そっと入っていく紅魔館と呼ばれる吸血鬼の住む霧の湖の孤島に建てられたその紅い壁で覆われていた館へと入っていこうとしている。
館に入る前には庭がある。前は手伝っていた事もあったがここ最近ではそうしている暇もなくなってしまった。それでも枯れる事を知らない花々はその美しい顔を競い合うように咲かせていた。青年はじっくりとそれを眺めてからある程度の時間を過ごして館の中へと入っていく。
紅い液体で染められていたようなカーペットにはちりひとつ、埃一つ落ちていない完璧な顔を見せていた。左側は妖精たちの部屋となっていて右側は住人の部屋となっている。三階の何処かに此処の主人である部屋がある。そう言える理由は吸血鬼だからと言う理由とここにいるメイド長の能力ゆえにそうなるようになっているからだ。
紅いカーペットが敷かれている向かい合っている螺旋階段からある人が降りてくる。ハイヒールのコツコツといった音を立てながらゆっくりと階段を降りてきている。
「久しぶりね。何処に潜伏していたのかしら。」
「冷たい女だ。」
青年は売り言葉に買い言葉のように言葉を返した。別にそうする必要性は皆無だが此処で話しておく必要があると考えたのだろうか。
「完璧で瀟洒なメイドは表情一つも変える事はないわ。」
その人は銀髪で顔の長さぐらいの三つ編みを耳の前に出していて白いリボンで止めていた。白いカチューシャをつけていてそこで少し髪をまとめているのだと思われる。そして紅魔館のメイド長であるその人は青い色の服装をしていて腰の辺りには白色の前掛けをしている。後ろに結び目があるのはこれまで関わっていたから分かっている。そして黒色のヒールを履いている。
「もう少し気を緩めたらどうだ。知らない顔ではないだろう。」
「なら先ほどの言動は取り消しなさい。」
その人は厳つい声でそのように言っていた。それこそ白銀のナイフのようなものであるが白玉のような太腿にも同じものがある。青年は此処で構えていた。
「外で音がしていたから何かと思って見てみたら貴方がいるから驚いたわよ。でも、美鈴を倒してまでここにきた理由は何かしら。」
「俺は幻想郷を侵略しようとしている者だ。吸血鬼の姉の命をもらいにきた。」
青年は力強く答えていた。そしてもう帰り道はない孤独な岐路をひた走っていた。それにメイド長は舌打ちをしていた。
「到底信じられないわ。貴方にそんな力があると思っているの。まだまだ強い妖怪はたくさん居るわ。それに巫女にも負けているそうじゃない。それでよくここまで無作法な方法でノコノコとやって来て何を言い出すのかと思えば。そんな戯言を私に向かって言わないでちょうだい。」
本当に珍しく怒っているメイド長を見ていた青年は心の中では決めていたがやはり来るものはあるのだな、とだけ感じていた。
「その怒りは理解出来る。」
青年はそっぽを向きながら答えていた。まるで怒られている時の子供のようで勇ましいとは到底言えない。だが、まだまだ迷いが完全に捨て切れているわけではなかった。これまで培ってきたものもある。それをみすみすと捨てるのは人生を捨てるものと等しくなってくる。少し考え過ぎかもしれない。
「なら、どうして、こんな事をしようとするのよ。」
息を切らしながら叫んでいるメイド長の言葉を重く受け止めていた青年は急に心臓が痛み始めていた。何があったのかは言うまでもない。だが、それを跳ね返してでも先に進む必要はある。それを切り捨てる覚悟がいる。
「それが俺が思い出した使命だ。それをみすみす通した管理者もそうだが気付けなかったのも悪い。」
青年は出来るだけ距離が離れるように言葉を選んでいた。それぐらいは必要なのだろう。青年は全てを切り捨てるような気分でそのようにしていた。此方へと手を伸ばしてくるその指や手のひら、更には腕までも斬り伏せていかないといけない。これからもその様な気分になるのは多く存在するのだろう。
