およそ人間が思いつく幻想が全て現れて、世界に居着いた。
それからだいたい40年。
動乱混乱狂乱と『世界の危機』が日常の世界で、平穏安寧という非日常の住人である少年の話。
※この小説は「小説家になろう」にも投稿しています。
出版業界が不況だと言うが、嘘じゃないかと思うときがある。
見たいものは日刊ばかりで、しかもそこら中に溢れてかえっているのだというのに、どこに行っても見つからない。
みんな楽しく見ているというが、オレはそんなもの見たこともない。いつも又聞きばかりだ。
どんなものなのかって?
色々な呼び名があるけれど、まとめれば、そう──
────『世界の危機』
────
それは、なんともない一日。
平日の昼下がり、渋谷ビル街は二足歩行の虎や人形岩、不定形生物など多様な人たちが行き交う。
ビルの上を見ればイケオークの看板広告がところ狭しと並び、空を飛び回るのは宅配鯨とワイバーン。
駅前では朧車と首なし運転手のタクシーが長い客待ちの列を作っていた。
車と馬車とケンタウロスが行き交う渋谷のロータリーに、原付にタンデムする二人の少年がいた。ブレザーの学生服に身を包んでいる。学校帰りだ。
トロトロと走りながら、話をしている。
「この前、ジイチャン家に行ったらな、炎が怪獣みたいになって町を歩き回ってたんだ」
後部座席で話をふっているのは、長髪を首で結った細身の少年、リョウ。
「おいおい、そこ山で自然いっぱいとか言ってなかったか。それじゃすぐ山火事だろ」
前でハンドルを握っている小柄な少年は、ダン。
「かとおもうだろ? その山が急に動き出して歩いてるんだ。山は実は亀だったんだよ。で、炎にのしかかってそのまま腹で潰しちゃった」
「へえ、それで?」
「その炎の怪獣を召喚した教会が、怪獣を復活させたらなんかそのまま亀を飲み込んで吸収しちゃってなぁ……」
────
だいたい四十年前のある日、人間界は崩壊した。
異界の扉が突如として開き、"もう一つの世界"があふれでたのだ。
魔術、魔法、超能力。
エルフ、ドワーフ、天使に悪魔。天狗、スライム、インスマス。
およそ人類が思い付く"幻想"が現れた。
いささかの騒動が起きたが、どうにかして最低限の和解に落ち着き、彼らもこの混ざりあった新たな世界で暮らすことなった。
それから四十年、すっかり世界に幻想は溶け込んだ。
かつて夢とも幻想ともつかなかったものは、その日から現実になったのだ。
────
「亀のキックが見事叩き込まれたのだ!」
うごめいてあくびをする入道雲の下、友人二人のなんとない会話が続いていく。
「かああっ!いいね、そういう話!」
「そこらにあるだろ、こんなの」
すると、突然の轟音が響き、足元を揺らした。
地震にしては、揺れは一瞬と短い。
「何だ?!」
「おい、あれ!」
リョウが指差す先、ビルの隙間から黒煙が立ち上っている。
その方向から、人があふれでてきた。悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「なんだよ一体、事故か?」
「──行ってみよう」
「あ、おい!」
「さき行ってるよ!」
原付を傍らに停めるなり、ダンは走り出した。
逃げ惑う人の流れに飲まれないよう、少しだけ遠回り。だがそれでも、かなりの人混みに遅くなってしまう。さすが大都会、人が多い。
空へ立ち上る桃色の煙を頼りに、やっとの思いでそばまでたどりつけば、何が起きているかわかった。
よくも覚えがある光景。だが、立ち並ぶビルが二つほど足りない。崩れ去っていたのだ。
野次馬のざわめきが漏れ聞こえてくる。
鳥人と犬人の会話が、ダンの意識を引いた。
「あそこ、何があった」
「ああ、古いCDショップだよ」
──ああ、あそこか。
ダンは何度か立ち寄ったことがあるが、骨悪魔の店主の自慢の内装は、気持ちいいほどのおどろおどろしい不気味さがあった。
安くしてもらえたディスクレコーダーは冷たい音色が高ぶる感情を静めてくれて心地いい。しかし針になっている何かの細い左手の骨は時折動いているようだが、もしや生きているのだろうか。
