「そうか。」
青年は静かにそして沈着した表情でアーサーの方を見ていた。そして切っ先を向けていて殺気立った目をしている。だが、それだけではないのは何となく分かる。
「行きますよ。この剣の輝きを見よ。」
白銀の刀身は黄金へと色を変えていた。そして威厳のあるその剣は自らの持ち主に答えるようにしていた。アーサーは持ち主として飼われるわけにもいかないのでその相応の修練は積んでいると思われる。正しく剣と同等の力を持っているアーサーには恐れ入るがそれで身をたじろがせるほど青年も弱くはない。
霊夢はきっとその点まで見定めた確かな目があるのだと思われる。だが何か不思議な力を持っているとは誰もが感じ取れるはずだ。
「まだ変わるか。興味深い。」
青年は手の中で剣を回す。その一回転の中でアーサーは下から振り上げるようにしていた。右側へと腰を回して水平線を描いていた。青年を容赦なく襲うその剣は確かに意志があるようにも感じた。
それを目の当たりにした青年は身を低くしながら真っ直ぐにアーサーに向けて蹴りを入れていた。左膝の力を抜いてしっかりと地面に身を落としてからしっかりと右足を伸ばしてアーサーの橙色の鎧に当てる。今までとは違いうまく攻撃が通らないが当てたのだけでもいいのだろう。
それだけでは終わらずに右脚を蹴り出してアーサーから離れた青年は境内の石の上を転がっていた。前転しただけだがそれでもかなりの間合いは確保出来たと思われる。三尺ほどはあると思われる。
「本当に忘れてしまったのですか。これを何処か兄者なのですか。」
アーサーは更に声を荒げていた。戦士としてなのかそれとも一人の人間としてなのかは分からないがそれがどちらでもいいとは思えなかった。そんな事を気にしていられるほど優しい戦いはしていなかった。
青年は地面にある石を使いながら反転してアーサーの放つ剣を避けていた。その速さや正確さは恐れるものだがなんとも言えないようなものがないわけでもなかった。
今までとは何か違うと思えたそれだけではないと思う。アーサーは兎に角理解に苦しんだ。どうしてこんなに変わってしまったのか。どうして豪快な正面からねじ伏せるような戦い方は辞めてしまったのか。
面影を見ていたアーサーには到底理解できるようなものではなかった。理解されようともしない青年にはこれは問題があるのかもしれない。
「俺は名前を捨てた。そして記憶を捨てた。故に昔を捨てた。そんな俺に兄として慕う人がいたこともない。そして何をしているのかはお互いに知らない。」
「そうですか。私の勘違いだったのでしょうか。」
「無責任に発言は出来ない。控えさせてもらう。」
青年は重要なところではぐらかせた。
「しかし今の私には立ち止まることは許されない。相手お願おう。兄者に似ているもの。」
「そうか。その覚悟、しかと受け止めた。」
「あとで話は聞かせてください。」
「そうか。なら投降するほかない。どうする。」
「私が勝てばいい事。それだけです。」
アーサーの剣はさらに輝きを増していた。ここからでは何も見えないと思える。青年もそれに答えるように更に鋭くさせたその目をアーサーに向けていた。何方も競い合い切磋琢磨している。
そんな二人の様子を縁側で見ている霊夢は驚きと呆れた友情を見せられていた。前からこのようなことには興味のない霊夢だがそれにしては出しすぎているように感じる。もう少しくらいは興味を持っていても良いと思われるがそれが許せないらしい。
「そうか。」
青年は短い中に何かの感情を込めていた。それが何であるのかは不明だが確かに何かあることには間違いないと思われる。
それに答えようとするアーサーが腰の回転を加えて持っている剣を振ろうとしていた。水平線を描かないその軌道はとても読みづらかった。そして水面から浮き上がるような感覚を覚えた青年はその剣を受け止める。
下へと押さえつけるように両腕を使っていた青年だがあまりにも力の差があった。アーサーの剣はその持ち主に答えるように力を高めていた。それに対して青年は特にそのような事はしていない。要は自分の腕の力だけでアーサーの剣を止めていた。仕方ないので力を抜いて甘んじて受ける事にした。
浮き上がるような感覚とそれを抑えようとしている体。そして何もかもが消えていきそうだった。
地面に落下した青年は持ち前の根気で立ち上がる。その揺らめく夕日のようにこれから居なくなろうとしていた。
「その実力は認めます。ですが兄者とは到底呼べません。」
アーサーはそれだけ言って手に持っていたその剣を鞘の中に納めた。青年も同じように剣を鞘の中で眠りにつかせることにした。
「そうか。期待に応えられなかったのは残念だ。」
青年は終わった事には囚われない。次の段階へと足を進めていた。
「話を聞かせてもらいたい。どうして手を抜いていた。」
アーサーは厳しい表情をして青年に言葉を投げかけていた。青年は答える気はなかったがそれはちがうように感じた。
「軽くやろうと言っただけだ。手を抜くのは当然だろう。」
青年は平然と答える。
「と言うことはまだ力は隠しているのですか。」
「どうだろう。まだあるのだろうか。」
「それでは困ります。」
アーサー文字通りそのような表情をしていた。もう止める義理もないのでそうなってしまうのだろう。
「そうか。冗談が好きなのが貴方の言う兄者なのだろう。許せ。」
「はい。その通りなのですがどうしても同じ人物であると思います。」
アーサーは珍しく暗い表情をしている。霊夢が見る限りではその髪と鎧の色と同じような性格の人だと推測するがどうにも今はそうではないらしい。
「さて。」
「私はこれから幻想郷を回ってみようと思います。」
「思い寄らぬ危険があるだろうから気をつけろ。」
青年は行こうとするアーサーを止めるようなことはしなかったが忠告だけはしておいた。別に負けた人が言うようなことでもないがアーサーは聞き入れるつもりらしい。そこだけ見れば人の話はよく聞くらしい。そして素直に受け止めるらしい。
「分かりました。ありがとうございます。」
アーサーは元気な顔で階段を降りていた。
「アンタ、手を抜き過ぎてないかしら。」
「そうか。そう見えるか。」
青年は後ろからかけられていたその声に答えていた。そこに居るのはこの建物の主人のような存在である博麗 霊夢であった。それが何か問題でもあるのだろうかと青年は簡易的に考える。
「むず痒くて仕方がないわよ。」
「そう怒るな。シワつく。」
「余計なお世話よ。で、これからどうするつもりなのよ。」
霊夢は聞いていた。幻想郷を守る側としては聞いておきたいのだろうがそれでどうにかなるのかはまた別の問題である。
「現状、流行っている病を治す方が優先させる。人に悪い影響を与えるような情報は流すな。選択を誤れば貴方は簡単に人を殺せる。慎重にやって欲しい。アーサーが来た現状は絶対に勝てる。だが一概にそうとも限らない。」
「結局どっちなのよ。」
「無効させることもある。そうなれば今アーサーの持っている剣の力は無に還る。そうなれば簡単に負ける。動かせる人も少ない。ここを凌げば幻想郷は助かる。霊夢はどうしたい。」
青年はゆっくりと歩きながら霊夢の方へと近づいていた。戦闘にに負けた以外にも何か他の疲れがあるように感じる青年は霊夢の右隣に座った。
「私は、」
霊夢は小さな声で話していた。その声は青年にも届きそうもなかった。