渾身の一撃というのはそうそう出ない。出やすいとすればその確率を引き上げる為には幸運というのを上げる必要がある。渾身の一撃を必要な時に出す為にはそれまでは溜めている必要がある。どこでどのように出すのか考えてから慎重に行動を起こす必要がある。
幻想郷から訪れた八人とそれをサポートする三人はバルタニア王国での一晩を過ごしていた。その間にいたそれぞれの思いは違えどこれからの新しい生活に希望を抱いているもののどのようにしていくのかは完全に任せされている。なので生活を自分の力で送る必要があるという不安もないと言えない。沢山の仕事と切羽詰まった状態でこれからを過ごす必要がある。
黒髪の青年は中心地よりは北側にある王のいる宮殿の西側にある住宅地の上でその上半身を起こした。決して眠る事は許されない床の上で青年は器用にも眠っていた。朝日が昇り眩しい光が青年を照らしていた。その光を目に入れた青年は薄く目を開きながら立ち上がりその場から下を覗き込んでいた。
これから始めるのだろうか品出しをしている人が多く居る。今から商売を始めるらしい商人たちがこの様な準備をしているわけだが青年には見ているだけで興味のないものだった。
此処では大抵の事は許される。そもそも取締る機関がない上に現行犯でもなければ捕まる事は原則ない。捕まった人は運がないか初心者ゆえの過ちを犯したという事だろう。それかこの王国の裏側で捻り潰されてこの世から姿を消すか。その三つぐらいの選択肢の中で何処かをたどる。その事はよく分かるがそれ以外のことは認知されていない。
眠たそうな表情をして建物の間に降りた青年はその足で表へと顔を出していた。特に意味はないが謎の場所から現れた青年を誰も見向きはしなかった。裏道の多いこの王国ではどこからどのように出てこようとあまり驚かれる事はない。
青年は腰に右手を当てて怠そうにある場所へと向かっていた。その場所とは昨日細かいクエストを多く受けた場所であり七人を王国の兵士とさせた場所でもある。少し都合が悪く青年は浮浪者という嫌な立ち位置を取る事にしたがクエストを自由に受けられるので別に困るような事はない。そういう訳で少し急ぎ足でギルド養成所へと向かっていた。
「今回はそのクエストを受けたい。誰か気にしている人はいるか。」
青年は職人に一枚の紙を見せていた。その内容はどこかの店の掃除である。そう高い報酬というものではないが素早く終わらせればそれだけ回転が良くなる。それにこのぐらいしか受けさせてもらえない。
「はい、大丈夫です。お気をつけていってらっしゃいませ。」
今回は女性のようで昨日とは違う。その人は縁のない眼鏡をかけた仕事ができそうな見た目をしている。服装は何処でも一緒のようで黒服であるのは変わりない。動きやすさを重視してなのかは聞いてみないと分からないがスラッとしたズボンを履いている。
「そうか、有難う。」
青年は踵を返すと生き急いでいるように素早く移動していた。東側のある店の掃除の手伝いだった。詳しい内容は書かれていないがきっとそこまで大きな掃除ではないと思われる。店の内装の掃除か前の掃除ぐらいだろうと青年は考えていた。
黒い筒の置かれている店先と華やかな花が咲いている見ていて心の和む店構えをしている花屋の前に着いた青年は少し遠慮気味に店内を覗いた。
「店を手伝いに来た。誰か居るか。」
青年は左側に重心を傾けてちらっと見ていた。中にはそれは満開と言いたいほどの花の入った棚が置かれている。宙から吊るされたところからも笑顔を覗かせるように青年の方を向いていた。
「クエスト受けてくれたのか。あんがとよ。」
この店の店主らしき男が裏の方から出てきた。最初はそれこそ迷惑そうにしている赤いスカーフを巻いている薄い茶色の小綺麗な服装をしている女性だったのできっとその夫だと思われる。その男は豪快な性格でたくましい筋肉を持っている元々は兵士の出身なのだと思われる。
「嫌な思いをさせたのかもしれない。朝早くに訪れてしまってすまなかった。」
青年は一つ詫びを入れておく事にした。別に悪気があったということではない。しかし、もしかすると不快に感じたのかもしれない。
「その事は良いわよ。まさか来てくれるとは思っていなかっただけよ。」
男性の妻と思われる人は優しそうな笑みをこぼして青年を迎えてくれた。少し顔をうつむかせた青年は一歩だけ前に出た。
「そうか。して、何をすればいい。」
「ちょっとした荷物運びを頼みたいのよ。夫が戦闘の時に腰を折ってしまったのよ。大事には至らなかったけど重たいものが持てなくて困っていたのさ。今日は来てくれて本当に助かったのよ。」
「待て。礼をされるには早い。しっかりと手伝いを終わらせてからその言葉をもう一度お願いしたい。」
青年はすぐに切り返して夫である男性に内容を聞いていた。その内容というのは荷物の運搬だった。薄々感じていたのだが花瓶を運ぶのを手伝って欲しいという事であるらしい。青年は男性に指示を仰ぎながら右へ左へと花瓶を傷つけないように移動させていた。
とても気楽にできる仕事ではなかった。朝早くからこのような仕事をしているのが一番大変である。
額から滲み出た汗を左腕で拭き取る。夫妻で経営している花屋は来た時よりも見やすくなっていた。花々の顔はそのままだが通路らしきものを作り上げる事でその見栄えも良くなっていた。これは青年の提案なのだが内装の際に不必要になった花瓶を店先に飾っておく事にした。その中には花が入っている。そのおかげで周りからはとても目立つ存在になっていた。
「綺麗になったね。今日は来てくれてありがとうございました。」
女性が深々と頭を下げていた。そしてその隣で痛そうに腰を折っていた男性がいる。青年は男性の方に近づいて素早く頭を上げることを勧めた。
「その熱意は俺ではなくて守りたい存在のために使ってくれ。」
青年はサインをもらったクエストの内容が書かれている紙を片手にまた先ほどの場所へと向かっていた。その背中には確かな自信というものがある。