夢にも出てこないほどの非情な現実はもうこの先にある。避けるか立ち向かうのかそれは人によって賛否評論、その他評価はあるのだろうが何も気にしない人もいる。それを運命だと、宿命だと、自分の歩んできた道の罪だと。そう信じている人はどのような現実でも立ち向かい退がる事はしない。それは自分に与えられた何者かによる試練だというのならそれはもう仕方がない事なのではないか、そんな事を今日も考えている。
固い石の上で仕方なく座っている黒髪の青年がいた。服装は何処かの仙人が着ていたものと同じく薄紫色の服装をしている。黒くこべりついた何かも今では色あせていた。そして紫色のズボンを着用していて裏地の赤い紫色のマントに身を包んでいる。
近くを流れている川は水深が深いのが浅いのかは全く分からないが清らかな音が響いている。リズムのないその音には今日も驚かされる訳だが何か心の中のものを取り払ってくれるような気がしていた。
「お隣座りますね。」
後ろから声がしたので青年は特に後ろを振り向くこともせずに答えていた。もう声で分かっているのだろう。自信のない貧弱な声の中に何らかの力を感じる綺麗な声をしているので聞き間違える事はない。
「さて、後はにとりを待つだけだ。」
青年は膝を立てて腕を引っ掛けながら指を結んで倒れないようにしていた。そもそもそのような必要もないといえばない。
「そうですね。」
緑色の髪を持っていて前の方で一本に結んでいる緑色を基調としたゴスロリ長のドレスを着ている。頭や腕にはフリルの付いた赤いリボンを付けていて少しだけ自信のない感じを覚える鍵山 雛はその言葉のままに青年の右肩にもたれかかる。スカートを大きく広げているので足の形は分からないがきっと変な体勢であることには間違いないのだろう。
「幻想郷で起こっている件については何か知っている事はあるのか。」
「何も分かっていません。妖怪の山は全く負けるような気がしていませんから。その代わり言葉では言わなくても貴方からは大量の厄を感じます。如何してなのでしょう。」
雛は小さな声で耳元に囁くように言っていた。青年もそれで落ちるような事はないのだがある意味では奇妙な光景となっているのは言うまでもない。
「それは分かったものではない。これから不幸なことも起こるがその後に幸せな事もあるのだろう。なら忍耐強く時間を過ごすしかないだろう。」
青年は薄暗い雲に覆われている空を見ていた。そして少しだけ口角を上げていて不気味な雰囲気がある。だが、それでこそ青年みたいなそんな気はする。
「これからに行こうと言うのですか?」
青年の左側から少し拗ねているような声がしていた。その声の正体は白い短めな髪をしていて赤い山伏の帽子を被っている少女。白いモフモフの服でこの時期にはちょうど良いものだと思える。袖は黒い紐で結んであるが何処かの巫女のように独立しているように見えた。そして黒色のスカートには赤い紅葉が描かれている。白狼天狗である犬走 椛は足を伸ばしながらその場所に居た。近くには荒削りの剣と紅葉が一枚描かれている盾が置いてある。
「どこに行こうか。俺でもそれはよく分からない。」
青年は少しくらいは驚いたのだろうが一切そのような気は起こさずに淡々と答えていた。すでにもう分かっていたかのように話しているその様は何処かの地下にいる読心術の扱える人のようだ。
「いつも通りで安心しました。」
椛はその口調は変わらないにしろその事は通りの様子を見せていた。青年はもう気にする事なく目の前の景色を見ていることにした。
「私はとても心配です。」
「そうか。何が起こるのかは全く分からないがその時は貴方達に任せる。」
「貴方、本当に何も起こらないと思っているんですか?」
「思っている。何とかなってきているわけだし大丈夫だろう。」
青年は本当にお気楽に答えていた。それこそ目の前に殺人犯がいるのにその人が親友だったので挨拶すると言うくらいだ。まるで状況を分かっていない。
「聞き方が悪かったですね。何も起こさないと言うのですか?」
「それは聞き方は悪かった。もう起きている。その事は忘れてはならない。」
「幻想郷はどうなってしまうのでしょうか?」
「それは分からない。後で新聞を通して発表する。その時までは待っていて欲しい。」
「私、一回くらいは貴方の側でかっこいいところを見てみたいです。」
「そうか。それは嬉しい。が、人を守れるほどお人好しでもない。その事は忘れるな。」
「残念ですね。」
「それで椛はどうしてみたい。」
青年は項垂れる雛を抱きかかえながら左側にいる人に話しかけていた。別に悪意があるわけではない。朴念仁のようなそんなところがあるだけである。
「私は行きたいと言われた仕方がなくついていきます。妖怪の山を守る仕事は続けたいですから。それと何を起こそうとしているのかは知りませんが妖怪の山に迷惑をかけるような事はしないでください。」
「その程度の規模で済めばこうやって話を聞きに行く事はなかった。一通り話し終えた。俺は先を急がせてもらう。」
「にとりさんはどうするんですか?」
雛は青年の手を掴んでそう言った。距離が近かった事もありそのくらいは出来たようだ。
「二人で説明しておいて欲しい。出来るだけ早急に終わらせたいんだ。俺の為にも、な。」
青年はその言葉を言い残して河原の石の上をザクザクと歩いていく。その音は川のせせらぎしかないこの場所では確かに聞こえていた。
「待ってください。」
「雛さん、辞めましょう。青年にはその人なりの考えがあります。それを邪魔するのは良くありません。」
「そうなのでしょうか。私にはとても怖くてどうしてあんなに素早く動けるのでしょうか。」
「雛さんのように厄などという概念はお持ちではないのでしょう。あの人のことを完璧に知ろうとする事は難しい。」
「あれ?盟友はどこに行ったのかな?」
「にとりさん、こんにちは。もう一通り話したそうで何処かへ向かっていきました。あの人にはこれからも振り回されそうです。」
椛は近くの白い壁のドーム状の工房から出てきた河童にそのように説明していた。別に間違っているということではないので何も問題はないと思われる。
「そうなんだ。何をするのか楽しみだね。」
にとりと呼ばれたその青髪の河童はグーサインを出して元気良く笑っていた。誰も止めるような事は出来なければ防ぐことも出来ないのだろう。一応熱しやすて冷めやすい青年の期待に応えるのは至難の技だ。