今でも分からないことは多い。それでもやる事は少なくはない。その先に何があろうとも突き進めない限りは何も変化のない現状維持でしかない。
一本の大きな赤い角を持っている鬼の四天王の一人である星熊 勇儀は演習場で一人暴れていた。力自慢であるのには変わらないわけだがそれにしてはだいぶ暴れているような気もする。人を殴りつけては吹き飛ばしている。青年もきっとこうなる事を熟知していたのだろう。
「その程度なのか。もっと、もっとだ。」
片手で誰でもない誰かを誘い出している勇儀は喧嘩早い訳でもないがそんな風にも見えている。段階的にまだ初歩段階なのでこうなるのは良くわかる。仕方がない事であるので何もいうような事はない。
「何なんだよ、彼奴。おっかない。」
人々の反応はこうなるのも仕方がない。攻撃を与えても何も聞いていないかのように薄ら笑いを浮かべているだけで何かおかしいことでもあったのかのようにしている。避けることもしないので全ての攻撃は受け止めているがまるで岩を殴っているようで何もかもが規格外。更には一撃でも当たればその人は吹き飛ばされる。こんな怪物が居てたまるか。そんな声が聞こえてきそうなものである。
「どうしたってんだ。こんな物なのか。」
勇儀は盃片手にその中に入っている飲み物を飲んでいた。鬼という種族なのでおそらく酒が入っているのだろうがそれにしては随分と酔っているような程度にはならない。というか朝から飲んでもいいものでもない。
「俺とやってくれないか。」
勇儀の後ろに立っていたその大男は同じく格闘家だと思われる。そして身長にはだいぶ違いがあるが勇儀にとっては特に気にする事でもないのだろう。その証拠によく笑っている。
「良いだろう。」
「では、行くぞ。」
その男は右腕の拳を後ろへと持っていく。そして左腕で名指しするように人差し指で勇儀の顔面を狙っていた。まるでスコープから出てくる赤外線かのようになっている。
特に構えているようではない勇儀だがそれだけの余裕があるのだと思われる。鬼が負ける事は早々ない為にこのような自信なんだと思われる。
「いつでも来てくれ。」
勇儀の目は挑戦的な視線を送っていた。その事は別にどうでも良いのだが素早く動いていたのは大男の方だった。左腕で指差した場所とはまた違う箇所へ拳を突く。それに反応した勇儀はその拳に合わせて同じ腕で押し返そうとした。
拳と拳がぶつかり合うその瞬間の破壊力というのは凄まじいものだった。しかしそれは一瞬のことで押されたのは勇儀の方だった。何が起こったのかはまだ分からない。まだ本調子ということでもないので別に構わないような表情はしていたが向こうもそれは同じだと余裕そうな顔をしていた。
「実力は五分五分ということか。」
それぐらいの余裕がないとこの場には立っていられなかった。勇儀にはそうではないと思えたのだろう。
「いつまで続くだろうか。」
大男は特に気にしているような様子ではなかった。鬼として力で負けるわけにはいかない。そう感じたと思われる勇儀だがその実力にはかなりの差があると思われる。
右腕に溜め込んだ力を乗せた大男の一撃はゆっくりと勇儀の元へと来ていた。
それを避けようともしない勇儀は真正面から右腕で対応する。
お互いの拳がぶつかる。生じた衝撃波はなにもなさそうだった。勇儀の拳はいとも簡単に折れてその先へと大男の拳が通る。地面に伏した勇儀に誰も何も話しかけるようなことはなかった。騒然としているというのもあるのだろう。絶句してどうしようもない事もよくあった。
「この程度で暴れてくれるな。」
その大男はそれだけを伝えて踵を返す。それから遠くへと歩いていくその大男は誰なのかは勇儀は全く知らなかった。
緊張した面持ちで現れた外ハネした青い髪を赤い何かでツインテールにしている河城 にとりはある鍛冶屋の元へと訪れていた。別に何か悪い事をしたというわけではない。単純に新しい場所に入ることが出来るのかどうかという話だ。
「失礼します。」
ある工房の前で一言震えた声で話しているにとりは奥から現れた男に更に怯えていた。実際はそんな事をする必要もない。
「アンタが昨日聞いていた奴か。まあ、良い、入れ。」
その男はにとりを歓迎しているのか否かどちらか分からなかった。しかし不器用なりにも歓迎はしていると思われる。
「でだ、何か自分が作った物は持っているか。」
その男はにとりの前に汚い手を出していた。鍛治の際についたと思われる傷や汚れのある手だがそれでもにとりには凛々しく思えたのかすんなりと渡すことにした。それはある青年が持っている釘のようなものである。使い込まれているが使えないものではない。
「これです。」
まだ怯えているような表情と態度をしているがその事には興味がないのかかける言葉がないのかどうかは知らないが何も言わなかった。男はその代わりにその釘のようなものをじっくりと見ていた。
「磨き方もしっかりとしている。そして水平で完璧な直線を描いている。見事だ。」
その男は感嘆にも等しい声の出し方をしていた。相当にとりの腕に惚れ込んだらしい。
「それでどうなるのでしょうか。」
「こちらから頼みたい。まさかここまで腕があるとは思わなかった。」
強い力で優しくにとりの手を握っているその男は少し感動しているようにも見えた。少しだけ戸惑っていたにとりだが別に嫌そうな表情はしていなかった。
「俺はクリスだ。申請してやるから紙を出せ。」
「実は今日は持ってきていないんです。まさか決まるとは思わなかったです。」
「うーん、もう少し自信を持ってみたらどうだ。昨日来た青年はお前の事を信じていたぞ。」
クリスと名乗った男は少し怒っているようにさえ思えた。だがそれと同時に新しい仲間が出来たので嬉しそうな表情もしていた。にとりも恥ずかしがりながらも嬉しそうにはしている。別に満更でもないようだ。
「分かりました。私は河城 にとりです。にとりと読んでください。これからもよろしくお願いします、クリスさん、」
元気よく答えていたにとりはきっとクリスの男気のようなものに惚れたのだと思われる。