地霊殿からの帰り道。青年にとって全てを終わらせたつもりだったがそう思っていた矢先に青年の進行を止めるようにある人が立ち塞がる。その人は前に弱者を助けるために奮起したが良いがその方向を間違えてありえない力を手に入れた代わりに理性を失って青年をかなり追い詰めた存在がいた。
「誰だったか。」
青年は少し疲れたような口調でそのように聞いていた。それは仕方がないことであると思われるがそれでも知らないのであればどうしても起こる。
「忘れたとは言わせない。私をあそこまで追い詰めた挙句、地底に落とした。」
その人は黒髪に白と赤のメッシュを入れた二本の小さな角を持っている妖怪である。所々に矢印をかたどった黒、白、赤の物がある。鬼人 正邪がこの人の名なのだが青年はそう覚えていない。
「忘れた。人の名を覚えるのは苦手だ。過去の産物としてしか捉える事は出来ない。」
「姫は今はどうしている。」
正邪は青年に対して酷い剣幕を見せていたが小槌の魔力に侵されていないその人は青年にとっては何の意味も為さなかった。言い換えればどのようにしていようとも関係のない話だった。いつまでも経っても一人なのは変わりない。
「大きく活躍してくれたと思う。博麗神社で暮らしているはずだが姿は最近見ていない。」
「そんな事をして何が楽しい。」
「何も楽しくはない。そんな悪癖は持っていない。」
「誰がそんな事をした。」
「姫の背が小さくなり保護するように俺が求めた。それだけだ。」
「何故だ?何故、博麗に任せた。」
「簡単な話、誰かが暴れていた時に姫を救ったのは博麗の巫女だ。それで俺はその人に任せる事にした。」
「姫はどうしている。」
「楽しく過ごしているだろう。ここ最近は姿を見た事はないので何処にいるのかは全く知らない。」
「そうだったのか。どうして私はこうなってしまった。」
正邪は一旦落ち着いた口調で青年に聞いていた。当たり前のことを聞いてくるので青年は説明しておく事にした。
「貴方は暴力で強者に戦いを挑んだ。最終手段とするなら別に構わない。だが、姫は言葉の人の力を借りて戦っている。今でも話は聞かないが何処かで何らかの活動はしているはずだ。手に乗るような大きさの体で幻想郷をひた走っている。」
「だからお前は間違っていると言っていたのか。」
「ようやく理解したか。遅かったとは言わない。これからの人生で頑張ってここから這い上がれ。貴方の向上心は何処かで役に立つ。」
青年は正邪の横を通り抜けていた。そして背中を向けたままで地底から出て行こうとしている青年を正邪は追いかけようとはしなかった。青年が私の存在を認めてくれた。それだけで今の正邪には十分だった。
「待っていろ。必ずお前を引き摺り下ろしてやる。」
物騒なことを言う正邪だがその表情は決してそれを感じさせないほどの晴れやかな表情をしていた。これからが楽しみであるのは誰の目にもわかる。」】
あくる日の昼下がり、その日は少しだけ暖かいと思える日であるが寒い事には変わりはないそんな冬の日だった。少しだけ雲が薄く広がっていて日はそこから漏れ出している。北風の吹いている幻想郷で青年は風に押されるようにある場所へと向かっていた。
暫くの時間を費やして妖怪の森と呼ばれる荒れ果てた木々の生い茂る中へと入っていく。山笠を頭に被っていてさっぱりとした黒髪をかきあげて後ろで一つに結んでいる髪型をしている。白い着物の上に黒い羽織る物を被っている服装で前は開けているが風になびかないように紐がつけられている。
灯篭の置かれているその参道はとても綺麗に整備されていると思っていたが今の状況はとてもそうとは思えなかった。木の葉が散らばっているなら時間なりその風の影響なりの理由で何とでもなるが汚れや傷はどうしてもそれだけではなかった。何か起こっているのかと疑念を抱いた青年はその中へと入っていこうとしている。
白い壁に覆われた敷地に建立する木造の質素な建物がその上から見えている。前にも来た事はあるので青年は何となく構造は理解しているつもりだ。まだ行ったことのない部屋や小屋はあるがそれでも道くらいはよくわかる。
「門番は無しか。」
青年はそう呟いてから小さな門を通って敷地内へと入り込んだ。命蓮寺と誰からも呼ばれているこの寺はとても静かなもので誰が居るのかは全く分からなかった。寺らしい僧の姿はなく経を読む声もなかった。何があったのかは全く思い当たる節がなかったということでもない。一種の罪悪感を持ちながら青年は縁側を歩いて部屋の様子を覗いていた。
瞬時に何が起こったのかを知る機会はなかったがそれでもぐったりとしている僧や門番だった人を見ているとそれだけで体を小さくするしかなかった。毘沙門天の弟子はよく眠っている。船長と門番はぐったりと布団に包まっていて入道使いは座禅を組んで精神を清めていると思われる。そして住職でもある聖 白蓮は身の入らない小さな声でお経を読んでいた。青年は何となく襖を開けて静かに入り込んだ。そして近くの壁に腰に携えていた四本の剣を立て掛けるとその場からは離れて行く事にした。
「こんにちは。」
青年の準備が大体終わった頃に振り向いて挨拶をしてくれた。青年は特に何か反応は見せなかった。目の下にクマを作っている頰の痩せこけた姿を見ていれば何となく察せる。遂に負けたのだろう。
「済まなかった。少し荷が重たかったようだ。」
青年は聖と対面するように座ると胡座をかいて対面していた。金色の髪に紫色のグラデーションを入れた髪型をしている聖は正座をして青年と対面していた。だが、目の感じはいつもとは違う。
「いえ、そのような事はありません。こちらこそ期待に答えられなくてすみませんでした。」
「謝罪は要らん。それをしてもらうためにここに来たわけではない。」
青年は強引に顔を上げさせると聖の目をよく見ながら話を始めていた。少し怒っているようにも見える青年だがその真意は全く分からない。もしかすると聖の弱い部分が露見した事に苛立っているのだろうか。そもそも非を認めて欲しかったわけでもないのでこのような行動に至ったのだと思われる。
「幻想郷でここ最近起きていた事は覚えているか。」
青年は視線を切ると入ってきた時に少し開けた襖の隙間から外を眺めていた。時間が経っているわけでもないので何か変わり映えがあるのかと言われると別にそんなことはない。やるせない気持ちを何処かに発散させようとしている。それだけだった。
「いえ、全く分かっていません。最近私たちは何処にも出かけていないのです。」
「それは知っている。ここの空気は全くと言って万全なものではない。どうしたらこんな事になるのか聞きたくなる。」
青年はやっと視線を聖へと向けるとその目は確かな煌めきと鬼のような威圧を持っていた。弱々しいものではないのは見ていれば分かる。
「体調が優れないのです。寝つきが悪いのが原因だと思われます。」
「そうか。自分の体を一番大事にしろ。」
「そ、そうですよね。」
今にも立ち上がり胸倉を掴みそうな勢いのある声に聖はその身をひくつかせた。青年はそれに余計に苛立ちを覚える。
「貴方はこれからも大事な役目がある。気晴らしに何処かに出かけろ。出ていけ。」
青年は怒っているようで聖の手を掴んで強引に起こすとずんずん、とその体を押していた。その理由はどうであれ何をしたいのかは全く分からなかった。聖には追放のように感じたのかもしれない。しょんぼりと何処かへと行ってくる聖の背中はとても住職とは思えないものだった。青年は特に気にする事はない。それぐらいしないと聖が気晴らしに行こうとは思わないだろう。そんな所だ。