挫折を味わってからもう二週間。十四日の間、考えていた事がある。どうすればあの男に勝つことができるのか。
その意味合いには確かに多く存在するのだろうが星熊 勇儀という独りの鬼からすれば十分な死活問題となっているのだろう。
しかし、最初の内はだからと言ってどうすればいいのか迷っていたところはある。剣士の青年には拳に正面から負けたといっても過言ではない惨敗を喫した。だから、どうした?最初はそんなものである。
そこから勇儀は発想の転換を得た。どうして剣士である青年がわざわざ拳で戦ったのか。口下手な事は知らないが何か意味があると思い始めていた。そう思えてからはあの時のことを思い出して何があったのかを思い出していた。そう言えば、まともに勝負をしたと言える状況だったのだろうか。どういう理屈で話すかによって変わるだろうがそうではないと思えた。考えてもみれば真面目にやってくれたことなどなかった。
そしてイメージをして十日程だったと思われる。久しく訪れた演習場では何やら騒ぎがあったようにも思えるほど声があらゆる場所から出ていた。お祭り騒ぎなのかと言われると顔の知っている人が居るだけであまりそうとは思えなかった。楽しそうな事には変わりない。
「私と決闘したい奴はいるか?」
赤い角が特徴的な星熊 勇儀は付けていた鎖をチャラチャラ鳴らしながらその場を歩いていた。もちろんのことながら誰も近寄って来ようとはしない。当然と言えば当然だろう。
「誰がやるか。」
皆は勝てないのは分かっている。それは言うまでもなく勇儀でも分かっていた。誰かが向かってきてくれるだろうと淡い考えは勇儀はしていなかった。
「それなら仕方がないな。」
悠然と構えていたので何の影響も受けていなさそうな勇儀はその感情を表に出しているだけだった。何か気品さも感じられるような雰囲気に誰もが道を開けていた。
勇儀の心の中にはもう焦りや怒りといった不満に思える要素はなくなっていた。その心には余裕と呼べる隙間が空いていてどのように物事が転んで笑って何とかしようとはするのだろう。
「お前の顔はよく覚えている。また打ちのめされに来たのか。」
以前にも会ったことのあるその大男は薄ら笑いを浮かべながら勇儀の近くまで来ていた。見ている分には特に怖くはない。
二日前の話になる。勇儀は初めてギルド養成所でクエストを受けた時のことだ。討伐のクエストで熊の討伐を受けていた。鋭い爪と力が強いので掠るだけでも致命傷になる可能性は捨てきれない。だからこそ少々報酬金は高めになっている。
勇儀からすればこれ以上絶好の機会というのもないらしく見た瞬間に即決していた。
「いいや。己が目的のためにここまで来た。」
「ほう。それは楽しみにしている。」
六尺はありそうな身長をしているその大男は勇儀の前に立っていた。勇儀も小さい部類ではないはずだがそれでも子供のように見られても仕方がない身長差があった。
「こう久しぶりに見ると何故私が負けたのか分からなくなってきた。」
「何?そのような戯言を。」
「だろうな。でも、あいつに比べたらなんて事もない。お前は本気でやっていたと思うがあいつは遊んでいた。それが根拠だ。」
ヘラヘラと笑っているだけのようにも見える表情。だが、絶対にそうではないと確信するほど油断のない目をしている。大男はそれを見落とした。
「そんな奴は見たこともない。虚言は程々にしろ。」
「試してみるといい。」
力だけでは勝てない相手ではあるがそれで良い。鬼としての種族の特徴を青年によって失われたがそれと同時に遊びを取り入れることを覚えた。正確には遊びではなくて遊び心、要は回り道を事前に作っておいた。
大男は左手の人差し指で出す場所を指定している。そして右腕は体に絡ませるようにしている。前回と特に構え方を変えていない勇儀は周りからはきっと戦意がないと思われるのだろう。それもそのはず。手足の力を抜いた勇儀はあらゆる所をぷらぷらとさせている。
隙というものがまるでない。それだけは感じたのか慎重に近づいて拳の当たる距離まで来た時、仕掛けた。
大男の右腕の拳が指定した通りに勇儀の頰を狙っていた。
だが、当たる事はない。勇儀の左手の中に吸い込まれていた。
その場で何が起こったのかは全くと言って分からない。何をしていたのかも何もかも。
「最初からこうすれば良かったか。」
勇儀は満足そうな表情をしているだけだった。よほど嬉しかったのかと言うよりかは安堵の方が強いのかもしれない。
「この程度で何を感じたというのだ。」
拳を止められた大男でも目の前の勇儀の異常性にはどうしても賛同できなかったらしい。
「分かる奴には分かるだろうな。制限を突破する事が感じるその解放感を。」
「好き勝手言えばいい。」
ぐらっ、としたその体を訳もわからずに止める。そこで鳩尾に一撃を受けた大男はその強烈な一撃に足や手の力が抜けてしまった。立ち上がるのも大変だと思えてくる。
「ひどい様だな。ここで身を引くなら私は何もしない。もし向かってくると言うなら、手加減はしない。」
両膝に両手を乗せている大男からすれば目の前にいる赤い角をしているその女性は脅威でしかなかった。空を見上げるようにその人の表情を眺めていた。どちらでもない顔をしている。
「命の保証はない。」
決断をしない大男に一喝入れた勇儀。その声に反応するように体をビクつかせている身長に似合わないほど態度を小さくしている。勇儀は見ていて少し可哀想に思えてきたのかそのような表情をしている。
「分かった。投降する。」
力なく背中から倒れた大男。勇儀は仕方がなく手を出す事にした。
「ほら、立て。手貸してやるから。」
左手を差し伸ばした勇儀。それを掴もうと大男も手を伸ばしていた。強い握力で握り合ったその手に導かれて大男は何とか立ち上がる。
「みっともない姿を見せた。」
「いいや、私が最初だ。これで一勝一敗という事だ。続きはまた後でやろうぜ。」
力強い握手をした二人はお互いに背を向けあう形でその場からいなくなった