭上から現れた青年の持っている刀は切っ先から地面に刺さりに向かっていた。強烈な一撃にはベヒモスでさえ何ともならなかった。

 

一本の針を通しただけだった。それだけのはずなのに両腕の制御を不能にまで追い込んだ。両肩からはただならぬ量の出血をしていた。出している本人は見たことがないのか、状況が全く理解出来ていなかった。

 

「待て。この私倒して何を望む。」

ベヒモスは聞いていた。

 

「ラーの作る国が見たい。それだけだ。」

 

「このまま私を倒して誰が納得する。」

 

「だからこそだ。」

青年はそこで言葉を止めた。空中から静かに落ちてくる。

 

「何かまだあるの」

か。

 

言葉は自身と同じように二つに切り裂かれた。

 

「全く、血に汚したくはなかったが仕方がないか。」

 

「そうか。」

青年は膝から崩れ落ちる。そして足の力を失ったように地面に座り込む。腕はダラン、としたままで収拾のつかない状態となっている。身体だけは何とか起こしているだけで根気で何とかするしかなさそうだ。

 

「無茶をしてくれる。」

 

「俺はお前の作る未来が見たかっただけだ。月に沈む日々とはおさらばだ。」

 

「私は貴方の言う太陽となれるのかはまだ分からない。だが、その資格があると言うのなら応えてみせよう。」

 

「俺はもう月に沈む。後は任せた。」

 

青年はそれだけの言葉を太陽神と同じ名前を持つ男に託した。




ある夜の事だった。

「昔々、ある所に喧嘩をして追い出されてしまった人がいました。その人はその時は悲しみましたが自分の力で新たな王国を作ります。」
本のページをペラッ、とめくった。

「国も安定してきた頃、この人の前に喧嘩を終わらせたいと名乗り出た人がいました。その人は特に名前はない男でした。」
また本のページをめくる。

「この人は考えました。果たして、出来るのだろうか、と。しかし、立ち止まって逃げているわけにもいきません。そこで男の助言を元に喧嘩した相手と戦うことを決めました。」
ここで本のページをめくった。

「再度喧嘩をした上で男とその人が勝ちました。しかし、男はここで何処かに消えてしまいました。喧嘩をして勝ったものの男を失いましたがたその人は強く生きてその国で幸せに暮らしました。」
本は閉じてしまった。もう物語は終わったようだ。手に取りやすいとは思えない大きさの本はベットの上に置かれた。

「どうして男は居なくなったの?」
ベッドに入っていた男の子が聞いている。

「さて、どうしてだと思う?」

「もしかしたら神様だったのかな。」

「そうかもしれないわね。」
本を子供に読み聞かせていた女性は優しく笑った。


「ミツル様も大変な役目を負いましたね。」
子供が寝た後で女性はベランダに出てその一言を空に投げかけた。

「俺は満足している。」
赤い液体の入ったグラスを片手に夜風に当たっている男性がそのように言葉を出す。その男は黒色の髪でつり目ではないが少しだけ釣り上がっているようにも見える目付きをしていて風習に囚われない灰色の目立たない服装をしている。

それは正しく太陽とは異なる夜の帝王。
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