「そう、ですか。なら、もう、私は、お嬢様を守る為にこのナイフを振るう。」
メイド長は泣きそうな情緒の暴れ方をしていた。内心、謝りたい青年だがそれをさせてはくれなさそうなメイド長に瀟洒と言う言葉は似合わなかった。
青年にまっすぐ飛ばされた白銀のナイフは青年の引き抜いた剣によって軽く弾かれていた。そしてカーペットの上に汚れとして落ちていた。メイド長はそれを投げるだけでも相当に迷いがあったのだと思われる。
「全ての迷いを捨ててかかって来い。俺は全てを受け止める。」
青年は見ていられなかったのだろう。敵に塩を送る事にしたその真意は別としてメイド長は憤りを感じずにはいられなかった。
「そんな事を貴方が口にしないで。私を騙していた罪は重いわよ。」
「してみると良い。時間停止の仕組みを知らないわけではない。」
青年は挑発的に捉えられる言葉を選びながらここまで誘導をしていた。きっとわざと乗ってくれるだけなのだろうがいつもの調子を失っているメイド長はお嬢様に拾われる前のその姿を示しているのかもしれない。獰猛な獣のような表情をして怒りの表情しか見せようとしなかった。
「そこまで言われる程貴方には見せていないわよ。」
「そうか。そう思っているといい。」
青年はここまできても喧嘩腰なのをやめようとしなかった。それにメイド長は乗せられていて引き返す事はできなさそうな様子だった。それに青年は受け止めるつもりなのだろう。拾い上げた白銀のナイフを緩やかな放物線を描くように投げていた。敵の施しは受けないのかメイド長はナイフの刺さった場を通り過ぎて広間へと降りてきていた。
「貴方を倒すわ。お嬢様を守る為にはそうするしかないのね。」
メイド長は落ち着いた口調に戻してそのように言っていた。怒りというのは越えて諦めているのかそれともそれも演技として必要なものだったのか。青年にはどちらでもなかった。其方から来てくれるのならどれだけ楽になるのかは言うまでもなかった。
青年は切っ先をカーペットに向けていた。戦う気があるのかとても怪しかった。それでも青年の目はしっかりとメイド長を捉えていて離さなかった。
時はメイド長の能力によって完全に止まっていた。白と黒だけのモノクロの世界となっていたがその中で銀色の髪で青い服装をしていたメイド長。その世界の管理者として唯一この場に立っていた。そして辺りは音はなく誰も存在していないような感じを覚える。だが、メイド長の目は真っ直ぐと的を狙っていた。
それは頭の上に乗せられたリンゴの如く。赤い果実からは甘い汁から垂れていく。その色は赤くて一度きりの麻薬のような快楽を与えてくれる。気持ちいい、と一言に尽きるその衝動に駆られてナイフを投げていた。完璧に止まっていた時間の中では一切の動きがなかった。
そのナイフはメイド長が手を離した瞬間に白と黒のモノクロの世界の中に溶け込む。それは白色の簡素な衣服をしていて黒い髪をしている男性にしては低めな身長をしている青年へと向けられていた。その原動力はお嬢様のためではない。
「これで終わったのよ。」
涙をこぼすその瞳とは裏腹に的確に急所を狙っているメイド長は十何本ものナイフを青年の周りに集めていた。四方から放たれる八方塞がりな位置からの攻撃に逃げ場はない。
そのはずだった。時間は元に戻り全てがカラーの世界へと戻っていく。紅いカーペットには何の塵も埃もなく綺麗な状態に保たれていて周りの壁も紅くて大きな窓からは月の光が微々たるものだが漏れさしていた。
青年の周りには金属音と共にメイド長の投げていたナイフが散らばる。そして青年には何の傷も与える事はなかった。
「何をしたのよ。」
メイド長は驚きを隠せなかった。何が起こったのか全く言って分からない。
「時間の操るメイドはその能力を破られた。して、それでどうしたい。辞めるか、それとも続けるか。」
