森の中を歩いていく黒髪の青年は何処へ行くのかは全くもって分からなかった。迷いの竹林を斜め方向を突き進み、妖怪の森へと入っていく。鬱蒼とした何処から現れるかも分からないような森の中で見慣れた場所へとたどり着いたのでそこで一度休憩を取ることにした。
誰のものなのかは分からない墓石の並んだ場所で前によく掃除をしていた。言う事はそれだけではないが懐かしい感覚を覚える。そしてどこから読経が聞こえてくる。どうやらここにいる僧はいつも通り暮らしているようだ。
青年は怪しい雰囲気のある墓所を歩き過ぎていく。その脚に迷いというものはなく一心に自分の目的を行おうとする。それだけで芯の強い人間であるのは言うまでもない。
前は青色の髪をしている邪仙がいた洞穴へと入っていく。理由はわからないが居なくなっていたので青年は誰にも話しかけられる事なく洞穴へと入っていく。中に会っておきたい人がいる。青年はそれだけだった。
洞穴の中は日が当たらない事を加味しても凍てつくように寒かった。霊感と言うのかそう言う人が感じるような寒さを感じている青年はそれを我慢して下へと続いている階段を降りていた。
石で出来た直角に作られた段の高さが均一になっている階段を下る。そんな頃には足音が共鳴しているように重なり合い誰かいるのかさえわからないほどになっていた。後ろに誰か居ても気付く事はないのだろう。青年は大きく開けた洞穴の先に着くと妙に静けさのあるその場所を不思議に感じた。
本来なら白い髪をしている尸解仙が居るか、口の悪い幽霊がいるのだと思っていたがそうではないらしい。青年は兎に角目の前の建物の中へと入ってみることにした。金色で作られた見るからに素晴らしい建物である。此処には十人の話を聞くことができる逸話を持つ仙人が居る。だが、こう静かだといるのかさえ全く分かったものではない。
青年は深くは考える事なく綺麗に整えられた白い石畳の上を歩いてその先にある建物の中へと入っていくことにした。
中には一度も入った事はなかった青年はその中の簡素な作りを見ていて何と言えばいいのか分かったものではなかった。五人ほどが囲んでたべれる程の大きさのある卓袱台があってその先には古くなった木製と思われる棺とその先の何らかの像が置かれていた。青年が信仰については興味がないのだがこの時ばかりは何かを探すようにしていた。
「此処で何をしているのかしら。盗人さん。」
壁のある後ろから現れたのか声がした。もう神霊の騒ぎは無くなっているはずなので霊ではない以上は何か生きているものがいると思われる。そうでもないとこのようになる事はない。
「青娥か。此処にいた神子はどうした。」
青年は相手に背中を向けながら話しかけていた。
その人は頭に無限大を示すように結ばれた青い髪に鑿を指していた。金色で刺している意味はよくわからないがそれを装いとして必要だと思うのかもしれないと思っていた。そして仙人らしく天女の羽衣のように後ろでは浮いていて全体的に水色の服装をしている。
背中を向けているのはある種の挑戦のようなものだが一切そうするつもりはないので勘違いされない限りは戦闘に発展することはないだろう。
「太子様でしたら仙界の方へと行かれています。お探しなら知っている顔なので連れて行くこともできますよ。」
「頼もう。」
「分かりました。」
青娥は珍しくそう言う。もう少しこじれそうだと思っていた青年だったがあっさりと行ってしまったのがどうしても気になるらしい。
「待て。何か企んでいることはないか、邪仙。」
「いえいえ、そのような事は全くありませんよ。」
邪仙と呼ばれたことには何も言うつもりはなさそうな青娥。青年は踵を返して青娥の方を向いていた。どうしても疑念の方が強くなってしまったらしい。これがまた別の人ならまた違うことになっていたと思われる。
「そうか。どうしても信用できないものでな。理由は言わなくても分かるだろう。」
青年はそう言った。それを聞いて青娥はヘソを曲げてしまったらしくそこから走って逃げて行くように何処かへと行ってしまった。それを青年は追いかける。
「本当に会いたければ自分で来てください。それでは。」
青娥は頭に刺していた鑿を抜くと何もないような壁の所から何処かへと抜けて行ってしまった。何処に繋がっているのかは全く分からない以上は何も手出し出来ないので青年はその場からは動くような事はなかった。そして壁は塞がってしまった。
綺麗な丸が描かれていて引き抜かれたようになっていたがその先にはワープホールのようになっていた。その先にはきっと仙界へと繋がっているのだろうがまだ行くような時ではないと思われる。青年は仕方がないので用もなくなった洞穴から出る事にした。トボトボと音を鳴らすだけの洞穴は何か虚しいものであるように感じた。だが、青年が今から歩くのはきっとこういうものなのだろうと感じていた。この道を歩く為には必要な犠牲だった、そしてその犠牲はこれから増えていく。
少しの間止まっていたのか青年ははっ、と目を覚ましていた青年はまだ地上に登るための階段の途中である事に気づくとその先を目指して歩いていた。光が差し込んできた洞穴のの中で青年は軽く目を閉じるとそのまま歩き出していた。
まだ読経の声は聞こえてくる。夕暮れへと近づいているのだけはよく分かるので早急にこの場から出ていく事にした。まだここに来るべき場所ではなかった。先に顔をよく知っている人から手当たり次第に当たっていく必要があると思われる。
青年は何の目的もないように墓所を迂回して北側へと向かっていた。その足取りはとても遅く帰りたくない場所であるがそれでも行く必要があった。先に伝えておきたい所である。そして早く断ち切っておきたい場所でもあった。
青年にとって湖に浮かぶ古城は思い出深い場所である。そして待遇を良くしてくれた。その恩は忘れてはいない。