「いや、ちょっとした腕試しだよ。」
白装束の患者が着るような簡易的な服装の青年はその場で剣を抜いたその姿のままにその方を向いていた。声からもう分かるのだが最近此処へと来ていない青年にこの人が何処にいるかなど分かっていなかった。作戦から計算外のことが起こっていた。
「ううん。見ていたよ、ずっと。お姉ちゃんを倒しているのも。お姉ちゃん、とても怒っていた。腕試しならもっと軽やかなものなんじゃないの。」
その人は優しい声で聞いている。だが、どの目的であるのかは青年が一番知っているのでその事は話に言い返すような事はできなかった。
その人は金色の髪をしていているが綺麗なものではなかった。きっと地下深くに長く幽閉されていたのでそのような事は気にした事はないのだろう。そして姉と言ったレミリアと同じくナイトキャップ帽を被っている。吸血鬼の代名詞でもある翼は宝石を吊るしているような綺麗なもので内蔵されている結晶によって光が出されていた。基本的に赤色をしている服装で靴下は白くて靴は赤色をしている。
「そうか。して、どうしたい。フラン。」
青年は聞いていた。悪い行いをしていても何か反省しているようには見えないのがどうにも気になるが青年はいつも反省はしない。逆に反省する時は相当分が悪いと感じている時か特に興味を示さなくなった時だけである。
「どうしたい、って言ってもね。別にお姉ちゃんが倒されていても何も思わないけどパチェにはとてもお世話になっているのよ。」
青年にフランと呼ばれた少女は二階の手すりから身を乗り出していたが其処から降りてくる。姉妹揃って同じような行動を取るのが唯一の証明となった。青年は少しだけ面白そうにしているだけだった。
「それでレーヴァテインを取り出しているが。やるのか。」
青年はフランの行動をよく見ながら一瞬も気を抜かないようにしていた。それこそ息を潜める虎と言うべきだろうか。それぐらいのものはあった。青年は握っているだけの剣を持ちながら切っ先を下に向けているだけで振るような様子はなかった。
「やるよ。パチェを虐めたのは許せないから。」
「良い心がけだ。」
青年がそう言った瞬間にフランの持っていたレーヴァテインは青年の左腕に持っていた剣に当たっていた。青年は両腕で受け止めていた。別に見えていなかったということでもない。冷静に受け止めているだけだった青年はその冷たい視線と熱い意思で答えていた。
青年は足を浮かせて宙を軽く飛ぶとレーヴァテインの間合いから出ていた。剣と槍のような武器ではそこそこの気はあるがそれはモノともしない実力は青年にも持っている。レーヴァテインは元々決まった形を持っているようなものではなかった。剣のような形をしているが大きさは剣という呼び方の出来るものではないので大剣といったところか。ただ槍のような間合いの範囲は持っているのは事実。
レーヴァテインは暴れだす。青年へと向けられた復讐の刃は行動を狭められるとともに確実に追い詰めていた。だが、それで負けるような青年でもなかった。
一気に後ろへと下がる青年。それを追いかけるフランに距離が詰められる事はなく本棚の近くへと来ていた。此処で青年は本棚を蹴り出して上へと行くとフランは本棚に突っ込んでいた。
木片が折れた時に起こる煙のようなものがその辺り充満していた。青年は二階の手すりに掴まりながらその様子を見て手早く上に登っていた。別に登る意味はないが上に来るまでの時間稼ぎ程度にはなるのだろう。その程度でしか考えていなかった。
フランはその煙に巻かれながらその外へと出てくるが青年の姿がない事に気付いた。そして周りを見渡すので青年は簡易的にフラン、と呼んでいた。ただの遊びでしかない青年は折角の機会というのを切り捨てていた。まるで今までの努力を簡単に消すように。
フランがそちらへと向くとそのぎらりと光っている瞳が青年にレーザーを当てていた。手すりに掴まって高みの見物をしていた青年はその場から見つめ返すようにしていた。それだけで大きな問題はないのだろうが。それでも気になるものはある。
