第2話
夏の暑さの厳しい日だった。昨日は雨が降ったと言う事もあり、いつも以上に蒸し暑い。逃げ場のない蒸し風呂のような状態だが逃げ道がないと言うわけでもない。竹の林に覆われた恐らく涼しい風の吹くのであろう縁側に居るだけでもそれなりに快適なものだが此処よりも良い所がある。
前は適当に手で搔きあげただけで後ろでは一つに結んでいる黒髪の青年は過ごしやすい白い着物で過ごしていた。それでも首筋を通る汗と言うのは止まるようなことはなかった。我慢は出来るが迷っている事のある青年はそこへと導かれるようにそこへと向かっていた。
「邪魔する。」
青年は何の気なしに入り込んだ。慣れていると言うよりかは青年がそう言う性格なのでここ一ヶ月同じ屋根の下で過ごしているのでもう見飽きていると言う事なのかもしれない。
「いらっしゃい。何の用なのよ。」
青年の入った部屋は周りの建築物からは想像もつかないようなものが置かれていた。大きい輪の中に何かを入れ込むような台のある機械がある。その台には人一人が寝転がれるだけの大きさがある。青年も流石にこれは知らなかった。誤って幻想入りしたのかそれとも永琳が作り上げたのか。青年にはある意味では興味はなかった。
「ここは涼しいから。何と無く来てみた。」
青年は患者の寝かせるためのベットに座り込む。そして右脚を左脚の太腿の上に乗せて右足の膝の上で頬杖をしていた。その目は大人しくなっているが一ヶ月前とあまり変わっている様子はなかった。優しい目をしているが目つきが前に会った時ほど柔らかくはなかった。この部屋にいる白い十字のついた帽子を被っている赤と青のツートーンカラーをした服装をしている女医。月の頭脳とも呼ばれた八意 永琳。
「確かに外の気温よりは涼しいでしょうけど。貴方くらいよ。何も声も合図も出さずに入っているなんて無礼な行動をとるの。逆に分かりやすいから良いけど。」
「そうか。」
青年は少し悲しそうにしている永琳の言葉を軽く受け止めていた。元々熱く語れる訳でもないので会話としてはこのぐらいなのだろう。青年は何も話さなくなった。
「他に何か聞きたいことはあるの?」
「何も無いはずだ。」
「やっぱりね。思い出した事でもあるのかしら。」
「あるにはある。」
青年は落胆しているような表情をしていて見るからに弱々しくなっていた。
「話してみなさい。貴方みたいな人以外には聞こえないわよ。」
永琳の結界があるこの部屋では完全な密閉状態となっている。外から開けるようなことはできないが住人と青年だけは開ける事ができる。そのあたりの知識は全く無い青年なので途中から聞いていなかった。要は人を認識して開けたり閉めたりする。とても便利な結界だ。
「そうか。実は俺は侵略者でこの幻想郷を潰そうとしている。だからまずは永琳から犠牲になってもらおう。」
「この部屋には確かに誰も入ってこない。けど、本当に仕留める事が出来るのかしら。」
永琳は左手に持っていたペンを机の上に置いていた。その音だけでしか無いので判断はしにくいがそうなると思われる。青年は患者の寝るベットから立つような事はしなかった。そして暗い目をする永琳の表情を見てからまた口を動かした。
「本来なら出来ない。だが出来る人を知っている。俺はその人を引き連れてくる可能性がある。そう言う事だ。」
「そうなの、ね。とするとあなたが侵略者というのは一概に間違っていないということね。ならどうすれば良いのかしら。」
永琳はどうしたら良いのか分かっていないようだった。半分以上は信じていたのか見れんの残しているような口振りをしている。青年はそれを聞いていて申し訳ない表情をしていた。
「方法はない、かもしれない。事実として俺は幻想郷に居る。幻想入りする条件は知らないがそれ事実だけで十分入られる可能性がある。本当のところは管理している人に聞くと一番手っ取り早いがさてどうなるか。」
「とても難しい問題よね。それでどうするつもりなのよ。」
「曖昧な表現の物を曖昧な表現で二重にして伝えている。相手には口で言っても何も変わらないだろう。」
「貴方の予想を何も知らない人に伝えても仕方がないわね。私ならまだ何とかなるかもしれないとそう感じたのね。」
永琳は澄ました顔で下を向いている青年の方を見ていた。その小動物を見るかのような目には加虐性を持っているようだった。
「そうだ。俺も可能性の話でしかない。こうなれば異変を起こして炙り出すか。」
青年は急に顔を上げて立ち上がる。思い立ったら行動するその性格は変わっていないがそれにしては何も考えていない。永琳はそう感じたので青年の右肩を掴んでそれを引き止めた。青年は鬱陶しそうにしているが抵抗する意思はなさそうだった。
「そんな野蛮な方法はきっと上手くいかないわよ。」
「そうだ。上手く行かない。だが、伝える手段も乏しい。かもしれない未来をどのように伝える。」
変に熱のある言い方をしていた。
「上手く伝わらないわ。きっとね。」
そんな青年を見ていて何か違うように感じている永琳はこれ以上は何か助言できそうではなそうだった。
「夢物語を語って信じてくれるのは入ってきた人だけ。そして頭の優れた人物だけだ。まだ、幻想郷に住んでいるだけの人は虚言として受け取るかもしれない。結界を作った張本人はきっと潰しに来るだろう。」
「それで実力を見せて危機感を与えようとする狙いがあるのね。八雲の二人を釣る事は可能かしらね。」
「それは分からない。最終的にはその二人を同時に相手して余裕で勝てないといけない。それぐらいの力は持ち合わせている。雑魚ならまだなんとかなるかもしれないが。数で押されると幻想郷は簡単に潰れる。」
「そう。そう言うのなら仕方がないわね。行きなさい。どうなっても知らないわよ。」
永琳は吐き捨てるようにそう言った。もう捨てられた匙のような青年だがそれでも良かった。今から死に行く青年には誰からも良く思われない方が良かった。襖を開けてこの部屋から出て行く青年は縁側を歩いて永遠亭から出ていく。そして向かったのは北西の方向だった。