ブリタニア王国には夜にしか現れない裏側の顔というものがある。男にとっての楽園、そして女にとっての戦いとなるある場所に黒髪の青年は訪れて楽しんでいた。
「とても良かった。」
左膝を立てて澄ました顔で肌色を露出させている青年は布に包まって座っていた。筋肉がついているという事はないが自然と鍛えられたその体には無駄というものはほとんどない。
「それは良かったわ。とっても、素敵だったわよ。」
元気をなくして青年の隣でぐったりと倒れ込んで甘い蜜を垂らすように近づいてくる女性はまた求めるようだった。だが、青年も答えるわけではなかった。面倒な事には変わりない。
「そうか。して、これから少し時間はあるだろうか。ルピの方は気にしなくていい。その分は払う。」
どこに連れていくのだろうか期待の目で青年を見つめる女性。チラッ、と見て特に答えようとはしないが期待しろ、と言わんばかりの表情を青年は見せていた。依然として澄ました表情をしているのは変わりない。
「どこに行こうとしているかだけは教えてくれませんか?」
「俺は気分屋だ。歩いて終わるか、何処かで食事して帰ってくるのか。それは分からん。」
「そうなのですか。分かりました。」
上目遣いで青年を悩殺させようとした女性だがあまりにも興味がないのか頭を上に上げていて視線が合う事はなかった。それ故に少し気を悪くしたが青年がそれに気づいていないということでもなさそうだった。
「事のついでだ。何か欲しいものはあるか。」
「欲しいものと言われましても急には見つかりません。」
「そうか。支度を始める。」
少し間をおいて答えた青年は自分が包まっていた布から出ると衣服を着始めた。薄い茶色の衣服に身を纏うだけなので支度というほどの事はなく素早く終えていた。
対して女性はお洒落な青い布を体に巻きつけるようにしていたので時間がかかっている。しかし、青年は静かに後ろを振り向かないようにしていた。特に意味というものはないと思われる。
「終わりました。行きましょうか。」
女性がそのように声をかけたので青年は後ろを振り向いた。無防備に巻かれた上半身やゆるりとした巻き方をしている下半身が女性としてのまた違う色気を見せていた。青色の布から所々見えている肌がとても素晴らしい。
「綺麗なものだ。」
簡単とも呼べる青年の声に満足したのか女性は笑みをこぼしていた。魅惑的な容貌をしている女性は青年の右腕を掴んで胸をすり寄せていた。だからと言って青年がなびくと言うこともない。
「早めに行こうか。」
がめつく金を取ろうとする輩に青年は二時間分の料金を前払いして女性と出かけた。お互いの欲を見せ付け合うように出来ている施設から出た二人はブリタニア王国の中へと溶け込んでいた。コーヒーの中に角砂糖を一つでも入れたような、そんな感じ。
「して、どこに行こうか。」
夜という病気にかかった人達があちらこちらで騒いでいる。青年の声は普通ならとても大きいものだったが今の状況では普通よりかは小さい。場所が場所と言えるかもしれない。
「まずはゆっくりと話すために路地裏へと向かいましょう。」
「そうか。」
質素に答えた青年は次の事を考えていた。どこでこの女性の身柄を渡そうとするかである。確かに近くの路地裏ではあるがここから連れていく事は可能だろうか。
青年は急に進行方向を変えて音のない静かな道へと進んだ。建物と建物に周りを囲まれているこの場所では何処から現れるのかは全く分からない。小さな可能性を考えると女性の着ている衣服が合図となっている可能性もないという事はない。
様々な可能性を考えておいた青年はその中へと入っていた。二人は路地裏を歩いていく。
「そう言えば何を普段はしているんですか。」
「特にやっている事はない。」
「ということはその腕で稼いでいるんですよね。とても頼りになる腕をしています。」
「そうか。」
「役職は何ですか?」
「浮浪者だ。」
青年はすぱっ、と答えた。当たり前のように言うが普通ならあり得ない冗談になってしまう。しかし、そうではないと言えない理由というのもない。
「こんなお金の使い方なんて一体何者なんですか。」
「そうか。気に入ったものに使うのは良くないのか。」
「いえ、そんな事はないですよ。」
「俺は金に執着はない。それが余計にそうさせるのかもしれない。」
「かっこいいです、ね。」
路地から現れた、と言うよりかは出くわしたその男は青年と女性の二人に向かってきていた。暗さであまり分からないが来ていると思う。青年はそれには事前に感じていたのか鍔を親指で弾いていた。隣にいた女性でさえそれは感じ取れなかった。
左足を前に出して半身になると上から振り下ろす。何か嫌な音と人が倒れる音がした。それだけで済むのならいいのだがそうでもなかった。
「まさか人を殺しちゃったの。」
「いや、峰打ちだ。そのうち目も覚めるだろう。」
「そう。呆気なく倒されて何か可哀想ね。」
「そうか。そう思えるだけで良い。が、当たり前のように毎日行われている。いちいち感情を与えるだけ無駄だ。」
路地裏には人には言えない職をしている人も多い。女性のように男を相手にするものや裏金を流す仕事。悪事に手を染める人も居ないこともない。つまりは危険な道である。
「例えば。」
女性はそういった時に素早くその場に倒されていた。何をするのかと感情を出していたがそれは無駄というものである。
「身柄は預ける。報酬は幾らだ。」
青年は前を向いて話していた。其処には人が何人か立っていた。女性はつまりは悟ったようで抵抗をしようともしなかった。
「それは後で渡す。万全の状態なら文句はない。」
「そうか。後で向かう事にする。その時までに用意していてくれ。」
青年はそれだけを伝えると踵を返して来た道を戻る。
「ふん、間抜けなやつやな。」
「そうね、まさか彼処まで馬鹿な人も見た事はないわよ。」
「お前にはまだまだ稼いで貰わないといけない。頼んだ。」
「分かったわよ。それじゃ、また後で会いましょう。」
女性は嫌らしく笑っていた。それに答えるように暗闇に紛れた人も同じような表情をその顔に浮かばせていた。
腰を振りながら歩き去ろうとした女性。その上から覆いかぶさったそれには誰も気付かなかった。女性の悲鳴にも似た痛みに耐えている声が漏れ出していた。
「闇では裏切りが横行する。そして其処に裏切りを重ねて、復讐を重ねて。それを逆手にとって潰して。」
上から現れたその謎の聞き覚えのある声を出している男はゆっくりと女性の上から退こうとしていた。
「報酬か命かどちらか選べ。」
男は静かに聞いていた。この後何の声もしなくなったがどうなったのかは本人ぐらいしか知らない事だろう。