あの二人にもっと詳しく話を聞きたかったが、後回しにした。話は後でも聞ける。
周囲に集まった野次馬をかき分けていく。
ドガン、ガガン、となにか叩くような音が聞こえてきた
舞い上がった砂埃が広がり、野次馬も巻き込む。やけに甘ったるい臭いがまとわりつく。悲鳴と文句がそこらから上がるなか、ダンは喜びの声をあげた。
「まだ何かやってるな!」
押し合う野次馬たちをすり抜けて最前列に躍り出て──
「あれ、終わってら…………」
ダンは落胆を隠せなかった。
ものものしい規制線に囲われたなか、瓦礫となったビルが見えた。
以前まであった、高名な魔界ハーフの建築士が手掛けたという触手と岩塊がうず高く積み上がった威容は、もろくも崩れ去っていた。
騒ぎの後しか残ってあらず、すでに警察が捜査を始めていた。
「また、か──」
まあそれでも、とダンはカメラを取り出した。
次々と写真を撮り続ける。
集う野次馬。
欠けた街並み。
無惨に崩れ落ちたビル。
瓦礫に登る、ものものしい装いの警官たち。
威容を見せて周囲をにらむ警察車両。
目星のいいものは手当たり次第レンズにおさめていく。
「おぅい、見てても面白いもんはないよ!」
次に、こちらを指差している刑事をレンズにおさめた。
────おや?
「そこ、そこ。そこの」
クタクタの砂色のトレンチコートをはおった刑事が、ダンの方へと怒鳴っている。
パシリ、とシャッターを切ってから、ダンは面を上げた。
「お前さんだよ、学生さん」
「え、おれ?」
周りを見てみれば、もう周囲の人混みはスカスカになっていた。
野次馬はとっくに散ってしまったらしい。ピークをすぎたとなれば、興味をそがれるのもしょうがないだろう。
もう"ビルが壊された"と言うことを知ることができれば十分なのだ。
「すいません、結局なにがあったんですか?」
「捜査中だよ。ここはまだ危ない──」
「ならばこそ!」
「──あぁん?」
「……あっ」
思わず遮るように口にした言葉は、手で押さえても手遅れでしかなかった。
刑事の目付きが変わった。呆れたようだった視線は、"明らかに面倒くさい"というどこか責めるようなものになっていた。
書き込んでいた手帳をとじて、じろりとダンを見つめている。
「お前さん、それは──」
「いや、その──」
視線にたじろぐが、ダンは一歩も引かなかった。
刑事が一歩踏み出した、そのとき。
ぐっとダンの首が絞められたかとおもうと、思い切り後ろに引っ張られた。
「あんた、またこんなとこにいるの?」
「げぇ、ミリル!……ひ、久しぶり?」
「学校で別れたばかりでしょう」
襟首を掴んでいたのはミリル。ダンのクラスメイトだ。
制服のスカートを翻し、水色のツインテールを揺らしながら叫んでいる。
特徴的なのは、頭の横からはえた、羊のような角。有角系悪魔と人のハーフだ。
「こんなとこにいちゃ、危ないでしょうが」
「何あったか知ってるのか!?」
「あんたねぇ!」
売り言葉に買い言葉。ミリルの感情が加熱していく。そこに、刑事が声をかけた。
「お嬢さん、ちょうどよかった。その坊主を預かっちゃくれない? あたしゃまだ捜査があるんで、邪魔になっちまう」
「ええ、しっかり預かってます」
「あ、そうそう。もうひとつ」
立ち去ろうとしたミリルは刑事の言葉に振り返って、
「こういうとこに近づかんよう、あんたからも彼氏さんによぅく言い聞かせてくれ」
「ち、違います、こいつ彼氏なんかじゃありません!」
振り回されたミリルの拳はダンの頭を思い切り弾いていた。ダンの視界が一瞬ぐねりまがって、崩れ落ちる。
「あらそう?あたしゃてっきりそういうご関係かと」
「とにかく、違いますからね。失礼します!」
ミリルに力無くひきずられながらも、ダンはのんきに刑事へ手を振っていた。
苦笑しながらも手を振り返していた刑事は、瓦礫へと振り返って、頭を叩いた。
──最近うわさの少年!
