興奮冷めやらぬ朝。騒動のあった守矢神社を早々に立ち去ることにしたい青年は特に朝食を摂ることもせずに何処かへと向かうために空を飛ぶ。
朝ということもあり地平線から浮かび上がる太陽がまぶしかった。何もかもを照らす太陽だがこのような時はどうしても違うと思われる。
黒髪で紫色のズボンを履いている青年は後ろ髪を風になびかせながら幻想郷と冥界の狭間にある隙間へと向かった。前に起こった異変以降、特に閉められることもなかったので今では生きていようと死んでいようと関係なく冥界に行ける。ただし、歓迎されるかどうかはまだ分かっていない。
狭間の中へと入った青年はその灰色の色のない世界に伸びている段差の低い階段の上に乗る。別に飛んで行ってしまっても良かったが何か風情がないと言うことでこう急いでいる時にだからこそ歩いて向かう事にした。そう慌てても何も良い結果は出せないと思われる。
石で作られている灯籠がほの暗く石畳の道を照らしていた。その結果として幻想的な光景となっているわけだがあまり興味の湧かない青年は特に思う事なくその場を立ち去る。だが、綺麗に整っているその道は何処かの神社とは大違いであると思えた。
その石畳の道の先にある階段を登る。その先には白い壁と黒い瓦でその先の景色というのは見る事ができなかった。だがその先の景色を知らないわけでもない青年は特に何も考えているような様子はなく足を進めていた。何が起こるのかも分からずにここに来ているわけでもない。
中の様子はいつもとは変わる事はなかったが何となく雰囲気が違うように感じた。それは空気感であったり場の重たさのような抽象的な表現しか出来なかった。
本来冥界にある白玉楼と言う名の建物には来世を待ち遠しくしている幽霊やその類が集まっているはずだがどうにも今回は居ないらしい。
青年は洒落た石畳をスキップしていきながら波の文様が描かれた庭の上を進んだ。厳密にはそうとは言い切れないが軽やかな足でトントンと跳んでいるので何か間違っているということでもなさそうだ。
「山本さん。こんにちは。」
ピンク色の髪をしていて水色の帽子を被っていた女性は青年にそのように話しかけていた。青年は特に気にする事なく白玉楼の縁側へと座る。
周りの空気というのは違ったがこの光景はいつもと変わらなかった。特に音もなく雑念も浮かんでこないような庭の中で女性と青年は二人の時間を過ごす事にした。何もないはずだがそれでも気になるものはあるらしいので青年は聞いてみる事にした。
「幽々子、何か変わったことでもあるのか。」
両肘を両膝の上に乗せて両手で顔の下半分を覆い隠すようにした青年は幽々子と呼んだ女性に聞いていた。
「あるわよ。見れば分かると思うけど霊がいないのよ。」
幽々子はとても軽快そうに笑っているが青年からすれば何か嫌な事があったに違いないと勝手に思っていた。勝手に思っているだけで幽々子がそうでもないのでそのように考えるのは青年はすぐに辞めていた。
「そうか。確か悪い事をしていない霊かこれからの生まれを楽しみにしている霊が居たはずだ。何があった。」
「下の世界では自分の手でその命を落としたそうよ。閻魔にはきっと地獄へといくようにしているようね。」
幽々子は目を細めながらもしっかりとした目力で青年の方を向いていた。青年がそれを気にするような事はないが何か気になることでもあるのかと思えるほど幽々子の目を見ていた。どちらもそれなりの力で見つめ合うだけだった。
「そうか。何も問題がないのならそれで良い。また来るとする。」
青年はそう言って白玉楼の縁側から立ち上がるとスタスタと庭の中を歩いていた。それを誰も止めるような事はなく追いかけるような事もしなかった。
幽々子は茶を啜りその背中を見ているだけだけだった。
青年の居なくなった博麗神社。そこで巫女を務めている霊夢は管理者である八雲紫を呼んでいた。
「何かしら?霊夢。」
半身だけを何もない空中から出している八雲 紫と呼ばれている女性は金色の髪を垂らしながら目の下にクマを作っていた。その目は何処か淀んでいて何も映せていないようにも見える。
「体調の方は優れないようね。何かあったのかしら。」
黒い髪をしていて赤いリボンを付けた少女は鋭い口調で同じような目で怪しんでいるように聞いていた。
「何もないわよ。少し疲れているだけよ。心配かけて悪かったわね。」
紫はくすくすと笑っていた。以前よりも力のないその笑い声を怪しんでいた霊夢はその疑いの目というのをやめようとはしなかった。何もかも見透かしているような霊夢の目に負けたのか紫は口を割った。
「分かったわ、霊夢。私も同じような症状だと思っているわ。」
「そんな事は分かってる。無理はしない事よ。」
「心配してくるのね。有難う。昔を、思い出すわね。」
「勝手してなさい。それとね、一つ聞いておきたいんだけど良いかしら?」
少し怒っているように言っている霊夢だが内心ではそこまででもないようで口元にはそれが現れていた。紫はふと気づいただけだったがそれを態度や言葉では示す事なくやりたいようにやらせていた。
「良いわよ。」
紫はあっさりと答えていた。しかしその前の間がどうにも引っかかるらしいのでなんとも言えないようだった。
「青年から言われて気になったんだけど博麗大結界の力が弱まってなんてないでしょうね。」
「それはないわよ。安心なさい。」
「そっちの方は任せたわ。早めに横になってなさい。」
「そうするわ。」
紫は自分の能力を使って博麗神社まで来ていただけであってまた別の事をしている。幻想郷の管理であるが現状では難しい状況であるのには変わりがないのでこちらでなんとかしないといけない。
今日のところは青年が帰ってくるのを待つか何か大きな事があるまでは動く事はしないようにしていた。別に青年に任せているということではなく何をしてくるのか楽しみにしているだけだった。
霊夢はいつものように湯呑みに入れた薄い茶を飲む。そして卓袱台の上で簡素な茶菓子に手を伸ばしながら夜が来るのを待つ。そして布団を敷いて横になれば朝になっている。博麗神社での生活はそんなものだ。