某国 裏路地
薄汚れた壁が両側から圧迫するように迫ってくる感覚を覚えながら女は歩いていた。遠くでは喧噪や発泡音がなりこの場所が正常な人間ならばまず近づくべきではないのを教えてくれる。
それなりに着飾った女は厚めの化粧をしておりそれとなく男を誘う格好をしている。女はある目的があり重い体を引きずってここまでやってきた。その場所は路地の奥にあり、二階立てのビルだったが昼間だというのに暗く日の光が差すことはなかった。
一階の立て付けの悪いドアをこじ開け中に座っていた男に無遠慮に言い放った。
「あんたが噂の医者かい?」
そこに居たのはがっちりとした体形に緑がかった髪をオールバックにしており、白衣など着ておらず一見しては医師にはとても見えない男だった。
「あんた、どちらさんだい?」
右手に持っていた酒瓶を置きながら男が尋ねる。
「マリーの花屋の店員さ、ここの紹介を受けたの。」
男は立ち上がり値踏みするように女をじろじろ見る。その顔には大きな痣があり、大きな体と相まって威圧感がある。
「いいぜ、紹介を受けたんなら俺への報酬もわかってるよな?」
女は少したじろいだが前もって知っていた分覚悟はできていた。目の前の下卑た笑みを浮かべる男に体を自由にさせることは屈辱だがこのままでは仕事に差し支える。
「もちろん、わかってるわよ。」
男が女を処置するベッドの部屋まで案内する。ベッドの他にはなにもない殺風景な部屋だ。
女が怪しんだ顔をすると男の説明が入る。
「安心しな、紹介をされたってことは俺の個性を知っているんだろ。痛みはない、一瞬だ。」
個性。今や人類の総人口の八割は超常の力を持っている。その力を生かし表舞台で活躍する者もいれば裏で悪用する者もいる。男は自分の個性を使い堕胎を無許可で行っていた。この国では許されない行いだがだからこそ金になる。そして、娼婦に対しても必要になる時はある。
「しかし、マリーの店も新顔が増えたな。今度覗いてやらなきゃな。」
女はゲスな言葉を聞き流しながらベッドに仰向けで横になった。
瞬間男の手が当たると少しの衝撃がありすぐに収まった。男はすでに離れておりいぶかしんでいると。
「もう終わったぜ、痛みはなかっただろ。」
「もう終わったの!?本当に?」
「おいおい信用しろよ。この業界は嘘つけば次の日には食っていけなくなる。心配だってんなら報酬は後日でもいいぜ。」
いまいち信用できない女今日のところは帰ろうとしてベッドから降りると腹部に強い痛みが走った。
「痛い!!!いたあぁーーー!!」
腹部への激痛で悶絶する女。内臓を内側からかき混ぜられた痛みに思わずその場でのたうち回ってしまう。朦朧とする意識の中で男を睨み付け、罵声を吐く。
「ふざけんなこの野郎!!どうにかしろ!!!」
男もこんなことは初めてなのかうろたえており、もう一度処置しようとして女をベッドに横にする。その間も女は激しい痛みを訴えておりベッドで処置をしようとするとまるで獣のような大声をあげ気を失ったようにぐったりとしてしまう。取りあえず男は腹部に先ほど同じ処置をしようとして気づく。
明らかに腹部が大きくなっているのを…そして腹部より顔が浮き出てくる。赤ん坊のようにしわくちゃなその顔は腹部と同化しながら浮かびあがってくる。
「おぎゃあ!!おぎゃあ---!!」
甲高い声でなくその姿は化け物と呼ぶにふさわしいものだった。
「ああ、あああーー!!」
男は情けない悲鳴を上げ逃げようとする。背を向けて走りだしあと少しでドアというところで転んでしまう。右足に違和感があり確認すると何者かの手が自分の足を掴んでいた。
「(いや、俺はこの手を知っている)」
その手は女の手だ。ベッドの上にいるはずの女の。
恐る恐るベッドの方向を見ると女は確かに横たわってままだがその手だけ伸びていた。そう、女は顔をこちらに向けないで手だけ伸ばしていた。
いや正確には女は手など伸ばしていないのかもしれない。なぜなら……あの腹に出てきた赤ん坊のような顔がこちらを見ていたのだから。
「くそっっ!」
男は何とか手を振りほどこうとして気づく。
「(なんだこりゃあ、手と足がくっついている?)」
女の伸びたてと男の足はまるで溶接したかのように皮膚と皮膚が癒着しており、それはドンドン広がろうとしていた。
「ちくしょう!ちくしょう!!何でこんなことに」
男が悪態をついているうちにも癒着、いや侵食は広がりながらベッドまで引きづらていき最後はベッド上の女が覆いかぶさるように自分に落ちてきた。その時の女の顔をしわくちゃのまるで赤ん坊のようだった。
「(ちくしょう!神様……)」
男の意識はそれで途絶える。
