夕暮れ時のシャットダウン   作:沖合なせ

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軋んだ想いを吐き出して

……人違い、ですか。

 人々が頻繁に行き交う街の中央で、ボクはひたすら頭を悩ませていた。

 人違いだと彼は言ったが、それは絶対にありえない。断固、それだけは断言できる。

 

 だけどそれだけなのだ。制止どころか注意さえもできないこの状況で、ボクは何をすればいいのか。今までずっと言いつけを守り続けてきたくせに、こういう重要な場面でどうすることもできないなんて。

 

 本当に、どうすればいいのでしょうか。お母様。

 今後への展望を考え出した頭はさらにその回転を続け、より一層混乱してくる。

 心を占領する一種のやるせなさを紛らわすため、天を仰ぎ見た。……相変わらず太陽はどこまでも燦々と輝いていて、それで少しだけ頭は冷えた。

太陽で冷えるとは、全くおかしな現象なことこの上ないな……

 

「ん? もしかしてシオンちゃん? ……何してんの?」

 

 声がしたので、視線を低くへと戻す。

 人の良さそうな顔、恰幅の良い体。キンさんが目の前に立っていた。

 

 深い目尻が刻まれていて、それが“人なつっこい顔”と称される理由らしい。それに、名は体を表すというか身は体を表すというか、つまり内面も顔に似合って人がよい方だ。

 たった一つを除いては、穏やかな気性の持ち主でもある。

 

「何もしてませんよ。こんにちは、キンさん」

 

 微笑んで挨拶。

 世知辛いこの世界を生きるには、愛想が重要なのです。

 

「こんにちは、シオンちゃん。……あ。ねぇ、シオンちゃんは剣が強いって聞いたんだけど、この大会に出てみようとは思わないかい?」

 

 “イス村剣術大会”なるチラシを受け取り、苦笑を口元に浮かべながら本音を述べる。

 

「ボクなんかで剣が強いなんて滅相もないです。私が強ければ勇しゃ…………っ」

 

 気づき急いで口を抑えたが間に合わない。

 珍しく、人の良い顔が不機嫌になった。

 

「シオンちゃん、あいつと関わるのはやめた方がいい。ましてや勇者様なんて呼ぶのは、もうよしな!」

 

 やっぱりキンさんはいい人だ。他人の子へここまで親身になって注意してくれるのだから。

 できるだけ怒らせないよう、慎重に言葉を選ぶ。

 

「心配してくれてありがとうございます。でも……、約束したんです、お母様と。それに勇者様はみなさんが思っているほど悪い人じゃないですよ。それじゃ、剣術大会のことは考えておきます。ありがとうございました。また」

 

 一礼して、背を向ける。

 それから手元のチラシに視線を落とした。

……剣術大会、か。

 

 

          ✳

 

 

 全く奇特な人間もいたものだ。

 悪魔とまた来る約束をし、あまつさえその約束を破らずにやってきた。勝敗はそれでもつかず、結局出会ってから十日、未だ彼はこの洞窟へ戦いにきてすらいる。もっとも今は命懸けの戦いというよりは修練のような感じだが。

 

 そういえば少し前、あれだけの力で剣を振り下ろしたのに、なぜ手がしびれたのは私だけだったのか聞いたことがある。それに彼は迷わず、剣が当たる瞬間だけ力を抜いたのだといった。その時は納得してしまったがしかし、よくよく考えるとそれはとんでもないことだ。

 

 早すぎれば剣は遠くへ飛んで行ってしまい、遅ければ手が痺れる。その間を的確に見定めてさらに正確に行ったのだ。それも緊迫した一瞬において。到底真似できない芸当だった。

 彼は以前私の才能にうちひしがれたといっていたが、それはこちらのセリフだ。

 

 全く奇特でいて規格外で、昔から何一つ変わっていない。涙もろいところも律儀で優しいところも負けず嫌いなところも、何一つ六年前のあの日のままだ。

 ごろりと横になる。……あぁ、そうだな。そろそろ彼が来る時間だ。

 

「よっ、いるか?」

 

 ちょうど予想通りにやってきた挨拶の、その口調の軽さが思いがけず心に引っかかった。

 

「毎日ここへ来て大儀なことだな」

 

 寝転んだまま、入り口の人影に話しかけた。

 

「なんだよ、どうしたんだ?」

 

 私の皮肉に気づき、訳を聞いてくる。

 どうした、か。どうもしてないことが問題だと、なぜ彼は気づかないのだろうか。

 

「人間が悪魔のところへ来るのは明らかにおかしいだろう。それに関してどうかしたかと聞かれれば、お前と私がどうもせずに会っていること自体がどうかしていると答えるほかないな」

 

 彼は口を開くが、そこから言葉は何も生み出されない。その唇を、今度は悔しそうに噛んだ。

……彼も、揺れているのか。

 今まで見てきた人間。悪魔を『悪』だと決めつけ殺されかけたことさえもあった。

 

 そんな今までの人間像と彼はあまりに違っていて、けれどその確立された人間像のせいで、昔のように彼の優しさを受け入れることができない。その気持ちが歯がゆかった。

 

「……すまない。おかしなことをいった」

 

 きっと私はこれからも悪魔であるがゆえに差別され、憎まれるだろう。それは悪魔として生まれた時点できまったことで、だから今さら文句をいうつもりはない。今いいたいことはその逆で、これから私がひどい扱いを受けると、私は同じ人間である彼を恨んでしまうだろう。それがどうしようもなく嫌だ。

 

 それと同じように、彼はきっと悪魔ということで差別する人間を憎み、同じ人間である彼自身さえも嫌うだろう。それもどうしようもなく嫌だ。

 こんなことならばもう再会などしなければよかったのに、とそう思うほどには。そしてまた、そんなことを思った自分自身を嫌いになるのだ。

 その点、彼の記憶を奪っておいたのはよかった。

 

