青年は帰り際に思ったことがある。このまま幻想郷は破滅を迎えるのではないか。そして誰がそれを止めようとするのか。青年がそれを止めても良かった。だが、それには時期が遅すぎた。もう青年の手に負えないほどに成長した病気は誰の手にも止められない。そんな事は言うまでもなく分かっていた。
森を抜けて階段を登っていく青年はどこかこの世のものではない雰囲気を醸し出している。今日はその辺りがグレーゾーンになるような場所にしか言っていないので仕方がないことかもしれない。あまりにも弱過ぎたのかもかもしれない。自分の精神というものが。
薄紫色の服装をしている黒髪の青年はすんなりと階段を登ると何か騒いでいるのに気づいた。一人は霊夢なのだがもう一人は聞くからに男なので言うまでもなく聞き覚えのない声だった。先程よりかは少しばかりか速度を速めた青年は博麗神社社の社とは別の建物である小屋の襖を開けていた。
「何をしている。」
青年はいつも通りの感じで話しかけていた。目の前に居た金色で橙の鎧を着用している男性はあまりにも急な登場に驚いていた。腰を抜かしたその人は卓袱台の上に尻餅して湯呑みを畳の上に落としていた。霊夢はすんなりと避けていたが被害はそれなりにあるのだと思われる。
「兄者!お久しぶりです。」
先程幻想郷に入ってきたアーサーは青年の顔を指差ししながら震えた声で話していた。その指先もちゃんと青年を指せていない。その様子にはでしょうね、という感覚を覚えたが騒ぎの渦中にいるはずの青年が一番状況を理解していなかった。その様子はどうやら何も分かっていないらしい。
「知り合いか。どこで会ったのか。」
悩ましい表情をしている青年をアーサーは慌てた表情をして見ていた。何が起こっているのかも全くわからないので青年はそんな反応しかしなかった。
「兄者。冗談がお好きなのは分かりますが真面目に答えてください。」
アーサーは頼み込むように青年に対して一礼していた。真面目に答えるも何もどうしたら良いのか分かっていない青年は仕方がなく霊夢に助け舟を出してもらおうとしたがそうは簡単にはいかなかった。霊夢もまるで状況がわかっていないので何も出来ない。青年は一人でこの状況を対応しなければならない。
「俺の名前も分からないんだ。兄と呼ぶならその事は察してほしい。」
青年は静かな森林のような声で話していた。こう優しく包まれるような声であるのでアーサーも信じるしかなかった。反論の余地もないので仕方なく聞くしかなかった。
「そんな過去が何があったのかは聞きません。」
「そうか。して、何処に行こうとしていた。」
「これから見回りに行こうと思いました。」
「その必要はない。少し話したい事がある。いいか、霊夢。」
「勝手になさい。頭が追いつかないわよ。」
霊夢は唇を尖らせてながら何処かへと出て行っていた。何か気を遣わせてしまったように感じた青年。アーサーは特に気にしている様子はないので青年の口から何が出るのか楽しみにしていた。
「まず幻想郷で起こった病気の名は分からないが口語感染であるのは間違いない。」
畳の上に座っている青年はアーサーを座らせてから話していた。
「つまり口から口へと言葉を通して感染が広がったという事ですか。ですがどうしてそのようなことになったのですか?」
「此処は広さの割には情報伝達が早い。そして小さな事件でも見逃さない観察力のある精鋭とも呼べる記者が多くいる。それが今回は仇となった。」
「記者という言葉は分かりませんが要すると情報屋ということで構いませんか。」
「簡単に言えばそうなる。説明は省くが一人一人が王のような発言力があると言ってもいい。」
「この世界はそんなに強い発言力を持っている人がいるんですか!驚きました。」
「そうか。して、これを止める手段はなんだと思う。」
そう聞かれたアーサーは青年の質問に応えようとしていたがそう上手く思い浮かぶわけでもないので頭を悩ませていた。それはもう仕方がないと思われる。
「抹消するとかですか。」
「いつからそんな物騒な考えを持っている。」
「兄者譲りですよ。僕は兄者の背中を見て育ったと言っても過言ではありせん。」
「そうか。記憶を失う前は随分と荒い性格だったようだ。」
青年はそんな事をつぶやく。だが、人間がそう変わるわけもないので何処かに潜んでいるだけだろう。それとも少しだけ柔らかくなって随所に出る棘のようなものであるのか。
「その話は今はやめておきましょう。兄者はどのように考えているのですか。」
「人の心を温かくする。その為に俺は昨日の内に出来そうなところは回ってきた。あとは辛抱強く待つだけだ。」
「流石です。私はとても感動致しました。その行動力は正しく兄者ですよ。」
「そうか。此処は変わらないのか。」
青年は何処か嬉しそうにしているがそう簡単に終わる話でもないのはいうまでもない。
「そうですよ。とても安心しました。提案が一つあります。聞いてはもらえませんか。」
「そうか。」
「手合わせをお願いしたいです。まだ信用出来ないんですよ。」
「何か問題でもあるのか。」
「確か死んでいるはずなんですよ。六年前からそのような噂が流れています。」
「そうか。あまり気乗りはしないが少しだけだ。」
青年は立ち上がるとゆっくりと歩き出していた。そして襖を開ける。
「霊夢、話は聞いていたのだろう。少し場を借りる。」
「好きになさい。」
蚊帳の外であり部屋の外に出た霊夢にとってこれ以上不機嫌にならない理由はなかった。それを感じ取って青年は止めようと考えたがそれを言うまでもなくアーサーが後ろから背中を押したのでその頼みは水の泡のように消えてしまった。忘れ去られたように青年は剣の柄に触れる。