青年は静かな声で聞いていた。それこそ蛍の飛ぶその音のようで静寂というのが一番似合っていた。メイド長は青年の周りに落ちてしまったナイフを自分の手の中に納めると青年との距離を空けていた。別に元から届かない間合いなのであるがそれでも怖かったのである。青年に大部分を削られたメイド長は自分がどこまでやれるのかを測ることができなかった。どこまで通じるのかは全く、いや何も分からなかった。そして先程も何が起きたのかは全く理解できていなかった。
「続けるわ。私の使命はお嬢様を守る事なのよ。」
「それはメイドとしての役目だ。咲夜自身はどうだ。無くしたくはないだろう。」
「私の命はとうの昔から無いに等しい。」
メイド長は大きく前進していた。青年は急いで剣を鞘の中に納めると小刀を二本取り出していた。そして両方とも逆手持ちでメイド長が間合いを詰めてくるのを待っていた。どこからその余裕が生まれるのかはさておきメイド長は己が欲望のために動いていた。
時間を止めて急激な加速を与えるがそれが通じる相手でもなかった。
青年の小刀はメイド長の右手に持っていたナイフを止めていた。逆手持ちながらもその間合いを理解している青年に隙と言うものはなかった。自分の間合いと相手の間合いを把握している青年はメイド長にとっては不利でしかないような戦闘を強いられる事になる。
上手く詰めていたメイド長はその場から離れていた。そこで懐へと飛び込んできたのは言うまでもなく青年であった。メイド長がナイフを持っていない左側を狙った青年の一撃に瞬時に対応したがそれでも間に合わなかった。
手の中で持ち方を変えていた青年はメイド長が防御する為にナイフを構えていた右腕の手首を突き刺していた。何が起こったのかは分かっていなかったが何をされたのかは理解している。
風穴を開けられた右腕はナイフを持つ事も叶わなくて力なく床にナイフと血を落としていた。簡単に言えばもう勝てる見込みはない。利き手でもあるのでこれからも支障が大きく出てくるはずだ。それでもやめようとしない所にメイド長としての誇りというのが垣間見える。
それでも向かっていくメイド長に感心している青年は出来るだけ応えるようにしていた。
「穏やかに暮らしている方が幸せだっただろうに。」
青年は逆手持ちをしている小刀を持ちながらこの広間に吊るされているシャンデリアの蝋燭を見ていた。これのおかげで暗くはなっていないがそれでも薄暗いと言うのは言うまでもない。青年は虫のように蝋燭を凝視していた。
「お嬢様を傷つけるのは許さないわ。」
「誰もそうとは言っていない。逆に感謝の意しか伝えるつもりはなかった。ここを回しているのは言うまでもなく貴方だ。それをどうして蔑むことが出来る。そこまで恩知らずではない。」
「じゃあどうしてそんなこと言うのよ。」
メイド長は溢れ出しそうな気持ちでそのように聞いていた。少女のようなその声に何か言うつもりはないがまだ戻るには早かった。
「簡単に言えば独立でもしてみたらどうだと言う話だ。」
青年は走り出していた。
メイド長は不自由な利き手の右腕ではなくて左腕でナイフをに握ると青年の小刀を抑え込んでいた。自分の身には当たらないようにしていたが勿論両腕扱えると言う点を考慮している必要がある。
「うっ。」
そう言ってメイド長は青年の方へと倒れていた。必死になって一本の小刀しか見ていなかったメイド長は後ろから来る青年の左腕を忘れていた。そこから放たれた首筋を狙った一撃はメイド長を咲夜へと戻す一撃であった。
青年は丁寧にその体を扱うとこの広間の壁へと寄せていた。そして永琳からくすねていた傷薬を塗りこむ事にした。それで治せるのかはどうかは知らないがそれで治せるのだろう。血はまだ出ているが止血しているのでそのうち治まるのだろう。青年はその場で立ち上がるとどこへと向かおうとしていた。その眼に映るのはきっと殺戮を続けた人の多く倒れた大地で一人歩いている姿なのだろうか、それとも。