誰もいなくなった部屋で何かがうごめいている。それは男と女の肉で出来た肉塊でありそれがいま急速に形作られていく。そこには一人の人間が倒れていた姿形は先ほどの医師に似ているがそれはあり得ない。あの男は死んだのだから。ならばこれはいったい……
立ち上がったその人物は腕、肩、腰、足の稼働を順番に確認して最後に鏡を見る。映るその顔はやはり医師のものだが決定的に違う部分がある。顔の大きな痣がないのである。
顔を確認したその人物は不敵に笑みを浮かべつぶやく。
「これが俺か…悪くない」
そう言い残すとこのビルより出ていく。後に残るのは主のいなくなった服が二人分のみである。
後に世界を震撼させる世界の敵<ワールド・エネミー>ことアプトム(APUTM)の誕生である。
時は過ぎ、日本の雄英高校 USJにてヴィランの襲撃中
オールマイトが脳無を吹き飛ばし、死柄木と黒霧の前で対峙しているときに蛙吹梅雨と峰田実は負傷した相澤を運んでいた。
「おおーすげえ風圧!オールマイトやっぱかっけえ!!」
峰田が能天気にそんな感想をもらしている時に蛙吹の前に一人のヴィランが立ちふさがった。一目みて異形系とわかる個性で全身を岩石で覆われていて腕は左右に三対の六本。しかし、驚愕すべきは接近を全く悟らせなかったことだ。
「……俺が用があるのはイレイザーヘッドだ。」
言葉は静かだったが有無言わせないその口調に背筋に寒気が走る。しかし、いくら卵とはいえヒーロー志望けが人を置いてはいけない二人はヴィラン前に立ちふさがった。
「せ、せ、先生には手を出させないぜ!!」
震えながら峰田が吠える。
「ケロ、その通り。」
蛙吹も重心を下にして臨戦態勢を整える二人だったが男と目があった瞬間に動きが止まる。
「(なんでだ!?全く動けねえ!!)」
「(声も出せないわ、相手の個性?)」
固まる二人を無視して相澤に近づく敵。気を失ったままの相澤のボロボロになった腕をつかもうと
して…
BAN!!BAN!!
突如響き渡った銃声。間一髪のところで敵はよける。その時に二人にかかっていた正体不明の拘束が解ける。
顔を上げると出入り口には雄英の教師陣が集まっており、死柄木と黒霧は撤退しようとしていた。そこで、イレイザーヘッドがいないことに気付く。敵が振り向くと相澤の体は宙に浮かぶようにして運ばれており、近くに先ほどはいなかった女生徒がいることからその女生徒の個性で逃走したと判断していた。
「(まあ、いいか。幸い遺伝形質<マトリクス>の採取には成功した)」
そうほくそ笑んでいる敵の腕には相澤の血液がたっぷりまみれていたが次の瞬間には瞬く間に無くなる。乾いた形跡もなくまるで飲み込んだかのように…
そうこうしているうちに周りは教師陣に囲まれてしまう。全員ではないがエクトプラズム、ハウンドドック、スナイプ、ミッドナイトなど戦闘力と捕獲に自信のある面子で固めている。
「さて、逃げ遅れた君には静かに捕まるか痛い目見るか選ばせてあげる。」
ミッドナイトが挑発的な発言で距離を詰めてくるが…
「ふふ、ふはははははは!!」
大きな笑い声をあげる敵に遠くにいた生徒たちの注目も集まる。嫌な予感を感じた教師陣にも緊張が走る。
「滑稽だなヒーロー。俺が囲まれているんじゃない。」
敵の体がうごめき始める。波うち、膨らみ、萎み。そこには異形ではない人間の姿が現れる。その姿を確認すると生徒以外が驚愕に顔を歪める。特にオールマイトには一段と大きな驚きが襲っていた。
「そんな…バカな……お前は」
限界を超えた体でそれでもなお声を押さえられずに声を吐き出す。
「お前らが俺の罠にかかったんだよ」
敵の体が急速に変化し巨大になっていく中オールマイトは相手の名を呟く。
「アプ………トム……」
緑谷出久は生涯忘れない光景がある。オールマイトにヒーローになれると励まされた時の光景だ。夕日に浮かんだ彼の姿と言葉。僕はあの日から夢をあきらめずに追いつこうとしている。これが正の光景であるならば、今目の前で繰り広げられていることは負の光景として忘れないだろう…
死柄木たちが退散し、オールマイトが無事で安心したけど両足は骨折で動けなかったんだ。だから自分の後ろでなにが起こっているのかまるで分らなかった。
オールマイトの呆然とした言葉と同時に後ろで爆音が鳴り響いた。何とか振り向くとそこには……
化け物がいた
全長は目測で五メートル。大きさはそこまでではないがその恰好はまるで甲虫を彷彿させる頭部と姿、二対四本の腕。背中からは腕の倍の本数の触手を自由自在に操り、体には緑色の球体が何個も埋め込まれているようだった。その化け物が触手の先からレーザーを放出し全てを破壊していく。まるで怪獣映画みたいな光景に現実感がなかった。先生たちが一撃で吹き飛ばされていく。でも相手に対して攻撃を行っていないのは何故なんだろう?
