「やれるもんならやってみな、と。」
霊夢の投げていた追尾をする事ができる札は何をされたのかは分からないうちに簡単に斬り裂かれてしまった。後転を空中で行い、いつの間にか持っていた両手のナイフでいとも簡単に裂かれてしまったようで虚しくヒラヒラと落とされていた。
「中々やるじゃない。」
霊夢は空元気程度に応戦するように口で煽り立てた。その表情は揺れ動ことなくいつも通りなのだが何処か自信のないように見えるのがどうしても気になるところだろうか。
「先に言っておくがそんな程度ではこの先やっていけないぞ。」
霊夢の目の前にいる男性は丁寧に忠告してくれた。別にそれが悪いというわけではないが此処までの感じを見ているとどうしてもそう思われても仕方がないと思われる。男性は舌の上に逆手持ちのナイフの刀身を乗せてベットリ、とじっくりと舐めていた。よく見ると特に掃除されていないのか舐めた跡が付いている。
「今日のナイフは美味しいなー。」
恍惚とした表情で少し興奮したように答えている男性は身を低くして霊夢の方を向いていた。まるで獲物を見るような鷹の目をしていてどの動きも見逃すつもりはないという意思がひしひしと伝わってきていた。それに押されるようなことはないにしろ見知らぬ者に加えて幻想郷に危険を及ぼす可能性があるのなら尚更警戒するしかなかった。意思がぶつかり合うこの場で二人はお互いの目を見つめながらその時間を過ごしていた。
二人は一切動くことはなかった。何か動けない理由があるのか、と聞きたくなるほど微動だにしなかった。男性は何処か楽しそうにそして遊びのようにしているだけで真剣勝負というのはしているように見えなかった。
「アンタ、何処から来たのよ。」
「テメェには関係ない事だ。分かったらさっさと帰っておネンネしてな。」
男性はそのように返した。その言葉には眉一つ動かそうとはしなかった霊夢だが瞬きをした。いや、してしまった。
男性がその一瞬の視界の遮りを見逃すことは無かった。左脚を折り曲げて地面に同化するように体重を移動させながら右脚を地面から離して次の一歩を踏み出していた。其処で思い切り足裏を地面に擦り付けて方向を霊夢の方へと変えると左脚が出ると同時に両腕に逆手持ちをしていたナイフは顔面を狙っていた。
両腕を交差させていたので霊夢のお祓い棒はその点を抑えるようにしていた。
目を潰されそうな程の近さで止められたその一撃には霊夢は肝を冷やした。後もう少し反応が遅ければ目は確実に潰されていた。その事実だけが目には映っていた。そして男性は少しだけ詰まらなそうにしていた。期待外れだったのかもしれないが流石に露骨すぎた。明らかに口角は下がっていて特に警戒するようなこともなかった。そんな表情をしていた、
男性は力なくその手を離すと右手を使って面倒そうに手を振っていた。明らかにそのような表情をしていたので霊夢はすでに激昂していた。
「何か不満な事でもあるのかしら。」
霊夢は酷い剣幕で怒っていた。その声に対して男性はため息に一つで答えていた。
「博麗の巫女だと言うから期待していたが。まぁ、そんなものかね。」
男性は遂には戦う意思もなくしたのかナイフをマントの何処かに隠していた。それから踵を返して霊夢に背中を向けて森の中の木の中に潜むように歩いていた。それを見逃すわけにはいかないので霊夢は札をも投げられる限りに投げていた。
擦れる袖の音だけが聞こえていた。其処からは何をしたのかは到底予想はつかない、はずだった。
男性は素早く身を翻すと三枚を斬り伏せていた。そして二枚を避けて自分の後ろへと流していく。その早業には流石の霊夢も計算違いだった。
そして男性は後ろから来ていた札をマントに当てるだけで撃墜させていた。
まるで意味のなさなかった霊夢の此処までの生き方は男性の前に打ち伏せられていた。此処から何かしようと思うその心まで蝕んでいくような感覚を覚えた霊夢は仕方がないのでその場から逃げるようにしていた。
「待てよ!やっと斬りたいと思ったんだ。斬らせろ。血を見せろ!」
男性は狂気じみたそんな声を上げていた。とてもではないが人間とは思えないほどに興奮させていた男性は霊夢の事を必死になって追いかけていた。
足が地面につくその音もなく草木を踏みつけるような音もしない男性は簡単に姿を眩ませていた。不気味な雰囲気を作り出したので霊夢は所構わず札を投げてつけておいた。それから辺りを見回して何処にいるのか、そしてどんなところから現れるのかを観察していた。霊夢の周りには木がある。その裏にいる可能性もあるしそれとも上にいるのか、霊夢は無音という中で木漏れ日のある森の中で何か確証を得られるようなものを探していた。それは事件の検証をする刑事のようにチリ一つ見落とそうとはしない、そんな目をしていた。
「もうそろそろ出て来てもいいんじゃないかしら。」
「残念だが、別にその必要もねぇよ。」
「いつの間に居たのよ。」
「ずっと居たぜ。だから言ったろ。家に帰っておネンネしてな、とな。それとも自殺志願者か。人に迷惑かけずに自分でしちまった方が良いと思うぜ。」
「よくそんな事が言えるわね。もしかして今起きている異変はアンタのせいなのね。」
「正解だ。よく分かったな。だが気づくにはも遅かった。俺の仕事ももうそろそろ終わる。」
男性は木にぶら下がるように足を組んで蝙蝠のようになっていた。慣れた感じがするので隠れて行動する方が得意なのだと思われる。霊夢はすぐにそう思えた。そして此処で姿を出したということはもしかするともう終わりを迎えているからだろうか。
「そうね。此処でいなくなりなさい。」
「夢想封印!」
赤や青、黄色に緑。色取り取りの様々な弾幕が霊夢を中心に飛び出していた。視界というのは全く見えず覆い隠すような弾の密度を作り出していた。そして霊夢が事前に仕掛けていた罠によってこれでもかとばかりに札が男性の方へと向いていた。
周りは大きな弾幕に覆われている中で札を斬り伏せる必要があった。それだけしていれば男性でさえ傷の一つは付けれるのだろうと考えていた。博麗の巫女として代々受け継がれていたその奥義は博麗神社の巫女を務めるものにしか扱うことは出来ないものである。
男性は絶命していてもおかしくはなかった。
「これでもかしら。」
少しだけ怒っているようにも見えなくもない表情をしながら疲れたのか肩で息をしていたがそれでも届かないものはあるようだ。
「良い攻撃だった。それだけ伝えてやるよ。」
男性は霊夢の背後に立っていた。ここでグサリとナイフを刺されていても不思議ではなかった。だが其処で気に失うように地面に倒れた霊夢は自分の身には何の傷も付いていないことに気づいた。軽く押されただけのようだったが力が入らなかった。地面の土を舐めることしか出来なかった霊夢はこれまでに味わった事のない雪辱を感じた。
だが、ここで立ち上がることは出来なかった。ふわふわとする頭と何をされたのか分からない体ではここで立ち上がろうとも何もするような事は出来ないと思われる。その場で涙を飲むことしか出来なかった霊夢は眠りにつくように目を閉じていた。
何か安らかな、そんな感覚が霊夢の中にはあった。