薄暗い森の中ということではないが日の落ち方が何となくそのようにさせている事を感じさせるような時間となってきた。黒い髪をゴムのようなもので一つにまとめていた青年は紫色のマントを纏いながら妖怪の山を登っていく。
お尋ね者として青年の顔は幻想郷に知れ渡っているが現役にそれをしているのは妖怪の山だけとなる。真実を知っているのは土着神である洩矢 諏訪子と守矢神社で二柱を務める八坂 神奈子しか知らない。その神社で巫女でありながら現人神である東風谷 早苗はどうかは分からない。
青年は本当は入ってはいけない場所へときているのだがその事を一切感じさないその風格はもう図々しいという言葉では済まされないものとなっている。それとも頭の記憶力が弱いので忘れてしまったのか。その事はどうでも良いと言えるようなほど青年の性格が適当だからなのだろう。
「そこの人。止まりなさい。」
黒い羽を持っているその天狗は腰に携えている刀の柄にもう既に触れていた。それだけ警戒が高まっているということが言えるが怪しまれているというのは何も言わなくても分かっている。
「そうか。俺に何か用があるのか。」
青年は前にいたその天狗にそのように言った。その下から来るような声に少しだけ息を潜めた天狗はどういう理由でなのかは知らないが刀を抜いていた。
「その顔は見覚えがある。同行お願いたい。さもければ言わなくても分かるだろう。」
「そうか。」
青年は刀を抜いている天狗に近付いていた。ゆっくりと歩き出した青年に天狗はどうしようもなくなっていたがすぐに切るわけにも行かなかった。理由はどうであれ刀を空振りさせて威嚇していたが止まる気配は全くなかった。そして何を思ったのか天狗はもう斬り伏せていた。曲がる青年に天狗は何がいけないものであったかのように顔を曲げていた。もう怖かったのだろう、表情を見ればそれはよく分かった。
「何処だ。どこに居る。」
天狗は辺りを見ながら声を出していた。怖いという感情をむき出しにさせて辺りを見渡すが当たり前のように姿は見えなかった。
「身体能力が白狼天狗に劣る烏天狗はこの暗さの中ではさぞ大変だろう。」
「後ろか。」
天狗は瞬時に振り返って刀を振る。
「どうしても見つけられないか。」
「何だよ。」
天狗はもう一度後ろを振り返った時には見える位置に青年がいた。だが、これは何か違うものであると思えた。
「俺は剣を抜かない。血で汚したくはない。」
青年は特に気にすることはなく天狗の横を通っていくだけで何か危害を加えようとはしなかった。天狗も刀を振ろうとは考える事ができなかった。
「待て。何をするつもりだ。」
天狗は正気を取り戻したのか遠く離れた青年に声を掛けていた。青年は鬱陶しいとは思わなかったが面倒なことではあるのは仕方がないと思われる。
「何もしないつもりだ。だが、何か危害を加えようとするのなら抵抗はする。」
「精々逃げ続けるがいい。天狗を敵に回した事を後悔させてやる。」
「そうか。残念だがもう幻想郷を敵に回している。その程度で公開していられるような小物でもない。」
青年は少しだけ笑いかけながら話しかけていた。冗談交じりに言うのがどうにもそうなのではないかと天狗は思い始めた。思い始めただけであるが真相は闇の中であるのは間違いない。
「ドロン!」
「奇抜な掛け声だ。」
青年はそう言うだけでまたいつも通り山道を進む事にした。青年は一人で山頂へと向かう事にした。
山道という道には似合わないような足場を通っていく。どうやら獣道のようだがそれだけではないと青年は思っていた。
「貴方ですか。また迷惑な事をしてくれましたね。」
「そうか。歩いているだけでも迷惑だったのか。」
青年は上から降りてきたその人に特に驚くこともせずに平然とした態度で何も言わなかった。
「もうそうなるとどうしようもありませんね。」
白い髪をしていて山伏のような赤い帽子をかぶっている黒いスカートに赤い紅葉が描かれているものを着ている。そして天狗らしい一本底の下駄を履いている。
「して、椛。今日は何の用で来た。」
青年は本当に気づいていないのかと言いたくなるほどになっていた。
「言わなくても分かるでしょう。烏天狗から報告を受けましてどうやらお尋ね者であるらしいので私まで来たということですよ。」
「そうか。それはご苦労だった。俺は先に行く。」
「待ちなさい。何か知っていることはありますか。」
椛は切羽詰まった表情で青年に聞いているが聞かれている方が首を傾げていた。わざとらしいかもしれないが椛は焦らせるようなことはしなかった。
「気楽に過ごしていたらそれで良い。今まで通り警戒に当たっていてくれ。」
「貴方は私ではどうしても手綱を握れなさそうですね。」
「そうか。嬉しいものだ。」
青年はそう言うだけだった。何か言いたい事があるのかと青年は思っていたが別にそうでもないらしい。
「妖怪の山の事は神奈子と諏訪子に任せている。後は博麗の巫女と管理者には知らせている。椛にはそうなっても仕方がない。」
「一回休んでみてはどうですか。」
「やりたい事をやっているだけだ。その暇はないだろう。」
青年は楽しそうに答えていた。椛としては同じように微笑んでいるだけでだった。仲がいいのかと思うが別にそういうわけでもない。
「何か私には想像出来ないような事が待っているのでしょう。何か協力できる事があれば言ってください。」
「そうか。一般椛。」
青年はそう言っていた。その言葉にむっ、とする椛。青年は冗談がお好きなようだ。
「妖怪の山に来ないでくださいとは言いませんけど迷惑にはならないようにしてください。」
目を細めながら答える椛は青年に忠告していた。当の本人が耳に入れるのかどうかの問題なのだがその点では関係はないと思われる。
「そうか。また後で管理者に話す事にする。それによってはまた来る事にもなるだろうが山道を行くことはないと思う。」
「寂しくなりますね。」
椛はそう呟く。一切の言葉を聞かなかったのか青年はその道を歩いていく。背中で語ろうとする青年には恐れ入ったものだ。