椛とは一旦別れることにした。向こうにも何らかの事情があるようなので青年がわざわざ首を突っ込むようなことでもなかった。それをしたところで何も変わらない。
笠を被っている青年は山道を進んでいき前にも通ったことのある道を進むことにした。道はとても険しいがそれでも慣れている道の方が進むのはとても早い。そしてここは前によく来たことのある場所であり青年の気に入っている場所でもある。先程剣を交えた椛とも此処で初めて出会った。
ここに人は居なくて小さな川が流れているだけだった。其処らへんに転がっているような石でチロチロと音を出して流れていく水に耳を澄ませながら周りから聞こえてくる木の葉の声を聞きながら肌を撫でるような風を感じている。薄暗くも優しい光が差すその場所で腰を休めるのが一番気持ちがいい。
だが、今回はどうやら先に客が来ていたようで青年はその場から逃げ去るようにしていた。
黒い帽子を被っていて桃のアクセサリーをつけた青い長い髪で白いシャツを着ている。シャツはエプロンのようになっていてその下から青色のスカートが見えていた。極光を示すようなものをシャツとスカートの間に付けていた。いつも持っている非想の剣は其処らへんに置かれている。元々鞘のない剣であるらしく露見しているがその扱いは心配になる程だった。
小さな川をチャプチャプと足で踏んでいるだけだが天界にはそのようなものはないらしい。それほどに楽しそうにしている。青年はそれでもその人の素行が分かっているので関わらないようにしていた。
風が吹く。突然の強い風に青年は片目を瞑っていた。少し嫌ったらしい。それを感じたその人が後ろから来たその強い風が吹いてきた方を見ていた。
「何処にいたのよ。」
「これは参った。」
青年はどうしようもなくなったのでこのような結果になってしまった。その人は脱いでいた茶色のブーツを履き始めると青年の近くまで来ていた。ここで逃げても変に追われるだけなのでそのような真似はしない。後々誰に迷惑をかけるのか分からなくなる。
「何よ、参ったなんて。あんたに迷惑をかけているつもりはないわよ。」
天人である比名無居 天子は青年には多くの迷惑をかけている。それこそ今もそうなのだがそれを何も言わないのでわがままな性格なのかもしれない。手を叩いたら誰か来るような状況なのか、青年はふとそう感じた。
「それは自分の胸に聞いてみるといい。邪魔するつもりはないから好きにしていてくれ。」
青年は兎に角ここから去ろうとしていた。
「立ち去ろうなんて言わないわよね。何処かに連れて行きなさいよ。」
「今日は辞めてくれ。足が付くのは勘弁だ。」
青年はどうしても逃げられなさそうなのでそのように言っていた。だがその中でもどのようにしようか考えているうちにどうしても逃げられないように思えた。
「良いじゃない。」
「貴方はそう感じるだろうが俺は嫌だ。」
「何か理由はあるの。」
「それに答える前に聞きたい事がある。どうして俺に付き纏う。」
「良いじゃない。私の勝手でしょ。」
天子はこれ以上に傍若無人な態度をしていた。青年でさえこう手惑うのだから天人の世話役は大変なのだろう。それで不満があれば即刻何処に行く事になるのだろう。大変なものだなとつくづく思う。
「良くない。その態度はいつになったら治る。」
「知らないわよ。私は私よ。それ以外の何者でもないわ。」
天子が急に叫んだと思えばそのように言い始めていた。青年は困った表情と悲しそうな表情を入り混ぜたような顔をしていた。どう表現したらいいのか分からないが微妙なところだからそんなところが一番合っていると思われる。
「そうか。今日は行きたいところがあるがそれを片付けてから連れて行く。」
青年は早めにそう言っておいた。これ以上平行線を辿るのも良くないがここで放置するのも癇癪を起こされると困るところである。体は少女だがそれ以外は子供のような感じなので大体の事はさせてあげるのが良い。
「それで片付けたい用事は何よ。」
天子は何か不思議に思ったのか聞いていた。青年には片付けるべき用事があるのでここだけは譲れなかった。
「守矢神社である人と話をしてくる。それでうまくいけば良いのだが。」
「そう。なら早く行きましょう。」
すぐに行こうとしている天子を青年は止めていた。
「あの剣はどうする。」
青年は立てかけられていた剣を指で指していた。非想の剣は天界の宝刀のようなものであり大事なものであるが天子が事実上持っている。その理由は知らないが盗んだまま返していないだけだと思われる。そしてこの扱い方をしているので青年には理解出来ないものがある。
「持っておいたほうがいいわね。言ってくれてありがとう。」
天子は素直に感謝を述べてから剣を取りに行く。こういう所はとても女性らしいので青年はなんとも言えない所だった。ギャップでそのように見えているだけなのかもしれない。それとも何か考えることがあるのか。
「と言っても天子が何か出来るわけでもないからそこにいる巫女と話していてくれ。俺一人で話はつける必要がある。」
青年は何処を向いているのか分からなかった。目線は前を向いている。そのことは見ていれば分かる。だが、話はまた未来を見ているようにも過去を見ているようにも思えた。天子はその辺りのことを考えながら何となく気にするのを辞めていた。人のことを考えるのは終わらないしつまらないのですぐに辞めた。
「仕方がないわね。私は外で待っていればいいのね。」
天子は青年の発言に妙に従ってくれていた。青年は扱いやすくなったと思いながら首を縦に振っているだけだった。
本当に何があったのかは分からない。