「…かり…しろ!……谷、しっかりしろ緑谷!!」
ハッと気づくと近くには切島君が僕を呼んでいた。
「切島…君?」
「手貸すぞ!!逃げんぞ!」
もうみんな出口まで逃げていてあとは僕ぐらいだった。そして気が付く。
「切島君!オールマイトは!?」
「安心しろ!もう保健室に向かったってセメントスが言ってた。お前も逃げるぞ!!」
僕たちがゲートに集まる頃には警官も大勢やってきてそれを確認したあの敵は倒れた先生たちの前で何かを言うと空間に切れ目のようなものを作り、その中に消えていった。
さんざんだったレスキュー訓練も終わったが最後の化け物については先生がたは何も教えてくれなかった。あの後保健室でオールマイトに聞いてみたけど…
「いつかは話すことになると思うが……今は話せない」
と言われればそれ以上は追及出来なかった。先生方は多くは軽傷で済んだが中には重症の人もおり一時授業が中止になることもあった。誰も命を落としていないのは幸いだったけどあの敵とはまたいつか会う。そんな予感がしていた。
雄英の会議室で今オールマイトによるアプトムの説明がなされていた。
アプトムこれはあくまでも通称です。Anit、Public、USA(米国の反公共)と奴が最初につけられたThe Monsterの頭文字を取っての名称です。奴には最初は道徳心も理性も知性もなくただ暴れ殺すだけだったがそのうちに個性を利用してドンドン賢くなっていった。
アプトムの個性は<融合捕食>。優れた遺伝形質を自分の体に取り込むその能力を身に付けることが出来るのです。それは個性といえど例外ではありません。その身に取り込んだ数多の個性とさらにそれらを合わせることでより強力な個性に変化されることもできるのです。また彼は生まれる前、つまり自我が形作られることなく自分が死なないように周囲の脅威を吸収することで生存。もはや人間ではなく、個性が意思を持っているようだとおもわれています。
ただいくら強くてもなぜアプトムはこうまで恐れられるのか…それには融合捕食の能力が脅威だからです。優れた遺伝形質のみならずその取り込んだ相手の知識、考え方などすべてを手にすることができるのです。アプトム本人にも負担が大きいため普段取り込むときは個性関係に絞っているらしいのですが、ひとたび本気で吸収するとその人物に成り代わってしまうこともできると結論づけています。なぜなら実際にそうして成り代わり起こしたテロ行為はのべ15件また関与が疑われているのがその倍以上もあります。
ベースが人間型である個性ではアプトムの融合捕食が色濃く出てしまいアプトム本人の貌になってしまうが、異形型であればほぼ確実に成り代われる。また個性を消す個性でも異形型は消せないため看破するのは非常に困難なんです。
そして今回相澤先生個性を手に入れた。おそらく体の球体が目の役割をしているのでしょう。瞼を閉じなくてもいいように改造しているのだと思います。
「奴は最後に何と言っていましたか」
オールマイトは説明を終えると居並ぶ教師陣に尋ねる。
「校長、お教え願いたい」
校長は大きくため息をつき…
「『オールマイト<平和の象徴>を必ず壊す、震えて待て』だってさ、もしかして渡米した時の因縁かい?」
オールマイトはテーブルの上で手を強く結んで答えた。
「ええ、そうです。私がなんとかしなければ!!」
「(緑谷少年には荷が重すぎる!!)」
これからの世界の混沌を示すように窓の外は暗雲に立ち込めていた。