「いや、大丈夫だ」

 

 絞り出すように、彼はそんな声をあげた。

 いっそのこと彼の前から姿を消すというのも悪くはないかもしれない。

 無意識に浮かべていた嗜虐的な笑みに気づいて、急いで顔から消した。

 

「よし、やるか」

 

 立ち上がりながら掛け声のようにそう述べる。

 向かいあった彼の瞳には、すでに不安や怯え、躊躇といった先程までの感情がうつっていない。

 ここまでの集中力は、いったいどこから出てきているのだろうか。それこそ羨ましい。

 

 いつも通り、爆発的な加速で彼が近づいてきた。それにはもちろん『攻撃』魔法で迎撃するが、速度が速度であるがために全然当たらない。……全弾外れた。

 いよいよ剣の間合いまで迫ってくる。剣を横に薙ぎながら『支援』魔法を自らにかけて筋力を底上げした。そうしなければ、勝負にすらならないから。

 

 横に薙いだ剣の下をかいくぐって斬り上げてきたのを、バックステップで避けながら『攻撃』魔法で追撃を封じる。

 しかし彼は合計五発の牽制を見ることもなく、姿勢をさらに低くして避けた。

 

……読まれていた? 私がバックステップと同時に『攻撃』魔法を撃つことだけでなく、頭を狙うことさえも?

 

 兎にも角にもこれで彼は追撃ができる。一気に距離を詰められ、速度をのせた一撃が叩き込まれた。初めて出会った時を彷彿とさせる一撃だ。

 この距離では避けることはできないし、受ければ手が痺れる。……でも何も、それだけが選択肢というわけではない。

 力のこもった刀がぶつかり、砂埃が舞った。

 

「……受け流された?」

 

 力の流れでそう感じ取ったのだろうか。

 

「何もずっとやられっぱなしではないさ。お前が私の癖を読んだのと同じように、私がお前の技の対処法を考えても、何らおかしくはないだろう?」

 

 口角を上げて、勝ち誇ったようにいう。

 

「技ってほどのもんでもねぇよ」

 

 彼は眉をひそめながら刀を頭の上へ構えた。

 精神力は使っても体力はあまり使いたくないため、基本的には受け流す。甘い斬撃が来たら『支援』をかけた筋力を使って、思い切り弾く。その繰り返し。

 疲れてきたのか少し、彼が顔を歪めだした。

 

 剣戟の押収、その最中。力のこもっていない攻撃がやってきた。それを見逃すほど甘くもなく、全力で弾き、そのままバランスを崩してやろうと目論む。その直前、一見甘い斬撃が途中で止まり、力任せの攻撃を剣共々かわされた。

 

……甘い斬撃はこれを引き出すための罠か。

 行き場のなくなった剣は勢いよく空を切る。振り切った体勢、完全な無防備。頭上からまっすぐに刀が振り下ろされる。

 

「『防御』、魔法ッ────!」

 

 ギリギリ、文字通り間一髪。なんとか『防御』魔法が間に合った。

 剣が遮られ止まる。あぶなかったと息をつこうとした所で、今度は足をすくわれバランスが崩れた。

 

 『防御』魔法をかけたのはあくまで上半身のみで、下半身は未だ無防備のまま。その隙を突かれた。地面と背中がみるみる近づき、目を閉じると同時に強い衝撃が訪れた。

 

「……っつぁっ」

 

 瞼を上げると、剣を振り上げた彼の姿がうつる。……そう、それでいい。悪魔に気を使う人間がいる方がおかしい。

 しかしいつまでも斬撃は降ってこない。

 数秒後洞窟内には、剣が地面に落ちて鳴る特有の金属音が響いた。

 

「ったく、ようやくきいてきたか……」

 

 地面にうつ伏せに倒れた人影を見て、そう呟く。

 

──『支配』魔法。

 本来使い道のないこの魔法は、近くにある空気に魔力を注いであり方を変えることができる。今回私は洞窟内の酸素を薄くしていた。その状況下であれだけ走って刀を振り回したのだ、体力が切れるのもおかしくはない。

 

 背中に痛みがあるとはいえ、気絶している人間一人など魔法で簡単に殺せる。

 魔法を唱えようと手を突き出してようやく、その手の震えに気づいた。

 そして、歯軋りした。“くそっ、なんで……”とばかりに。

 

 今まで私にひどい扱いをしてきた人間のうちの一人を殺すだけではないか。

 それに意識を失う直前、彼はそれこそ私を殺そうとしていた。そもそも始めが殺し合いだったのだ。今ここで殺しても文句はいうまい。だというのに……

 おかしいな、なぜこうも息苦しいのか。

未だ、手の震えは止まらない。

 

──────だめだ、できない。私にはやっぱりできない。

 

 殺すことはできなくて、それでも人間ということで恨んでしまうのならば、もういっそ本当に姿を消すべきだろうか。

 背中の痛みはまだあって、立ち上がったら激痛が走った。

 

 そのまま弱々しく、洞窟の出口へと向かう。

 

「……ぉい、どこ……行くんだ……?」

 

 そんな中、背後から聞こえてきたその声に、目を見開く。そして、振り向いた。

 

「……寝言?」

 

 倒れている彼を見て、そう口にする。

 

「バカだな、お前は。どこにもいかないさ。だから安心しろ。安心して、寝ろ」

 

 そうだ、いなくなるのは今度でいい。今はただ、再会できた幸運を喜べばいい。

 いなくなることはいつでもできて、けれど出会うことなんて滅多にできないのだから。

 

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