「お兄ちゃん。フラン、もう怒ったよ。」
そう言うフランはその場から跳躍してレーヴァテインを突き刺そうとするので青年は軽く身を引くだけで寸前で避けていた。何もかも見通していたようである。フランは飛び上がりながらも腹部の方を気にしていた。
青年が先程入れておいた一撃が良いところに入ったらしい。フランは眉間にしわを寄せるが素早く振り向いていた。青年の方を向いていたフラン。
青年は何処を見ているのさえ分からなかった。最早何がしたいのかさえ分かっていないようだ。
それから青年は手の中で両腕に持っていたはずの剣を回して逆手持ちをしていた。する意味合いはさておき馬鹿げた行動をしていた青年。それに向かっていくフランは床を蹴り出していた。
青年は避ける事はなく剣で受け止めていた。右腕で弾き出すように押し出されたレーヴァテイン。その下からは左腕を伸ばしていた。フランは自分の爪でそれを止める。元々尖っている爪だが吸血鬼としての種族差と言うのもあるのだろうか止める事は出来る。特にこれのような渾身の力ではない時はどうしてもそうなる。レーヴァテインを押し始めるフラン。
青年はその力には対抗出来ないので下手な攻撃は相手に隙を与えるだけだった。それでも青年は右腕に力を入れるのをやめていた。下から押し出すように退けた青年は回転を加えてその場から逃げ出そうとしていた。それがどのように作用したのかは言うまでもない。
逆手持ちをしていた青年の右腕はフランの方へと向かっていく。それから切っ先はフランの顔面へとその手を伸ばしていた。首を逸らしてそれを避けると青年の右腕は持ち堪えようとうとしたフランの右腕が邪魔した。そこからは押し込む事はできないのですぐさま身を引いた青年。まだまだ続きそうなところである。
「フラン、そこまでこだわるその理由を聞かせてほしい。」
青年は身を引いて逆手持ちを辞めると腕をたらりと垂らして切っ先を床に向けていた。別に聞く理由も何もない造作もない会話だ。
「私がお世話になっていたからと言うのと門出を祝ってほしい訳なんでしょ。パチェとの会話は聞いていたわよ。」
フランはそのように答える。初めて会った時とはまた違う雰囲気を感じた青年だがその身なりや眼光だけはいつまでも変わらないと思っていた。
「そうか。それで祝ってくるのか。」
「うん。大好きだもん。でも、此処に居れない理由がある訳でしょ。聞かせて欲しいけどパチェに話していなかったから。」
フランは青年の質問に真摯に答えていた。別にそうしなくてはいけない理由というものはないがそうしたいのはフランの方にはあるだろう。青年はそれを分かっていながら何処までフランが知っているのかを聞いていた。
「そうか。辞めだ。なら俺は斬るつもりはない。」
青年はそれだけ言うと剣を納めていた。それでも辞めてくれない人はいる。
「やだ。私とも遊んでよ。」
フランはレーヴァテインを振って青年に当てようとしていた。問答無用なその攻撃は前から残っている狂気というものを感じないわけがなかった。強力な一撃のようで手すりは軽々しく大きな音を立てて壊れていた。
「そうか。付き合う事にしよう。」
青年は大きく一歩後ろへと跳んでから一気に距離を詰めていた。右腕を振る。
それにフランはレーヴァテインを床に刺すような動きで止める。外側へと弾いた。
右脚を出しながら左腕を振る青年。
それに合わせてフランはレーヴァテインを振りまた止める。
青年は左腕の力を一気に抜いてフランのレーヴァテインを受け止める事はしなかった。持ち方を変えるようにひらりとかわしたその剣は逆手持ちになっていた。
青年は右脚をもう一度踏み出してから間合いを詰めてフランに一撃を与えていた。
衣服ははだけていて少しだけ血の出ているように見える赤い線が一本だけあった。艶やかな白い血色のいい肌が露見している。