「ああ、あいつが!」
目を見開いて振り向いたときには、二人の姿は人混みへと消えていた。
────
「ダンにミリル! お前も居たかぁっツ!?」
「あんたもしっかり見張っとらんかい!」
出会い頭に鉄拳が唸る。リョウは振り下ろされた拳によって地面に叩きつけられた。どうにか起き上がるが、その手足はブルブルと小鹿のように震えている。
「ぬぉららぁ……世界が回ってらぁ……」
その拳は確実に頭を震わしていた。
リョウの頭が揺れ、足がもつれて地面に倒れ込む。ダンと仲良く並んで寝ることになった。
ビクビク末端が震えている様子からして、特段問題はない。
ミリルが見るに普段通りだ。
「あんたもあんた。まったく、どうして野次馬になりたがるのかしら」
ようやく起き上がったダンは、ポリポリ頭をかきながら
もばつが悪そうに目をそらしている。
「その……なあ、見たいじゃないか」
「またそれ?」
「こりねぇな、お前も」
「リョウ、あんたも、まともに取り押さえんか」
二人に言われても、ダンにこたえた様子はない。二人に呆れられるのはいつものことなのだ。
「いいじゃないか、それくらい」
「あんたねぇ、怪我してないからいいものを、すぐに死ぬわよ」
見下げるような冷たい眼差しにも、ダンは変わらず笑っている。
「そのくらい大丈夫だ、すぐ治る」
「それじゃ命がいくつあっても足りないわよ!」
「そうだそうだ。命無くさなければ良くても、無くしたら終わりなんだからな」
今の世の中、魔術や魔法が入り込んできたお陰で、医療技術は抜群に上がっている。首がとれても死んでなければ問題ないんだからそうとうだ。
手足がもげても形さえあれば問題なくくっつくし、潰れても精巧な義手義足を着けることができる。内臓の交換もできる。
たが、命だけは取り戻せない。
「死んだら終わりなんだからな、大切にしなさいよ──」
寂しそうに、ミリルはつぶやいた。
何度言っても、ダンは聞かない。いつもの通りうなだれるミリルだったが、今度こそ強く行ってやろう、と面を上る。
ダンはいつの間にかスマホを覗いていて、動き出していた。
「お、幡ヶ谷でも何か有るか。行ってくる」
「──はあ!?」
ミリルが手を伸ばしたときには、もうダンの姿は人混みに紛れてしまった。
宙を泳ぐ手をむなしく見つめていると、
「すまん、追いかける」
「あ、ちょっと?!」
振り返ったときには、リョウも人混みに消えていた。また、手は宙を掴むだけ。
「まったくあいつらは、ガキじゃないんだから」
頭を抱えて、ため息をつく。ダンの原付の、特徴的なエンジン音が聞こえてきた。もう行ってしまったらしい。
「幡ヶ谷か。連絡済ませてから行けば──」
懐から何かを取り出そうとした、その時だ。
ビリビリと、地面が震える。またも爆発が起きた。ビルのすき間から真っ赤な粉塵が噴き出す。赤と黒の煙が空へと立ち上っていく。
その先は先ほどの事件現場。CDショップの入っていたビル跡。
「なっ、また──!?」
赤黒煙が立ち上る先から、逃げ出す人が駆けてくる。
赤い粉塵を浴びたグリフォンが落下して、人混みにへ叩きつけられた。他にも鳩、カラス、箒に火頭蛮。飛んでいるものが次々落ちては悲鳴があがる。
「まだ終わってなかったの!?」
二人の消えた方をにらみ、舌打ち一つ。
「ええい、さっさと終わらせてやる──!」
ビル跡へと、ミリルは駆け出した。
────
背後の事態には気づかずに、ダンは原付を走らせていた。
バラバラと、原付が軽快な音を奏でて走る。
「おっと危ない」
「足癖悪いな、あのバス」
一車線を両側にはみ出して走る四足バスの足をよけると、信号に原付を止めた。
複雑な、大きな交差点。あちこちから入る道路と右折レーンで順番がややこしい。それを眼下に悠々と走る頭上の高速道路を眺めながら青信号を待っていると、後ろからリョウが言った。
「なあ、ダン。なんで騒ぎを追いかけるのさ」
「いつも言ってるだろ?」
「──"普段と違う"のは面白いんだ」
