東側から日が昇る。久しく眠る事の出来なかった黒髪の青年は博麗神社の境内と丘を分ける汚れた赤い鳥居のところで一晩を過ごしていた。その事には特に理由がないはずなのだがどうしても青年自身が気にしていた。言いにくい苦痛が体を襲う。こう何と言えば理解出来ないが青年の中で何かがバリバリと引き千切られるように心の中を破っていた。それを放置しても良いものであるのか、そうしてはいけないものであるのかは全くもって分からない。
そんな訳で眠る事も出来なかった青年は凍えた体を震わせてその目の前に広がっている鬱蒼した木々の集まりを見ていた。ザーザー、とした木の葉を当たる音が聞こえるのだがそれでも何か雰囲気が優しいものではないと思われる。目がしっかりと使えていないのか何か動いているようにしか見えなかった。
「俺は、一体。」
誰も居ない場所で呟いた青年は頭の打たれたような感覚が残るのかフラフラと立ち上がるとそのまま境内へと向かっていた。何が起こるのかは全くわからない。これからどうするのかも決めていない。
「兄者、どこにおられたのですか。」
金色の髪をしている橙色の鎧に身を包んでいる戦闘をやる気しか起こさないような格好をしているアーサーは弱々しく見える青年に心配の声をかけておく事にしたらしい。青年は特に答える事もなくその奥へと向かっていた。まるで状況が掴めないアーサーはその謎の行動を続ける青年に不審の目しか向けれなかった。記憶を失っているとは言え中々のショックを受ける対応である。
「霊夢、少し話を聞いてほしい。」
「何よ。」
ぶっきらぼうに答える霊夢と呼ばれた巫女の姿をした少女は結んだ短い髪を揺らしながら青年の目を真っ直ぐ見ていた。
「向こうへ行く人の事だが俺なりに決めた事がある。十二人は決めたから後は任せる。」
青年は霊夢の耳元へと近づけると弱々しい小さな声でその名前を伝えていた。霊夢からすればこんな姿は見た事がないのでどうしたものかと考えていた。それを思いついたところでどうにかするとは到底思えないわけなので何とも言えない。
「分かったわ。それで何と伝えたらいいのよ。」
霊夢は少し考えてから青年の言うことを信じてみる事にした。
「死にに行く。逃げたければすぐにこの場から居なくなってほしい、だ。」
青年はやけに気に触る事を言っていた。右手を振り上げた霊夢はその遠心力と腰を使って思い切り青年の左頬を叩いていた。抵抗もしようとしない青年は簡単に顔を歪ませていた。ばちん、と言った音に近くにいた少し落ち込んだ様子のあるアーサーでさえもその目を見開いた。
「馬鹿じゃないの。アンタがそんなんでどうすると言うのよ。」
「俺には元々人を守れる資格はない。仲間も見捨てたのだろう。どれだけ酷い事をしてきたのか。」
「アンタはね、ここに来た時から特別な存在なのよ。私にはとても大きな星そのものだったわよ。その輝きをもう一度見せてよ。」
「貴方はこんな弱音を吐くようなお方でありません。境遇は違いますが霊夢さんと同じ気持ちは持っています。」
しっかりとした態度で威厳のある歩き方でアーサーは青年に激励をしていた。昔の頃とは全く違う青年の姿をもう見ていられなくなったのだろう。青年は魚の死んだ目で二人を見つめていた。光のない絶望に満ちた目とその表情のまま立ち上がると二人の間をすり抜けるようにしていた。
「少し一人にさせてくれ。」
青年はそれだけを伝えると博麗神社の境内であることを示す腰くらいの柵を飛び越えて何処かへと向かってしまった。アーサーは追いかけようとしたが霊夢の右腕に止められた。振り向いたアーサーはその確かな覚悟のある目をしている霊夢から視線を外す事ができなかった。
青年のいない博麗神社では居ない人のために集まった多くの人が霊夢とアーサーの話を耳を傾けていた。そして一通り説明を終えた後に霊夢は誰を連れて行くのかを発表していた。
「まず主戦力として戦う私と青年。そして、フランとそれを支える咲夜に決定したわ。そして主戦力の支えとして勇儀、早苗、にとり、レミリア。全体的な援護のために八雲家に任せるわ。呼ばれなかった人は今日のところは帰ってちょうだい。」
霊夢は話を終えた後にそのように言っていた。その反応は賛否両論ある。当然と言えばそれで終わるのだがそれでは満足出来ない人もいた。そこで話し手はアーサーに変わる。
「幻想郷に残ってもらう皆さんには私と一緒に魔王軍を撃退にあたってもらいたいです。その為に戦力を削がないように霊夢さんと兄者が決めてくれました。それでも一言申したい方は後で私のところまで来てください。全て受け止めます。」
その言葉に誰もが一旦黙る事にした。そして、一週間後に再度終結をして欲しいことを伝えてそれぞれの衣服は後で紫から受け取るようにしてもらっていた。
青年が不在の博麗神社ではその活気はやはり少なく説得力のあまり感じられないものとなっていた。来るまでに青年の姿を見たものは居ない。それ故に何処にいるのか誰もが心配そうな表情をしている事には変わりなかった。
人の少なくなった博麗神社では静かにどのような計画で進めていくのかを慎重に話し合っていた。勿論、その場に必要不可欠な存在である青年は居ないので身の入らない話が続く。
その日の晩に青年は博麗神社に帰ってきていた。その理由は特にないのだが朝よりかはマシな表情を浮かべていた。肩の荷が下りたようににこやかな笑顔をしている。
「何してたのよ。」
「黄昏ていた。」
「はぁ?時間を無駄に過ごしてよくそんな気楽に帰ってこれたものね。」
「そうか。今回は必ず成功させる。期待していろ。」
「何処の口が言うのやら。まぁ、良いわ。一週間後には向こうへと旅立つわ。それまでは気楽に過ごしていましょう。」
霊夢はそう言って二人の口喧嘩は終えていた。
皆が帰る時でも青年の姿を見たものはいなかった。ただ一人を除いて。