フランは翼を使って空中へと逃げる。青年は追いかける事はなく外側へと弾かれていた右腕も元に戻していてフランの事を待っているようだった。リズムの掴めない青年にフランは改めて興味を持ったフランはパサッ、パサっと翼を振りながら下へと向かっていき青年を突き刺そうとしていた。
流石に見えているところからだったので避けやすかったのだがそれでも相当な力はあった。床を砕く一撃を足を開くだけで避けていた青年は瞬時に反撃とばかりに攻撃を与えようとしていた。それだけではなかったが弱い一撃ということではなかった。
「まだまだだよ。」
フランの笑い声とともに大きく振られていたレーヴァテインは青年の股下から一気に振り上げられていた。だが、見えていないわけでもなかった。青年は剣を交差させてその振り上げる勢いを利用して後ろへと下がる。だが、それで済むのならまだ良い方なんだと思う。
間合いを詰めて一気に叩いてきたフランに青年はどうしようもなくなり甘んじて受ける事にした。本棚に強く左肩をぶつけていたがそれでも冷静に状況を見つめていた青年はその先まで分かっていたかのような動きをしていた。
青年は後ろへと避けていた。先ほどまで青年がいたところにレーヴァテインが当たり本が数冊床に落ちていた。パチュリーが後々怒るだろう。
すかさず青年は右脚を動かして横に移動させる。その左横を通り抜けていく剣。言わなくてもフランのレーヴァテインだった。
「パチュリーにはなんといえば許してくれるだろうか。」
青年は状況が見えていないように独り言をつぶやいていた。それでも気にしている様子はないのである意味では肝が据わったのだろう。何事にも動じていなさそうだった。
「知らないよ。」
フランは翼を広げていた。その幅はそこそこあるように思える。青年は本棚をまたいで横へと逃げていた。本棚一枚の壁としてフランとの距離を開ける事にしたがそれが通じると言うことではなかった。
青年に付いてくるフランは自慢の爪を使いながら前へと進んでいく。青年はなんとかして避けながら本棚を使いながら避けていた。
二枚かそのぐらいの所で後ろを押していたフラン。その勢いで倒れていく本棚はドミノのように倒れていった。
「この上で戦おうよ。」
「辞めておこう。」
青年はそう言った。
「ダメ。」
フランは手を離してはくれなかった。
突き飛ばされる形で青年は倒れている棚の上に乗ってその上で剣を構えていた。大きさの違う本が収納されていて足元は悪く、動きづらかった。
フランは翼を広げて空を飛びながら青年に対して爪を振るう。当たれば即死というわけではないが見た目以上の殺傷力はあると思われる。
青年は一本の小刀で受け止めると足場の悪さから青年は後ろへと逃げていた。それからは簡単だった。
フランは空中から青年を追い詰めるように拳を握って強烈な一撃を見舞っていた。本棚はその力に回転してその上に乗せていた本棚も浮かされていた。とてもではないが収拾のつかない状況になるのかもしれない。
一階では本棚の残骸である木片が並んでいてその上や敷かれている本が乱雑に置かれていた。きっと中までは保護されていないと思われるので破れたりするような事はあると思われる。その煙の中でフランは立って青年を探していた。
木片の折れた時に起こった煙によって視界は悪かった。それに残骸が置かれていてもしかすると壊れた本棚の裏にいるのかもしれない。フランはそう思って探しに行こうとしていたがその必要はなかった。
膝裏を貫いた一本の何かがフランの体勢を大きく崩させた。本棚の残骸の上を滑り落ちてフランは慌てて上を向いていたがその場には誰も居なかった。
だが、誰がやったのかはよく分かっている。
フランは追いかける事は出来なかったが仕方がなさそうにしているだけだった。
流石の吸血鬼といえど膝裏を消し去るような一撃では立ち上がるのは難しかった。それに命がけの戦いというわけでもないので気合いを入れるような必要もない。
青年は九死に一生を得た気分で世話になっていた館を出て行く事にした。