原付が走り出す。信号は青に変わっていた。
心底楽しそうに放たれる言葉に、リョウは呆れた。
「──普段通りだろうに」
大きな影が辺りを覆う。すぐ五六メートルほどの空を、巨大な羽付きムカデが高速道路をかいくぐって飛んでいた。
「あ、おい。報道ワイバーンも同じ方へ飛んでるぞ」
「何、なら事態はデカイな。急ぐぞ!」
一気に、スピードが上がった。
────
「ただいまー」
ダンは家へと帰ってきた。
倉庫へ原付を仕舞うと、重い玄関扉を開けて家へと入る。
結局、幡ヶ谷の事件にダンは間に合わなかった。
世田谷で発生した強盗事件のための検問渋滞に巻き込まれたのだ。傍らに原付を停めて走って向かったがまたも間に合わず、後始末に追われる事件現場しか残っていなかった。
目撃者に面白い話を聞けたのは幸いだったが、それでもダンにはいささかの不満が残っていた。
──いつもこうだ。
ダンは、事件事故に出会ったことがない。
歩いていた道路の、ひとつ隣の道で強盗事件が起きては解決していた。
買い物したある店では、出て一時間後に魔力暴発事故が発生したという。
スーパーにいけば昨夜のイケメンオークアイドルの取材の余波で大荒れだったと聞いた。
飯にでれば馴染みの店は召喚テロとやらで消滅した。
入っていた分厚い夕刊を広げてみれば、センセーショナルな見出しが踊る。
──「足立区にて第八次魔導抗争 マフィアエルフと任侠ゴブリンの戦闘をジャイアン・鼓動が鎮圧」
──「代々木エルフ林に宅配鯨墜落、魔力酔い運転の疑い」
──「ファストフード『カップポナパルト』悪魔パテに低級獣魔の肉が混入"召喚使の未熟"」
見目麗しい見出しの数々に、ダンも見いっている。
新聞を切り抜きながら、器用にため息を吐いた。
「ほらこんなに面白そう……」
不謹慎だが、どれも死者はいない。その時の騒ぎはこの比ではない。
ダンは肩を落としていたが、いつもの部屋へと足を運ぶ。
重い扉を開けると、薄暗い部屋のなかにいくつもの本棚が並んでいる。書斎の装いだが、いささか面持ちが違っていた。
一角に張られているのは、"新東京24区"の地図。埋め尽くさんばかりの赤ピンがそこら中に刺さっている。
そこにダンはさらに赤ピンを追加した。刺すのは、世田谷、幡ヶ谷。そして渋谷。そこは、あのCDショップのあった場所。
ついで、傍らの本棚から一冊を手に取った。その本棚に収められているのは、似たような多くのファイル。その中でもまだ薄い一つを開け、新聞の切り抜きを入れていく。
ばらりとファイルをめくっていけば、そこにはいくつもの切り抜き記事があった。
──「カルト教団、集団逮捕 人質のスライム子株ら無事」
──「イギリスの血濃霧発生、いまだ続く」
「ああ、つまらない……!」
地図に刺さったピンは、目撃出来たはずの事件。
「おれは、おれは……」
溢れんばかりのファイルは、事件事故の新聞切り抜き。
「おれはもっと、もっと───」
ダンは、会いたかった。スリルに、興奮に。
「────事件を、事故を、冒険を」
退屈な日常にはもう飽きた。
「非日常をぉッ!」
両手を天にかざして叫ぶ。
野良ハーピーの奇妙な鳴き声が、外でむなしく響いていた。
────
焦げ臭い風が、ミリルのほほをなでる。眼下に元CDショップ跡地を望む屋上、大看板の上にミリルはいた。
跡地に積み上がっていた瓦礫はチリとなり、きれいな更地へと変わっていた。
しかし霊的には汚染されてしまっているため、浄化しなければ不動産屋には回せないだろう。
ぼんやりと赤く染まっていく空を眺めていると、懐が震えた。
ミリルが取り出したのは、厚くも透き通った薄紫の結晶。小刻みに震える結晶を軽く弾いてから、耳に当てた。
『どうだった』
開口一番に告げられたのは、精気に溢れながらもしわがれた声。
この結晶は携帯電話だ。
いきなり用件を出すのは相変わらずだと思いながらも、ミリルは答えた。
「いろいろありましたけど、制圧完了。犯人は封印してから引き渡しています」
