青年は面倒な事になったものだと思い始めていた。もしこうなると上のものが出てくるのだが未知数なので何ともならなかった。とにかく青年は地面に伏せている天狗の脇を掴むと引っ張って木にもたれかからせることにした。そして自前の竹で作った入れ物を口元に持っていくと中に入っている液体を口の中に入れてあげることにした。
「安心しろ、ただの水だ。」
青年は急に暴れだしていた天狗に言い聞かせるようにしていた。適当な理論だが対処法を知らない青年は取り敢えず水を取らせることにした。それで治るのなら魔法にも等しいだろうがそのような事はない。だが暫くすれば楽になるだろう。
青年は先ほどの戦闘で峰打ちをしていた。深く入り過ぎたのか思った以上にきつそうな表情を浮かべているが青年は深く考えるような事はなかった。それどころか何か違う事を考えているようにも見える。
「安静にしていれば良くなるだろう。大事に。」
青年はそう言って立ち去ろうとしていたがその前にあの二人が帰ってきた。青年はそのことに驚いたが顔にでるような事はなかった。出すようなことでもなかったのだろう。
「これで俺たちが足止めしていれば勝てるという寸法よ。残念だったな。俺たちを見逃したのが運の尽きだ。」
その二人の天狗のうち調子に乗っている方がどんどんと口に出していた。何か理由があるというわけでもないが気になるにはなるのでどうしたものか考えてみることにした。だが、答えは出ない。そうなるのは仕方がないのだろう。
「でも俺たちが止めないと逃げられるから頑張ろう。」
「弱気だな。怖気付いたか。」
青年は弱気に堅実に立ち向かおうとしている天狗が言葉を発した瞬間にそのように言った。それに激昂した調子に乗っている天狗は青年に向けて刃を向けることにした。
だが、届くはずもない。左腰から抜かれた剣が天狗の刀を振り払い、青年の右足が防がれた刀を持っていた天狗の足元に当たる。そして青年は腰の回転を利用して後ろまで押し出していた。流れるようなその動きに完全に翻弄されたその天狗は木の幹に頭をぶつけて立ち上がれなさそうだった。
「争いとはかくも悲しき。」
青年は手早く済ませてもう一人の天狗の方を向いていた。何か話したさそうだが青年は何も聞かなかった。そして青年は誰が来るのかを予想しながらその場で立ち止まっていることにした。
「逃げないのか。俺はもう追わない。」
「それは人の勝手であろう。」
青年は何も気にしていなさそうだった。そして待つことにしている青年に一撃を加えようとしている天狗がいた。
青年はその攻撃を見切って足を回転させながら体の力を抜いて刃を避ける。右脚を伸ばして体を屈めた青年は後ろを向いていた。其処には先程現れた青年に刃を当てようとした人物がいる。
紅葉柄の盾に白い分厚そうな毛皮を羽織っていて黒色のスカートに赤い紅葉柄のある天狗。
「椛様。その姿は一体。」
生き残っていた天狗が恐れおののいていた。それの理由は簡単で獣と化していた天狗ほど怖いものはないからだ。そして呼び寄せていた人物だったので何が起こるのかは全く分からない。
「最初から本気ということか。下がっていろ。巻き込まれたくはないだろう。」
どうしたら良いのかな分からなくなってしまったその天狗は青年の言葉に甘える事にした。それ以外の方法が見当たらなかったという言い方もあるのかもしれないがそもそも対抗しようとしている青年が妙に自信があるので頭の中は混乱していたと思われる。
青年は精神というものを覆い隠した。それは太陽を隠す雲のように大地に光を当てないようにさせていた。その効果は確かにあるようで何かあるような気もしないわけでもなかった。
椛は盾を捨て去り大剣一本で青年に対抗しようとしていた。
強烈な一撃を青年はいつ抜いたのか分からない剣二本で対抗していた。曲芸のようなものだがそれで二人の間では普通というものであるらしい。
青年が椛の大剣を弾くとすぐに後ろに下がっていた。攻撃しない意味はないと思うが何か意味はあるようだった。
遠ざかった青年を狙っていた椛の大剣は空を斬る。其処をついて青年が左腕を伸ばすが間合いというものも考えると当たるようなことはなかった。もう見ていられないので帰ることにした。
「帰りましたね。」
「そうだな。して何をしに来た。」
青年は急に落ち着きを取り戻していた。何がしたかったのかはさておき何となく聞いてみることにした。
「援護を要請されたので来てみたら無礼を働いていたようですね。」
椛は基本的なおっとりとした素の顔を見せていた。生きているのかどうか分からないほどふんわりとした表情をしている。
「そうか。ここの仕組みはそのようになっていたんだったな。してどうしてすぐに椛が来る事になっていた。」
「簡単な話。貴方が倒したのが大天狗様なんですよ。最近妖怪の山では惨殺事件が続いていて人手が足りないもので総動員している訳です。」
「という事はもしかして不味い時にここに来ていたのだろうか。迷惑をかけた。」
「いえ、お気になさらず。そのような事はないというわけでもないですよ。」
「そうか。それなら別に良いのだが。」
「ですが惨殺の仕方が酷いものです。四肢をバラバラにされているんですよ。誰がそんなことをするのでしょうか。」
「俺ではない。そのことだけは信じてほしい。」
「別に疑ってもいませんよ。人を斬らないのはもう知っています。」
「そうか。それなら良かった。」
青年は安堵したような表情をしていた。別に他意はないが疑われていないようなので気にしていないということだろうか。
「引き続き警戒はしていますがどうしてか天狗のみ襲われるので其処だけが不思議なところです。」
椛は不快そうな表情をしながらそのように述べていた。別に青年に心当たりはないということでもないが誰なのかはよく分かっていない。