『ディスクはどうだ』
「いくらか回収しましたが──元に戻せるんですか?」
懐から取り出したディスクをもてあそぶ。厳重に封が施されているが、透明なために体が歪んだような奇妙な模様がよく見えていた。
気味悪いデザインは、ミリルの趣味ではなく見るたびに顔をしかめていた。
『研究中だが、いけそうらしい。まったく、人間をディスクにプレスだなんてどうかしてる』
「そんなので何するんです」
『戦闘中に妙な音楽が聞こえなかったか? それは人の記憶を音楽にしたものでな、聞くと頭のなかで自分と音楽の記憶が混ざりあって、下手すれば精神がぶっ飛ぶ』
「……あいつ、運が良いんだから」
ミリルが小さく悲鳴を漏らしたのも仕方ない。
外にいくらか不気味な音は漏れていたのだ。
──いつも、そう。
ダンの行動はいつも危険と紙一重。なにか一つかけ違えれば、死んでいてもおかしくない。
そういえば、とダンの言葉を思い出した。
「ところで、幡ヶ谷の方で何か起きてるんですか?」
『お、もう知ってたのか』
驚いたような口調だというのに、全くそのような感触はくはない。
『甲州街道で人類保護カルト教団と魔術テロリストがモンスタートラックでカーチェイスしてな、ちょうど幡ヶ谷で乗った車が変形してロボバトルだ。あの迫力のニュース映像には興奮したよ』
そんなことが起きていたとは、見た目にもよく映えるであろうその光景は、ダンが飛びつくのも当然だ。
「それ、どうなったんです?」
『世田谷から逃走した住宅強盗犯の乗った人工悪魔と偶然かち合ったと思ったら、共闘して制圧しちゃったんだよ。で、何故か握手してから二体とも逃走。慌てて駆けつけた警官は強盗犯を逮捕することになった』
「はあ……?」
なんだそれは。そうミリルが思ったのも仕方ない。配役を整えれば一本は番組が創れるだろう。
『いやあ、ありゃ保存版決定、今週のベストバウトだ』
しかし、相変わらずその声は抑揚がない。まるで機械がしゃべっているかのように均一。喜んでいるはずなのに、そうとは思えない。
『君もみてくれば良かったのに』
ミリルには聞き捨てならない言葉だった。犯人であるCD店員は封印に対抗、手下の悪魔をいくつも召喚してしぶとく抵抗したのだ。
悪魔の送還、街中へ一時逃走した犯人の捕縛封印には結局多大な苦労を労した。
だというのに、もしかすればその幡ヶ谷ロボット大決戦にも放り込まれたかもしれない。
ミリルは結晶をその手が真っ白になるまで握りしめながら叫んだ。
「どんだけ苦労してると思ってるの! たまにはあなたも手伝いなさいよ!」
『すまんな。今は南極遺跡だ。深層部に大空洞が見つかったんだ。そんなわけでさらに奥地にいるから、君が対処するのが早──』
向こうの声が言い切るより早く、結晶を弾いて通話を打ち切った。
──どいつもこいつも!
ふとしてから、ミリルは電話をかけた。いくつかの待機音が響いてから、相手が出た。
「──あ、ダン」
『なんだ、ミリル』
「いやね、幡ヶ谷云々言ってたけどあの後結局どうだったのかなって」
『ダメだったよチクショウメぇ!』
悲痛な叫び声に、ミリルは思わず笑ってしまい。どうにかして声をこらえていると、再びダンは叫ぶ。
『笑うなよぉ! いつか面白い話、見届けてやるんだからなぁ!』
突然切られた通話に、ミリルは吹き出してしまった。腹を抱えて笑ってしまう。
「あーあ、みんなの話に乗れないからって無理しなくてもいいのに……」
ダンは、面白い話がしたいのだ。どこにでもある、ヒヤヒヤでドキドキの冒険譚。
なのに"一度も決定的瞬間を見たことがない"から、チャンスが有れば飛び込んでいく。
ミリルは、ダンといるのが嫌いじゃない。
ダンといると、気持ちいいほどの"非日常"を味わえる。
周囲と人目を警戒せずにゆったり食事ができる。そこらの風景を、のんびり眺めていられる。
安心して、眠っていられる。
「──平穏で、羨ましいわ……」
見上げた空には、三日月に覆われた満月が真っ白に輝いていた。